2目が覚めたけど
目が覚めると暖かい布団の中だった。
正確にはベッドの中だが。身体がダル重くてまっすぐ起き上がれず、横倒しになりながら何とか起き上がろうともがく。
が起き上がれない。
汗をかいたのかべたべたして気持ちが悪い。
(さっき泥の上に横たわっていたよね。)
と右頬をなでるも汗でべっとりしているだけで泥はついていないようだった。
(確かにこんな綺麗な布団に泥のついたまま寝かせないよなぁ。着替えもしてくれているよ。天蓋つきのベッドだよ。これ。)
と思いながら、ベッドの中でうごうごしているとカーテンの向こうから人影が近づいてきた。
声も掛けられずカーテンがそっと開けられる。
開けられた隙間から覗いたのは14、5の少女だった。
カーテンに掛けている右手の小指と薬指がなかった。黙って無表情な顔で身体を起こそうとしていた十和を手伝ってくれたが、ベッドから降りようとすると押しとどめられた。
枕を背中にあてがってくれ、布団を整え終わると頭を下げ、そのまま部屋から出て行った。
どうしたものかと部屋の中を見ていると、軽くノックの音がした。
誰かと思ったが、どうぞというと少女が食事らしきものを持って再び入ってきた。
あまりお腹はすいていなかったが、湯気が立っておいしそうな見た目につられたせいか食欲が湧いてきた。
どろりとした実のないシチューのようなものであった。・・・味は、せっかくの親切に申し訳ないと3口ほど頑張ったが、それ以上は吐きそうになったしろものだった。
かえって迷惑をかけてはと断念した。
マジに危なかった。
なんともいえない味だった。
辛いとかにがいとか塩辛いとか甘すぎるとかでなく、犬や猫をむやみやたらと不衛生に飼っている家の臭いが味になっているといったらいいのか、匂いはいたって普通なのだがとてつもなくまずいのである。
食べられないほどまずい食事って始めてだった。ある意味衝撃だった。
食べている間も無表情にこちらを見ている少女にびびりながら、
「すみません・・・エックスキューズミー・・・ソーリー・・・」
とか愛想笑いを貼り付けながら声を掛けてみるが無視である。それでも何とか身振りで言いたいことが伝わったのか食事が下げられた。
ベッドに寝るように無言の強制を感じ取りおとなしく従った。
決して食っちゃ寝を実践したかったわけではない。
しかしわからない言葉でも何か話しかけて欲しいと心から思った。
声かけの大切さを切実に感じた。・・・意味が違うかもしれないけどとなんやかんや考えたわりに身体は疲れきっていたのか背中の枕をはずされ横たわると、すぐに睡魔に襲われた。
次に目が覚めたときも同じ様なことが行われた。
そんな日が1週間ぐらい続いた。その間にわかったことは、・・・少女は四六時中自分に張り付いて世話を焼いてくれていることだけだった。
重いカーテンが引かれた薄暗い部屋で、いつものように目が覚めた。少女が控えてくれている方を見ると、いつものように少女がいた。
が、その斜め後ろにうっそうと男が立っていた。
変な声を出さなかった自分をほめてやりたい。
よくよく見ると一番最初に見た男のようだった。なぜわかったかというと金髪碧眼の知り合いはその男だけだったからだが。
根拠はない。
向こうもこちらが目覚めたことに気がついたのかベッドの側にかがみこみ十和になにやらわからない言葉で話しかけてきた。
気のせいか臭いをかがれているような気がしたので話しかけられている最中に無作法かと思ったが自分の腕の臭いを嗅いでしまう。
思考力が低下していた。
乙女としては濡れタオルで拭いてはもらえていたが風呂にずっと入っていない今日この頃。
臭いが気になりまくりであったのである。
通常状態になれば恥ずかしいことが、本能のまま素で行動に出てしまう。
そんなことをやっているうちに男が更に話しかけてきた。・・・詰問しているのか?・・・どちらにしてもわからないのだから仕方がない。
っていうか、顔が近い。
どんどん近くなってくる。
ベッドに身体を押し付けできるだけ男と距離をおこうとするもどんどん詰め寄られてくる。
逃げ場がない。
思わず男の顔を平手で押し返した。男はムッとした顔をし、さらになにやら声に険が出てきた。まずいと思っても言い訳できないのって辛いよね。
だって言葉が話せないんだもの。
といいうより何を言い訳しようというのか。自分でもわからない。それでも悪意のないことを伝えようと愛想笑いを貼り付けながら、
「すいません。私、日本人なんで、パーソナルスペース?っていうのがバリアなみに強固にとって来たんです。そこに入られると条件反射っていうか・・・すみませんが、あんまり近寄らないで下さるとありがたいんですが。・・・」
はっきりNO!と言えない日本人の典型だ!
助けてもらっている恩がある上に面倒まで見てもらっているのに強く出れるか?
いや出れないよ。うん!
残念な日本人じゃぁないよ!
などと自虐的になっているこちらに構わず、男は更に顔を近づけてきた。
えっ!と思っているうちに口がくっついた。はっ?何?えっ?
気持ちが悪いとか何とかよりもパニックだ。何が起こったのかわからない。
とりあえず口の中に舌が入ってきた段階で暴れた。
・・・暴れた・・・暴れた・・・抵抗が虚しい。
2,3分くらいか。
人間ってあまりに過度に体を動かすと動けなくなるんだ。
初めて知った。・・・いろいろな意味で初めて知ったことばかりの時間が過ぎた。
経験値が増えることは歓迎だがしたくない経験までさせられた。
痛みと羞恥と混乱の時間がやっと終わると男はベッドから降り部屋から出て行くと思ったら部屋に控えていた少女に無表情な声で命令していた。
(ひ~聞かれた。見られた。知られたよ~。)
と動けない身体で悶絶していると、男は十和を抱き上げ隣の浴室らしきところに連れて行く。
猫足っぽい湯船に十和をそのまま入れるのかと思いきや、なんと一緒に入り、十和を洗い上げてくれた。
・・・洗い上げて・・・洗い上げて・・・くれた。・・・死にたい・・・。
というか事の始まりから頭が朦朧としていたが、もう本当に死に態だ。
情けないことに気がついたときには男に後ろから抱きこまれて暖かく寝ていた。