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ダブリュード  作者: マオ
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2・人権的にどうなのよ?・4

 ものすごい勢いで走る彼と、もっとものすごい勢いで追いかける女性。

 まとう気迫が違っていた。サレイより、女性のほうが数段切羽詰っているようだ。多分、婚期とか、嫁き遅れとか、そういうもので。

 手が、サレイの鎧の襟に届く瞬間――違う女性の声。

「“列光(れっこう)”」

 蛍のような光が五つほど舞い飛び、サレイを追いかけていた女性にまともにぶち当たる。

 顎下にまともに入って、追いかけていた女性はくるんと白目をむき、昏倒した。

「もう大丈夫よ」

 サレイの眼前に、落ち着いた雰囲気の女性が立っている。年齢はサレイと同じくらいか。この女性もピンクのプレートをつけていた。四十一番。

「はぁ……すいません、助かりました」

「いいのよ」

 息をつく彼に、女性はにこやかに笑いかけ、

「私はライバルを排除しただけだから」

 がしっとサレイの腕を掴む。逃がさないと目が言っていた。

「え!?」

「少ないのよね、いい男って」

「ええ!?」

「うふふ、昨日貴方を見つけたときは嬉しかったわぁ。この街の男は素敵な人が少なくて……戦士なら体も丈夫だし、生涯私の研究に付き合っても大丈夫よね。素敵」

 この女性の言う『素敵』とは体が頑丈であることらしい。何をさせる気なのか、ちょっと考えたくない。寿命が縮みそうな予感を感じて、サレイはあわてた。

「いや、あの、ちょっと待ってくれ。どういうことなんだ?」

「何が? 分かっていて参加しているんでしょう?」

「いや、全く。全然。ちっとも」

 勢いよく首を横に振る彼に、女性はいぶかしげに訊く。

「街に入るときに説明されたでしょう? 祭りの内容」

「いや、全然。祭りがあるって話だけで……行けば分かるからとしか言われなかった」

 北門の門兵は、サレイなどほとんど目もくれず、リィリーだけに声をかけていたようなものだ。彼女にも詳しい説明はしていなかった。

 行けば分かるから。浮かれた様子でそれだけを言っていた。

 女性は気の毒そうな目でサレイを見た。

「そういえば……貴方、すごく可愛い女の子と一緒だったものね……その門兵、彼女に目をつけたんだわ、きっと」

 ふぅ、と困ったように息をつき、説明してくれる。

「いるのよ、そういう奴。自分の好みの独身の子を見つけたら、問答無用でプレート渡して参加させちゃうの。街に入る前に、門兵はルール説明と参加不参加をちゃんと確かめる決まりなんだけどね……」

「……で、あの、参加するとどうなるんだ?」

 女性はすっと指をさした。その先には街の中心、鐘突き塔がある。

「あの鐘が鳴るときまでに一緒にいた男女はね、その場で結婚することになるのよ」

 サレイは固まった。

「だから独身は躍起やっきになって相手を探すわけ。何でもアリだから大変よ? 貴方も見たと思うけど、武器も魔法も使うのもアリだから」

 それが、あちこちから聞こえる轟音や爆音の正体らしい。そう言う女性も魔法でライバルを沈めた一人だ。固まりきったサレイに、同情そのもので女性は続ける。

「毎年何人かはいるのよね、何も分からないで結婚させられちゃう人。イヤならどんな手を使ってでも逃げればいいだけの話なんだけど、それが出来ない人もいるし」

 その辺りの説明は、もうサレイの頭には入ってこなかった。固まった彼の頭の中に浮かんでいるのは、可憐な少女。

 リィリー。彼女もプレートを貰っていた。よく見えるところにつけていてねと言われて、肩につけていた彼女。

 今頃、彼女も。

 あれだけ美しい少女ならば、間違いなく追い掛け回されているだろう。

「!!」

 サレイは走り出そうとした。

「あらやだ、逃げちゃダメ」

 女性が離してくれない。他人の不幸を気にするよりも、今まさに自分に降りかかろうとしている不幸を気にするべきだ。

「は、離してくれ、連れがいるんだ!!」

「知っているわよ。見たもの。可愛い子だったわよね。貴方の恋人……じゃないわね。だったらプレートつけているわけないし。一応門兵もそれは確認しただろうから」

 確かに確認していた。それでもってリィリーはにこやかに、夫婦でもなければ恋人でもない、サレイを単なるシンセツな人だと断言していた。思い返すとちょっと悲しくなるが、(へこ)んでいる場合でもない。

 今頃彼女は困っている。助けに行かなければ!

「リィリーさんっ!」

「リィリーっていうの? あの女の子。可愛い名前ね。でもダメ。貴方は私の夫になるの。そしていろいろ実験に付き合ってね、ダーリン」

「俺はまだ結婚するつもりなんかないっ!!」

 どうせするなら、と、頭をよぎった姿が誰なのかは言うまでもない。そんなサレイに女性はにこやかに言い切った。

「貴方になくても私にはあるの」

 引く気は全くないらしい。実験とやらもする気満々だ。こんな女性と付き合ったら、きっと命がいくつあっても片っ端から減っていくだろう。

 あいにくとサレイに命はひとつしかない。命の無駄遣いをする気もなかったので、彼は女性の腕を強引に振り払って走り出した。

 魔導師らしい女性に体力はあるまい、走って引き離す!

「うふふ、逃がさないわよ、マイ・ダーリン」

 彼の背に向かって、女性は呪文を唱え始めた。

 サレイが離れる前に、魔法に捕らえる自信はあった女性だが、背後から突き飛ばされて豪快に転んだ。

「彼はあたしの旦那だよっ!!」

 白目をむいていた女性が復活したのである。目が覚めた女性がまずやることは、目の前のライバルの排除だった。

「何を言っているの! 私のダーリンよっ!!」

 恐ろしい女の戦いが背後で始まろうとしているのを感じて、サレイはスピードを上げた。付き合うと、本当に死にそうな予感がする。

 走りながら彼は顔をしかめた。ここに来たときの門兵を思い出す。あの様子だと参加しているのだろう。そして、狙いはまず、リィリーだ。

 そうでなくても彼女は美しく可愛い。昨日の頭上からの視線から考えて、一体どれくらいの男から狙われているのか想像もできない。

「うわぁぁあああっ、リィリーさぁんっ!!」

 わが身も省みず、サレイは走った。


章のタイトルの意味が判明。

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