4・納得いかずに大暴れ・1
石像に指されたまま、男二人は周りを見渡した。周りに人影はあるものの、彼らからは離れており、どう見ても石像が指差しているのは、サレイとオウマで。
【踏み潰してなかったことにするのじゃぁあ】
石像からはそんな声が聞こえてきたりするわけで。
…………沈黙の後、オウマは勢いよくサレイから離れた。視線が『変態』と告げている。
「なんでだっ!!」
思わず叫ぶサレイだ。オウマに対してそういう気持ちなど全く全然これっぽっちもない。
相手がリィリーならば胸を張ってそうです、と断言したが、可愛げのない小生意気な少年相手に恋慕するような性癖は、本当にない。
「ふざけんな、俺は男と結ばれて喜ぶ趣味はない!! 間違いだっ!! そもそもオウマは参加者じゃないぞっ!!」
少年が持つプレートはリィリーのものであり、オウマ自身が受け取ったものではない。サレイはそう認識していたが。
【参加者じゃぁあ、神の目はごまかせんぞぉ】
石像はぎりぎりとオウマに向き直る。オウマは忌々しげに顔をゆがめ、マントから取り出したプレートを地面に叩きつけ、
「ちっくしょう、こんなもん受け取るんじゃなかった! 姉ちゃんたちにいい笑い話が出来たと思ったのに!!」
吐き捨てている。
彼はもはや隠せないことを悟ったのだ。
「?? なんだよ、それはリィリーさんのだろ」
【お前のじゃぁあ】
石像はじーっとオウマを見つめる。瞳から光が飛び、少年に襲い掛かる。
うぉんっ! 少年の腰の剣のつばが輝いた。
石像から放たれた稲妻のような光が、剣から発せられた防御壁のような光にはじかれる。
【むぅぅ? 何を持っておるぅう】
石像という媒介からとはいえ、神を名乗るものの力を阻む剣。石像は覗き込むようにオウマの腰を見た。
青い柄、青い鞘、爪のような封印。巻き貝のようなつば。見た感じでは、やたらと禍々しく物々しい剣。サレイも剣を見、首をひねっている。オウマが何かしたようには見えないのに。
「なんだ? その剣」
「……」
オウマは黙り込み、考え込んだ。自身が持っている剣よりも、回避しなくてはならない問題が目の前に控えているのだから、サレイに答えているヒマなどない。
彼と同性婚など死んでも認めたくないし、断じて認めさせない。
オウマの方だって全く全然これっぽっちも、意識のかけらもなかったのだから。
かといって、石像――恋愛と結婚の神様にそう訴えて果たして納得してもらえるのか?
すでに二人をカップルとみなしているというのに?
おぞぞぉっと寒気が走った。冗談じゃない。
「こいつはともかく! おれは被害者だっ!! そんなつもりは毛頭ないっ!!」
少年は思わず叫ぶが、石像は聞く耳持たず。ぐ、ぐ、ぐ、と拳を持ち上げた。
【なかったことにするのじゃぁああ】
そのまま振り下ろす。オウマは軽やかに、サレイはあわてて飛びのいた。
石像に殴られた地面が、べごんと豪快にへこんでいる。人間が殴られたらどうなるか、大体想像がつくだろう。石像を見上げるが、当然表情などあるわけがないし、やはり話も通じない感じがする。頭から男二人をカップルと決め付けている。
美少年と、それなりに顔のいい青年。世のお姉さま方が喜びそうな組み合わせかもしれないが、本人たちは冗談でも口にしたくない。絶対イヤだ、断固拒否する。
どうすればいいのか。このまま不名誉なカップル扱いを受けて、石像につぶされるのは毛頭ごめんだ。
ぎぎぎ。また石像がこぶしを振り上げた。
「くそっ、てめえのせいだっ!」
オウマはサレイを石像に向かって蹴りだした。石像はサレイに向かってこぶしを落とす。
「のわぁっ!!」
サレイは間一髪かわして少年に怒声を上げる。
「なにしやがるっ!!」
「うるさい、死ね!!」
けんもほろろ。この様子を見ていればカップルなどではないことくらい分かりそうなものだが、神様は分かってくれなかった。
今度は足を高く上げ、オウマの頭上に持ってくる。
少年もあわてて身をかわす。動きがのろいのでよけるのは難しくないが、まず不名誉な誤解を解きたい。このまま逃げるということもちらりと考えたが、下手するとほかの街までうわさが流れる可能性がある。特にオウマはそれなりに名前が売れているので、プライドの死活問題だ。
「だから! おれはこいつとは何の関係もないんだって!! 無関係!! 他人!!」
「そうだっ!! こいつは無関係っ!! どうせ結婚するなら女の子とがいいに決まってるだろっ!!」
サレイも目いっぱい声を張り上げた。
彼の脳裏に浮かんだのは可憐な少女であることは言うまでもない。
「畜生、リィリーさぁんっ!! 結婚するならあの子とがいいに決まってるだろぉっ!?」
途端にオウマが鳥肌を立て、何故かサレイに転がっていた石を思い切りぶつけた。
つんのめるサレイに石像の足が迫る。転がってかわして青年は少年を睨みつけた。
「何度も何度も……ほんとに何しやがる! オウマ!!」
「気色悪いこと言うからだ、ぼんくらっ!!」
「はぁ!? 意味わからねえよっ! ぼけっ!!」
「黙ってろ変態っ!!」
お互いに罵りあいながら石像の攻撃をかわし、また互いを罵る二人だ。とことん、相性が悪いようである。
「くそ。こうなったらこいつぶっ壊してでも撤回させてやる!」
石像を不穏な目でにらみつける少年を、青年はあわてて止める。石像は街のシンボルらしいので、壊してしまえば大変なことになりそうだ。この状態では連帯責任にされそうだし、サレイも共犯にされるのはまっぴらである。
「待て待て! 壊して弁償できるのか!?」
声を上げた瞬間である。
「っ!」
オウマがビクンと身を震わせた。サレイの声に反応したのではなく、少年は自分の身体を抱えるようにして綺麗な顔をしかめた。
「……なんでこういう時に……っ!!」
苦く呻くオウマ。彼はそのまま石像からUターンした。走りながら片手で下腹の辺りを押さえている。
「なんだ? 腹痛か?」
置いていかれてはたまらないとサレイも後を追いかけて言うが、少年はぎろりと青年を睨んで、
「何でついて来るんだっ!!」
心底から声を上げる。こうやってサレイがついてくるからオウマが巻き込まれるのだ。はっきりと邪魔である。
「置いてくなよっ! 潰されるだろっ!? あと、勝負の確約をしろっ!」
サレイとしては、ただ単に石像に潰されるのがイヤだし、オウマが勝負もしないで逃げるのではという危惧があるから追いかけているだけだ。
そのまま彼らは人気のない路地裏に駆け込んだ。オウマはサレイから身を隠すように背を向けて壁際に額をつけるようにしてうつむいている。片手はやはり下腹に添えたままだ。何かに耐えているようにも見えるので、やはり突然腹痛でも起こしたのかとサレイはお人好しに心配した。
「どーした? 大丈夫か? 腹痛ならどこかトイレ行ったほうがいいぞ。変なものでも食ったのか?」
「……」
少年は無言。サレイをぶん殴ってやりたい心境ではある。ちょっと黙ってろとも言いたいが、しばらく自分の身体の様子を見ないとなんとも言えない。
【逃がさぁん】
石像の足音が近付いてくる。歩みは遅いが一歩の幅が大きいので、追いつかれるのは時間の問題だろう。
「おい、オウマ、来るぞ。逃げたほうが――」
少年にそう促すサレイに、とうとう堪忍袋の緒が切れた。元来気が長いほうではない、今まで持たせたことが珍しい。
「あーっ!! うるせえっ!!」
背を向けていた少年が上げた声に、サレイは目を丸くする。
高く涼やかな声。さっきまでの少年の声ではなく。
「え……?」
呆然と返す彼に、オウマは振り返った。不機嫌そうな表情はそのまま、でも受ける印象がやわらかい。
絶世の――美少年?
「あれ……?」
呟きながらも視線をずらす。綺麗な顔、細い首、魔法の軽鎧は形が変わっていて、その下にはまるで、女性のようなふくらみが。
「む、ムネ!? オウマっ、お前なんか変な病気かっ!? 膨らんでるぞっ!?」
「殺すぞ」
据わった目で呟くその声は、どう聞いても少女のもので、サレイにはその声に聞き覚えがあった。必死に探し回っていたのだから、間違えようもないだろう。
だが、認めたくない。
というか、今、何が起こったのだ?
あれー? ってなところで続きます(生殺しですかひょっとしてw)