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ダブリュード  作者: マオ
22/22

終・ケンカしながら

「……ついてくんなよ」

むっつりとしかめっ面で、可愛らしい少女は言う。

「……じゃあ勝負しろよ。オウマで」

似たようにむっつりとした表情で、たくましい青年も言う。

「できねえって言ってんだろ!! 今は男になれないんだって何回言ったら納得するんだその頭は!? このぼんくらっ!!」

「だから変われるようになるまで待つって言ってるだろ!!」

ぎゃあぎゃあ騒ぎながらとっぷりと日が暮れた街道を進む二人は、どちらも機嫌が悪かった。

宿に泊まることが出来ず、逃げるように街を出てきたからである。



「いらっしゃーい!! きゃあ、アツアツねぇ、彼女を抱えて駆け込んでくるなんてっ!」

リィリーが泊まっていたほうの宿に駆け込んだのだが、少女を抱えている青年を見て、店員は黄色い声を上げた。

「え、いや、ちょっと彼女の具合が悪くて――」

「いいのよ、そんな言い訳しなくても! お祭りですからね! さぁさぁ、部屋をご用意しますよごゆっくりー」

 サレイもリィリーも忘れていたのだ。

 今日はお祭り。恋愛と結婚の神様を祭り上げる日。

 しかもメインイベントがあった日で、周りは出来上がったカップルだらけ。

 男女の二人連れが宿に入るということが、今日はいろいろと違う意味があるわけで。

 宿の店員は二人を見て即効で、今日の祭りで生まれた新婚さんだと思ったようだ。

 祭りのメインイベントが終わった後、男女別だった宿は元通り性別関係なく泊まることができた。

 ……結果、通された部屋は、新婚さん向けだったわけで。

「ふざけるなぁああぁあああっ!!」

 飾り立てられた部屋とその中のおっきなベッドを見て、少女は瞬時に怒りと嫌悪の叫び声をあげ、サレイはぐんにゃりと脱力してしゃがみこんでいた。

「こんなとこ泊まれるかっ!!」

「……同感……」

 二人そろってあわてて階下に下り、普通の部屋に入れてくれ、もちろん男女別で、と抗議したものの、店員は慣れているのか、サレイに手招きして部屋の隅っこに連れて行って、こんなことを囁いた。

「もうケンカしたのぉ? だめよ、男が折れてあげないと。せっかく可愛い彼女を捕まえたんでしょ? 逃がしちゃダメ。謝ってだめなら押し倒してでも仲直りしなさい! それでだめなら……」

 エプロンの内側からなにやら怪しい液体の入った小瓶をちらりと見せて、続ける。

「……これもあるから。ええ、いいのよ。値段のほうは勉強してあげる」

 うっふっふと黒いものを感じさせる笑顔で笑う店員に、サレイは乾いた笑みを浮かべた。

「えー……一応訊いておくけど、それは、ナニ?」

「……うふふ、とってもイイ、お・ク・ス・リ♪」

 とてつもなく犯罪の香りを感じたサレイは、ひきつり笑いながら辞退した。

 このままここにいてはいけないような気が、ひしひしと、する。

「あっはっはっは、リィリー、出よう」

「は? ほかの部屋借りればいいだけでしょ?」

 ちょっとネコをかぶっているリィリーに、心の中で涙しながら彼女の肩を掴んで宿を出る。

「いいから。ここは危険だ」

 いろんな意味で。

 どうりで強引に結婚できるわけである。住民全員、街ぐるみで結び付けてしまうのだろう。

 住民が楽しんでいるのは見て明らかだ。街中もどんちゃん騒ぎで新婚さんたちを祝っていた。まぁ、騒げたら何でもいいような雰囲気ではあったが。

 犯罪のような気がしてならないが、人の身よりも自分の安全とリィリーだ。

 違う宿へと足を運んでも、どこでも対応と案内される部屋は似たような部屋で、最後に行ったところでこんな部屋しかないのかと訴えたら、にんまりとこう言われた。

「やだねぇ、特殊な趣味がおありですかい? そういう部屋はうちにはあいにくとないですが、裏道を行ったところに――」

 教育上はなはだよろしくないような場所へ案内されそうだったので、あきらめた。

 今日はどこに行っても浮かれきっていてこんな感じらしい。

 個人個人で泊まるには、浮かれた雰囲気が恐ろしかった。リィリーだけでなく、サレイも自分の身が守れるかどうかとても恐い。

 なんせ、街にいるのは結ばれた新婚さんだけではなく、相手を得られなかった敗者も存在するのだ。目の色変えているのがうろついているので、街中の宿で一人で泊まるのは止めたほうがいいよと最後の宿で忠告されている。夜這いされるからだという。

 どんな街だ。人権無視な祭りは、次の日がきて落ち着くまでどこまでも人権を無視するようだ。

 ここまでくると、もう風習なのだろう。そう自分を納得させた二人である。

 宿に泊まれないのなら、街を出るしかない。おそらく、それが一番安全だ。



 そして結局、夜中に街道を歩いているのだった。

「何が夜風は身体に悪いだよ。結局野宿じゃねえか」

「……じゃあ、お前あの部屋泊まりたかったのか?」

 あの極彩色の部屋。花で一面埋まっている部屋もあった。

 どう見ても『新婚さんどうぞ!!』ってな部屋ばかりで、余計にゲンナリしてしまったというのに。

「……それはイヤだ。あーあ、やっぱ野宿しかないかぁ」

 かろうじて食事は出来たので、空腹ではないが、野宿はやっぱりイヤなのか、リィリーは浮かない顔でサレイを見る。

「じゃあ、お前薪集めて来い」

「命令口調かよ……」

 半眼で突っ込むサレイに、リィリーも半眼になる。

「ネコかぶるのは疲れる。お前にはもうやらん」

 バレているものをわざわざまたやるほど間抜けではないし、そこまでサービスしてやるつもりもない。サレイが思い描いていたリィリーは、きっぱりと幻だ。

 涙しながらも彼は薪を集めてきた。女性の身体を冷やすのはダメだと本気で心配している。

 ……尻に敷かれるタイプかもしれない。

「いつごろオウマになれるんだ?」

 リィリーが火をつけた薪の火を見ながら、サレイは彼女のほうに視線を向けた。

「……七日から八日かかる。終わってもすぐには男になれんからな」

 むっつりとリィリーは答えた。マントで身体を覆っている。寒いのかと思ってサレイは火を強くしようと薪を足した。リィリーは不満げに呟く。

「野宿なら男のほうがラクなんだけどなぁ……冷えないし、体力あるし」

「……なんかいろいろ大変なんだな」

 生まれてこの方ずっと男なのでオウマ/リィリーの苦労はうかがい知れないサレイだが、リィリーはにんまりと笑って言う。

「そうでもないぜ。バカな男には女のほうが都合がいいし」

「…………ああ、そうかい」

 いろいろおごらされた『バカ男』には、返す言葉がない。彼女はサレイが思うよりずっと、したたかで強かった。

 ポケットの中の包みが泣いているような気がする。男には不似合いな花飾りのブローチ。包みを取り出してサレイはため息をついた。ずっと持っていてもしょうがない。

「…………やる」

 やる気無くリィリーに放り投げる。

「はん? なんだよ」

「…………希望のかけらっつうか……夢の残骸だな……」

「ようするに、おれにプレゼントか? 幻の『リィリーさん』へ」

「皆まで言うな……泣くぞ」

「うざっ!」

 ひとことだった。しくしくと泣き始めるサレイにかまわず、リィリーは一応中身を確認する。

 がさごそと包みを開けて、ブローチをつまみ上げて眺めた。

「……少女趣味だな」

 下手な感想よりもぐっさり来るような一言に、サレイは呻いて地面に突っ伏した。立ち直れないかもしれない。

「まぁいいや。貰えるものは貰っとけって母さんと姉ちゃんは言ってたし」

「……お前のご家族って……」

 思わず呟くサレイ。

 オウマ/リィリーを溺愛しているらしいご家族。会ってみたいような、会ってみたくないような。とんでもなく豪傑で、情愛深いご家族だろうというのは想像できる。その上、女性陣はかなりイイ性格のようだ。

 しゃあしゃあと言って彼女はブローチをマントにつけた。可憐な少女に可憐な飾りはよく似合う。

 自分の見立てに間違いはなかったが、あまり嬉しくないのはなぜだろう、と心の隙間風を感じるサレイだった。

「高かったのに……男でもあるなんて……」

 まだ何か言っているあきらめの悪い男に、少女はケロリと返す。

「両性具有みたいだな。ちゃんと別だぞ。正確には『女にも男にもなれる』だ」

「……そんなプチ解説はどうでもいい……」

 ぐったりと答えてから、サレイはそう言えばと体を起こした。

「お前の鎧って何で出来てるんだ? 形少し変わってないか」

 魔法の軽鎧というのは分かる。だが、オウマとリィリーとでは形状が微妙に変化していたような気がする。特に、一部分――ムネが。

「なにって、まぁ、ちょっと特殊な材料らしいな。姉ちゃんと兄ちゃんの共同作品だからよく知らんけど、おれの魔力を感知してサイズが変化するように造ってくれた。おれ、場合によって性別変えるから、同じサイズだと苦しいし」

 ……男女でムネのサイズが違うからか。納得したサレイにリィリーは警戒の視線を向けた。

「って、どこ見てた、スケベ親父」

「!? ちちちち、違うっ!!」

 実は、違わない。男か女か胸で判断していたので。

 リィリーは口元だけを笑わせて、目には凶悪な光を宿して涼やかな声で言ってのけた。

「おれの半径一メートル以内に近寄ったら、問答無用で送るからな」

 ドコへ。

 サレイは訊けなかった。リィリーの放つ殺意のような迫力に、訊かなくても分かった。

「……何もしねえよ!! ってか早くオウマになれって!! 勝負して勝ったらそれでもういいんだ俺は!!」

「……さっき負けただろうが。お前、自分が勝つまでおれについてくるつもりかよ?」

「俺のほうが強い!! 次は勝つ!!」

 薪の前で燃え上がる男に、少女は冷淡に告げる。

「……うざ」

「ウザいって言うな。早くオウマになれ」

「だからできねえって言ってんだろうがっ!! 何回言わす気だ!?」

「何回でも言ってやるっ!! 早くオウマになれっ!!」

「あーっ、もうっ!! 誰かこのぼんくらおれの視界から連れてってくれ!!」

「ぼんくらって言うなっ!! 俺はサレイだっ!!」

「てめえの脳みそ具合なんざ、ぼんくら以外のナニモノでもねえっ!!」

「……ううう、リィリーさぁん……」

「泣くなっ!! うざいっ!!」

 怒声で、夜は更けていく……。



 道端で、ばったり出会った彼/彼女と青年。どーしよーもない彼らの珍道中は、しばらく続きそうである。

 ちなみに、彼らが去った後のラドラスの街では、同性もOKな、さらに滅茶苦茶な祭りが行われるようになったという……。


これにてダブリュードは終了です。しょーもないお話にお付き合いいただいてありがとうございました。続き……読みたい方、いらっしゃいます……?(不安)

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