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狼少年の憂鬱  作者: 澤群キョウ
夏陰
13/85

夜空に火花 / 玲二

「よう、玲二。時間ぴったりだな」


 花火大会の日、約束の時間通りに良太郎の家を訪れていた。

 本当に浴衣を用意してくれて、下駄も貸してくれるんだという。一緒に行く連中との待ち合わせまではまだまだあるけど、作ってもらったお礼もしなければならないので、正午に葉山家にくる約束をしていた。


「昼飯用意してるから、一緒に食おうぜ」

「ありがとう。これ、お礼に」

「なんだよ水臭い。いいのに、でもサンキュー」


 地元では一番評判のいい和菓子屋で買った水ようかんと、大量にもらいすぎた水族館みやげを良太郎に渡す。父さんと母さんが帰ってくるまでになんとか全部処分したかったけど、多すぎた。特にチョコレートは無理なので、良太郎の姉さんあたりに食べてもらいたい。


 そして友人はやっぱり勘のいい男だったらしく、これだけでまず一つ、秘密がバレた。


「ほほう。園田ちゃんと行ったのか、水族館に」


 どうしてわかるんだろう。

 ひょっとしたら良太郎は人間じゃなくて、他人の心を読む力でも持っているんじゃないか?


「うん、まあ」

「どうした。なんか失敗したのか?」


 また見抜かれている。


「うん、まあ……」

「話しておけ。今日の花火で挽回できるように、俺もちゃんとフォローしてやるよ」


 だから、お前の楽しい思い出を話してくれ。

 良太郎は真夏の太陽のような明るい顔をして笑っている。


 二人で水族館にでかけたこと。

 アクシデントがあって途中で打ち切り、次の日に相原が現れたこと。

 落ち込む園田に元気を出してほしくて、ウォーターアイランドへ出かけたこと。


「ウォーターアイランドって、プールに行ったのか?」

「うん、まあ、そうだけど」

「マジかよ玲二。それは予想外だ」


 良かった。さすがに全部お見通しってわけじゃないんだな。


「水着見たのか。園田ちゃんの」

「見たけど」

「なんだよ」


 葉山家特製のいなりずしを食べる手を止めて、良太郎は俺の手をつんつんとつついた。

 思い出すだけで恥ずかしい。顔にのぼってくる血流の激しさを抑えきれず、同性の友人と二人でひるごはんというシチュエーションなのにカッカとしてしまう。


「そんなにイケない感じの水着だったのか?」

「違う。違うよ、そんなんじゃない」


 むしろイケていた。最高だった。

 エメラルドグリーンを優しくパステル調にしたような色合いの、ビキニ、だった。

 胸元はひらひらのレースで覆われていて、下はスカートみたいな形だったから、あれがビキニと言っていいのかどうか俺にはわからないけど。でも!

 問題は水着そのものじゃなくて、その水着を最高に可愛く着こなしている園田と、思ったよりもずっと良かったスタイルの方であり、俺はもう直視していられなくて、それであんな蛮行に及んでしまった。


「可愛い感じだった」

「なるほど。好みが見抜かれてたんだな」


 あの色合いの爽やかさも水着の形状も、出るところ、ひきしまるべきところをしっかりと押さえた園田のスタイルに完全にマッチしていたと思う。

 手足もほどよい細さで、肌の色も健康的、思ったより大きく、腰はきゅっと細く。

 俺は今までわからなかった単語の意味を、あの瞬間理解できたんだ。


 わがままボディ。


 服を着ている間は可愛さ、清純さを漂わせているのに、一枚オフすればご覧の通り。

 そんな都合のいい男の願望を体現しているのが、いわゆるわがままなボディと呼ばれるものなんだろう。と、思うんだがあっているのかどうかはもうどうでもいい!


「で、一緒にボートで寝転んだりしちゃったのか? あ?」

「してない。プールはすぐに出たんだ」

「なんで」


 俺だって本当は、園田と一緒にプールで浮かびたかった。

 俺の手を引っ張ってプールサイドへ連れて行って、ぱしゃぱしゃと水をかけてくる園田の可愛さは、本当にどうしようもないくらいに天使だし小悪魔で、狂ってしまう寸前まで追い囲まれていたと思う。


 あんなにも魅力爆発な姿をあのまま人目にさらすわけにはいかなくて、そんな勝手な意見を言った挙句、園田が恥ずかしそうに「うん」と頷いてくれた時の愛らしさは多分人類の歴史に残るくらいだったと思うけど、そう良太郎に語るのは無理だ。


「プールはやめにして、遊園地に行くことにしたから」

「だからなんでだよ」

「とにかくやめて、遊園地にしたんだけど、そこからまたうまくいかなくて」

「なにがあった?」


 よし、議題が移った。

 プールのあとについてもあまり詳細を話すのは気が進まないんだけど、仕方がない。


「いろんなアトラクションで遊んで、最後に観覧車に乗ったんだ」

「ベタだな」

 

 確かに。ベタだと思う。デートの締めに観覧車。

 でも、夕方の海は綺麗だろうと思ったんだ。

 ウォーターアイランドは海沿いにあって、観覧車からの眺めが名物の一つになっていると案内にもあったから。


「最初に失敗だと思ったのは、乗ってみたらびっくりするほど暑かった」

「なるほど。窓もあかないし、日光がめちゃめちゃ入るもんな」

 

 すぐに汗が吹きだしてきたのは、でも、暑かったからだけじゃない。

 最初は向かい合って座っていたのに、園田が急に立ち上がって、俺の隣に移動してきたから。えへへ、なんて恥ずかしそうに笑いながら自然と俺の隣に収まって、今日の総括をし始めて。


「玲二くん、今日は楽しかったね」


 勝手にプールを五分もしないうちに打ち切りにした俺に、園田はにこにこ笑ってくれる。

 あの日の服装は、真っ青なスカートが印象的だったけど、上に着ていたキャミソールとカーディガンの威力も相当なものがあった。

 

 蒸し暑い観覧車の中で、園田の汗が額から流れ落ちて、頬を伝っていくさまを見ていた。一粒が珠になってぽたりと落ちたんだ、胸元に。


 キャミソールは危険だ。


 俺はもう、こんなことばっかり。

 サンダルからのぞく可愛い足の小指とか、カーディガンの向こうに隠れている細い肩ひもの正体だとか。汗ばんでぴったりと体に張り付くキャミソールが描いているラインとか、もう少しで谷間が見えてしまいそうだとか。


「ジェットコースターに乗った時、うるさくなかった?」


 園田は一生懸命話してくれたんだけど。正直に言う。俺は、この日あったことはなにひとつ覚えていない。水着姿が宇宙規模でヤバかった以外、なにも覚えてなんかいないんだ。

 頭の中にあるのは、シンプルにこれだけ。園田が可愛くて、好きで好きでたまらない。ハート型の思いだけを詰めた頭じゃ、返事もまともに出来やしない。


「玲二くん?」


 真横だ。真横の、少し上から見ているんだ。

 園田の可愛い顔がもうすぐそこにあって、そのせいで、頭の中に詰まっていた思いが進化を遂げた。


 順番が間違っている。

 俺はまず、園田にちゃんと「俺も好きだよ」って伝えなきゃいけない。

 なのに、体が勝手に動いてしまった。

 右手をそっと、園田の左の頬に当てて、それで。


 園田も俺がなにをしようとしているのか気が付いてくれて。

 大きな目が、ゆっくりと閉じていって。

 まだ触れていないのに、ものすごく幸せだと思った。

 こういう時はやっぱり、目は閉じておくべきなんだろうけど。

 でも俺は、園田を見ていたくて、見ないでいるのが勿体ない気がして、とじた瞼さえも可愛くてたまらなくて、だからそのまま、唇を近づけていったんだけど。



「いきなり、揺れたんだ」

「観覧車が?」

「うん。大きな音がして、驚いた」


 あとほんの数ミリのところで、事件は起きた。

 突然の衝撃音と、揺れ。観覧車なんて高くて脱出不可能な場所でそんな現象が起きたら、おそれおののくに決まっている。


「なに、今の……」


 園田も怯えた声をあげていた。

 俺にぎゅっと、しがみついて。

 なにせ真横だから。俺にぎゅっと全身で倒れ込んできて、思っていたより大きい部分が押し付けられてしまっている。


 揺れはゆっくり収まって、すぐに元通りになった。なにもなかったみたいな素知らぬ顔で、観覧車は残り半分の行程を進んでいる。


「ごめん、しがみついちゃって」


 急に訪れた静けさのせいで、照れくさい。

 だけど園田は俺から離れなかったし、俺も園田を離さなかった。

 離れたくなかったから。園田もそう思ってくれた。それが嬉しくてたまらなかったから、もう一度頬に触れて、今度はついでに髪も撫でてみたりして。


「玲二くん」


 安心させたかった。さっきの揺れで感じた不安も、俺がいつまでも好きだって言わないことも。もう不安に思わなくていいんだって、伝えたかった。


 再びの見つめ合い。大きな瞳の中に入りこんだ夕日のかけらが煌めいて、消える。

 まぶたが閉じて、長いまつげがふわりと降りていった。だけど。

 



「しかも二回、揺れた」

「それは怖かったろうな。なんで揺れたんだ?」

「二回目の時、見えたんだ。鳥がぶつかった。多分一回目もそうだったんだと思う。同じ音だったから」




 唇が触れる寸前でまた観覧車が揺れた。

 俺はまた目をカッと開いていたから、目撃してしまった。

 海鳥のような白いなにかが突っ込んできたのを。



 もういいムードにはなれなくて、二人してすっかり気落ちした状態で丸いカゴから降りた。


「びっくりしちゃったね、玲二くん」


 それでも園田は笑顔を浮かべて、俺を見つめてくれる。

 観覧車から降りてぶらぶらと歩くと、小さなジューススタンドがあって、そこでちょっと一休みしようか、という話になって。


 強く思った。

 キスして気持ちを伝えようなんていう俺の邪道な行いが為されなくて良かったと。

 まずは正式に、返事をするべきだろうから。

 いつか、いいなって思ったら、彼女にしてください。

 園田はそう俺に言ってくれたんだから、答えるべきだろう。


「園田、俺」


 行楽地価格のお高いジュースを買って、二人で並んで座った。

 揃ってもう汗だくでびっしょびしょだったけど。

 そんなの気にならないくらい、俺たちの間に漂っている空気は成熟していたと思う。

 言わなくても、わかる。心はもう繋がっている。そんなムードだったけど、でも、けじめはつけるべき。そう望まれているだろうと思った。




「でも降りた後も散々で。暑かったからジュースを飲んだんだけど、そこにいきなり大型犬が走ってきて飛び掛かってきたんだよ」

「玲二に?」

「ああ」

「大型犬が?」

「そう」


 


 モモちゃん、だめよー! という声が、近づいたり遠のいたり。

 モップのオバケみたいなモモちゃんは、俺を椅子ごと吹っ飛ばした上のしかかってきて、顔中をべろべろべろべろなめ続けた。


 飼い主さんからはお詫びをされたけど、ひどい有様だったと思う。

 もともと汗だくの状態だったけど、それに加えてなんともいえない臭いがくわわったし、園田の俺を見る目も随分気の毒そうだった。




「洗面所で洗ったんだけど、そのあともこまごまと変なことがあって」


 手を繋ごうとした途端突風が吹いて、近くに置かれていたパンフレットが手裏剣のように俺の腕にズバズバ当たったり、園田のスカートが感動的なほど高くめくれてしまったり。


 とにかく、盛り上がり切ったあの時のムードにはもう戻れなかった。

 ラッキーの時から、呪われているんじゃないかって思う。

 すっかり気持ちを削がれてしまって、仕方なく大人しく帰路に着いたんだ。



「はあ、そりゃ大変だったな」


 でも大丈夫だと良太郎は笑う。


「お前がやらかしたわけじゃないんだから、今日は普通にイチャつけばいいじゃないか」

「普通にって」

「園田ちゃん、浴衣姿も絶対可愛いだろうな」


 それは俺もそう思う。いや、間違いないと確信できる。


「良太郎は、誰か気になる相手はいないのか」


 もしかして、園田のことを、と思ってしまう。

 俺にも良くしてくれるけど、園田とだって仲が良い。

 相原に絡まれた時にも、助けに入ってくれた。


「俺は今はいないんだよね。去年大恋愛してさ、結構悲しい結末を迎えたの。だからしばらくはいいんだ」


 大恋愛。良太郎にはあまり似合わない、激しい単語だ。


「園田ちゃんは可愛いけどタイプじゃないんだよ、フレッシュすぎて。俺は年上のちょっとエロい感じのお姉さんがいいから、心配しなくていいぜ」


 良太郎が最後のいなりずしをぱくっとつまんで、それでランチの時間は終わりになった。

 そろそろ着替えようと呼びかけられて立ち上がると、親友は俺の肩に手をまわして、こんな風に囁いてくる。


「俺のこと、良太郎って呼んだ?」

「ん?」

「嬉しいね! じゃあ今日はこの勢いで、いつきって呼んでやれよな」


 確かに、それがいいかもしれない。

 少し前まで俺の中にあった、「駄目だ」という気持ちが今日はいない。

 

 あと少ししたら園田に会えるって、そればっかりになっている。

 あの可愛い瞳と、柔らかい頬。昨日みた夢が思い起こされて、体が震えた。

 

 夢の中で俺たちはふたりきり。どこかわからないけれど、ただただ心地よいだけの優しい場所で、二人で並んで寝そべっていた。


 いつきに触れた。頭のてっぺんから髪を撫でて、頬に触れて、額にキスをした。

 いつきが俺を呼んで、愛の言葉をささやいてくれた。

 だから俺は、いつきはもう俺のものなんだって思った。

 彼女の足のつま先からまつげの一本一本まで残さず唇でふれて、俺のものだっていう印をつけた。

 

 目が覚めた時の、あの喪失感の凄まじさ。

 俺はもう、いつきがいないとダメなんだと思う。

 誰がなんと言おうと彼女に触れるし、隣にいるし、おかしなやつが現れたら殴り飛ばしてやる。

 

 意識がふわふわしていた。そう思ったけれど、別に構わなかった。

 今朝、母さんから電話があった。今日は外に出ちゃ駄目よって言われた。でも、もう、忘れた。そんなの意識できない。今日は人生で一番いい日になるはずだから。

 夢に見たあの体験を現実にしたい。


 心が燃えている感覚が心地良かった。




 四時半に、月浜海岸駅前で待ち合わせ。

 良太郎は俺の他に二人の男を呼んでいて、一人は一年四組の島谷(しまたに)という男。もう一人は良太郎の地元の友達で、羽野(はの)というらしい。

 お互いに面識はなかったけれど、良太郎のおかげですぐに空気は和やかになった。どうしてこのメンツを選んだのかは説明がなかったけれど、問題はない。


 四人で待っていると、すぐにいつきたちも姿を現した。

 改札口からではなく、駅前を通っている道路の向こうから。


 俺と良太郎は浴衣、島谷と羽野はごく普通の洋服。

 対して女の子たちは四人とも浴衣姿で、それぞれ髪をアップにしたりしていて可愛らしい。華やかで明るくて眩しい。でも、一番可愛いのはやっぱり間違いなく、いつきだ。


「玲二くん、浴衣なんだね」

「俺のばあちゃんが作ったのよ。どう?」

「似合ってる。すごくかっこいい」


 いつきは俺しか見ていなくて、まわりはヒューヒュー、ひそひそと囃し立ててくる。

 俺も。俺もいつきしか見えない。周囲の人間は完全にもう、その他大勢でしかない。


「いつきもすごく似合ってる」


 俺がこう褒めると、可愛い頬はみるみる薔薇色に染まっていった。

 恥ずかしそうに少し俯いて、ありがとうと呟くように言った。



 花火大会の会場に一番近い駅前は既に混雑していて、人がとにかく多い。

 車の流れもすっかり停滞していて、歩行者の方がスピードが速かった。


「はぐれないように」

 こんな口実で、いつきの手を取る。

 柔らかくて、熱い。

「なんだよ玲二、さてはお前、俺に話した以外にも色々あったんだな」


 いつきの友達三人組も、良太郎も、あきれた顔でなにか言い合っている。

 でも最後は「お幸せに」、だって。

 良かった。これで、二人だけだ。


 幸せな気分で手を強く握る。


「玲二くん」

「なに?」


 海岸へ続く道の騒がしさの中でも、いつきの声だけはよく聞こえた。

 少し橙に染まって来た日の光を浴びて、いつも以上に煌めいているからかな。

 特別な人は、特別な声に。特別な人は、特別な輝きに。

 そんな風に思える相手が出来た幸せに浸りきっている。


「なんでもないの」


 こんな風に好意を丸出しにしてこなかったから、戸惑わせているんだろう。

 一瞬だけ頭が冷えて、いつもの俺らしい考えがぽっと浮かんだ。

 でもそれもすぐに恋の炎に焼かれて、灰になって消え去っていく。

 今日はいいんだ。俺は俺の特別なひととずっと一緒にいる。


 抱きしめて、唇を重ねて、一つに溶け合うんだ。

 


「場所、全然あいてないね」


 会場には人、人、人。これでもかというほど溢れている。

 さっき「お幸せに」と言って離れて行った良太郎たちも、並んで歩かなかっただけでそばにいたらしい。

「しょうがないから、あっちの高台に行こうぜ」


 大規模な花火イベントに来たのは初めてで、ひとびとの席確保にかける情熱に驚いてしまう。

 有料のいい席は値段が高いし、それ以外は何週間も前から取っている人たちがいるんだとか。

 高校生は立ち見でいいんだよ、と良太郎は言っていた。

 焼きそばを食べてヨーヨーを釣って、可愛い女の子と歩きながら見ればいいんだと。


「りんごあめが売ってるよ」


 確かに、その通り。

 なにを食べようかと考えているふわふわのいつきが可愛くてたまらない。


「玲二くん、りんごあめ好き?」

「食べたことないよ」

「そっか。美味しいんだよ。りんごがまるごと入ってるの」


 りんごあめの作りについて、まったく考えが及ばない。


 遠くで最初の花火があがる音がして、はっと目が覚めた。


 俺、なんだか今日は変だ。

 園田が好きなのはもうどうしようもないけど。でも、いつもと違い過ぎる。


 焦りとは裏腹に体が動いて、繋いでいた手をぱっと放した。

 驚いたように俺を見上げる園田の肩を抱いて、自分にぐっと引き寄せて。


「玲二くん、どうしたの。今日はなんだか、ちょっと」


 いや、おかしくない。これが俺の望みだ。

 いつきと一緒にいること。触れてお互いを確かめ合うこと。

 夢の中でしたように、いつきに俺のしるしをつけなきゃいけない。

 他の男がさらっていかないように。心が俺から離れていかないように。


「ちょっと、なに?」


 また花火があがる。

 大きな音と歓声。空に瞬く光と、浮かび上がった園田の戸惑いの表情。


「今日もすごく可愛い」

「ありがと……」


 再びの花火の音。

 連続で空を揺らす破裂音が、俺の体を貫いて揺らす。


 心と体が、完全に分離したような感覚があって。


 視界が一気に暗くなっていく。


「玲二くん?」


 なんだこれ。


 急激にさしこんできた痛みに足元から一気に崩れ落ちて、ブラックアウト。



 最後に見えたのは多分、園田の足元だったと思う。


 足の指さえも可愛いなと考えた瞬間、意識が途絶えた。

 

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