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ダブリュード  作者: マオ
2/22

1・最高だったり、最悪だったり・1

 歩き続けてしばらく、街道の脇に流れる川を見つけたので、少女、リィリーは休憩することにした。澄んだ川を覗き込む。ちょっと見ただけでもちらちらと魚が泳いでいた。

 生き物が居るということはここの水はとても綺麗なのだろう。

 少女はマントの中から小さな水筒を取り出して、横の目盛りを確かめた。もう三分の一ほどになっている。中の水がそれだけ少なくなっているということだ。

 リィリーは水筒のふたを外して、川の中に水筒を沈めた。

 ごぼごぼごぼっ!!

 渦を巻いて水筒はものすごい勢いで水だけを吸い込んでいく。強い吸引力に、寄ってきた魚や、浮いていた草や木屑などは全然吸い込んでいかない。

 純粋に水だけを吸い込んで、水筒は止まった。

 小さな水筒に入るとは思えない量を吸い込んでいる。魔法の品なのは間違いない。

 ふたを閉めて、水筒をしまいこみ、川のそばにあった大きな石に腰掛けた。

 お日様の光が暖かい。ひなたぼっこにはちょうどいいくらいの暖かさだ。マントの下から次に取り出したのは、ここに来る前に立ち寄った街で買った飴玉だ。

 カラフルな色合いのものではなく、喉によさそうな優しいミルク味である。ひとつ口の中に入れて転がした。

「おいしー」

 嬉しそうに呟いてから、彼女は腰の剣にさりげなく手をやった。巻きついて、剣を下げていたリボンがひとりでにほどける。リボンは剣の柄尻から出ていた。心の中で四つ数えてから、リィリーは石から飛び降り、瞬時に距離をとり、振り返る。

 彼女の視線の先には、無防備に石に座っていた女の子を背後から襲おうとしていたゴブリンが、予想を上回る反応で離れたリィリーに、咄嗟に動けずきょとんとしている。

「なんだ、ゴブリンか」

 おもちゃのような剣を握り、彼女はこともなげに呟く。一般人ならとても恐ろしい相手だろうが、ちょっと旅をして腕に覚えがある人間ならまずあわてない相手である。

 数が居る場合にはちょっとうっとおしいが、いまは五匹。

 リィリーはちょっと首をかしげた。

 少ない、と思っている。怪物相手に、物怖じはしていない。

 集団で行動する習性をもっているゴブリンだ。五匹というのは普通だろう。だが、彼女はもう少し多い気配を感じている。

 目に見えている範囲には五匹。後三匹ほどいそうな気がする。

 珍しく知恵を使うゴブリンが居るようだ。不意打ちは失敗したと分かっているだろう。ならば、次は――遠距離攻撃か、魔法。相手がゴブリンなら知恵が低いので、後者は却下。

 せいぜいが手作りの、あまり威力がない弓といったところか。そこまで予想したところで、風を切る音がした。

 予想通り、矢が二本、ゴブリンたちの後方から飛んでくる。リィリーはかわそうともしなかった。矢の一本はまっすぐに彼女に向かって飛んできているが、

「ファーウェル」

 彼女は呟いただけである。だが、それで充分だった。手の中の剣が、輝きを放ち、(しろがね)の刀身に変わる。見ただけで恐ろしいまでの切れ味を持つと分かるような刀身。そして、柄尻から繋がっているリボンがひとりでに動いて、しゅるると伸び、矢を絡め取って地面に捨てる。

 当たりもしない方向に飛んで行った、もう一本の矢にリボンは反応すらしなかった。

 ゴブリンが目を丸くしている。彼女が持つ剣に視線が釘付けだ。かえって興味を引いてしまったらしい。彼ら(彼女もいるかもしれないが)独自の言葉でなにやら叫ぶと、束になって襲い掛かってきた。

 どうしてもこの剣を手に入れようと思ったようだ。

「あーはいはい、無駄なのにー」

 呟いて、リィリーはひょいひょいと軽くゴブリンたちの攻撃をかわしている。まともに相手をする気が無いようにも見えたが、彼女の目線はゴブリンたちと、その背後にいる弓矢を持った怪物を視界に収めていた。ゴブリンではない。

 コボルト。ゴブリンよりさらに格下の怪物である。ゴブリンによくこき使われている種族で、興奮さえしていなければ臆病な種類だ。ぴゅんぴゅんと当たらない矢を放ってくる彼ら(彼女ら?)は、とてもやる気のなさそうな様子が目に見える。やはりゴブリンに無理矢理こき使われているのだろう。ゴブリンさえ片付けてしまえば、とっとと逃げ出しそうだ。

 軽く息をついて、リィリーは襲い掛かってきたゴブリンの側頭部を小剣の柄で一撃し、ちょっと距離をとって、早口でナニゴトかを呟いた。

「“(ばっ)()()っ”」

 最後のひとことを呟くと、彼女の周囲の空気が一瞬伸縮し、次の瞬間外側に向かって破裂し、火花を散らした。範囲内にいたゴブリン全員がまともに巻き込まれる。

 だみ声でわめきながら吹っ飛んで、身体のあちこちを燃やしながら転がって逃げていった。

残されたコボルトがリィリーを見て固まっている。

 しっし、と手を振ってやると、きゃいんと犬のような声を上げて弓矢を放り投げて、どこかへ逃げてしまった。

 襲った相手が魔導師とは夢にも考えていなかったらしい。まあ、たしかにリィリーの年代くらいで、一人旅の魔導師というのはなかなかに珍しいだろう。普通、このくらいの年頃の魔導師は、まだ外には出てこない。魔導学校の寮とか、あるいはギルドの中で研究と勉強に明け暮れているのが一般的で、十代の魔導師があまり知られていないのはそのせいである。

十代限定ならば、魔導師よりは圧倒的に剣士や傭兵のほうが名の知れたものが多い。それも上の年代に比べれば少ない数ではあるが。

 世に出ていたとしても、非力な魔導師は一人では旅をしない。大抵パーティーを組んでいる。個人で有名なものがあまり居ないのは、パーティー全体での名前が売れてしまったから、という理由もある。

 十代の女の子の魔導師で、一人旅というのはとても珍しいのだ。リィリーには剣の心得もあるようで、どちらかと言えば魔法剣士に近いのかもしれないが。

「うー、アメ舐めてると呪文唱えにくいな。一箇所かんじゃった」

 リィリーは一人呟いて、剣を軽く振った。途端小剣は元の陶器のような色に変わる。腰の後ろに剣をやると、ひとりでにリボンが巻きついて留まる。

「今後の課題。アメ舐めながらの呪文は短縮バージョンで唱えることっ」

 呪文を途中で間違えると、そもそも発動しないのだが、彼女は威力が不完全ながらも発動させた。かなりの実力者だということを示している。基礎から応用、仕組みに至るまでをちゃんと理解しているのだ。なまなかの魔導師でも難しいことを、年若い少女が理解している。

 天才、という言葉がふさわしい少女だ。

 が、本人は意識した様子もなく、再び石の上に座り込んでひなたぼっこを楽しみだした。口の中のアメがなくなるまでは休憩するつもりらしい。

 たったいま、ゴブリンに襲われたというのに、神経が太い。もう一度襲われてもどうということは無いと思っている。

 やはり、神経が太い。見た目は可憐で華奢な美少女なのに、一人旅をするだけあって、結構肝が据わっている。

 川の流れる音や、時折聞こえてくる鳥の鳴き声などに耳を傾けていると、やがて足音が雑音のように混じってきた。ひとりなので、ゴブリンがお礼参りにきたというわけではなさそうだ。

 旅人だろう。リィリーのように川の音を聞きつけて、休憩しようとやってくるところか。

砂を擦るような歩き方をしているところから予想して、結構な腕前の戦士かな、とリィリーは思う。足音ひとつにも特徴があるものだ。だからといって何をするわけでもない。旅人の礼儀で、すれ違ったらあいさつくらいはしようとは思っているが。

 そういうわけでリィリーは石に腰掛けて動かない。足音が近付いてくる。

 ――止まった。リィリーのほぼ真後ろ、距離は大体三十メートルといったところか。

 挙動が不審だ。やばい相手かな、とリィリーはさりげなく腰の剣に手をやる。

 野盗の類とはちょっと思えないが、世の中には可愛らしい少女をさらっていこうとする変態も存在している。害虫よりも世界に必要ない輩なので、そういう連中に会ったら容赦はするなと父母や兄、姉には言われていた。

 とりあえず、変態かどうか判断するために、振り返ってみた。

 立っていたのは若い男。リィリーより年上だろう。二十歳前後くらいか。青い髪が印象的な、長身の男だ。プレートメイルを着て、背中に大きな剣を背負っている。予想通り戦士らしい。

 彼は、振り返ったリィリーを見て、何故かぐっとこぶしを握りこみ、よしっとか呟いた。

 いぶかしげな表情になった彼女に、男性はびっと指を突きつけた。

「ようやく会えたな! オウマ!!」

 嬉しそうに叫ぶ。

「俺はサレイ・タッグス! 同じ剣士として一度手合わせ願いたい!!」

 とっても嬉しそうだった。

「……」

 リィリーは無反応。どういう表情を浮かべていいのか分からないのか、何か考え込んでいるようにも見えた。

「なんだ? 断るのか!? 自信がないのか!? それでも男かっ!」

 サレイはわめいてこちらに歩み寄ってきた。勝負する気満々である。リィリーは黙って彼に身体を向けた。マントで隠れていた彼女の体型を見て、サレイはあれ、と首をかしげた。

「お、オウマ?」

「……オウマって、剣士オウマですよね? 最近よく名前を聞く……男の子ですよね?」

 リィリーの声を聞き、青年は目を丸くする。

「あ、あれ? 女の子? 君」

「ええ」

 頷くリィリー。サレイは彼女の顔を身、髪の色や目の色を確かめ、それから身体を見た。

華奢だが、しっかりとある胸。魔法の金属で出来ているらしい軽鎧はちゃんと胸の形を潰さないようなつくりになっている。

「長い金髪、碧眼、十代半ば、小柄でかなりの美形、女の子みたいな顔、魔法の軽鎧姿、立派な剣――あ、違うね。別人だ……」

 リィリーの腰にある剣を見て、サレイは肩を落とした。


いきなり人違い。そんな出会いです。

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