3・そういうわけでこうなった・3
捕まったら最後だ。道はまっすぐに続いているのでオウマと同じ方向に走るしかない。
女性からは仲良く並んで一緒に逃げているように見えていることだろう。
「きぃいいっ! “炎の山茶花”っ!!」
オウマの眼前に花開くように巨大な炎が発生する。本気でライバルを抹殺するつもりだ。
「げ」
隠さず呻くオウマ。目標を包み込んで爆裂する魔法である。さすがに威力は落としてある、と思いたいが……あの様子ではそのままの威力かもしれない。喰らうと確実に怪我をするだろう。
当たってやるつもりも義理もない。
少年は腰の剣に手をやった。ガキン! と音を立てて剣を留めていた爪のような留め具がひとりでに外れる。引き抜くまでのわずか一瞬だ。
「レヴァンテイン!」
叫んで彼は剣を振り切った。剣のつばがほんのひと時光を発する。
ボウッ!
空気が破裂したかのような音がして、炎が霧散する。オウマはその中を突っ切った。
「な、なんだその剣?」
横を走っているサレイが目を丸くしている。少年はすでに剣を収めており、サレイが刀身を見たのはほんの一瞬だったが、恐ろしく切れ味がよさそうだった。
魔法をたたっ斬るなど、ただの剣ではあるまい。
「関係ないだろ」
「……ないわけじゃないぞ。祭りが終わったら俺はお前と勝負するんだ」
「勝手に決めるなっ」
叫ぶ少年に青年は叫び返す。だだだっと走りながら。
「そのために捜してたんだっ、でもリィリーさんと出会えてちょっと嬉しかったのに! 何でお前が今見つかるんだよ!? 畜生、リィリーさぁん!!」
「おれが知るかっ!」
叫びながら走るのは体力を使うが、叫ばずにはいられない二人である。
どちらにとっても納得がいかない状況に、不条理を感じて仕方ない。
サレイはオウマをリィリーと言われるのが納得いかないし、オウマは女扱いされて、その上サレイの彼女扱いされているのが気に食わない。
「おねえさん! こんな奴ノシつけてくれてやるからっ! おれはほんとに関係ないんだって!」
「だまされないわよっ!!」
びゅんびゅんと背後から雷の魔法が飛んでくる。
「おい、あんた、あそこまで思われてるんだから結婚してやれよ!」
「出来るかっ! ヒトゴトだと思いやがって!!」
あの女性に捕まったら、人体実験されること確実だ。蜜月というよりも恐怖の新婚生活が始まるだろう。死ぬ。サレイは確信している。
――走り続ける彼らの頭上を、ひとつの影が日光を遮り落ちてくる。
「!」
察知したオウマは飛びのいた。
ドズン!! 重い音を立ててめり込んだのは、アックス。大きな斧だ。それを握り締めているのはサレイと剣戟を交わしたたくましい女性で、ゆっくりと顔を上げてオウマを見る。
「仲がーいーいーのーねー?」
ヂゴクの底から響いてくるような声音に、
「良くないよっ!?」
即答するオウマだ。
「こんなのくれてやるって! 連れてっていいからっ!!」
「てめえオウマっ! 助けてくださいお願いします」
年下の少年の背後にすがるように隠れるサレイだ。こんな状況でプライドもへったくれもなく、ここを乗り切らないとリィリーを助けに行くこともできないので、利用できるものは利用する。
「うわっ、寄るな触るなっ! あっち行けっ!!」
オウマにサレイを助けるつもりは毛頭ない。むしろ迷惑だと表情で告げながら青年を女性たちに突き出そうとしている。
じりじり。女性たちはゆっくりと近付いてくる。
般若が二人。狙うはサレイで、邪魔者はオウマ。完全にそう認識されてしまった。
サレイをおいて逃げる気満々のオウマだが、青年はそれを警戒して少年のマントを掴んでいる。
死なばもろとも。
そんな単語が存在していたな、とサレイはひきつり笑いながら考えた。
オウマが大きく息をつく。見物しようとのんびりしていたのに、後ろのバカに巻き込まれてしまって、自分の身が危なくなった。
近寄ってくる女性二人の目は、これでもかと言わんばかりに真剣で、そう簡単に逃がす気はないと語っている。
「大丈夫よー、痛くしないからー、ちょっと我慢してねー」
据わった目で、どう見ても当たったら骨が何本か折れそうなアックスを振り上げる女性と、こちらも据わった目で、もごもご呪文を唱え始めている女性。
「えーっと、ごめんね? おねえさんたち。おれも命は惜しいから」
にこやかに微笑んで、その天使のような笑顔に女性たちが一瞬気をとられた隙に、オウマは足を蹴り上げた。砂が飛び、女性たちの視界を覆う。
「きゃあ!」
悲鳴を上げたその隙に、男二人はすたこら逃げ出した。
「やるなぁ、お前」
思わず言うサレイに、
「てめえが情けないんだ、この甲斐性なし」
オウマはにべもなく言い返す。かなり走って街の反対側にまで出てから一旦足を止めた。
そのままオウマはサレイとは逆方向の路地に入ろうとする。もう巻き込まれるのはごめんだと、態度で示しているのを、あわててサレイは止めた。
「待て待て! 一緒にいてくれ! またリィリーさんとお前を間違えてガックリするのはごめんだ!」
「知るか! てめえといたらまた女と間違われるだろうがっ!!」
あの女性たちにライバルと思われて排除行動に出られるのは、いくらオウマでも恐い。
「ああいうおねえさんたちを怒らせると怖いんだぞ!? 女は怒らせるもんじゃないって、その年で知らんのか!?」
「……お前、その年で知ってるのか?」
思わず問いかけるサレイだ。十代半ばのオウマが、なんだかタラシみたいなことを言うのでびっくりしている。
「……姉ちゃんの旦那からいろいろ聞いてる」
ちょっと遠い目で呟くオウマだ。結婚している姉がいるらしい。
「……そうか。なんかいろいろとすごそうだな、お前の姉ちゃんって……」
姉の旦那は義理の弟に何のアドバイスをしたのやら。オウマの姉は相当の女傑なのかもしれない。サレイはなんとなく、さっきアックスを振り回していた女性を思い浮かべた。
サレイの想像などどうでもよさそうに、オウマはさっさと行こうと足を踏み出し――その、瞬間。
ぽろり。
マントの中から一枚のプレートが落ちる。さっきサレイが掴んだときに、マントの内ポケットに入れていたものが落ちかけていたのだろう。
足を踏み出した衝撃で、決定的に落ちたのだ。
「!」
地面に落ちる瞬間に、オウマは素早くキャッチしたが、サレイはしっかり見ていた。
プレートの文字は、ピンク色だった。
「!!??」
目を丸くするサレイだ。一瞬だったので番号までは把握できなかったが、文字の色は確かにピンク色だった。バッと勢いよくオウマの顔を見る。少年はさっと顔を逸らしてサレイに見えないようプレートをしまいこんだ。
「……今、プレート持ってたよな?」
オウマは無言で歩き出す。サレイは早足でついていく。
「文字、ピンクじゃなかったか?」
返事はない。
「お前、もしかして」
機嫌悪そうなオウマにサレイは続けた。
「門でも女と間違われたんだろう!!」
…………間。
オウマがぴたりと足を止め、空中を眺めるように考え込む。
考えることはひとつ。
サレイが馬鹿でよかった。
いろいろと酷いオウマです(笑)