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3日目

 目の前がぐわんぐわんと回っている。目を閉じているのに遊園地のコーヒーカップに乗っているような気分だ。耳の奥で三半規管さんがギュルギュルと猛回転で渦を巻いている気がしてならない。

 そんなに飲みすぎていないはずなのに悪酔いした翌朝の状態を思い出していまう。ああ、しじみの味噌汁が飲みたい。

 寝心地の悪い板張りの床に寝袋だけで眠っているので寝返りを打つたびに背中が痛い。暗い、キツイ、苦しい。一人で味わう3Kは最悪だ。


「急に気分を悪くされて倒れてしまったの」

「ベニテングダケ食べながらお酒飲むって、ちょっと頭おかしいんじゃにゃい?」


 誰かが話す声が聞こえる。一人はアマニタさんだが、知らない間に人が増えてるのか。薄く目を開けて見ると髪の毛が長い女の人が座っていた。

 髪の長い人は頭の上にネコミミっぽいものを乗せていた。そういうキャラ作りなのか、顔つきや動きも猫っぽい感じだ。目の下に赤いお化粧もしているファッション猫娘に違いない。

 二人の会話に聞き耳を立てていると、どうやらアマニタさんがネコミミさんに何かを頼んでいるようらしい。


「だからお願い。ね、ゼラちん」

「んもぅ、仕方ないにゃあ」


 ゼラチン呼ばわりされたネコミミさんは照れながら身体の後ろで白い棒をブンブンと揺らした。なんだあれ、尻尾かな? 最近のおもちゃは凄いな。

 ネコミミさんが床に寝ている私の近くまで音も無く歩いて横に座ると、白い尻尾を身体の前にもってくる。

 私に何をするのかと緊張するものの身体がだるくて動かない。しなやかに動く尻尾は意思を持ったように私の額にそっと置かれた。

 もふもふの尻尾かと思ったそれは、意外にもプルプルでしっとり冷んやりとして火照った顔に気持ちいい。


「まさか氷のう代わりに使われるとは思わなかったにゃあ」

「今度、寒天スイーツをご馳走しますから」

「約束だにゃ」


 二人はとても仲が良さそうだ。ネコミミさんは胸がぺったんこなのに友達がいるのか、うらやましい。私の友達にもなってくれないかな。

 冷やされる額に意識を集中しながら二人の会話を聞いていると、私もそこに混ざっているみたいで楽しくなってくる。相変わらず体調は最悪だけど、精神的には悪くない。友達がいるのはこんな気分なのかもしれない。

 二人が他愛も無い会話しているのを聞きながら横になっていると、不意にドアの開く音がした。


「遅くなってごめんね」

「ゆきさん、わざわざ済みません」

「榎は相変わらずマイペースにゃ」


 また誰か来たようだが、寝たままだと入り口のあたりが見えない。

 バタンと扉が閉まって入ってきた誰かが、さっきまでネコミミさんがいたアマニタさんの横の位置に座った。モコモコのダウンジャケットに耳当て、手袋にパンツとブーツまで全て茶色で統一している女の人だ。ご丁寧に髪の毛まで茶色く染めているようだ。

 外が寒いのか厚着をしてきたようだが建物の中では暑かったようで、すぐに上着を脱ぎだした。

 手袋、耳当て、ダウンジャケットを脱いだ後に、2枚重ねて履いていたようでパンツまで脱ぎだす。茶色で統一されていたアウターの下は、真っ白で統一さていた。驚くことに髪の毛まで真っ白で茶色い髪の毛はウィッグだったらしい。上から下まで真っ白で、身体のメリハリも少ないから遠目にはモヤシに見えるかもしれない。

 アマニタさんのお友達なら私も友達にして貰えるんじゃないかと思ったけれど、ネコミミさんといいアマニタさんの知り合いって変な人しかいない。困ったな、私じゃ仲良くなれないかも。


 でも、ネコミミさんと真っ白さんを見る限り二人とも貧乳だ。ならば私にも友達になれるチャンスがあるかしれない。あれだ、ワンチャンだ。

 今は気分が悪くて動けないけれど、後で土下座して友達になってくださいってお願いしてみよう。

 未来のお友達候補が静かに談笑するのを聞いていると、だんだんと眠くなってくる。未だかつて無い心休まる感覚だ。ああ、いいなぁ友達いいなぁ。お友達欲しいなぁ。

 心細さと安心感とでも涙が出てきた。


「何で寝(にゃ))がら泣いてるんだにゃ」

「疲れているんですよ、きっと」

「アマニタさん、エノキタケ持って来ましたよ」


 静かに会話するお友達候補の声を聴いていると、ぐいぐいと夢の中に引き込まれる。安心感に包まれたまま、ゆっくりと意識を手放した。


 何時間経ったのか、懐かしい匂いで目が覚めた。くつくつと何かが煮える音がする。

 薄く目を開けるとピンク色の人影が囲炉裏の横に座っていた。アマニタさんだ。


「おはようございます」


 他の二人はもう帰ったのか、今はアマニタさんしかいないようだ。

 気分の悪さは良くなっていて身体を動かすことも出来る。ゆっくりと横になっていた上半身を起こすと、鈍器で叩かれたような痛みが頭を襲った。


「うぐっ……」

「お加減はいかがですか」

「気分は良くなったけど、頭が……」


 そんなに飲んでいなかったと思うけど、身体が弱っていたのか変な風に酔ってしまったようだ。二日酔いの痛みに酷似している。

 痛む頭部に手を当てて堪えていると、アマニタさんが鍋から何かを茶碗によそってこっちに渡してきた。

 囲炉裏にかけた土鍋で味噌汁を作っていたらしい。白い湯気の立つ茶碗を受け取ると、ほわんとした柔らかい味噌の香りが漂う。


「これは、キノコの味噌汁?」

「はい、エノキダケは二日酔いに良いそうなので」


 私が酔いつぶれて倒れたのを見て、わざわざ作ってくれたらしい。その優しさに涙が出てくる。

 土鍋も味噌も山小屋の中に無かったから、きっとネコミミさんとモヤシさんが持ってきてくれたんだろう。

 私のためにそこまでしてくれた皆に感謝の念を禁じえない。味噌汁の具のエノキタケがするりと胃の中に滑り落ちてくる。身体の中からポカポカする。


「あったかい」

「良かったです」


 アマニタさんがニコニコしながらお代わりをよそってくれた。もういっそ結婚して欲しい。

 身体が温まってくると同時に、頭の痛みがスーッと引いていく感じがする。痛みから解放されると、再び眠気がやってきた。


「ごめんね、何か眠くなってきた」

「たっぷり休んでください」


 横になって目を閉じると、アマニタさんがゆっくりと頭を撫でてくれた。心地よい安心感に包まれる。


 ◆


 目を覚ますとアマニタさんは居なくなっていた。その代わりに山の売店のおじさんがいた。


「おぉ、目ぇ覚ましたか」


 身体を起こすと、良かった良かったと笑いながら肩を叩いてきた。力が強いので叩かれると痛い。


「いやぁ、間違えて毒キノコをより分けた袋を渡しちまったって、昨日それに気づいて山小屋まで追いかけてきたんだよ」

「何だと、この野郎」


 おなかが痛くなったのはお前の毒キノコのせいか。

 おじさんがそれに2日目の夜に気づいて、3日目に山小屋に到着。倒れている私を見つけて山岳救助隊に連絡したそうだ。

 囲炉裏にかけてあったキノコの味噌汁はなくなっていた。アマニタさんが持って帰ったのだろうか。

 小屋の中には私が飲み食いした空き缶や食べかけのキノコが転がっているだけだった。


 それから私は到着した山岳救助隊の担架に乗せられて下山させられた。大丈夫だと言ってみたが、毒キノコを食べたのは間違いないのでしっかり検査してくださいといわれた。

 運ばれた先の少し大きめの病院で2週間の入院。色々なキノコをちゃんぽんにしたのが良くなかったらしい。何よりベニテングダケとアルコールの組み合わせが最悪だとか。

 

 何日かして、山小屋のおじさんがお見舞いに来た。とりあず殴った。

 アマニタさん達のことを聞いてみたけど、そんな人を見ては居ないし今までも見たことがないらしい。

 一応、警察もきて取り調べをうけたので山小屋にやってきたアマニタさんに看病して貰った話をしたが変な顔をされるだけだった。

 曰く、そんな入山者の記録はない。そんなに目立つ格好なら見てないわけがない。というか、そんな人いるわけないじゃん、馬鹿なの? 死ぬの?

 思わず警察を殴るところだった。


 入院中の病人食のおかげで、当初の目的だったダイエットは期せずして達成された。


 結局、私が山小屋であった人たちは私の幻覚ということで片付けられてしまった。

 だけどネコミミさんの尻尾のひんやりした感触も、モヤシさんが持ってきてくれた味噌汁の味も、アマニタさんの柔らかい手の感触も私は覚えている。

 幻覚のはずがない。

 アマニタさんの妙にキノコに詳しいところとか、ネコミミさんの怪しげな尻尾とか、モヤシさんの尋常じゃない格好とか、色々と不思議なところはあったけれど。

 いいじゃないか、私はあの人たちが好きなんだ。彼女達とリッツパーティがしたい。


 また会えるなら、今度は間違いなくリッツを買って行こう。モヤシさんに味噌汁のお礼に甘いものも用意するんだ。ネコミミさんは寒天スイーツが好きらしいから忘れないように。準備は抜かりなく、お酒はまぁ程ほどに。

 退院したらもう一度あの山へ登ろう。あの優しい、キノコの娘に会いに行こう。

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