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狼少年の憂鬱  作者: 澤群キョウ
ミュージック・アワー
12/85

波間にグリッター / いつき

 あんな出来事があった日に友達とショッピングっていうのはどうなのかな、と思ったんだけど、お母さんはむしろ行ってきなさいと言ってくれた。

 気分転換できた方がいいからって。でも心配だから、お兄ちゃんに連れて行ってもらったら、と提案してきた。


 一番上の(みつる)兄ちゃんは大学三年生で、免許も持っているから車で送ってもらいなさいという話になった。

 駅前集合はそのままで、やかましい女子高校生を四人も乗せて、月浜駅へ向かってもらう。


「相原って、勉強会に参加しようとして断られてた人?」

 そうか、友香は遭遇したことがあったんだった。

「なんだか変な感じだと思ったんだよね。葉山君もあきらかに警戒してたし、気をつけなよ、本当に」

「気をつけるもなにも、全然話してもいないのにいきなりいるんだもん」


 三列シートの車の中で、二列目に千早と実乃梨、三列目に私と友香が座っている。

 三人のコンビネーションはゆるぎないものがあって、やっぱり発言の順番は千早、友香、実乃梨になるらしい。


「やっぱりね、いつき。あんたはいつかストーカー被害にあうと思ってたよ」

「立花ガードをもっと強固にしてもらわないといけないね」

「同棲生活……か。十六歳の花嫁まで、カウントダウンが開始されちゃう!」


 私が十六になったところで、花嫁にはなれない。

 玲二くんは確か二月生まれだったはずだし、男の子は十八歳でしょ、結婚できるようになるのは。


「いつき、彼氏が出来たのか?」

 いつもは口数の少ない、影の薄い長男なのに。気になったのか、充兄ちゃんまで加わってくる。


「そうです!」

「日独ハーフの超イケメンです!」

「暇さえあればいちゃついてます!」

「もう、嘘ばっかり言わないでよ」

 

 まだ彼氏じゃないし。一回デートしただけだし。


「今日送ってくれたのは、その立花君って子なのか」

「そうだけど、別に付き合ってるわけじゃないの。仲良くしてくれてるだけ」

「ふうん」


 兄ちゃんが黙って微笑んで、三人はニヤニヤニヤニヤ、私を振り返ったりつついたり。

 落ち着かない。こんなことなら送ってもらうんじゃなかった。

 とはいえ、相原君の神出鬼没ぶりはやっぱり怖い。



 駅前のショッピングモールについて、兄ちゃんには「浴衣を選ぶ」とだけ告げた。

 女の子だらけの店内についてくる気はなかったみたいで、兄ちゃんは同じフロアにあるカフェで待ってくれている。


「さすがに水着とは言えないよね、いつき」

 千早は相変わらず悪い顔をして、私の脇腹をつんつんとつつく。

「先にビキニを選ぼう」

「面積が小さいやつね」

「紐か」


 問題発言ばっかりしているけど、いざ売り場に入ると三人はかなり真剣に、露出の少ないタイプのものばかりを手に取った。


「いつきにこれ、似合いそう」

「んー、ピンクか。ピンクはちょっとあざとくない?」

「そうそう、青か緑系がいいよ」


 どうかな、と何着も水着をあてられて、三人のチョイスの良さに思わず感心したりして。


「ビキニじゃなかったの?」

「ビキニに引っ掛かる男じゃないでしょう、立花君は」


 思春期をなめるなとか、言ってなかったっけ。


「男はとにかくピュアな女を求めているのよ」

「百戦錬磨が好きな人もいるだろうけど、そういう人はいつきを選ばないでしょ」

「熟女好きって可能性もあるけどね」


 ないよ、実乃梨。多分だけど。

 あれ、実はそういう隠された属性があったりするのかな。

 そうだったらどうしよう。


 三人が手分けして探してくれた「私に似合いそうなもの」を何着も並べて、四人で意見を出し合って。

 勝負水着が決まったら次は、浴衣だ。

 もう時間が結構遅いから急がなきゃいけないのに、四人でいるとちっとも収集がつかなくて、ミニ丈のがあると千早が騒いだり、ネタに走ろうとする実乃梨を止めたり。最後にお兄ちゃんが様子を見に来てやっと火がついて、閉店ギリギリでようやくお会計が終わった。


 高校生だなあって感じ。

 夜九時過ぎにファミレスでご飯食べるなんて。


 小学生ならもう寝ている時間に地元に戻ってきた。

 みんなを順番に家に送って、友香を降ろしたらとうとうお兄ちゃんと私だけ。


「彼氏と行くのか、花火大会」

「だから違うってば」


 充兄ちゃんはいつもは静かなのに、時々なぜかズバっと核心をついてきて困る。


「さっきのメンバーとだよ」

「さっきのメンバーと、男子か。気をつけろよ、いつき。必要なら送迎してやるから、あんまり遅くならないうちに帰るんだぞ」

「お父さんみたいだよ、その発言」


 親父はこんな風に言わないだろう、と兄ちゃんは笑っている。

 確かに。お父さんはお兄ちゃんに輪をかけた無口で、肝心なことすら言わない。


「親父が言わないから俺がかわりに言うんじゃないか」

「大丈夫だよ、花火見るだけだし」

「お前はそう思っていても、変なヤツに絡まれるかもしれないから。可愛い妹になにかあったら嫌だからな」


 

 遅いお風呂に入ってから、そりゃそうだなあ、ってため息をついた。

 今日はその変なヤツに絡まれて、半ベソで帰ったんだもん。心配されて当然だよね。


 相原君、どうなったんだろう。

 ひょっとしたら私がどうのこうの、って理由じゃなくて、根っからの動物好きって可能性も、ゼロではない……けど。


 エーゲ海の秘宝展だっけ。もうチケットを買ってそうで怖い。


 「嫌だ」って言葉は結構強い否定だと思うんだけど。

 相原君の誘いを断るには、なんて言わなきゃいけないのかな。




 アルバイトの予定が消えて、次の日は家で課題をこなした。

 家族はみんな出払っているから、私は一日ひきこもり。

 

 相原君にはまだ、直接注意みたいなことはしていないらしい。

 叔父さんとお父さんが夜中に話し合って、ただいるだけのお客さんにあまり強くは言えないと結論を出したんだと、お母さんが教えてくれた。

 そうだよなあ、って思う。映画と美術館に誘われただけで、実害はないんだよね。怖いだけで。予定なんて一切話していないのに、なぜか全部知っているのは本当に気持ち悪いんだけど、でも「偶然」の可能性も捨てきれないから。


 たまたま耳に入っただけ、動物が好きだっただけ。

 ありえないと思うけど、事実は小説よりも奇なりって言うし。



 玲二くんに会いたいな。

 宿題教えてって言えば良かったかな。


 でも、明日も会うし。

 迎えに来てもらえるし。

 明日会えるっていうこのドキドキもちょっと、楽しいし。


 


 財布よし、携帯よし、チケットよし、そして水着よし。

 カバンの中身の確認、これで七回目だったかな。こういう時って重要なものをうっかり忘れたりするから、油断がならない。

 約束の時間まであと十五分。すごく中途半端で、部屋でもうろうろ、廊下でもうろうろ、リビングでもうろうろしちゃってお兄ちゃんに文句を言われた。


「お前はクマかよ、ちょっとは落ち着いたらどうだ」


 二番目の草兄ちゃんはいつも厳しい。ケチばっかりつけてくる。

「また浮かれた格好しやがって」

「姉ちゃんもしかしてデートなの?」

 弟の葉介(ようすけ)まで口を出してきて、居心地が悪いったらない。


 まだ早いけど、サンダルを履いて玄関を出た。


 迎えの約束の時間まではあと十分。

 でも、外に出たらすぐ、道の向こうに歩いてくる人影があった。


「玲二くん!」


 なんだか恥ずかしそうにちょっとだけ答えてくれている。

 最近すっかり見慣れてきた、細長い影。髪が夏の光のせいでキラキラしていて、きれい。


「早いね」

「玲二くんも」


 手を繋いでいいかな。

 この間、迎えに来てくれた時、握ってくれていた。

 思い出すだけで胸の奥がきゅんきゅんしてしまう。

 あの時、怖かったんだけど、玲二くんが隣に来てくれて、胸がいっぱいになって、苦しかった。すごく幸せな苦しさだった。あれをもう一回、体験したいんだけど。駄目かな。


 駅に向かって歩き出す。

 今日も、移動手段はバス。水族館に行った時と同じ路線で、三つ先の停留所で降りる。

 ちょっとだけ先に行くんだよね。

 玲二くんとの仲も、もうちょっとだけ先に進みたいんだけど。

 付き合ってもいないのに手を繋ぐなんて、図々しいと思われちゃうかな。


 勇気が出せないままロータリーについて、やってきたバスでまた、隣り合って座った。

 ちらちらと様子を窺う私に気が付いて、玲二くんはちょっとだけ困ったような顔をしてから、こう言ってくれた。

「今日も可愛いね」

「ありがとう」


 流行ですよって店員さんに言われて買った、真っ青なミモレ丈のスカート。

 ミモレがなんなのか私にはわからないけど、でもなんとなく、この間のワンピースの方が評価が高そうな気がする。


「あのあと、大丈夫だった?」

「うん、……まあ、なんの対処も出来てないんだけどね」


 玲二くんは心配そうな顔をしていて、それがまた、凛々しい。真正面から見ると美少年って感じで、横顔はそれよりちょっぴり大人の美青年。

 

「でも大丈夫。お兄ちゃんも協力してくれるし、友香たちにも話したの。一人では出歩かないようにするから」

 

 こんな話はもうしたくない。これから二回目のデートなんだから。

 一回目は途中で失敗したから、今度こそちゃんと楽しい一日にしたい。



 海岸沿いの道をバスが走っていく。

 よく晴れているから、海が輝いていて、すごくいい気分だった。

 深い青の上で踊るきらめきが、二人を祝福しているみたい……っていうのは考え過ぎかな。


「遊園地は半年ぶりかな。春休みに友香たちと行ったんだけど、ウォーターアイランドは三年ぶりに来たよ」

「俺は、小学生の時に行ったきりだから、六年ぶりかな」

「そうなの?」

「うん。確か、家族で行ったんだ。父さんが行こうって言って」


 玲二くんが行きたがったんじゃないんだ。

 玲二くんらしい話だな。


「あんまり好きじゃなかった?」

「そんなことない。園田となら楽しいと……思って」


 あれ、真っ赤になってる。

 可愛い。



 なんとなーくあったかいムードの中、ウォーターアイランド前でバスを降りた。

 招待券を出して、向かったのはプールの入口。

 

 ウォーターアイランドの売りはなんといっても巨大なプールで、ちびっこ向けのキャラクター仕様のものから、ジャンボ滑り台、流れるタイプなどなど、大小あわせて十カ所も泳ぐ場所がある。

 玲二くんとまったり過ごすなら、どこがいいのかな。

 大きな浮き輪を借りて、二人でぷかぷか浮かんだりして。

 ああ、いいな、そういうの。最早恋人同士! トロピカルなジュースを二人でコツンとぶつけて、夕日色に染まりたい。


 女子更衣室で着替えて、念入りに全身をチェックした。

 余計なものがはみだしていてはいけない。

 前、後ろ、横。こんなに自分の姿をまじまじと見たのは、初めてだと思う。


 みんなが選んでくれた勝負水着は薄いグリーンで、可愛いけどちょっとだけ大人っぽくもあり、ほんのりと大胆な部分もあるパーフェクト仕様! と実乃梨は評していた。

 確かにそうかも。可愛いけど、少し大人。高校生にはちょうどいい。


 玲二くん、なんて言ってくれるかな。


 園田、可愛いよ。


 いや、もう一声欲しいな。


 園田、好きだよって。



 待ち合わせ場所は更衣室を出たところで、多分玲二くんの方が先に準備が終わっているだろうなと思っていた。

 案の定、素敵な美青年が待っている。どこか遠い空の上を見ているようで、私にはまだ気が付いていない。


「玲二くん、おまたせ」


 ごく普通の黒いバミューダパンツに、腕には硬貨を入れておけるリストバンドを巻いている。

 色が白い。当たり前なんだろうけど、その辺を歩いている人たちとは段違いに白い。

 

 振り返ってくれた王子様は笑っていたように見えたんだけど、私を見た瞬間、目を丸くしてフリーズしてしまった。


「どうしたの? なにかヘンかな」


 玲二くんは真っ白い顔をぶんぶん振って、「滅相もない」なんて口走っている。

 

 もうちょっと先、プールからはきゃあきゃあ騒ぐ声が聞こえてくる。

 開園時間から少ししか経っていないのに、楽しんでいる人はもう大勢いる。


 暑くてのぼせちゃったのかな。

 更衣室の出口には屋根があるけど、日差しが強烈にさしこんでいるから。


 じゃあもう、冷たい水に飛び込んじゃえばいいんじゃないかな!


「いこ!」


 思い切って手を取って、引っ張って、プールサイドへ。

 準備運動しようとか言うかな、真面目な玲二くんなら。

 でも、こういう楽しいばっかりのプールで、本気で体操している人ってなかなかいない。


 気の抜けたような顔のまんま、玲二くんは一緒に来てくれた。

 顔がちょっと赤くて、ひょっとしたら日焼けすると痛くなるタイプかな、なんて思ったりして。


「日焼け止め塗った? もしかしてもう痛かったりする?」

「いや、全然そんなことはないんだけど」

「どうしちゃったの? なんだかヘンだよ」


 玲二くんは細いけど、ガリガリなんかじゃなくて、マッチョでもないけど、すらっとしていてモデルみたいな体型をしている。

 絶対モテたよね、これは。小学校、中学校と、同じクラスの子はこういう姿を見ていたんだろうな。くそう、うらやましい。


「えい!」


 不特定多数への嫉妬と、今は私だけっていう優越感。

 ちょっとだけ気恥ずかしい思いを楽しみながら、プールサイドにしゃがみこんで、水をパシャパシャ、玲二くんに向かって飛ばす。


 やってみたかったんだ、これ。プールに一緒に行けるって思った時、なにをしたらいいのか考えて、最初はこれをやってみようと決めていた。


「園田」


 結構な量をバシャバシャかければ、入る前の準備代わりになるかなっていう考えで。

 ついでに自分にもかけて、それで、えいっとプールに飛び込んだ。


「玲二くんも来て」


 飛び込んだのは、ウォーターアイランド名物の巨大プールだった。

 浮き輪も小型のボートもオーケーで、こどもも大人もプカプカ浮かんでいる。


 水の中はひんやりしていて気持ちがいい。

 ここでしばらく、玲二くんと並んでぷかぷか、うふうふ出来るかと思うと、顔の筋肉が緩んでしまう。


 ところが、私の思惑はおもいっきり外れてしまった。

 玲二くんはプールサイドに立ち尽くしたままで、全然入って来ない。


「どうしたの?」


 気分でも悪くなったのかな。

 前回は平気だったけど、バスに酔っちゃったとか?


 返事はなくて、戸惑ってしまう。

 周りではたくさんの人が楽しげに飛び込んでいて、私たちだけが固まって動かない。


 仕方がないので、プールサイドに上がろうとすると、ようやく玲二くんが寄ってきて手を貸してくれた。


「ごめん、園田」


 片膝をついたまま、私の手を取って。


「もうあがろう」

「いいよ。でもどうしたの? 具合が悪いの?」


 玲二くんはまた、ぶんぶんぶんっと顔を振って、やけに苦しそうな表情を浮かべている。


「違うんだ。俺、その……」


 手を引っ張られて、立ち上がる。

 すると、王子様の腕が伸びてきて、私の背中をそっと抱き寄せた。


 抱き寄せたといっても、手は背中のど真ん中に添えただけで、触れているのか触れていないのかわからないくらいの力加減。

 胸と胸の間にはすきまがあって、こっちは完全に離れている。


 でも、顔と顔はすごく近かった。今までで一番。

 あと少しで、鼻と鼻がふれてしまいそうなほどに近付いて、玲二くんは蚊の鳴くような小声でこう、私に告げた。


「俺、園田の水着姿をもう、他の男に見せたくない」


 プールから出てひんやりしていた体が、激しく加熱されていく。


 それってもしかして、可愛いと思ってくれているのかな。

 私の姿を、ひとりじめしたいと思ってくれたって、考えていいのかな。


「プールは出て、遊園地で遊ぼう」

「うん……」


 すごく気合を入れて水着を選んだ。

 友香たちの意見を聞いて、玲二くんの好みを想像して、どうやってあそぼうか散々悩んでやって来た場所だったんだけど。

 でも、もういい。嬉しい。抱き寄せて、見えないようにしてくれたんだよね、多分、そうだよね。

 他の男の人がどう評価するかはわからないけど、でも玲二くんはきっと、魅力的だって思ってくれたんだよね。


 わあ、どうしよう。

 ドキドキしすぎて、手が震えてしまう。


 まだここに来てから一〇分くらいしか経ってない。

 シャワーを浴びて、重たくなった髪の毛をぎゅっと手で絞りながら噛みしめる。


 来て良かった!


 しあわせ気分で大急ぎで着替えて、更衣室の外で待つ玲二くんのもとへ走った。

 

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