4・納得いかずに大暴れ・4
そもそもリィリーのままならこんなことにはならなかっただろう。
オウマになってうろうろしていたりするから神様に誤解されたのだ。
「生まれつきだ!」
「だから、なんでだよっ!? 聞いたことないぞそんな体質っ!!」
「おれが知るかっ! とにかく生まれたときからこうだったんだ! 魔力が強いかららしいけど、よく分からん。母さんと兄ちゃんも調べてくれたけど、よく分からんって言ってたし」
家族の話を持ち出され、サレイは突きつけた指をへにゃと折り曲げた。
年若いオウマ/リィリー。旅に出た理由はひょっとして、この体質のせいで故郷にいられなくなったのか?
「あ、あのさ……それで、旅に出たのか?」
治したいと、本人も思っているのかもしれない。
ちょっと悲劇を予想したサレイだったが、リィリーは何を言っているのだといぶかしげな表情だ。ちょっと考えて、ああ、と、手を打った。
「何か考えたな? 想像力貧困なことを。ばーか。違うよ。言っただろ、家族に世界を見ておいでって言われたって」
それこそ厄介払いではないのかと、サレイは思うのだが、全く違う発想である。
何故なら、リィリーにはちゃんと名前があるからだ。
男のときはオウマ、女のときはリィリーと、家族はきちんと名前をつけてくれて、定期的に手紙を書くようにとも言っている。
手紙が届かなくなったら、真っ先にあわてるのは末っ子を溺愛している家族だ。
即座に父は自分の魔剣コレクションを持ち出し、母と共に捜しにくるだろう。姉と兄も自分の家庭をほったらかしてくるかもしれない。なにより一族総出で来るかもしれなくて、手紙を欠かすことが出来ないオウマ/リィリーなのである。
「なんつーか、おれは遅くに生まれたから、ものすごい溺愛されてんの。旅に出るっつったのも、兄ちゃんが半分冗談で世界を見ておいたらいいんじゃないかって言い出したからなんだけど、おれがその気になったらみんな逆に卒倒しそうになってたし」
父には何が不満だ、悩みがあるなら父さんに相談してくれてもいいだろう、どうしていきなりそんなことを言うんだとものすごく真剣に言われ、母には家出なんて許さないわと泣き出され、しょっちゅう実家に遊びに来ている姉は凝固し、同じく遊びに来ていた兄は絶句して茶をこぼした。
実家に入り浸っている甥っ子や姪っ子は行っちゃダメと腕を掴んで離してくれなかったし。
「……あんときは……本当に苦労した……旅立てないかと思ったくらいだ」
結局、家族みんなを説得するまで二月半かかったのである。
説得したらしたで、甥っ子姪っ子が一緒に行くと喚きだすわ、それなら私もついていくと両親が旅支度をしだすわ……家族総出で家出する気かっ! と突っ込んだオウマ/リィリーだ。
「そういうわけで別におれは自分の身体に不満は持ってない。治そうとも思ってないし、そもそも病気じゃねえからな。治そうとしているとか思われるのも心外だ」
と、サレイを睨みつける。この身体に誇りと愛しさを持っているので、化け物扱いされているような言葉を聞くと腹が立つ。
「う、す、すまん」
サレイは申し訳なさそうに謝った。むっかりとリィリーは言い返す。
「謝られても腹立つな。化け物と思ってたって肯定してるみたいで」
どうしろと。
サレイが困ったとき、なにやら騒ぎが広場に近付いてきた。
「お怒りが解けたみたいだぞー」
「石像壊したカップルってどんな二人だろうなー?」
「とんでもないマッチョな男二人だろ……見てみたいけど、見るの恐いな……」
「とりあえず捕まえてお祝いしないとねぇ♪ えっと、三十一番さんと四十三番さん」
「そうねぇ、初めての同性カップルですもの。ここは派手に街をあげてお祝いをしないと♪」
「あと、石像の弁償――」
最後に聞こえてきた単語に、リィリーとサレイはあわてて広場を逃げ出した。
絶対に楽しんでいると確信できる街の住民に捕まるのはごめんだし、あの石像の弁償を迫られるのもカンベンしてほしい。
路地裏に駆け込んで、リィリーはサレイをどつく。
「いつまでプレートつけてんだ!! 早く外して捨てろっ!!」
神様は律儀に番号を言って消えたので、街の住民はそれを元に捜そうとしている。
「おおう、そうだった!」
あわててサレイは胸のプレートを剥ぎ取り、その辺にあった木箱の中につっこんで捨てた。
とりあえずこれで一安心だろう。
リィリーのほうはすでにプレートを捨てているので、これで町の住民におもちゃにされることは避けられるはずだ。
一応きょろきょろと周りを見渡してから路地裏から出る。
「……ついてくんなよ」
横を歩くサレイに、リィリーはじっとりと半眼になる。サレイが自分についてくる理由はもうないはずだ。祭りは終わったし、オウマとリィリーが同一人物だと知ったのだから。
なにより、血まみれの男に横を歩いてもらいたくない。
「勝負しろよ。俺がそれを目的にオウマを捜してたのは知ってるだろ」
ぶっきらぼうにサレイは言う。オウマに戻ってもらって剣の勝負をして、さっさと別れてだまされた心の傷を癒したい。
性悪女にだまされた詐欺の被害者のような気分だ。
「ああ? 勝手に言ってろ。おれは受けた覚えはねえ」
「受けろよ! もうなんつーかオウマを叩きのめしてスッキリしたいんだ俺は!!」
精神ダメージが大きく重すぎて、泣きたいサレイである。リィリーに向かっていろいろ言ってしまったことがオウマにも筒抜けで、そんでもって惚れた少女と同一人物だなんてどうしたらいいのか。ポケットの中の包みの存在が、とんでもなくどんよりとした存在に感じられる。
リィリーに似合うと思って買ったのに、渡す前にいろんなものが爆砕した。
「だからとっとと男になれ。出来るんだろ」
リィリーと剣を交えるのは避けたい。それは微妙な男の心の揺らぎだが、少女は鼻で笑っただけだった。祭りが始まる前とは、間逆の態度だ。
最初会ったときから祭りが始まるまでの様子を思い浮かべてサレイは涙する。
本当に可愛かったのに。理想の女の子だと思ったのに。
「……ううぅ……だまされたぁ……」
「うるせえな」
忌々しく言いながらリィリーは腰の剣を鞘ごと外した。
「反転」
呟いて柄を持ちくるんと剣を回転させると、青く物々しい長剣は、リボンのついた淡いクリーム色の小剣へと一瞬で変化した。
目を点にするサレイにかまわず、リィリーは小剣を腰の後ろに持っていく。リボンがひとりでに腰に巻きついて固定した。
「……なんだそれ!?」
「うるせえな。剣だろ」
「それは分かる! 何で姿が変わったんだ!?」
「変わってない。入れ替えただけだ」
「わけわかんねえよ! 教えろ!!」
「うるさいっ! 関係ねえだろ!!」
どうせ魔法の使えないサレイに説明しても分からない。魔剣と聖剣二本で擬似的に位相空間を作り出して簡易保存をしている、だのなんだの説明してもこの男に理解できるわけがないのだ。
「ライバルの剣のことくらい知っててもいいだろ、教えろ」
「何だその理屈。そっちこそわけ分からん。大体誰が何だって? ライバル? はっ」
鼻で笑ってやる。勝手にそう指定されるのは甚だ心外であり、迷惑以外の何者でもない。かと言ってこのまま付きまとわれるのも冗談じゃないリィリーである。
「ちっくしょう、腹が立つ!! 早くオウマになれよっ! 叩きのめしてやるから!!」
なんとしてでも勝負して勝ちたいサレイだが、リィリー相手だと本気が出せない。相手が女の子の体をしていると思うだけで手加減してしまうだろうから。
「だから、なんでおれがお前に付き合ってやらなきゃならんのだ?」
「ライバルだろ!?」
とても勝手なサレイに、リィリーは青筋をたてた。リィリーに勝手についてきておいて、祭りに勝手にオウマを巻き込んで不名誉なカップル扱いされて、あげく、これだ。
「死なすぞぼんくら」
「サレイだっ!! 自己紹介しただろ! サレイさんって呼んでたくせに!」
言いながら、可愛かったリィリーを思い出して自分もダメージを受けるサレイだったり。
「うう……リィリーさん……」
「泣くな! うっとおしい!!」
当人を目の前に思い出されて泣かれるのはとても気持ちが悪いし気分を害する。リィリーの機嫌はさらに悪くなった。
ただでさえ、強制的に性別変化を起こしていて、その理由に不機嫌になっているのに。
「早くオウマに戻れよー。勝負してくれー。そんでもって俺が勝つから、それから俺がおごった分をおごり返せー」
ぶち。
むかむかはついに爆発した。
「っうるせえ!! そんなに言うなら勝負してやるよ!!」
ざっと腰の後ろから小剣を引っ張り出すリィリーだ。
「!? 待て!オウマになれよ!! 女の子相手に戦えるわけないだろ!?」
「はん。名の売れた剣士が女だったら、お前、退くわけ? 女には剣は向けられんって? それで女剣士を相手に出来ないヘタレ剣士として名を売るわけだな?」
むか。
サレイも青筋を立てた。
「……言うけどな、そのおもちゃの剣で俺とやりあう気か? 俺の剣と打ち合ったらそれ、割れるぞ? 俺の剣はおもちゃじゃないからな。ああ、ハンデでさっきの魔剣使ってもいいぞ。子供と大人の差があるからなぁ?」
バジィン。
両者の間に雷が散る。
「ははは、心配いらねえよ。ファーウェル」
リィリーが口元だけを笑わせて名を呼ぶと、刃は銀の輝きを帯びる。
「これも父さんのコレクションのひとつだからな。あいにくとおもちゃじゃねえんだ。あ、でも悪いかなぁ。お前程度にこいつ使うのも剣に失礼か。お前に楽勝で勝っても実力じゃなくて剣が強いからとか言われてもイヤだしなぁ?」
言いながら剣を振って、もとの陶器のような姿にわざわざ戻してやる。
「ハンデを忘れちゃあ、いけないよなぁ。おれはオウマのほうで名が知れてるけど、ぼんくらは全然! 売れてないもんなぁ」
ピッシャアーン!!
サレイのプライドにリィリーの挑発は見事落雷した。
「よーし、泣くなよ? 女の子を泣かせるのは俺の主義じゃないが、お前は男でもあるわけだし、この際主義主張は無かったことにしてやる」
サレイは背中の剣を抜き放った。
「ははは、誰が? なんて? さっきまでリィリーさぁんって泣いてたやつがよく言うぜ」
リィリーも小剣を手に一歩も退かない。
うわ、仲悪い(笑)リィリーの機嫌が最悪なのには理由があるのです。