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ダブリュード  作者: マオ
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2・人権的にどうなのよ?・1

 よく晴れた朝。

 鳥の鳴き声がするさわやかな空気。

 そして、浮き足立つサレイと、その横で苦笑いしているリィリー。

 門で言われたとおりに別々に宿を取り、朝の待ち合わせ場所を指定して、一晩が過ぎ――リィリーが待ち合わせ場所に現れると、サレイは浮かれた様子でおはようっ! とあいさつした。

 とんでもなく浮かれているのが丸分かりで、リィリーは苦笑いしているのである。

 一緒に祭りを見に行こうと誘ったのを、デートか何かと勘違いしているらしい。

 別に恋人でもなんでもないのだが。

「えと、サレイさん?」

「なんだい?」

 顔中が輝いているような笑顔だ。

「……いえ」

 どこか生暖かい瞳になるリィリーだ。サレイを止められないとでも思ったのか、迂闊うかつに止めないほうがいいと思ったのか。

「さ、行こうか、リィリーさんっ。まずはどこを見て回ろう? どこでもいいよっ」

「そ、うですね……」

 サレイの勢いに戸惑いつつ、ちょっと首をかしげてリィリーは街の様子を眺めた。昨晩宿の人から聞いたが、祭りのメインイベントはもう少し後から始まるらしいので、それまでは広場に出ている見世物や出店を見て回ったほうがいいだろう。

 それだけで結構時間は潰せるはずだ。

「じゃあ、広場のほうに行ってみましょうか。今、いろいろとお店や見世物が出ているって宿の人から聞いたんで」

「よしっ行こう!」

 鼻息が荒いサレイである。かなり意気込んでいる。

「あの、サレイさん?」

「なんだいっ?」

「……いえ」

 ちょっと落ち着いてください、と、言ったほうがいいだろうか? と、リィリーは内心で困っている。ただの祭り見物に、ここまで熱くなることもないだろう。

 彼女のほうにはデートのつもりなど、まるでない。

 サッパリない。毛頭ない。

 前を行く彼の背中を見て、リィリーは息をついた。

 サレイを誘ったのをちょっと後悔した。

 こんなに期待している人を止めるのは大変かもしれないので、そのうち疲れて止まるのを期待しよう。

 日和見である。


               ***


 広場にはたくさんの出店が出ていた。店の種類は駄菓子から装備品までさまざまだ。

 これ以上育たないよと言って怪物の子供を売っていた店の親父が、警備に連行されていくのを横目で見ながら、二人は広場内を見物していく。

「何か欲しいものはないかい? 俺、買ってあげるよ」

 やたらと機嫌よくサレイは太っ腹なことを言ってのける。彼のほうは本当にデート気分らしい。

「え、でも、いいんですか。昨日もご飯おごってもらったのに」

 リィリーが控えめにそう言うのを、遠慮深いなぁとデレデレしながらサレイは笑顔になる。

「大丈夫、大丈夫。任せて。懐はあったかいから」

 盗賊を捕まえて謝礼金を貰っているので、実際サレイの懐は暖かい。リィリーが望むくらいのものは買ってあげられるはずだ。

「じゃあ、遠慮なく」

 リィリーは微笑んで、出店のひとつを指差した。そこは中にクリームをたっぷりと入れた焼き菓子を売っているようだ。繁盛しているようで、行列が出来ている。

「あれ、ひとつ食べてみたいです」

 祭り価格にはなっているだろうが、もちろんたいした金額ではない。

「あれでいいの?」

「はい。あんな食べ物見たことなくて、食べてみたいなぁって」

 と嬉しそうな彼女は、とても可愛かった。

 足元が浮き立つサレイである。買ってきてあげるよと走り出した彼を見送って、リィリーはため息をついた。

「……母さん、姉ちゃん……男の人って母さんたちの言ってた通りだよ」

 どこか遠くを見て呟く彼女は、なにやら乾いた笑みを浮かべている。

 一体故郷のご家族からどういう話を聞いているのだろう。

 行列は長く、サレイは当分戻ってこないはず。ただ待っているのも暇なので、リィリーは近くの店を覗いてみることにした。

 とんでもない美少女が店を覗き込んできたので、店主たちは舞い上がって接客した。

「お嬢さん、うちのソーセージは最高だよ!」

「彼女、飲み物どう!?」

「うちの肉入り饅頭は美味いよ!」

「なんの! これを食べてみてごらん! ほっぺ落ちるよ!!」

 五軒ほど覗いた彼女の手には、タダで手に入れた戦利品がいくつか。

 遠慮するリィリーの手に押し付けてきたので、ありがたく受け取るしかなかったのだ。

 なんというか、男ってアホだ、と実感したひとときだ。

 サレイと離れたとたんに声をかけてくる男の増えたこと増えたこと。

 ひとりなの? とか、一緒に見物しない? とか、美味しい店を知ってるよ、とか、お勧めの店があるんだ、などなど。

 恋愛と結婚の神様のお祭り中なだけあって、ナンパがやたらと多い。声をかけてきたほとんどの男が青い文字のプレートをつけていた。ふと見ると、道を行く女の人にもリィリーのようなピンク色の文字のプレートをつけている人がいる。プレートをつけているのは男女共に若い人が多かった。まれに年かさの人もいたが、大半は若い。

 メインイベントに必要なものらしいから、つけている人はそれに参加する人なのだろう。

 リィリーもサレイもプレートをつけていた。せっかくお祭りの時期に来たのだから、参加するほうが楽しいと思っている。

 でも、どんなイベントなのかが分からない。昨夜も宿の人に尋ねてみたのだが、彼女(女性専用の宿のため、従業員は全員女性だった)はリィリーの肩のプレートを見て、うんうんと頷いて参加すれば分かるわ、とだけ言った。

 わけが分からない。誰に訊いても出てみれば分かるよと返ってくる。

 一体どんなイベントなのだろう? 出てみるのは楽しみなような恐いような。

 サレイが戻ってきたときに分かるように、近くのベンチに腰掛けて、リィリーは戦利品を口にした。出店に期待して宿で朝ごはんを食べてこなかったのは正解だった。

 食べている最中にも声をかけてくる男がいたが、無言で通す。もくもく食べて、空腹に一息つけて、残ったごみを片付け終わったころ、サレイが戻ってきた。

「お待たせ。いやぁ、混んでて遅くなったよ」

「ありがとうございます。すいません、買ってきていただいて」

 食後のデザートにはぴったりだ、とは言わない。

「この街の人、親切な人が多いですよね」

「? そう?」

「ええ、サレイさんを待っている間、ずいぶんいろんな人が美味しいお店のこととか教えてくれましたから」

 クリームたっぷりの美味しいお菓子をありがたくいただきながら、彼女が言うと、サレイは周りを見回した。ライバルがあちこちから狙っていることにようやく気がついたらしい。

「り、リィリーさん? ついて言っちゃダメだよ?」

「はい、分かってます。変な男の人には充分気をつけろって母や姉からは言われてますから」

 にこやかにリィリーはサレイに言い返す。

 だが、サレイは心配そうな顔だ。何せ彼女は美しく可愛らしい。自分が護ってやらねばご家族に申し訳が立たない。

 勝手に改めてそう思う。

 決意しているサレイの横で、リィリーはお菓子を平らげ、ゴミ箱を探してごみを捨てた。

「サレイさん、ほかの店も見たいです。行きましょう?」

「あ、うん」

 次に二人は装備品の店を覗き込んだ。剣やら鎧はともかく、ほかにも怪しげな品がたくさんある。あまり女の子が見て喜ぶような品があるとは思えないが、リィリーは喜んだ。

「うわぁ、兄ちゃんの部屋みたい」

 言って彼女が向かった先は怪しげな小物が積まれたスペースだ。おそらくは魔法の品をかたどった偽物だろう。こんな出店で高価な本物の魔法の品を扱うわけがない。

 彼女の兄は魔導師という話だから、こういう品を良く扱っているのか、怪しい小物でも親しみを感じているようだ。よく見れば可愛らしい小物も少しだがある。

 小さな飾りを見て、サレイはちょっと揺らいだ。花をかたどったブローチのような飾りがある。高価な宝石がついているわけでもないが、とても可愛い。これは、リィリーに似合いそうだ。彼女は淡い色のマントをつけているが、身体の前の部分にも長く垂れている変わった形のマントだ。その、身体の前に来ている部分にこれを飾ると、きっと似合うと思う。

 いや、とても似合うだろう。

 値段は書かれていない。時価、とかそういう話だろうか。

「オジサン、これいくら?」

「あ? アンタ買うのか、それ?」

 アンタがつけるのかといわんばかりの、気持ち悪いものを見る目で見られ、サレイはあわてて首を振った。ちょっと離れて小物を覗いているリィリーを指す。

 それでオジサンは把握したらしい。にま、と笑いサレイに値段を囁いた。サレイは眉を寄せる。

「……もうちょっと何とか……」

「若者よ、彼女へのプレゼントはケチっちゃあいかんだろ」

「いやだってこれフェイクだろ? 高いよ」

「それじゃあ勉強してこれだけ」

「もうひとこえ」

 熾烈しれつな値切り合戦が行われているのを尻目に、リィリーは呪いの指輪と書かれたものを懐かしそうに眺めている。

「……こういうの、母さんの部屋にいっぱいあったなぁ……」

 彼女の家庭事情が一体どんなものなのか考えさせられるような呟きだが、幸いなのか不幸なのかサレイには聞こえていない。

 彼女が剣や鎧のほうを眺めていると、奥でオジサンと話していたサレイが戻ってきた。

「何か買ったんですか?」

 何気なく訊くと、彼はちょっとね、と笑った。

「そうですか」

 いいものでも見つけたのかな、とリィリーはあまり気にもしていない。魔剣と書かれている物々しい大きな剣を興味深げに眺めている。

 父親が剣のコレクターなので、彼女もある程度は興味と知識があるようだった。

「気になるかい、お嬢さん、アンタの腕には重過ぎるし、恐いよ? なんせその剣は魔剣で、抜いたら命を獲られるもんだからね。銘だってあるよ。レヴァンテインっていう怖い剣だ」

 オジサンがちゃかして声をかけると、リィリーは鈴が転がるような声で笑った。

「恐いですね」

 恐がっているようには見えない。オジサンのバカ話に付き合ってあげている。

「そうさぁ、で、そっちの兄ちゃん戦士だろ。買ってかないか?」

「抜いたら死ぬんだろ?」

 笑ってサレイも言ってやる。こんな店にそんなシロモノがあるわけがない。

「そこに挑戦するのがオトコってもんだろ?」

「あはは、やめとくよ。これから祭りを楽しもうって時に挑戦してられないって」

 笑いながら彼らはその店を後にした。


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