8ヤンさんの子①
家庭教師が付き、次第に言葉も話せるようになっていくうちに、この世界の地理や生活習慣、伝説など様々なことを教わった。日本での暮らしや文化なども聞かれ、話した。
互いにコミュニケーションをとるうちに、話せるようになるという教え方らしい。
当然、十和の家族のことなども話に出たのだが、郷愁に襲われ、泣きそうになったため、話題を変えようと、反対にヤンの家族のことを聞き返した。
これは、まずかった。
コミュ力不足の癖に生意気をしてごめんなさいである。
藪をつついて蛇を出すというか、なんと言うか、大失敗だった。
ヤンさん、どうやら、若い嫁さんをもらったばかりらしい。
やりおるな、ウハウハだろう今!
・・・ここまでは、よかった。
どうやら跡取りもできて、この世の春!!
・・・ここからがまずかった。
ヤンの顔に、急に陰がさしたため、十和がおもわず、どうしたのか聞いたところ、ヤンは、口にははっきり出さなかったが、どうやら子どもが病気にかかっているという感じだった。
詳しい病状は、言葉の意味が理解できず、わからなかったが、雰囲気からけっこう重病らしかった。
話をしているときの垣間見えるヤンさんの悲痛な顔が、十和の心に言葉より何より強く迫った。
子を思う親の心に何をどうすればよいのか、経験値の足りない十和に、何も言うことはできなかった。
自分自身の未熟さにあたふたしている十和に気づいたのか、ヤンは苦労人らしく、作り笑いを貼り付けて話題を変えてきた。
どうすることもできない十和は、安堵とともに、不甲斐なさを感じながら話にのった。
もともとヤンは、子どものことを他人に話すつもりはまったくなかった。
たまたま、十和に思いがけなく話をふられ、話さざるを得なかったため、ヤンとしても、すぐに話題を変えることができてよかったのである。
しかし十和は、ヤンが帰った後も、そのことは重く心に圧し掛かっていた。
いくら考えても自分が直接できることはなかった。
後は、祈るだけだ。
日本に居たときだったら、千羽鶴というところだが、ここでは、紙は貴重品なうえに、薄く丈夫な折り紙みたいな紙はなさそうだった。
そこで凛に、
「“お守り”知っている」
と、食後のお茶の支度をしてくれている凛に尋ねた。
片言なら話せるのだ。
「“お守り”とは、なんですか?」
凛も最近では話せるようになってきた。
ヤンが帰った後、復習がてら凛と勉強しているのだ。
その成果だ。
成果は凛のほうが出ているような気がするが、気のせいだ。
「守る。これくらい」
と手のひらサイズを示し、
「紙、布、中、神、怪我、病気、ない、祈る」
身振り手振りで言うと、理解してくれたようであった。
でも、困ったような顔をして、なかなか手に入らないようなことを返してきた。
『そうか・・・いい思い付きだと思ったのになぁ・・・』
と思わず、日本語を口にして、思い悩んでいると、
凛の心配そうな顔つきが目に入った。
心配そうだった顔つきが思いつめたような顔つきに変わって、+ぎょっとした。
「ちがう、ちがう、だいじょうぶ『気にしないで、気にしないで、そんな、切羽詰ったことじゃないから』だいじょうぶ」
と彼女の身体を抱きしめ軽くゆすった。
・・・この娘、ときどき、斜めうえの行動をとるから怖いんだよね。
自分のことは棚に上げて、そう思っている十和であった。
実際、凛は、まだ子どものところがあり、何をするかわからない不安定さがあった。
それも、十和のためだったら、なんとか役に立とうと常に待ち構えている状態なのであった。
忘れて欲しくて、なんと気を宥め落ち着かせたかった。
ゆっくり、身体を離して顔を覗き込むと、凜が呆けた顔をしていて、十和を驚かせた。
十和が、思わず、
「プフッ」
と吹き出してしまうと、凜は、少し顔を赤らめ戸惑っていた。
・・・こっちが、戸惑っちゃうよ。かわいくて。
とお茶の仕度の続きを促した。
そんなことをしているうちに、ユーゴーがやって来た。
ユーゴーの顔を見た瞬間閃いた。