3・そういうわけでこうなった・1
「リィリーさん! どこだぁあああっ!?」
サレイは必死に叫んで彼女の姿を捜している。叫ぶ彼を追いかけてくる女性の人数は六人に増えていた。やはり昨日のうちに目をつけられていたらしい。
時折、背後から魔法が飛んでくるが、ほかの女性の妨害が入るらしく、今のところサレイには当たっていない。このままではラチが明かない。どうにかしてこの女性たちを撒かないとリィリーを捜すこともままならぬ。
幸い、走って女性たちとの距離は結構稼いだので、どこかうまい場所があれば撒くことは可能だ。サレイは忙しく目線をアチコチにやり、とある商店が建っている曲がり角に目をつけた。そのままそこに走りこむと、思ったとおり壁際に荷物が積んである。女性たちが追いつく前に、その荷物を足場に急いで屋根に上って身を隠した。
「あぁん、ダーリン、どこぉ?」
「あたしのだって言ってるだろ!!」
「私のムコよっ!!」
「逃がさなーいっ!!」
などと叫びながら女性の集団が狭い路地を駆け抜けていく。爆音に目をやると少し離れたところでは、言い寄る男に向かって綺麗な女性が魔法を放って吹き飛ばしていた。女性の腕にはぐったりとした男性が引きずられている。
……ゲットされたのだろう、力尽くで。
違う方向では、男性が女性を抱えて迫り来る男の集団から必死で逃げている。男性の腕の中で女性のほうは満足げな表情だ。望んだ相手なのだろう。
お互いに満足した相手ならばいいが、望まない相手に捕まった場合、それでも結婚が成立するのだろうか。サレイは周りを窺った。
様子から見て、嫌な相手には本気で逃げているところを見ると……どうも、成立してしまうらしい。どうりで前夜祭のときにプレートをつけた連中が殺気立っていたわけである。相手がいなくても、鐘が鳴ったときに一緒にいればそれで新婚になれるからだ。
理由が分かってもすでに遅いが。
今更ながら、どんな祭りだ、と心で突っ込む。
この街の恋愛と結婚の神様というのも、どんな神様なんだか。
と、いうことは、リィリーも誰かに捕まってしまえば無理矢理結婚させられてしまうということで。
サレイも、捕まってしまえば妻帯者になってしまうということで。
「〜〜〜〜っ!!!」
危機感に悶える。早く彼女を見つけてこんな街の強引な祭りからは逃れなくては!!
だが、彼女はどの辺にいるのか。もしやもう変な男に捕まってしまっているのではないか。
危機感がさらに高まる。
変な男に捕まるくらいなら、鐘が鳴るまで自分がリィリーといて、偽装的にでも結婚してしまったほうがいいかもしれない。
「下心じゃないぞ、うん」
誰かに言い訳するようにそう呟いて、サレイは屋根から下りた。
どっちへ行けばリィリーと会えるだろうと見渡す彼の目前で、また一人吹き飛んだ。
地面に倒れて動かない。ケイレンしているので、生きてはいるようだ。
……死人が出ないのが、ちょっと不思議である。
動けなくなる前にリィリーを見つけなければ、彼女だけでなく自分の身も危ない、と痛感する。
「くそう。リィリーさぁん!!」
再びサレイは走り出した。
目指す天使のような彼女は一体どこにいるのか。女性と男性で『すたあと地点』が分かれていたのが痛い。別々になってしまったため、捜すのはひどい手間だ。街中がこんな調子で混乱しているのだし、どこかに隠れているのなら、さらに見つけ出すのは難しい。
ほかの男に捕まっている可能性もある。それなら助け出さなければならない。
彼女を護るのは、自分だ。
リィリーの許可もなく勝手にそう思っている熱血漢は、あてもなく走る。とにかく彼女が隠れられそうなところを捜し、金髪の女の子を抱えている男がいないかチェックしながら街中を巡る勢いで。
走っていると、男の集団が肉団子になっているところに出くわした。
誰が誰やらよく分からない状態だが、おのおの呻いているので生きてはいる。強引に女性に迫ろうとして返り討ちにあったのか。それともライバルの男に一掃されたのか。
どちらにせよ、サレイには関係ない。
リィリーが隠れていそうな路地裏とか、物陰を覗き込み、彼女を捜していると、いくつめかの路地裏で男が倒れているのを見つけた。鎧に見覚えがある。
――昨日会った、北門の門兵だ。
こいつのおかげでエライお祭りに参加することになってしまった。やはり参加していたらしく、青いプレートが脇に転がっている。
この門兵がリィリー狙いだったことは考えずとも明らかだ。
その男が転がっているということは。
「おい!! 起きろ!! お前リィリーさんに会ったのか!?」
リィリーを狙う輩と鉢合わせして、その男に返り討ちにあったに違いない。
「ううー」
「起きろっ!! リィリーさんはどうしたっ!?」
ゆさゆさ。頭頂部にでかいたんこぶがある男は、うっすらと目を開け、うっとりと呟いた。
「……悔いはない……いい一撃だった……彼女になら……っ」
がくりとまた意識を失う。
「ちょっと待て!! どういう意味だぁっ!?」
ブンブン揺さぶるが、目を覚ます気配はない。やり遂げた男の表情で気絶してしまった。
サレイはあきらめて手を離した。門兵はこのまま放置しておいても問題はないだろう。命に関わる怪我でもないのだ。
「くぅ……リィリーさんっ」
それでもひとつ分かったことはあった。門兵はリィリーと出会っている。ならば彼女はこの近くにいるのだ。彼女を狙っていた門兵が逆に撃退されているこの様子では、誰かに捕まっている可能性が高い。
魔導師の彼女を捕まえているのだ、かなり凄腕の男だろう。
これは覚悟してかからねば。サレイは気持ちを引き締め、彼女の姿を捜すために路地裏を駆け出した。ポケットに入れている小さな包みを渡してもいないのだ。
ほかの男に渡してたまるか!!
恐いくらいの争いが繰り広げられている道を、危険を承知で走る。
金髪で小柄な女の子の姿を捜して走ることしばらく。
騒ぎから少し離れたところの小さな道で、こちらに背を向け、てこてこ歩いている金髪、小柄の人影を見つけた。後姿とはいえ、あのマントと肩あての色、間違いない。
「!」
見つけた、とサレイは心からホッとする。彼女は一人だ。どこかで男の手から逃れたのだろう。
こんなところを無防備に歩いているのは危険だ。早くどこかへ隠れないと。
「リィリーさんっ!!」
叫んで手を掴んだ。
「ああ?」
いぶかしげな声が。
あれ、とサレイは思う。
……声が、違う?
振り返ったのは美しい少女。だが、どこか受ける印象が違う。
「なにあんた」
後頭部でひとつにまとめた長い金髪、碧眼、十代半ば、小柄、かなりの美形で少女のような顔、魔法の軽鎧姿――そして、腰に下げられた青が基調の立派な剣!!
ちなみに、胸はぺったんこ。
「男おっ!?」
思わず声を上げるサレイに、少女のような顔をした少年はあきれたような表情だ。
「そーだけど。あんたはなに?」
声は男にしては高いものの、リィリーとは明らかに違う。
「え、え、だって」
マントも肩あても、軽鎧の模様までリィリーと同じで、顔も彼女とうりふたつに近い。違うのは、声と受ける印象だけだ。リィリーは儚げで優しげな印象だったが、この少年から受ける印象は、気が強く意思も強そうな感じだ。
「なんでだっ!?」
叫ぶサレイに、
「何がだよ……」
あきれたように少年は呟く。
「なんで男だっ!? リィリーさんはどこだっ!? つかあんたもしかして剣士オウマかっ!?」
捜していたライバル(一方通行)とめぐり合えたというのに、リィリーを捜しているこの状況ではあまり嬉しくない。少年は一人でパニックを起こしているサレイを、胡散臭いものを見る目で見ている。
「確かにおれはオウマだが、何の話だっての」
「うがぁっ! 何でこんなときにっ!! ああ、くそっ! この辺であんたとそっくりの女の子見なかったか!?」
「知らん」
ひとこと。そっけない。
「うあああ、リィリーさんっ! オウマ、彼女を捜すのを手伝えっ!!」
がっしりと再び少年の手を掴む。
「ああ? 何でおれが」
「お前と双子みたいにそっくりなんだ!!」
そう言ってから、はたと気付くサレイだ。ここまでそっくりなリィリーとオウマ。外見だけでなく、装備品まで同じなんてコト、ありえるだろうか? オウマが持っている物で、リィリーと違う点は持っている剣だけのように思える。
「……双子?」
オウマを引きずって走り出そうとして、ぴたりと止まる。ひょっとして、本当に彼女とこの少年は双子なのではなかろうか。
「あー、君、双子のお姉さんか妹さんいるのか?」
「いねえよ」
ぶっきらぼうに言い放ち、オウマはサレイの手を振り払った。サレイと一緒にリィリーを捜す気は全くないようだ。
「赤の他人!? そんだけそっくりで!?」
彼女と血のつながりはないらしい。これだけうりふたつなのに。身にまとっている装備品までほとんど同じに見えるのに。
「知るか」
本当にどうでもよさそうに呟いて、オウマは身を翻そうとする。
「ちょっと待てっ!!」
「あー、うるせー」
心からうっとおしそうに、オウマは呟く。確かにサレイと彼は初対面で、いきなり見も知らない少女を一緒に捜してくれといわれたら、うっとおしいと思いたくもなるだろう。
「彼女だって困ってるんだ、こんな変な祭りに巻き込まれて! 頼む、捜すの手伝ってくれ!!」
オウマ登場。やっと出たですね。