1・最高だったり、最悪だったり・4
次の日、サレイが目を覚ますとリィリーはすでに起きて身支度を整えていた。実は彼女は昨晩もサレイより遅くに寝て、今朝は彼より早く起きている。よく知らない男に寝顔を見られるのが嫌だったからだ。
口にも態度にも出さず、にこやかにおはようございますと言ってのける。
「今日は街につけますよね」
彼女は機嫌がいい。街に着いたらまた一人旅に戻れるからだ。
彼女の機嫌が良いわけを知らずに、サレイもつられて笑顔になった。
「そうだね。そんなに遠くはないはずだから」
街に着いたら彼女と食事でもして、それからもう少し親しくなりたいなぁ、と彼のほうは思っている。できればもっと一緒に歩きたい。
一緒に旅をしたいといったら、彼女は迷惑だろうか。
それぞれに反対のことを考えながら、彼らはまた歩き出した。
***
ラジルダの街は遠くから見ても賑わっているのが分かった。高い塀で囲まれた街の上に、風船が飛んでいたりして、遠目で見ても浮かれた雰囲気だ。街の中心部には、何をかたどったのか大きな石像が立っている。
「なんでしょうね、お祭りでもあるんでしょうか?」
「なら、ちょうどいい時期に来たかもね。きっと珍しいものや美味しいものがたくさんあるよ」
一番近くにあった北側の街門までたどりつくと、門兵が二人をじろじろと見た。重点的に、リィリーのほうを。
「? なんでしょう?」
どこか自分の顔か身体に変なところでもあるのかと、リィリーは不安げな表情になる。
「あ、いやいや」
門兵は勢いよく手を振って、そうじゃないんだと笑顔になる。
「いいところに来たよ。明日からお祭りでね、今日は前夜祭なんだ」
リィリーにはにこやかに話しかける門兵だ。彼女を怪しんで見ていたのではないらしい。
「そうなんですか」
「うん、いろいろ店が出ているから見ていくといいよ。祭りにもぜひ参加していくといい」
ニコニコしていた門兵は、急に真剣な表情でサレイに向き直った。
「で、あんた。訊くけど、まさかこの子と夫婦ってことはないだろうね」
「え」
目を丸くするサレイである。自分とリィリーはそんな風に見えるのだろうか。
「違います」
男の淡い期待を即座に打ち砕いたのはリィリー本人だった。しかも、天使のようなにこやかな笑顔で否定している。
「そうかぁ。で、もしかして恋人とかそういうこともないのかな?」
リィリーにはデレデレと鼻の下を伸ばして接する門兵だ。とんでもない美少女なので仕方ないと言えば仕方ないのだが、むっとするサレイだ。恋人と言われたときはちょっと嬉しかったが、
「ないです。たまたま会って、一人じゃ危ないから街まで一緒に行くって、ついてきた『シンセツ』な人ですから」
親切を強調してまたもや否定するリィリーだ。門兵はこの二人は何もない、と確信したらしい。やたらと機嫌よく頷いて、リィリーに一枚の丸いプレートを渡した。
ピンク色の文字で番号が振ってある。
三十一番。
「なんですか、これ?」
「祭りの間はつけなくてはならない決まりなんだ。ちゃんと! つけてね。あ、アンタはこっち」
無愛想に門兵はサレイにもプレートを渡した。
彼のものには青い文字で四十三番と書かれている。
「つけなくてもいいよ、アンタは」
えらい対応の差である。美少女と一緒の男をやっかんでいるのが丸分かりだ。
「いや、祭りに必要なんだろ? つけるよ。どこにつければいいんだ?」
「テキトーにつけてくれ」
ぶっきらぼうだ。
「適当でいいんですか?」
リィリーが訊くと、門兵は途端ににこやかに答える。
「できればちゃんと見えるところにつけてね〜。肩とか胸とか分かりやすいところに」
「はい、分かりました」
「……えらい差だな、おい」
呟くが、同じ男としては分かるような気がする。可愛い女の子に親切にしてしまうのは男の本能のようなものである。特に、リィリーのような超がつく美少女ならなおさらだ。
こんなに可愛い子と一緒にいる自分にちょっと優越感があるサレイである。偶然出会って、たまたま一緒にいるだけの仲だとしても、現在一緒にいるのは自分だとなんだか誇らしい。
現実には彼女にはなんとも思われておらず、サレイの意識は一人で空回りしている悲しい状態なのだが、浮かれ男は気付いていない。
ある意味、幸せだろうが、哀れだ。
「それでね、前夜祭の間は男女別に宿を取ってね。専用の宿があって、行けば案内してもらえるから」
そういう決まりなんだと門兵は説明した。変わったお祭りのようである。
「? 何のお祭りなんですか?」
一体どんなお祭りなのかと首をかしげるリィリーに、門兵はにこやかに言う。
「うん、行けば分かるから。とっても楽しいから大丈夫」
説明になっていない。怪訝な表情になる二人に、門兵はとにかく中に入って楽しんで行ってね、とリィリーの背中を優しく押した。サレイは無視である。
「……なんかいろいろ納得がいかんなぁ……」
呟きつつ、サレイはリィリーの後を追いかけた。宿は別々に取れと言われたが、街中で一緒に行動する分にはかまわないらしい。
「とりあえず、どこかでご飯食べようか。おごるって約束したからね」
「いいんですか? ありがとうございます」
嬉しそうにリィリーは笑顔になる。可愛いなぁ、とサレイは鼻の下を伸ばした。その辺は門兵と変わらない。男の悲しいサガである。
とりあえず、おいしそうな店はどこだろうと街の中をうろつく。もうすぐ昼時で、歩いているうちにお腹の具合もちょうどよく空いてくるだろう。
街中はやはり賑わっており、かなりの人手があった。
が、大半がなんでか屋根の上とか壁の上にのぼっている。道路はスカスカで歩きやすいものだった。
「……なんでしょうね、あれ」
「……なんだろうなぁ……」
思わず見上げたサレイとリィリーに、視線がぱらぱらと降ってきて――すぐにものすごい勢いでリィリーに集中した。
「!?」
ビックリするリィリーである。何気なく見上げたら、そこにいた男数人が一斉に彼女のほうを見たのだから、恐い。
しかもなにやら目が真剣で、血走っているようにも見える。
本気で恐い。
「え、え、あの……何か御用でしょうか?」
問いかけると、男たちは一斉に首を振って、にこやかに、なんでもないよ〜気にしないでねっと笑った。
微妙にひきつった表情が余計に恐い。
「サレイさん、わたし、何かしたんでしょうか……?」
「い、いや、何もして無いと思うけど……」
普通に歩いていただけだ。そしてリィリーと一緒に歩いているサレイには敵意のような視線が突き刺さってきて、彼も実は恐い思いをしていた。
敵意というか、殺意に近いというか。
とにかく、恐い。
首筋がちくちくするような感覚をやり過ごすように、サレイもあらぬほうを見上げて……固まった。
そこには屋根の上に数人の女性が座っていて、彼のほうを獲物を狙う鷹のような目で見ていたからだ。
こっちも恐い。
猛禽類に狙われる小動物のような気分に陥るサレイだ。
「……リィリーさん、俺、何かしたかな……?」
「え……? あ! ええっと、何もして無いと思うんですけど……」
サレイの視線を追いかけて、リィリーも固まる。女性たちが彼女をにらみつけたからだ。
男より恐い、と正直に思った二人である。
ギクシャクと視線を逸らして、逃げるように歩き去る。それでも首筋に視線を感じて落ちつかない。
「な、なんでしょうね、一体」
「な、なんだろうね、ほんとに」
わけが分からない。とにかく視線から逃げたくてその辺にあった食堂に駆け込んだ。
店内に居た客に、一斉に視線を向けられ、再び固まる。
「!?」
「はいはい! お客さんが怯えてるだろ!! 見ない見ない!」
店の主人らしいおじさんがパンパンと手を叩く。そしてリィリーとサレイをにこやかに出迎えた。
「いらっしゃい! 恐がらないでいいよ、お客さん。祭りの前でちょっと気が立っているだけだから」
「あ……そ、そうですか」
サレイはひきつった笑みを浮かべた。前夜祭でここまで殺気立つとは、明日の祭りは一体どんな祭りなのか。内容が全く想像できず、かなり不安になってくる。
男性だけが殺気立っているなら、闘技会でもあるのだろうと予想できるが、何の変哲もない普通の女性までもが殺気立っていたので余計分からない。
「さ、席についておくれ。注文は? うちの店のおすすめはエリンギョっていう魚の香草焼きだよ。あと、今日はいい果物が入ってるから、お嬢さんにどうだい?」
席に案内してくれたニコニコしている店主とうって変わって、ギスギスしているほかの客たち。
なんだか不穏な状況です。