3・そういうわけでこうなった・2
オウマはプレートをつけていない。祭りの参加者ではないのだ。だから、頭を下げることが出来る。これで少年もプレートをつけていたら、サレイは何が何でも自分の力で彼女を見つけなければならなかったが。
「知らん」
少年はひとこと。
「お前! それが困っている人を目の前にした人間の言うことかっ!!」
「言ってるうちに捜したほうがいいんじゃねえの?」
「うぐ」
確かにそうだが、この広い街中を、何の手がかりもなく一人で捜すのは時間がかかりすぎる。
リィリーを見つける前に鐘が鳴ったら、それで終わりだ。
「彼女が結婚させられてしまうんだっ!! 頼む、手伝ってくれ!!」
「知らねぇって。ま、がんばれ」
そっけなく言い切って、オウマは歩き出した。
「だから待てって!!」
もう少年に待ってやるつもりはないらしい。サレイの呼びかけにも足を止める様子がない。
「このひとでなしっ!!」
こいつに頼るのは間違いだ。サレイは痛感する。
「祭りが終わったら覚悟しておけよっ! 勝負して叩きのめしてやるからなっ!!」
今はとにかくリィリーを捜して、彼女の身の安全を確保しなくては。再度決意したとき、サレイの背を声が打った。
「みぃつけた〜」
「おほほほ、旦那さま、逃げちゃダメよ〜」
ぞわり。背筋に寒気が這い上がる。恐くて振り返ることも出来ずにサレイは走り出した。
「待ってぇ、ダーリンっ」
逃げ出した彼を追おうとして、女性の一人がオウマに目を留めた。とんでもない美少年だ。
ムコどの探知レーダーに引っかかったらしい。
「あ、おれ参加者じゃないよ、おねえさん」
「あら、残念。もう二、三年したら参加しに来てね。きっとモテモテよ、あなた」
「考えておく」
にっこりと天使のような微笑で女性にそう返して、少年は頑張ってねと女性に手を振った。とんでもない美少年に応援されて、女性は浮かれた様子で手を振りかえし、サレイを追って走り出した。
サレイと女性たちを見送って、オウマは口元に笑みを浮かべる。
「……モテモテじゃん、サレイ?」
楽しそうに、名乗っていないサレイの名を呟いて少年は笑った。
「見てるほうが楽しいよな、やっぱり」
くっくっくっと笑いながら少年はマントの下からプレートを取り出す。それはどうしてかピンク色の文字だった。男なら受け取るのはサレイが持っていたもののように青い文字のプレートのはずである。
だが、オウマが持っているのはピンク文字のプレートで、番号は――。
***
走って走って走りまくった。リィリーを探すどころか自分の人生が危ういサレイだ。
今、街のどの辺を走っているのかも分からない。とにかく追ってくる女性から逃げている。
六人の女性はあきらめる気もないようで、ひたすら彼の後を追いかけてきた。
そろそろ体力のない人なら力尽きそうなものだが、誰も欠けていない。結婚を目指す女性の執念というのは恐ろしい。
どこまで逃げれば彼女たちはあきらめてくれるのか。このままではリィリーが見も知らぬ男と結ばれてしまう。
それだけは阻まなくては。
決意は一体何度目だろう。サレイはダッシュをかけた。とにかく女性たちを引き離し、また屋根に上がって隠れる。本当なら店の中などのほうが隠れやすいのだが、イベントが始まる少し前から店はばたばたと戸締りしており、中に入れないようになっていた。
街中を使った巨大な鬼ごっこのようなものなので、建物の中に入るのは反則らしい。
あくまでも、道の上でバトルロイヤれ、と。
これで結婚して果たして幸せになれるのか疑問だ。街の住民は懐かしそうにほほえましく見守っているが、ここの街の人はそうやって結婚しているのだろうか?
心の底から疑問に思いながらサレイは下の道の様子を窺った。大丈夫そうだ。
飛び降りて女性たちが向かったほうとは逆方向に走り出す。次は広場のほうを捜してみるかとそっちへ向かう。やはりいたるところで激しいバトルが繰り広げられていた。どのくらいの人数がこのアホ祭りに参加しているのだろう。
男女別にそれぞれ百人もいないとは思うのだが、なにせ争いが広範囲に渡っているので判断できない。広場にたどり着いたときには息が切れていた。さすがに疲れてきている。
ここでは出店がまだ出ていた。争いのとばっちりを受けたのか、何店かが焦げていたり店先がなくなっている。それでもめげずに商売を続けているようだ。
見物客が食べ物や飲み物を買っていくからだろう。
サレイはきょろきょろと視線を向け、さっき入った装備屋を見つけた。
店の主人はのんびりと店先に座って客の相手をしていた。どうやら祭りの参加者が得物を買いに来たらしい。女性がごついメイスを、男性がでかいアックスを買っていった。
何に使うのか考えるととても恐くなったが、とりあえずそれよりリィリーだ。
「オジサン!」
走り寄る。オジサンはサレイのことを覚えていた。おお、兄ちゃん、とにこやかに笑いかけてくる。
「なんだ、兄ちゃんも得物を探しにきたのか? これなんかどうだい、伝説の名剣ドラゴンスレイヤの紛いもん。当たっても斬れないから祭りには最適だよ。とりあえず殴っとけば相手はおとなしくなるし」
「そうじゃなくて! ええと、俺と一緒にいた女の子を見かけなかったか!?」
「あん? あの可愛い子かい? 通ったよ。ついさっきだな。あんだけ可愛い子なのに誰にも狙われてないのは何でなのか、ちょっと不思議だったから覚えてる」
「どっちへ行った!?」
オジサンはにんまりと笑った。サレイの目当てが彼女なのだと思い込んだらしい。
「あっちだよ、まーがんばれや、兄ちゃん」
オジサンが指差した方向へ、サレイはわき目も振らずに駆け出した。
「若いってなぁーいいねぇ」
なにやら分かった風なセリフをはいてオジサンは頷き、新しい客――またもやプレートをつけている――の接客に戻った。
必死に走り、広場から出たサレイの前方から、プレートをつけた男が首をかしげながら歩いてくる。何か納得がいかないような表情をした男とすれ違って、サレイは目的の人物の後ろ姿を発見した。金髪で小柄な人影。
やっと見つけた。
疲れよりも喜びが勝った。とにかく彼女の安全を確保しないと、と疲れた体に鞭打って走り寄る。
「リィリーさんっ!!」
声を上げて彼女の肩を掴もうとして、サッとよけられた。
何故よけられたのか分からず驚くサレイに、くるりと振り返った顔はあきれている。
「またあんたか」
――少年の声。
「オウマぁあっ!?」
へたり込みそうになったサレイである。またと言いたい気持ちは彼も同じだ。
どうりでプレートをつけた男が不思議そうに首をかしげていたわけである。あの男もリィリーとオウマを間違えたのだろう。装備屋のオジサンも間違えたのだ。
オウマは彼女と似すぎている。
ちょっと見ただけでは少女にしか見えないのだ。間違えても無理はないだろう。
「うう……またお前か……捜しているときは会えなかったのに、どうしてこういうときだけホイホイいるんだ!?」
「知るか」
「俺はリィリーさんを捜しているんだよぉっ!!」
絶叫。青年の主張に少年は呆れ顔だ。付き合ってやるつもりはないようで、肩をすくめた。
「“烈光”っ!!」
そこへ、蛍のような光が飛ぶ。少年は半歩場所を移動した。すぐ脇を光が通り過ぎていく。
目をやると、サレイを追いかけていた女性の一人が立っている。
「うふふふ……ダーリンは私のものよ、あなたには渡さないわ」
目が据わっている。どうやらオウマを女の子だと思い込んで、ライバルの排除にかかったらしい。オウマは無言で立ちすくんでいるサレイの腰に蹴りを入れ、女性のほうへと押し出した。
「ぶわっ!? なにすんだ!?」
「うるせえ。おれまで巻き込むな。おねえさん、おれは男だよ」
少年の言葉を、女性は信じなかった。
「うふふふ、もうだまされないわよ。さっきもそう思わせて今彼と合流したんでしょ? 危なくだまされるところだったわ! 男装なんて卑怯よ!!」
「はっ! そうか、男装!?」
言われて初めて思い当たりサレイはオウマを振り返った。
「アホか!! 男だって言ってんだろ!!」
思わず叫ぶオウマである。顔だけ見ていると、あまり説得力がない。平面な胸には説得力があるのだが。
「いいえ、だまされないわ! なんでもありだものね……ふふふ、男装とは考えもつかなかったわ。うまい手だけど、私はだまされない!!」
女性は続けて呪文を唱えだす。鬼気迫る表情で、つかつかと近寄ってくるものだからとても恐い。
「……」
話が通じそうにないのを感じ取って、オウマは無言で身を翻した。サレイもあわてて続く。
「あっ、てめえ、ついてくんな!!」
青年がついてきていることに気がついて少年が叫ぶ。サレイは叫び返した。
「うるさい! 俺だって必死なんだ!!」