1・最高だったり、最悪だったり・2
長い金髪、碧眼、十代半ばの小柄、かなりの美形で少女のような顔、魔法の軽鎧姿……までは聞いていたオウマの特徴と一致するが、腰のところに下げている剣はおもちゃにしか見えない。
いかにも女の子が好みそうな柔らかなクリーム色の剣。オウマが持っていたのは青っぽい色の柄と鞘だったと聞いている。オウマが持っているのは長剣らしいし、リィリーが持っているのは小剣だ。
そもそも、オウマは男で、リィリーはどう見ても女の子。
「ごめん、人違いだった……」
しょんぼりとして言うサレイ。やっと念願のライバル(片思い)に会えたと思ったら、女の子で別人だったのだ。意気揚々と勝負を申し込んだ自分がバカみたいである。
「いえ、かまいませんけど」
リィリーはちょっと首をかしげてそう答えた。
「わたし、そんなに似ているんですか?」
「え、ああ……俺も会ったことはないんだけど、特徴は聞いてきたから……うん。よく似てるんじゃないかな」
なにせ聞いてきた特徴で、この少女と一致していないものと言えば、剣の種類と性別くらいだ。
「君と似た人をここに来るまでに見かけたりしてないかな?」
サレイに聞かれ、リィリーは首を振る。見ていません、と。
「そっかぁ……じゃあ違う道を行ったのかな……あそこで立て札壊れてたのがなぁ……」
再びガックリと肩を落とすサレイだ。オウマの名前を聞いてから、ずっと手合わせしてみたいと思っているのに、どうにも機会に恵まれない。真剣に自分の運を嘆きたくなった。
ガックリとしている彼の前で、リィリーが石から降りて立ち上がった。口の中のアメが溶けたのだ。休憩は終わり。
「残念でしたね。まぁ、気を落とさないで捜したらどうですか? いつか出会えるかもしれませんよ」
一応慰めの言葉をかけて、リィリーはサレイから離れて歩き出そうとした。
「ん? ちょっと待って。君、一人かい?」
サレイは少女の周りに大人の姿が見えないことに気がついた。保護者もなしで一人でいるのか。
リィリーはちょっとサレイから距離をとって警戒しながら答える。
「何でそんなこと訊くんですか」
「え? あ、ああ!」
不審人物だと思われていると気がついて、サレイはあわてた。
「いや! まだ子供なのに保護者もなしでどうしたのかと思って! この辺は危ないよ、ゴブリンが出るって言うし」
ふんじばった盗賊を連行した町で怪物の話を聞いていたので、こんな華奢な女の子一人では危ない、と思っただけなのだ。
「そうですか」
リィリーは疑いのまなざし。ゴブリンならさっき彼女が軽々と撃退した。あれが十匹でも二十匹でも、百を超えようが彼女にはたいしたことではない。
が、サレイはそれを知らない。ただただ、親切心から危険だよと訴える。リィリーはじぃっとサレイを見つめた。綺麗な女の子の綺麗な碧い瞳に見つめられて、サレイはちょっとドキドキする。目の前の少女は掛け値なしの美少女だ。
「な、なにかな?」
「……ヘンシツシャですか? 変な人には気をつけろって、家族から言われているので」
言われた言葉にのけぞるサレイだ。彼女の目は真剣である。
「いやいやいや! 違うって!! 俺はただ――」
「だってさっき、胸見てましたよね」
性別を確認するために下げた視線のことを言っている。確かに胸元を見はしたが、下心から来るものではない、とサレイはあわてた。
「いや、だって、君のことオウマだと思っていたから!! 女の子だって確認しただけで!! ほんとにへんなこと考えてたわけじゃないんだ!!」
「……そうですか。疑って失礼しました」
一応納得したらしい。スイマセンと頭を下げてリィリーは身を翻した。
「それじゃ」
「え、あ、ちょっと待って」
歩き出す彼女を、サレイは追いかけた。やはりこんな少女を一人で、ゴブリンが出るような場所を歩かせるのは気が進まない。
「せめてどこか街につくまで一緒にいさせてくれないかな。女の子一人を怪物が出るようなとこ歩かせたくないんだよ。心配だし……」
リィリーは彼の申し出に困惑しているようだ。たった今会ったばかりの青年に、同行を申し込まれて、戸惑わないほうがおかしい。彼女の反応は至極まっとうなものだ。
サレイの心配もかなりのお人よしだ。素性が分からない少女を心配する心は立派だが、彼女が実は悪党だったらどうするつもりなのだろう。
「……えぇと、わたし、一人でも大丈夫ですけど」
「俺が心配なんだよ。まだ子供じゃないか」
「……」
子供と言われて気分を損ねたのか、リィリーは少しだけ不満そうに唇を尖らせた。
またそれが可愛らしい。サレイは眉を寄せて困った表情になった。こんなに可愛い女の子を、やはり一人で歩かせるのは心配だ。
「どこか街まででいいからさ」
人気の多い街ならとりあえず怪物の心配はしなくて済む。
「……そこまで言うなら……」
しぶしぶ彼女は頷いた。サレイが本心から心配しているのが伝わったのだろう。
ホッと胸をなでおろし、サレイは改めて自己紹介した。
「さっきも言ったけど、改めて、俺はサレイ、サレイ・タッグス。君は?」
「わたしは、リィリーです」
リィリーは家名を名乗らなかった。名乗れない事情があるのか、それともまだそこまでは信用されていないのか。とりあえず名前は教えてくれたので、どちらでもかまわない。
「よろしく、リィリーちゃん」
「はい。サレイさん。でもできれば『ちゃん』は止めてください」
子ども扱いがイヤらしい。この年頃にはありがちだ。
「じゃあ、リィリーさん」
「はい」
リィリーはやっと笑ってくれた。輝くようなその笑顔に、サレイも自然と笑みになる。
可愛い子だ。立ち居振る舞いも優雅で、育ちがよさそうである。きっと何不自由ない家庭に育ったのだろう。そんな子が、どうして一人旅などしているのか。
なにやらいろいろ事情があるのかもしれない。
勝手にそう考えて、サレイは心に誓う。街に着くまで彼女は自分が護る、護ってみせる、と。
彼女の前に立って元気良く歩き始める。
リィリーは力んでいる青年の背を眺めて、口元だけを笑わせた。
なにやら意味深な笑みに、サレイが気付くことはなかったけれど。