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10かぐわしい人


次の日、ユーゴーが来た。


十和は、早速お人形について聞いた。


「人、形、作る、ある?」


「人形のことか?あるぞ。」


・・・あるんだ。


なんで、あんなに、驚いた顔をしたんだろう?


「そなたが、ツバイスに人形を作ってくれた話は聞いたが、なぜだ?」


「ツバイス?あぁヤン先生のこと?違う、ヤン先生違う、子ども、渡す」


「子どもでも同じだ。お守りとのことだが」


「そう。お守り」


何をユーゴーが怒っているのか、見当が付かない。


とりあえず、愛想笑いをしながら、この場をごまかそうとした。

ユーゴーが機嫌が悪いのは、今に始まったことではないのだ。







ユーゴーは、自分が不機嫌なことに気づいているくせに、自分の機嫌をとらない十和に、どこか安心もしていたが、腹ただしい思いもしていた。



変な少女であった。


いや、少女ではなく、魔物かもしれない。


そもそも。出会いからして、変だった。





あの日、執務室で、仕事中に突然、首の後ろから後頭部にかけて毛が逆立ったような感じがしたと思ったら、背中にぞくぞくと寒気が走った。


行かなければというやむにやまれぬ思いに駆られ、執務室を飛び出した。


廊下や庭、回廊を横切り最短距離で、今は使われていない離宮の入り口に到着した。

その様子に驚き、慌てて警備の兵達が次々と王の後を懸命に付いてきていたが誰もついてはこれなかった。


ユーゴーはそれらを離宮に通じる入り口で番をしているものに留めおくようにいい1人回廊の外に出て行った。




帯刀はしていても王のとるべき行動ではない。




この離宮は広大な庭付きの瀟洒なもので、3代前の皇帝が側妃だけのために造成した特別な場所であった。後宮とは、一切切り離した場所で、正妃さえ入れなかった場所である。


だからといって、王としての身の安全を考えたのならば、とるべき行動ではなかった。



しかし、本能的に、ここにあるものを誰にも見せてはいけないと直感したのだ。

ユーゴーは、それでも慎重に離宮に近づいていった。



離宮には入らず、庭にまわると、枯れ果てた植え込みの近くに人らしきものが横たわっているのがみえた。近づいていくと、うつ伏せになり、ぬかるんだ地面に顔を埋めていた。



服装はズボン姿で髪型は短く少年のようであったが、ユーゴーは、なぜだか、少女であるとわかっていた。


えもいわれぬ香りが少女から漂い、側によらずに居られない気持ちを抑え、腰に帯びている剣を突き出した。



「何者か?どこから来た!」


王としての身の安全を図る最低限のことは、やらなければと、ほぼマニュアルどおりに行動していた。




(くだらない。なぜ、身動きできないであろう子ども相手に、こんな警戒をしているのだ私は。確かに、この甘い香りに抵抗できそうもない。怪しい。だからといって常日頃馬鹿にしていた形式を踏んでどうするのだ。馬鹿馬鹿しい。)



魅惑の香りは確かに怪しいが、この者こそが待ちわびていたものであると本能が訴える。




少女がこちら仰ぎ見た。



かすかに笑みを浮かべ、ぼうっとしてこちらを見た後、自分に突きつけられた剣に気が付いたのだろう。目が見開き、あり得ないことに遭遇したときの人間の顔になった。



その身体から発する芳しい香りよりも、魅惑的な真黒な瞳が恐怖と苦痛に染められていった。



こんな顔をさせたいわけではない。


やったのは自分だ。



後悔に苛まれる。



心が悲鳴を上げる。



皇帝になるべく生まれ、皇帝としてかしずかれ育ち、皇帝になったいままで味わったことのない感情であった。それこそありえないことであった。


剣を引き、膝を突いたとき自分を一瞬で魅了した、少女の黒い瞳は閉じられた。


はっとして、少女の青白い頬に手を添えて、息を確かめる。呼吸をしているのだかどうだかわからない。緊張で手が震えていたのだ。


(くそっ!落ち着け。)


これまでなったことのない気持ちに身体と頭が付いていかない。



薄い小さな胸に手を当て鼓動を確かめる。当てている手が震えて、なかなか鼓動が感じられない。




・・・トックン・・・トックン・・・





微かに感じる。



・・・あぁ生きている。



胸に喜びが溢れる。



自分のものだ。




独占欲でいっぱいになる。


この不思議な状況など後で考えればいい。





ユーゴーは少女をそっと抱き上げ、離宮の中に入って行った。




泥だらけの少女を一旦、ソファーに寝かせて服を着替えさせようとして、考え込んだ。

自分以外の誰にも少女を触らせたくない。そばに寄らせたくない。見せたくない。

しかし、自分では、面倒を見きれない。


自分の部屋つきの侍女頭を遣わせようか。


離宮の入り口で待機しているであろう、兵達のところへ戻った。



とそこへ城の家臣や兵に混じり、身分が低いため城のこの奥深くまで到底来れるはずのない少女が息を切らして来ているのが目に付いた。



自分の言葉を待っている兵たちを無視し、少女にむかって



「お前は、何をしているのだ。」



と問えば、そこに屯していたものが一斉に少女を振り返った。

少女は、明らかに、場違いなことを理解しているのだろう。本来なら直接口をきけるわけではないどころかここのような城の奥で働く身分ではない。




(申し訳ございません。申し訳ございません。)という思いを込めて、

何度も頭を冷たく硬い廊下に擦り付けるようにして謝る。



そこに居た侍従の1人が、下女がなぜここにと、目くじらを立てて少女を追いやろうとしたとき、ユーゴーは、



「良い。・・・・・・わかったのか?」


と他の者には、なんだかわからないことを聞いてきた。



少女は、はっと顔を上げそうになり、慌てて顔を再び下げながら、大それた事をしているという怯えの中に、自分の感じたことが間違いではなかったと、半ば安心しながら

再び、力強く頭を廊下にすりつけた。



なぜ自分が、規則を無視し、最悪、下女には禁止されている区域に入ってしまったのか自分自身がわからなかった。


あのとき、洗濯頭に命令といういじめにあっていたのだが、急にやむにやまれず、ただ、行かなければという思いに駆られて洗濯頭を無視して、走ってしまったのだ。


どこという具体的なことはわからない。


誰をというのもわからない。


本能の命ずるまま駆け出した。


助けなければ、ただその思いのまま、息が切れようが、何をしようが関係ないとばかりに



・・・走った。



短い生涯で、これほど一生懸命走った事はない。


後でわかったことだが、そのときの自分のすばやさは神がかりといえるほどの速さで、咎めようと追いかけようにも皆一瞬で振り切って声もかけようがなかったらしい。


ついてみれば、城の侍従や兵ばかりでなく、身分ある家臣の方々もいて、何があったのか回廊の途中の扉の前に溜まっていた。

扉を守っているのであろう衛兵に、詰め寄る家臣で騒然としていた。




その後ろにそっと身を寄せても、誰も気が付かないほど、皆が混乱状態だった。



しばらくすると男がその扉を開けて出てきた。衛兵以外のすべての者が一斉に傅いた。身分がとても高い方が現れたことはわかった。




そして、他の偉い人たちの頭越しに自分だけに、その方が声を掛けた。



(あぁ、この方も同じなのだ。)

急いで返事をしたくても、自分は口が聞けない。


なんとか気持ちが伝わるようにと必死になって、“わかった”のだと頭を下げる。



少女のそのしぐさで、ユーゴーも、少女が自分と同じ直感を得たことが不思議とわかった。



「そうか。こちらに来い。」



「陛下っ!」


あせったような家臣の声を聞こえないかのように男は、一度は戻った扉から再び外へ出て行った。


少女は、その身分の高い方が、恐れ多くも天上人であらせられる帝国の皇帝、その人であることに恐れおののき、どうして良いのかわからなかった。しかし、


「陛下があのようにおっしゃっている。謹んで従うように。」


と先ほど呼び止めた家臣とは別の家臣が少女を促した。


何であんな下女が、という不審と疑惑の目を背中に皇帝が出て行った扉を抜けた。


いつもだったら、むぁっとする不快な大気が押し寄せるはずが、微かに風が吹き、その風に運ばれるように、芳しい香りが漂ってきた。



出ると門があり、その向こうには、遠く今なお優雅な離宮が見えた。


門は今、開け放されていた。


入ると、そこは人の手が長年入ってないらしく、荒れ果てた庭があった。


そこを抜けると、遠くに歩いている皇帝の後姿が目に入り、慌てて追いかけた。


芳しい香りが強くなる。皇帝の後を付いて建物に入ると、芳しい香りの元といえる存在が目に入った。


その瞬間大きく胸が鼓動を打った。


胸をかきむしるような甘さと痛み。


あるべき場所にきたような切ないような安堵。


大きな声で泣き出したくなるような思いで胸がいっぱいになった。



黒髪の白いほっそりとした手足の華奢な少女であった。そこにいた皇帝も眼に入らず、無礼も何も考えられず魅入ってしまった。



声を掛けられて気が付くほどだった。慌てて叩頭した。



「その者の世話をお前に任せる。衣服を着替えさせろ。入用なものは侍女頭に言っておく。入り口のところで受け取れ。」



まさか。


と思った。


自分のような身分のないものにこのような方のお世話を任されるとは、信じられなかった。思わず、皇帝の顔を見上げてしまった。


冴えた瞳でこちらを見つめていた。




本気らしい。



本来だったら、そのような目で見られたら、怖さで腰が抜けてしまうであろうところが、本気だと知ってうれしさだけがこみ上げる。



こんなにうれしいことはない。この方の世話を自分ひとりでできるのだ。なんでもして差し上げようと、喜びで有頂天になってしまった。



勇んで頭を下げた。




「それから、いちいち叩頭せずとも良い。侍女の仕事などわからないだろうが、おいおい正式なものは覚えていけばよい。この者が過ごしやすいように世話をしろ。よいな。」



了承の意志を示すために、どうしたら良いかわからなかったが、大きく何度もうなずいた。


帝国の頂点に立ち、冷酷無比と各国に恐れられている皇帝の前でどのような態度を取れば不敬にあたらないかなど、今まで生きてきた中で、一度も習ったことなどない。それどころか、母親が死んで、弟と引き離された8つのときからこのかた食べることにだけで、精一杯な4年間だった。



人の不興を買わないように、ただ、下を向いて、目を合わせず、言われたことを忠実にこなせば良いだけだった。


この方にはそのような対応が通じないことは、本能的にわかった。それでも恭順を示すために、今の自分にできるだけの返答をした。



ソファーに横たわっている方のお世話を任せられることで、胸がはちきれそうだった。それを取り上げられるようなこと粗相をしたくない。


必死だった。



言われたように、立ち上がり一生懸命うなずいて見せた。



「お前は、口がきけないのだな。」



どきっとした。返事にためらったが、嘘はつけない。


恐る恐る頷いた。



「まぁ良い。しっかり世話をするのだぞ。後4半刻ほどしたら、受け取りに参れ。」



というと、愛おしそうに、ソファーで意識を失っている方の側に膝をつき、頬を優しくなでると、名残惜しそうに部屋から出て行った。



残された少女は、芳しい方の側に、恐る恐る寄り、静かに様子を伺った。


何をすればよいのだろう。


見ると、青白い顔をして、息をしていないような微かに胸を上下させている。


そして、身体の半身が、泥まみれになっている。顔も片側、泥がへばりついている。


綺麗にしなければと、部屋を出て、納戸らしき所で、タオルを見つけ桶に水を汲み、顔の泥を落とした。水はしばらく使ってなかったのだろう最初はひどく濁っていた。



といっても、完全に透明になるわけではないし、臭みも薄く付いているのが普通だ。


しかし、宮中に来て初めて多少の濁りはあるがそんなに臭くはない飲み水を飲んだ少女であった。


次第に臭いが薄らいできたので、安心したが、この芳しい人をその水で洗っていると、妙なことがおこった。泥をぬぐっているので、もっと臭く、にごってくるのが普通なのに臭みも濁りも消えていったように見えた。


不思議だと思ったが、その時は気のせいかと考えることを後回しにした。



そんなことをしていると、そろそろ皇帝に言われた時間になったので、急いで離宮の入り口まで走った。


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