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ダブリュード  作者: マオ
16/22

3・そういうわけでこうなった・5

 こいつを置いていくって言っても納得してくれないだろうなと、オウマは横目でサレイを見る。

 その視界の端に、近付いてくる煙が映った。

「うぉおおおおぉおっ!! おお女ぁぁああぁあああああっ!!」

 魂の叫び、何度目だろう。

「なんだありゃ!?」

 サレイが声を上げる。女性たちがビクリとうろたえた。駆け寄ってくる男は、女性の集団に鼻息が荒い。どうも、ヤツは女なら何でもいいらしい。

「女ぁああああぁああぁっ!!」

 サレイとオウマには目もくれない。本能でオウマを男だと理解しているのか。彼らの横を通り過ぎ、女性たちに突貫していく。

「いやあっ、ケダモノ!!」

「寄らないで変態っ!!」

「きゃああああっ!!」

 悲鳴はとても女性らしかったが、やることはためらわず、男らしかった。

 戦士が得物を振り、魔導師が魔法を放ち、ほかの女性もがしがしと蹴りつける。見事なチームワークだ。

「……リンチって言わないか、あれ」

「……私刑とも言いそうだな」

 男二人は恐くて近寄れないし、そもそも近寄る気も起こらない。

 ケモノ男も負けていない。殴られつつ魔導師の女性を抱き上げた。

 一番イキがいいとでも思ったらしい。

「けっこぉおおぉおおんんっ!!」

 一人確保して気が済んだのか、抵抗する女性を抱えてあらぬ方向に走り去る。

「いやあああぁああぁああっ!!」

 絶叫を残して、女性は一人減った。

「うーわーあー」

 呻くオウマだ。犯罪を目撃した気がして落ち着かない。

「あの、おねえさんたち、ひとつ訊いていい? あれでも成立するの? ユーカイじゃなくて」

 残った女性たちは胸をなでおろしながら答えた。

「するのよ。だから必死なんじゃない!」

 身を守ることと、好みの相手をゲットすること。

 祭りの参加者はその二点に注意しなくては目当ての人と結ばれることは難しい。

「なんつうアホな祭りだ……」

 心底から呻くオウマに、サレイも心から同意したい気分だ。

「普通に結婚しようよ……」

 呟く彼に、女性たちの目が、光った。

「してくれるのね?」

「え」

 迂闊な一言を洩らしたサレイの横で、察したオウマは何事かぶつぶつ口の中で呟いている。

「ケッコン。普通にならしてくれるんでしょう?」

 じりじり。ハンターのまなざしで近寄って来る女性たちに、青年は自分の失言に気がついた。

 あの言い方では、結婚を切望している女性の熱意に油を注ぐようなものだ。

 普通になら、結婚してもいいよ、と、女性たちには聞こえてしまったようで。

 もちろん、サレイ本人にそのつもりはなく、ひとつの感想として何気なく口にしただけというのはすぐ分かる。

 が、ここまで熱くなっている女性たちにそういう理屈が通用するのなら、今のこの恐怖はなかったはずだ。


 断崖絶壁、リターンズ。


 ケモノ男の登場にあっけに取られていないで逃げていればよかった――波が砕ける幻聴を再び耳にしながら、サレイは思った。

「“飛空”」

 横から少年の呟きが聞こえたのはそのときだ。視線をやると、さっきまでサレイの肩くらいしかなかった少年の頭が、今はサレイの頭より上にある。

「おねえさんたち、そいつ置いていくからごゆっくり」

 にこやかに言ってオウマはすーっと浮き上がる。

「!! お前、魔法使えるのかっ!?」

 剣士としての話しか聞いたことがなかった。凄腕の剣士でありながら魔法まで使えるなんて反則だろう。

 驚いたのは一瞬で、サレイはすぐさま行動に出た。半ば以上反射だったので、自分でも驚いた行動だ。やはり、真剣に命の危険を感じていると、人間は意外な行動に出るものである。

 オウマもビックリした。足にサレイが飛びついてしがみついたからだ。

「てめえ、落ちろ!!」

 すでに、『降りろ』ではない辺りが、少年がどれほど嫌がっているか知れる。

「イヤだ!! 残されたら、殺されるっ!!」

 サレイのほうも命がけだ。リィリーを捜す前に自分が餌食になるわけにはいかない。

「少しでいいからあの人たちが追いつけないところまで連れてってくれ!!」

 勝手な言い分に、蹴り落とそうとしたオウマの顔の横を、音を立てて横切ったものがある。

 ……アックスだ。あのでかくて重たい大斧を投げつけられたのだと理解したとき、オウマはやむなくサレイを吊ったまま高度とスピードを上げた。

 このままここにいたら、死ぬ。

 予想や予感ではなく、確信だ。


             ***


 どがごしっ!! オウマは容赦がなかった。ものすごいスピードで女性たちから離れ、街の外れ近くまで飛び、それからサレイを力一杯蹴り落としたのだ。

 下は一応ゴミ捨て場で、壊れたベッドが捨ててある。サレイは顔面にまた靴跡をつけられて落ちていった。

 壊れたベッドやほかのゴミにめり込むように墜落して、一瞬息が詰まったサレイの上にさらに追撃。

 下りてきたオウマは靴の下にもぎゅっとした感触を確かめてから、着地した。

「て、てめえ……オウマ……」

 プレートメイルを着用しているとはいえ、落ちてくる勢いのまま少年に踏まれるのは、いくらなんでも痛い。腹を抱えるようにして呻いている。

「ふん。運んでやっただけありがたいと思え、変態」

 男にしがみつかれていたく機嫌が悪いらしい。一応礼を言おうと思っていたサレイだが、少年の態度にその気も失せた。

「リィリーさんと同じ顔してるくせに、ほんと性格悪いな、お前!」

 起き上ろうとして腹から腕をよけたサレイは、そこにプレートが落ちているのに気がついた。自分のプレートはついているので、これはオウマが隠していたものだろう。サレイにしがみつかれ、その上で着地の衝撃があったので、また転げ落ちたらしい。

 何気なく手にとって、文字を見た。ピンク色の番号だ。まぁ、女の子と間違われたので無理もないこと――と、言えなくなったサレイである。

「あっ!」

 オウマが小さく声を上げた。しまったと言いたげだ。

「お前、これ……」

 三十一番とピンク色の文字で書かれたプレート。

 それは昨日リィリーが北門で受け取ったと同じ番号だ。

「何でお前がこれを……」

 愕然がくぜんと問いかけるサレイ。

 美しい少女リィリー。彼女と同じ顔、同じ格好をしている少年オウマ。そして、彼女が受け取ったものと同じ番号のプレートは、オウマのマントから転がり落ちてきた。

「拾った」

 即答するオウマ。

「嘘付け!!」

 こちらも即答するサレイ。ちっと舌打ちする少年。

 オウマはサレイからプレートを隠すそぶりを見せていた。それは彼に見せたくないという態度で、見られると困るという感情の表れだ。

 何故困るのか? その理由は?

「お前……リィリーさんからこれを奪ったのか!?」


 オウマはちょっとだけ沈黙し、半眼になって答えた。


「……あー、そうそう。いらないって言われて。実家へのいい土産話になるかなぁと」

 いかにもとってつけたような話をする。サレイに向ける視線が、明確に『こいつアホだ』と語っているのは気のせいではないだろう。

「嘘付け!! 彼女から奪ったのか! 彼女はどうしたんだ!?」

 熱くなる青年と、どんどん冷めていく少年。

「さあ。参加資格なくして安全になったから、その辺観光してるんじゃないか?」

 考えてみれば、これを奪ったからといってリィリーが困ることはない。むしろ、祭りに参加しなくていい分救われただろう。気がついてサレイの声も小さくなる。

「……知らない、のか?」

「知らん」

 きっぱり言われてサレイは肩を落とした。とりあえずリィリーの安全が分かっただけで良しとしよう。ガックリしながらオウマにプレートを返す。

「お前リィリーさんに会ってるんじゃないかよ……教えろよ。俺心配して思い切り捜し回っただろうが」

「知るか」

「つか、それ本当に土産にするのか? 街から持ち出していいもんなのか?」

 祭りが終わったら回収されるのではないのだろうか。そこまで詳しいことは誰からも聞いていないので分からない。誰も話してくれようとしなかったし、仕方がないだろう。

「ダメだったら返すだけだ」

 オウマはそっけなく言ってプレートをマントの内ポケットにしまった。

 それから周りの気配を窺って、歩いていこうとする。サレイがあわてておい、と呼び止めた。少年は振り向きもしないままで返してくる。

「まだ何かあるのかうるせえな」

「勝負しろ!」

 そう言えばそれが目的で少年を捜していたのだ。リィリーの安全が確認されたのなら、次の目的を果たしたい。

「ああ?」

 ものすごく機嫌を損ねた声音が返ってくる。

「いや、今すぐじゃなくて祭りが終わったらの話だぞ。俺、リィリーさんと祭りを楽しむ約束してるし。可愛いよなぁ、彼女。天使みたいで。お前もそう思っただろ?」

 でれっと鼻の下を伸ばすサレイに、オウマは付き合うつもりがないらしく、さっさと行こうとした。この態度では対戦を受けるつもりもないというのが見て分かる。

 サレイは軽い足取りでオウマについていった。リィリーの無事が分かったし、自分も逃げられて気分が軽い。あとはオウマが対戦を了承してくれればなおいい。

「あ、魔法は使うなよ。俺、魔導師じゃないから。正々堂々と剣技で勝負しよう」

 ピキ。オウマの額に青筋が立ったのをサレイは気付いていない。

「リィリーさんの前でお前に勝ってやるからな」

 自信満々なおも言う。

「ふっふっふ、まぁ、いわば引き立て役だな。俺のほうが強いことを見せれば、彼女も俺のこと意識してくれるようになるだろ」

 ピキキ。青筋二つ目。サレイを殴りたい気分のオウマだ。腰の剣の柄に手をやって、こいつ斬っちゃダメかな、とか考えている。この辺りは人通りも少なそうだし、旅の戦士一人いなくなっても誰も困らないよなとか、いざとなったら魔法で灰も残さずとか、やたらと具体的な犯罪プランが発生しそうになっているのをサレイはまだ気がつかない。

 オウマがそこまで怒る理由も青年は知らないのだから、無理もないだろう。

「で、どこで勝負する?広いところがいいよな、近くにあれば――」

 怒るオウマに気がつかないサレイがさらに続けたとき。


ゴーンゴーン、リーンゴーン。


 鐘の音が鳴り響く。

 長いメインイベントが終わる時間が来たようだ。やっと終わったかと、散々追い掛け回されたサレイは息をつく。巻き込まれたオウマも同じように息をつき、終わったことを実感した。

(ゆーるー)さーんー】

 ヘンに間延びして聞き取りづらい声がした。

「? 何か言ったか、オウマ」

「いや」

【男同士など言語道断じゃー】

 今度は確実に聞き取れた。何のことかサッパリ分からずに、オウマとサレイはそれぞれ視線をめぐらす。街中がざわめきだした。

「大変だ!! 今年はいたのか!?」

「誰だ!? どいつらだ!?」

「早く離れろ!! なかったことにされるぞ!!」

 口々に叫んでいる人々は、真剣にあせっているようだ。

 ドズン。重たい音がした。大きな石が地面に落ちたような音だ。

 ズン、ドズン、ドン。重たい音はどんどん近付いてくるようだった。何かが起きようとしている。それは分かるのだが、何が起ころうとしていて、どうすればいいのか。

 動きようがなく、オウマもサレイも成り行きを見守っている。街の人のあわてようからして、良いことではなさそうだ。

 ドォン! ドォン! 近付いてくるにしたがって、音の正体が何なのかわかった。

 ――石像だ。街の中心にあった、大きな石像。

「……なんで動いてるんだ、あれ」

「さあ……」

 呆然と見上げる二人に、石像は近づいてきて、目の前で止まった。

「あれ?」

 サレイが首をひねる。石像の目的は、ひょっとして。

【あぶのーまるはゆーるーさーんー】

 ぎぎぎぎ。きしんだ音を立てて、石像はほかの誰でもない、オウマとサレイを指差した。


三章終了です。カップル認定(笑)すみません『ぼおいずらぶ』では全くないので、期待しても無駄です(笑)

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