3・そういうわけでこうなった・4
「わはは、当たりだろ? 女みたいな顔してるもんなぁ! 間違えられても無理ないって!」
サレイは少年がショックを受けているとみなして喜んでいる。さんざん冷たい態度を取られた仕返しが出来たと、大人気ない。
装備屋の主人や祭りの参加者までが少年を少女と間違えた。門兵が間違えたのも無理はないと納得している。サレイの想像が事実に届くことはまずないな、とオウマは確信した。
それで納得しているのなら、まぁいいか、と冷たく考え、再び歩き出す。
が。
「ついてくんなよ! うっとおしい!」
サレイはまたついてくる。
「リィリーさん捜すの手伝ってくれよ。いろいろ訊きまわって、またお前と鉢合わせするとガッカリだし」
リィリーと思ってオウマだったときのあのガッカリを、何度も味わいたくないと言う。
それこそ知ったこっちゃないと思うオウマだ。
「言ってる間に捜したほうが早いだろって、前にも言わなかったか」
ぶっきらぼうに言うと、青年は肩を落とした。
「お前……本当に性格悪いなぁ。そっくりなのにリィリーさんとは大違いだ」
これだけ顔が似ているのに、性格は正反対にも思える。リィリーは可愛らしく奥ゆかしく、オウマは冷たく口も悪い。
ふっと、少年は冷笑を浮かべる。
「なら、おれについてこないでその子を捜せよ」
もっともな意見だが、サレイも疲れてきていて、何度も無駄足をふむのはイヤになってきている。早く彼女を捜し出したい気持ちは変わっていないのだが。
「だから、一緒に来てくれって。捜してくれなくていいからさ。お前と一緒ならリィリーさんと間違えることもないだろうし……祭りが終わるまでちょっとつきあってくれよ」
「断る」
「……」
サレイは無言で少年のマントをつかもうとした。話をしても無駄だと感じているので、強引に引きずって行こうと決心する。リィリーを捜すためだ。彼女のためにオウマにも我慢してもらうし、少年の口と性格の悪さに自分も辛抱する気でいた。
するり。マントが逃げる。察知したオウマが身をかわしたのだ。
「おい、手伝えって!」
「断るって言ってんだろ!」
捕まえようとするサレイにうんざりした表情を向け、少年は地面を蹴った。そのまま近くの壁を蹴り、反対の壁を蹴り、サレイが呆然と見上げる内に軽やかに屋根に上がってしまった。
少年の身の軽さに、サレイは見送ることしか出来ない。足場でもあれば追いかけるが、あいにくとここには荷物など積まれていない。
「おい、オウマ!!」
呼びかけても返事はない。やはり自力でリィリーを捜すしかないかと彼があきらめかけたとき、頭上から少年が降ってきた。
戻ってきたのかと表情を明るくするサレイの目前に、靴裏が迫る。かわす間もない。
どげしっ!! 直撃。
「こんの……ぼんくらっ!! てめえのせいだ!!」
サレイの顔面を踏んづけて着地し、オウマは怒鳴りつけた。
「痛ぇ……なにしやがる!!」
顔面に靴の跡くっきりで跳ね起きるサレイ。頑丈な男だ。オウマは怒るサレイの剣幕に負けないくらいに声を張り上げた。
「上を見ろっ!!」
「上ぇ?」
見上げて、硬直する。オウマがあわてて逃げてきた理由。
般若が……いた。
「!!」
即座にダッシュする男二人だ。逃げたサレイを捜すために、今度は魔法を使って空から捜索していたらしい。
その執念が、心底から恐ろしい。祭りの間、安心できる場所はないようだ。
「ダーリーン、待ってくれないのー? うふふ、逃―がーさーなーいーわーよー」
サレイが捕まらないので、気分が荒んでいるのか性格が変わってきている。あの状態の女性に捕まるのは考えなくとも恐い。オウマは隣を走っているサレイに怒鳴った。
「何で同じ方向に来るんだよ!?」
泣きそうな心境でサレイも怒鳴り返す。
「一人にするなよっ!! 殺されるだろっ!?」
「知るかぁあっ!! いっそ死ねっ!!」
「ほんと冷たいなお前っ!!」
「他人を巻き込むなって言ってんだ、ぼんくらっ!!」
「そんなこと言うなよッ、ライバルだろっ!?」
「赤の他人だっ!!」
仲良く(?)叫びながら路地を駆け抜けていく二人。
本当に、リィリーを捜すどころではない。
その前に死ぬかもしれないのだ。サレイは絶叫した。
「リィリーさぁん、助けに行けないかもしれないよ、ごめんねーっ!!」
馬鹿だこいつ。オウマは心の中で断言した。
サレイを蹴りつけて転ばせて、自分だけでも逃げようかと、考えた少年の前に、立ちふさがる人影が、五つ。
音を立てて急停止した彼に、にんまりするのはサレイを追いかけている女性たちだ。さっきは二人だけだったのが、オウマが最初に遭遇したときの人数に戻っている。空から追ってくるのを含めて、六人。
魔導師、戦士、あとはアットホームな雰囲気の女性からちょっと童顔の女性に、大人っぽい顔つきの女性と細身の女性。ここまで追いかけてくるということは、普通の女性と見せかけて、全員体力と精神力がとてつもない。何よりも、他で妥協しない執念の持ち主だ。
「……よりどりみどりじゃん。選んでやれよ、あの中から」
女性たちから距離を取りつつ、横のサレイに言ってやる。青年は言葉もなく、ブンブンと首を横に振った。
さりげなくサレイからも遠ざかろうとしている少年に、あわてて近付く。置いていかれては本当に命がないような気がしてきた。
「ふふふ……戦うしかないようね」
中の一人が呟き、オウマを見る。怯えてすがりようにオウマに近付くサレイの態度に、完全に本命だと思われてしまっている。空にいた魔導師の女性も降りてきて、臨戦態勢に入った。
「だから、おれは男だって! 参加者でもないのは見て分かるだろっ!? プレートつけてないんだし!」
オウマの訴えに、違う一人が首を振った。
「どこにでも隠せるのよね? プレートなんて大きなものじゃないし」
確かに、オウマはプレートを隠して持ってはいる。しかも、何故か女用を。
その上、いくら男だと訴えても、前日から直前にかけてサレイと行動していたリィリーと同じ顔、同じ格好では女性たちを説得する材料に欠けている。女性たちは男装したリィリーとしか思っていないのだ。
「いっそ、脱ぐか。胸ないの見たら納得する?おねえさんたち」
「ほほほ、平面胸の女なんていくらでもいるわ」
「…………」
下も脱げばいいのか、とオウマは半眼になった。でも、この女性たちの前で脱ぐのもそれはそれでなんだか恐い。
ようするに、逃げ場はもうないようだ。実際には街の少し広い道なのだが、気分的には背後が断崖絶壁。しかも下はとんでもない荒波といった感じ。
どぱーん。波が砕け散る幻聴を聞きながら、サレイは走馬灯のようにリィリーを思った。
きっと、死んだ魚のような目になっているだろうサレイです(笑)