蝸牛の復讐
わたしは渦巻き型の家に住んでいる。
今現在、財産と呼べるものはそれだけだ。
しかし日常生活は、なかなか快適なものだ。
いらないものは外に出せば良いし、
おおむね移動にも苦労はしない。
思い切り伸びをしても家は背中にくっついてくる。
ただ、ひとつ困った事がある。
それは、近所の悪ガキが、家を狙って
襲い掛かってくるのである。
わたしには為す術が無い。
鈍足で、彼らより小さく、
しかも今は夏休みときている。
彼らの絶好の活動時期なのだそうだ。
わたしは妙案を思いついた。
二度と歯向かえないようにしてやろう。
わたしの渦巻きが鈍く光った。
ある学校で、わたしは授業の教材にされかけたことがある。
生き物観察と銘打った地域住民の虐殺である。
過去にわたしの祖母が犠牲となっていた。
人間の、特に子どもたちが憎くて仕方ない。
いつか復讐の時が訪れないだろうか。
夏休みのプール開放の日。
彼らは学校に集まっていた。
二度と立ち上がれないようにしてやる。
わたしは大きく息を吸った。
「あ、アレ、かたつむりじゃない?」
男の子がわたしを手に取る。
プールの端にへばりついていたのを剝がされた。
わたしは家の中へ避難したが、
すぐに水の中へ投げ込まれた。
失敗した、もうダメだ。
わたしは水の底へ、
渦巻きと共に飲み込まれていく。
浮くかもしれないが、絶望的だろう。
わたしは覚悟を決めた。
最期にひと暴れして死のう。
「グシャ」
誰かが殻を踏み割ってきた。
わたしの意識はもう無くなる。
しかしもう大丈夫だ。
既に仕掛けを仕込んである。
知り合いの蜂から毒とウイルスを頂き、
自分の家の外壁に貯蔵しておいたのである。
踏み抜いた誰かに感染するはずだ。
早く死んでしまえ、このチビ。
わたしの目の前は真っ白になった。
「先生、なんか踏んだ」
女の子が報告している。
「ぐにゅっとして、ちょっと硬い。これかたつむり?」
「ケガとかは無いかい」
「うん、別に」
命賭けの復讐は終わった。
「もしもし、次の方」
受付で誰かが呼んでいる。
地獄へようこそ、と書かれた看板が浮いている。
「はい、かたつむりさん。これ罪状です」
コピー用紙が一枚入った封筒を手渡された。
内容を確認する。
そこにはこう書かれていた。
「窃盗 懲役3ヶ月」
「身に覚えがないんですけど」
受付嬢は愛想よくテキパキ答える。
「分かりませんか?あなたの最大の罪は、
女の子の心を奪った事です」
「はい?」
下界を見ると、あの女の子が
他のかたつむりを捕まえている。
虫かごの中に蠢く沢山の同胞を、
彼女は悦に入って楽しそうに眺めている。
いずれは男達を捕まえるようになるだろう。
女には毒があり、
わたしのチンケな策など効かない。