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狼少年の憂鬱  作者: 澤群キョウ
君は太陽
35/85

涙と純白 / いつき

「おはよう、園田」


 約束通り、玲二くんと駅前で会う。

 いつもより少し遅くて、次の電車が来るまであと八分。珍しいと思った。玲二くんが遅れるなんて。


「体、大丈夫?」

「もう平気だよ」


 そうかな。まだちょっと、いつもより青ざめているように見えるけど。

 それに、いつにも増してなんというか、すごく静かな印象だった。

 いつでも静かな玲二くんだけど、今日は厳しさみたいなものを感じる。

 視線が鋭くて、皺はないけど眉間に力が入っているような。かっこいいけど、苦しそうに見えた。


 今日もクラブがあるんだけど、こんな感じじゃ待たせちゃ悪いかな。

 また中村さんが来たら、相手しきれないんじゃないかと思う。

 葉山君も昨日、本城君に関する文句を言わなかった。今の私と似たような気分だったからじゃないかな。無理させたらいけないような気がするって。


「玲二くん、今日は先に帰ってて」

「どうして?」

「無理しない方がいいと思うから」


 電車の中で一緒に揺られるのが久しぶりで、嬉しい。

 玲二くんがいつも通りならきっと、もっと嬉しいはず。


「……俺は園田と一緒がいいんだけどな」


 あれ、もっと嬉しい言葉が飛び出してきた。


「でも、もう夕方になると寒いし」

「大丈夫だよ。平気」


 イチャついてると思うよね、そうだよね。

 玲二くんからは見えない位置にいるお姉さんが、冷めた目でこちらをにらんでいるのが見える。


「じゃあ、今日はクラブ休もうかな」

「悪いよ」

「ううん、いいの」


 私だって玲二くんと一緒にいたい。

 黙って右手の長い人さし指をそっと握ると、玲二くんは小さな声でありがとうと呟いた。



 クラブをサボらせたのが申し訳なかったのか、帰りの電車の中で玲二くんから寄り道をしようと提案された。

 お馴染みになりつつあるハンバーガーショップの二階で、玲二くんはアイスティー、私はコーヒーとアップルパイを並べている。


「この間の誕生日も来られなかったし、プレゼントもまだ渡せなくて、本当にごめん」


 玲二くんの悲しげな謝罪の言葉に、私はなんて返したらいいのかしばらく悩んだ。

 別に、プレゼントがなくても構わない。来られなかったのは仕方ないけど、なにがあったのか話してもらえないのは寂しい。

 でも、それを聞いていいのかどうかがわからなくて。


「あの、玲二くん」

「なに?」

「……試験が終わったら出かけようって言ってたでしょ。バイキングのチケットもらったから、一緒に行こ」

「バイキング?」


 財布の中に入れていたペアの招待券を出すと、玲二くんはそれをまじまじと見つめて、どうしたの? と首を傾げている。


「お兄ちゃんにもらったの。懸賞で当たったんだって、あの釣りの雑誌で」

「ああ、あの」


 なんだかいつも招待してもらってばっかりだなって、玲二くんは優しい顔で笑った。


「船酔いしたりしない?」

「どうかな。乗ったことがないから」


 だけどきっと大丈夫だよ。微笑んでくれたけど、でもやっぱり、今朝感じた鋭さみたいなものが残っている。


「玲二くん、どうしたの?」

「体調なら大丈夫だよ」

「それも心配だったけど、でも今日はなんだかちょっと、苦しそうに見えて」


 なにか悲しいことがあったんじゃないかな。

 来平先輩の言葉が頭に蘇ってくる。

 いつかなんとかするから。

 それってやっぱり、今が「ふつうじゃない」ってことなんだよね。


「そんなことないよ」

「本当? 危ないこととか、してない?」

「してない。だって俺は……」


 俺は、なあに?

 玲二くんはしばらく黙っていたけど、私の手をそっと握ると、こんな言葉を私に返した。


「園田と一緒にいられる時間が一番好きなんだ」


 

 

 玲二くんはずるい。

 私が一番聞きたい言葉を知っていて、あえて避けてる。

 慎重に言葉を選んで、言わないようにしている。


 だけど私も結局、玲二くんといられる時間が一番好きだから。

 少しずつでも積み重ねていれば、届くようになるかもしれない。

 だから来週の日曜日に、船上デートの約束をした。


 

 朝は一緒に登校して、隣に座って授業を受けて、放課後も一緒に帰って。

 薄茶色の瞳の貴公子は毎日家まで送ってくれて、「また明日」と言って去っていく。


 思い切ってともだちになってほしいって頼んでから、私はかなりの時間、玲二くんと一緒にいるんだよね。


「だけど肝心な時にはいっつもいないじゃん」


 デートの前日、土曜日は恒例の女子会の日だった。

 今日の集合場所は千早の家で、おませな妹の茜ちゃんがちらちらと部屋をのぞいては、高校生の話に聞き耳を立てているみたい。


「誕生日パーティに来ないのはやっぱマイナスだよね」

「仕方ないよ。具合が悪かったんだもん」


 先に友香のノロケが炸裂したせいもあるのかな。玲二くんの評判はかなり悪い。

 見た目はいいのにねって実乃梨がぼやいて、全体的に中途半端だと友香がズバっと斬り捨てる。


「そうはいうけど、さすがに決められなさすぎでしょ。大体、なんでこの状態でまだ付き合ってないとかいうの? 意味わかんないんだけど」


 それは私もそう思うけど。

 でも事情があるんだとか、どうしても言えないなんてあんな目で告げられたら、みんなだって「いつまでも待つ」って答えると思うんだけど。


「ないない。次探すよ」

「いつきは呑気すぎるんだよ。男は顔じゃないよ?」


 本城君の方がいいじゃん、という一番聞きたくない言葉が実乃梨の口から飛び出してきて、心が落ち込んでいく。

 ちゃんとオシャレして、バラの花束を持ってきてくれる人の方がいい。好きだって伝えるためにわざわざクラブも同じにしてくれるなんて、最高じゃないかって。


「やめなよ、二人とも」


 反論する言葉を見つけられない私のかわりに声をあげてくれたのは、千早だった。


「いつきが待つって言うんだから、それでいいじゃない。いつきはきっと、ずっとずっと立花君一筋でいくんだよ。そんなにロマンチックな恋できる人なんてたぶん、そんなにいないよ」


 なぜかわからないけど、途中からおいおい泣きながら千早は熱弁をふるってくれた。

 純愛だよねって手を握られて、私もつられて泣いてしまう。

 二人で泣いていたら友香と実乃梨も引きずられたのか、一緒になって涙を流してくれて。


「ごめんね、いつき。そうだよね、一番つらいのはいつきなのに、それでも待とうって思えるくらい好きなんだよね」

「これが……! 純愛……! 清純派……!」


 四人で揃っておいおい泣いて、ティッシュがひと箱からっぽになっちゃった。

 だけど、最後にはやたらとすっきりした気分で、明日のデートは頑張るぞ、なんて盛り上がって。


 なにを頑張ったらいいのかな。

 私のつぶやきに、三人はそれぞれの意見をくれる。


「やっぱり可愛い格好していかなきゃだよね!」

「それで、なにがあってもニコニコだよ、いつき!」

「チャンスがあったらチューしちゃって!」


 チューは確かに、してみたいけど。

 したけど、してない気分だから。

 悔しいけどあの写真からして、フェミニン先輩の方がしっかりがっつりしてたと思うんだよね。


「間違えてもケバい化粧とかしちゃだめだよ」

「船っていいね。一番先頭で後ろから抱きしめてもらいなよね」


 それもいいな。後ろから抱きしめられるってたぶん、すごくドキドキすると思う。


 最近の私はかなり夢見が良くて、望んでいるすべてのシーンがほとんど盛り込まれるようになっているんだよね。

 だからこの日は、玲二くんに後ろから抱きしめられて、最高に幸せ。

 好きだよ、いつきって。何度もささやいては耳にキスをされて、とろけてしまいそうだった。


 これが夢じゃなかったらいいのに。

 夢の力が強すぎるから、現実が余計に侘しく感じられるのかな。



 出航時間は午前十一時。シーサイドアクアリウムよりも少し東側にある港に、十時過ぎにたどり着いてしまった。少し早いから歩いてみようかって、二人でぶらぶらと海のそばにあるいろんな施設を見てまわっているけど、十一月も真ん中になるとずいぶん寒い。


 今日は白いニットに、ピンク色の千鳥柄のスカート。冬用のあったかいタイツの効き目はちゃんとあるんだけど、海風が吹いてくるとやっぱり震えてしまう。

 玲二くんは白いシャツの上に、チャコールグレーのセーターを着ている。すらっと細身のパンツに、ショートブーツは渋いこげ茶色。玲二くんはいつも、基本的に無地なんだよね。柄入りの服は好きじゃないんだろうなと思う。性格からいっても。でも全然安っぽくなくて、むしろ上品だと思う。高校生らしくはないし、若者らしくもないけど、よく似合うし。


「さすがに海沿いは冷えるね。どこかに入ろうか?」

「うん」


 乗り場近くのカフェに入ると、向かいには結婚式場があった。

 ガラス越しにいくつものウェディングドレスが並んでいて、幸せ(純白)のきらめきがまぶしい。


「きれい」


 一番大きくスペースをとって飾られているドレスにうっとりしてしまう。広がった裾でできた白い湖の中から、妖精やら女神が現れそうで。

 マネキンには顔がないけれど、彼女はきっと微笑んでいると思った。シンプルな形なのにすごくゴージャスで、首に飾られた真珠も、頭に載せられたティアラもすべてが完璧だから。


「ああいうの、やっぱり好き?」

「……そうみたい」


 あんまり意識したことはなかったけど、目の前にあんなに素敵なコーディネートを飾られると、胸がきゅんきゅんしてしまうみたい。

 誕生日の時に着たドレスがどれだけチャチなものだったか、なんだか反省させられてしまうくらい。


「園田にすごく似合いそうだ」


 玲二くん、なにも考えずに言っちゃったよね、今のセリフ。すました顔しちゃって。

 だけど、そんな顔でも期待してしまう。いつか私にあのドレスを着せてくれるんじゃないかって、考えちゃうけど、いいのかな?


 今は寂しい色に染まっていて誰もいないけど、外にはチャペルがあった。

 シー・ブリーズ・ウェディングだって。夏なんか、最高じゃないかな、海辺での結婚式なんて。爽やかな若いカップルに、ぴったりなんじゃないかな?


 目で送ったメッセージはスルーされたのか、それとも届かなかったのか。


「そろそろ行こうか」


 ホットコーヒーと紅茶を空にして、私たちは並んでカフェを出た。


 船の乗り場にはすぐに着いたけど、そこに泊まっている船から豪華客船のオーラは感じられない。


「おかしいね。チケットには書いてあるのに」

「そうだな。でも、こんなものだよ、大抵は」


 玲二くんが笑ったので、私も微笑んだ。

 今日はなにがあってもニコニコだ。

 船が思いのほかショボくても、笑い話にしちゃえばいい。

 

 チケットを渡して乗船すると、ほかのお客さんはみんな大人の、二、三〇代のカップルばっかりだった。年配の人と、子供はいない。同年代の人たちもいないみたいで、なんとなく気おくれしてしまう。


「なんだか緊張しちゃうね」

「大丈夫だよ。コース料理とかじゃないんだから」

「そうだよね、ビュッヘだもんね」

「ビュッフェだろ?」


 噛んじゃったけど、玲二くんが笑ったから良し。

 船内は気の早いクリスマスの飾りがいっぱいで、ツリーがキラキラとカラフルな輝きを放っている。


「せっかくだし、船首に出てみよう」

「うん」


 甲板に出てみると、うわっと海が広がってテンションが上がった。

 ウォーターアイランドも、シーサイドアクアリウムも見える。

 こんなに寒いのに、サーフィンを楽しんでいる人たちの姿もたくさんあった。


「寒くない?」


 近くにはほかにもたくさんのカップルがいて、結構な近距離でいちゃいちゃしていた。

 ついでに私たちも、っていうわけにはいかないかな。

 

「ちょっと、寒いかも」


 玲二くんにぴったりくっつくと、触れた部分が暖かくて心地いい。

 後ろからの抱きしめ、してくれないかな?


「クリスタルプリンセスティアラ号へのご乗船、まことにありがとうございます……」


 玲二くんの香りに包まれながらアナウンスを聞く。

 二時間かけてこの辺りをぐるっと回って、それで帰るらしい。

 ビュッフェのスタートは十五分後から。そろそろ入って、席を取った方がいいのかな?


「園田」


 玲二くんは、私がぴったり寄り添っても動かなかった。

 私の背中を胸で受け止めたまま、耳元へ呼び掛けてくる。


「なあに?」


 上半身だけ後ろにむけて、玲二くんを見上げた。

 きれいな薄茶色の瞳は、夏ほど輝きを放っていない。

 それが季節のせいなのか、最近放っている切なさのせいなのか、私にはまだわからない。


「もしも、どうしてもほしいものがあったとしてさ」

「うん」

「それを手に入れるためには、今の生活を全部捨てなきゃいけないとしたら、どうする?」


 なんの質問なんだろ、これ。


「全部って、家とか、お金とかってこと?」

「家族とか、友達とか、全部」

「ええ……それは、困っちゃうな」


 玲二くんがこんな心理テストみたいなものを仕掛けてくるなんて意外だった。

 家族、友達、人生を取り巻く大切なすべて。

 引き換えにしてもほしいものなんて、私にあるのかな?


 答えられなくて黙っていると、玲二くんはふっと笑った。


「ごめん、答えられないよな、こんな質問」


 忘れて、だって。

 

 船内に戻ると、すぐにビュッフェが始まった。

 周りは見事にカップルばっかり。全てのテーブルに二人しか座っていないし、みんな向かい合っていてビックリしてしまう。しかも、ただのビュッフェなのになぜか司会者がいるし。

 まずはお料理をお楽しみくださいと言われて、玲二くんが立ち上がった。

 二人分取ってくるからね、だって。

 すごくきれいに取り分けてくれそう、玲二くんなら。


「ねえねえ、あなた何歳なの?」


 一人で座っていると、隣のテーブルのお姉さんから声をかけられてしまった。


「十六ですけど」

「え? 嘘でしょ! えー、すごーい」


 なにがすごいのかな。周囲にもこの声は聞こえてきて、なんだかひそひそされているような。


「彼、すごくかっこいいね」


 うーん。これにはなんて返すのが一番いいんだろう。

 悩んだけど、結局「ありがとうございます」と言ってしまった。

 まあいいよね、いちいち、彼氏ではないんですなんて言わなくたって。


 玲二くんが用意してくれたお皿は、想像通りすごくきれいに整っていた。

 ビュッフェって人柄が出るよね、盛り付け方に。

 玲二くん、多分A型なんだろうな。なんでもちゃんとしてるもん。私は、ちゃんとしようとしているのに、なんだかんだでちょっと雑。こんな風にきれいにはできない。

 

 で、感心したっていうのに、肝心のお料理は味が本当にいまいちだった。

 玲二くんはなにも言わないけど、私に向かって苦笑いを浮かべている。

 船とおんなじ。こんなもんだよね、大抵は。


 味がいまいちだったのは残念だったけど、逆に良かったこともあった。

 味に気を取られないおかげで、さっきの質問について考えられたから。

 

 玲二くんの顔を見てはかみしめていく。

 どうしてもほしいものの代わりに、すべてを捨てられるか?

 なぜこんな質問が飛び出してくるんだろう。玲二くんはもしかして、どこか遠くに行かなきゃいけないのかな?

 留学したり、海外に移住しなきゃいけない理由がなにか、あるのかもしれない。


 もしそうだとしたら、とても悲しい。

 だから、付き合えないとか責任が持てないとか言うのかな。

 だけどそれって、永遠の別れ、なのかな。

 

 わからないけど。玲二くんの抱えている事情は全然見えないけど。


 考えていくと、答えが見えた。


 それがどんな事情であっても、玲二くんを好きじゃなくなる理由にはならない。



「デザート、持ってくる?」

 あんまり期待できないよね、って顔で、玲二くんは私に微笑みかけてくれる。

「じゃあ、ちょっとだけ食べよう。全部半分こにしよ」

「……そうだね。じゃあ取ってくるよ」


 いまいちなビュッフェのデザートは、やっぱりイマイチ。

 ケーキはぱさぱさだし、園田の作ったやつの方がおいしいね、だって。

 それでも全部ちゃんと食べて、食後のコーヒーを二人で飲んで。


 食事の時間はそろそろ終わりで、空気はまったりしている。

 周りのカップルがじっと見つめあっているので、私もちょっと真似させてもらった。


「ねえ、玲二くん。さっきの答え、YESだよ」

「さっきの答え?」

「どうしても欲しいもののかわりに、全部捨てられるかっていう」

「ああ……」

「玲二くんとずっと一緒にいられるなら、私、全部捨ててもいい」


 カラン、と音がした。

 玲二くんがコーヒーカップをお皿の上に置いた音。


 切れ長の瞳が、いつもより開いていて。

 これはもしかして、ビックリしているのかな?


「本気で言ってるの?」

「うん」


 今の私には玲二くん以上に大切なものはないから。

 家族も友達も大事だけど。でも、一番そばにいたいのは、目の前にいるあなただから。


 もう少しちゃんと語りたかったんだけど、邪魔が入ってしまった。


 最後にビンゴ大会があるんだって。

 

 カードが配られ、会場は急に騒がしくなって、会話は打ち切り。

 残念だったけど、私たちのカードは絶好調で、二等と三等の景品をもらってしまった。


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