マッドタクシー
はじめまして。肩の鼻部屋の、肩の鼻親方と申します。
これでも現役時代は人気横綱だったんですよ。
それはともかくとして、これから私の身に起きたたいへん不思議な出来事について、お話しさせていただこうと思うのですが、よろしいでしょうか?
……お返事がないようですので、お話しさせていただくことにしますね。
あれはたしか、相撲協会の理事会の帰り道、タクシーで肩の鼻部屋に帰ろうとしていたときのことでした。
突如、理事解任を告げられたショックで、茫然自失となり、窓の外の景色を見る余裕もなかったのですが、ガタガタと妙にタクシーが揺れるものですから、窓の外に目を向けると、見たこともない場所を走っていたのです。
森の中の一本道のようで、周りは真っ暗。
明かりはタクシーのヘッドライトしかありませんでした。
「運転手さん、ここはどこでしょうか? 肩の鼻部屋に行く途中にこんな道は通りませんよ。遠回りした分の料金は払いませんが、いいですか?」
運転手さんにへりくだって、そう言ったのですが、返事もせず、ガタガタと悪路を直進するばかり。
そればかりか、車のスピードがどんどん上がっているようなのです。
「おい、人の話聞いてるのか? ここはどこだと聞いているんだ! とりあえず、止まれ!」
私には似合わぬかなりガラの悪い言葉で運転手さんを脅しましたが、聞く耳持たず。
スピードはどんどん上がり、前を見ると、急カーブに差し迫っていました。
このままじゃ曲がれない!
「おい、運転手。止まれ!」
そう叫んだときは、時すでに遅しでした。
タクシーは急カーブを曲がりきれず、道を外れて、崖に飛び出しました。
ああ、死ぬぅ!
人間、死の間際には走馬灯のように人生を振り返ると言いますが、私にもまさにそれが起こりました。
偉大な横綱だった父との思い出、美人女将と言われた母との思い出、不仲だった兄との思い出、現役力士時代のさまざまな思い出が脳裏をよぎり、死んだなと思いました。
しかし、意識を取り戻すことができ、そこは病院のベッドではなく、見たこともない場所でした。