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ダブリュード  作者: マオ
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4・納得いかずに大暴れ・5

 睨み合う青年と少女。対格、体力差では、間違いなく小柄で細っこいリィリーが不利だろう。

 素早さでは間違いなくサレイが劣る。少女のまとうマントの端もつかめなかったくらいだ。

 長期戦ではリィリーが不利、短期戦ではサレイが不利。

 剣や手足のリーチでもサレイのほうが有利だ。リィリーが握っているのは小剣。サレイの剣は長剣で大剣。

「……言っとくが、魔法はなしだぞ」

「使わねえよ、お前程度に」

 いちいちひとこと多いリィリーに、サレイは二つ目の青筋を立てた。

「手加減してやろうと思ってたけど止めた!! 本気で倒す!!」

「こっちのセリフだ!!」

 言ってリィリーは踏み込んだ。思ったときにはサレイの目の前まで来ている。信じられない速さだ。

「くっ!」

 サレイは剣を握りこみながら後退して、そこから力強く踏み込んで振りぬいた。

 少女は間合いを読んでいて、簡単にかわして青年のふところまで一瞬で入り込んでくる。陶器に見える剣先がサレイの眼前に迫る。

 頭を傾けてよけながら少女の足を払った。

 それを予想していたのか彼女は寸前で軽やかに数歩後退している。うっすらと笑みまで浮かべていた。

 予想以上に強い。

 一旦距離を取り、互いに構える。リィリーの実力に、サレイは内心冷や汗を感じていた。

 確かに豪語するだけあって強い。少女とは思えないくらいだ。これは本当に心してかからねばやられてしまう。

 ――リィリーはふぅんと意外に思っていた。今の踏み込みをかわして反撃してくるとは思っていなかった。あの一撃でもう勝負がつくと思っていたのだが、サレイは結構実力があるようだ。とはいえ、リィリーが使っている剣が小剣でなかったら、さっきので勝負はついていた。ファーウェルは剣先が短いのだ。レヴァンテインならあの一撃でサレイの顔を貫いていただろう。さすがにそこまでする気はなく、剣の平で叩いて昏倒させるつもりだったのだが、よけられたので別の手を考える。

 リィリーの素早さにサレイは警戒するだろう。長期戦が不利なのは彼女にも分かりきっていることだ。

 オウマ――少年の身体なら体力もあって腕力もある。サレイなど瞬殺する自信はあるが、性別交替できない理由があるので仕方ない。

 顔はもう警戒されている。サレイはプレートメイルを着ているので、リィリーの腕力での胴体狙いは厳しい。ましてファーウェルは刃を封じている。

 あとは……男の急所か。そこを一撃するのはある意味で反則だろう。後で文句を言われるのは間違いない。

 ……だんだん面倒くさくなってきたリィリーだ。

 サレイが踏み込んできた。大剣を振るってくる。踊るようにかわす彼女にさらに追撃を重ねてきた。リィリーは打ち合うというより、ファーウェルで受け流してサレイの力をよそへ流していく。まともに剣を合わせれば力負けするのは彼女のほうだ。

 受け流しながら、隙だらけのサレイを見て、蹴り飛ばしたくなるのをこらえる。

 剣の勝負だ、殴ったり蹴ったりして勝ったら、サレイは絶対に負けを認めないだろう。

 この男の性格はこの三日間で大分読めた。

 アホでバカ、すぐムキになるお人好し、単純の上に熱血。

 こういうのを打ち負かすにはどうしたらいいか考えながら、リィリーはサレイとまた距離を取った。

 ファーウェルの刃を使えば、サレイの剣を強引に斬りおとしたりも可能だが、それもなんか反則とか言い出しそうな男である。

 ……本当に面倒くさくなったリィリーだ。

 いいや、もう。あんまり長く付き合っていたくないし。

 心からそう思い、ざりっと地面を蹴る。

 リィリーの素早さを計っていたサレイは、彼女の踏み込みを予測して剣を振った。

 まさにジャストなタイミング。確実に捕らえたと思える瞬間、彼女の姿はサレイの目の前から消えている。

 警戒されていると分かっているのに、まっすぐ飛び込んでいくようなリィリーではない。彼女はサレイの頭上にいた。彼は気がついて振り仰いだが振りぬいた剣はそう簡単には戻せない。

 強引に膂力りょりょくでもって剣を引き戻そうとした彼の腕の上を狙い、空中で身をひねって調整し、リィリーはすとんと着地した。

「うっ!」

 華奢な少女とはいえ、剣を持っている腕の上に人一人の体重を受け、サレイは耐え切れず剣を落とした。

 その頭上に、間髪入れずリィリーはファーウェルを打ち下ろす。

 ごす。

 イタそうな音がして――勝負はついた。


            ***


「反則だ……」

 頭を押さえてしゃがみこんだサレイは呻く。頭頂部にはでかいたんこぶが存在を主張していた。

 リィリーはあきれた表情でファーウェルを腰に戻す。

「……ほんとに頑丈な男だな……」

 リィリーの体重をかけた一撃でも昏倒しなかった。あれで門兵は簡単に昏倒したのだが、サレイの頭は頑丈で、脳みそも振動に耐え切ったらしい。

 普通なら、脳震盪のうしんとうでも起こしているはずだ。

「なんだよあれ! あんな方法で勝ちなんて卑怯だろ!?」

 がばっと起き上がるサレイだ。

「何で卑怯なんだよ。剣なんて体術との組み合わせだろ。どれだけ身体を効果的に動かして、相手を倒すかなんだから」

 気絶してくれれば放ってとっとと去ったのに、サレイが意識を保ったので置き去りにも出来なかったと、リィリーは不機嫌の骨頂だ。

 まだこの男と付き合わなければならないのかと、顔全体で機嫌が悪いと主張している。

 案の定サレイは負けを認めない。どんなんだろうと負けは負けだと潔く去っていってくれないものかとも思うが。

「もう一回だ!!」

 などと言い出す始末である。リィリーは取り合わなかった。そろそろ宿に戻りたいのだ。

 日が暮れ始めているし、支度もしたい。おなかもすいた。

 てくてくと宿への道を歩き始めた彼女に、サレイはついてきた。

「おい、訊いてるのか?」

 少女は無言。サレイはムッとした。確かにさっきはリィリーにしてやられたが、もう一度やれば勝つ自信があった。リィリーの動きは意外性を突くものだ。速さとトリッキーな動きに惑わされなければ勝てる。

 返事を返さないリィリーに、サレイは頭を掻いた。もう相手にしてくれるつもりはないらしい。

 ならば強引にでも相手をしてもらう手を考えたほうがよさそうだ。

 さて、どうしたらいいだろう?

 何かで気を引けばいいだろうか?何をどうする?リィリーは何を好むだろう。

 もう一回ご飯をおごるからとか、何かプレゼントするからとか……あわててサレイは首を振った。デートに誘おうとしているのではないのだ。

 どうも相手がリィリーのために思考が妙な方向に行ってしまう。

 オウマでもあるのに。

 こんなに可愛いのに、男でもあるなんて、神様はなんて残酷なのだろう?

 ……さっき遭遇した恋愛と結婚の神様は、残酷というよりは勘違い絶好調の神様だったが。

「おい、オウマ――」

「今はリィリーだ」

 名前にこだわりがあるらしい。

「じゃあ俺のことぼんくらって呼ぶなよ……」

 自分はサレイと呼ばなくなったくせに、ちゃんと呼ばないと怒るとはなんて理不尽な。

「充分だろぼんくら」

「サレイだっ!」

 叫んだ瞬間だ。リィリーが下腹に手を当てた。綺麗な顔の表情が険しい。

「? 腹痛か?」

 そう言えば石像に追いかけられていたオウマのときも下腹を押さえていた。あのときも腹痛かと思ったのだが。夕闇に包まれる周りを抜きにしても、リィリーの顔色は青白くなりつつある。

「おい、大丈夫か!?」

 あわてて声をかけるサレイに、彼女は手を向けて黙れと指示した。

「……察しろ」

「は? 何を?」

「だからぼんくらなんだよお前はっ」

 リィリーはあまり大声を出さないようにしてサレイを非難する。

「何のことだよ? 具合悪いならそう言えって。医者くらいは捜しに行ってやるから」

 リィリーは息をついた。悪い男ではない。親切で言ってくれている。それは分かっているのだが、この気の効かなさとアホさ加減はどうにかならないものなのか。

「必要ないからいい」

「? だって腹が痛いんだろう?」

「当たり前だアホ」

「なんでアホだ。心配してるんだろ。辛いならおぶってやろうか? 運んでやってもかまわんぞ」

 本当に底抜けにお人好しだ。そして、アホだ。

 はっきり言わないと伝わらないらしい。リィリーは言葉を包むのをあきらめた。

「いい。分かれよ。月一のアレだっての!」

 変化するつもりのなかった本人の、オウマからリィリーへの強制変化の理由がこれだ。

 一月に一度の時期が来ると身体が察知して、強制的にリィリーへと変化してしまう。その期間の間はどう頑張ってもオウマにはなれないのだ。

 サレイにオウマになれ戻れとせっつかれても、なれなかったのである。

「!!」

 やっと理解してサレイは赤くなった。それからあわててリィリーを抱え上げた。

「!? 何すんだ!!」

「宿まで走るに決まってるだろ!!」

「なんでだよ!?」

「そういうときの身体は冷やしたらいかん!! 夜風なんてもってのほかだ!!」

 全速力で走り出したサレイに、リィリーはあきれた。下腹からの鈍痛に怒る気も失せてしまっっている。アホさ加減に毒気が抜かれたのかもしれない。

「気付いてやれなくて悪かった!!」

 心底から詫びてくるサレイに、投げやりに答える。

「いいから運べや。ついでに夕飯おごってくれ」

「……今日だけならおごってやる」

「あら太っ腹ですこと。送ってくれるって言うし、紳士ね、サレイさん」

「……うううう……」

 泣き出しながらも足を緩めず、彼女をおろさないサレイに、リィリーは肩をすくめた。

 ほんとにこいつはお人好しだ。


そういうわけでオウマにはなれないのです。次回、エピローグ。

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