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満月の夜に  作者: ルイン
第一章
6/6

勾玉



 目が覚めると、そこには見慣れない天井があった。


 ムクッと起き上がって辺りを見渡す。そういえば昨日はお母さんの部屋で一緒に寝たんだっけ・・・とリカは思い出した。


 隣で寝ていた母親の姿が無い。とたんに不安が押し寄せてくるが、丁度いいタイミングで母親のユウコが寝室に入ってきた。



「おはよう、リカ。よく眠れた? もう朝よ」


「・・・お母さん、おはよう」



 ユウコがそばに来て、リカの頬を両手で包み込む。優しくて少し冷たいユウコの手にリカはなんともいえない安心感を感じた。



「まだ目が腫れてるわね。ちょっと待ってて?」


 そう言ってユウコが離れようとしたため、リカは急に怖くなってユウコの服をつかんだ。



「待って! どこに行くの?!」


 リカは不安そうに母親を見上げると、ユウコは微笑んで、


「温かいタオルを持ってくるわ。1分で戻ってくるから」


「本当? ・・・ちゃんと計ってるからね」


 それを聞いたユウコは吹き出すと楽しそうに笑った。




「遅い! 24秒遅刻!」


「まあまあ。はい、蒸しタオル。遅刻と言えば、今日はどうする? 学校」


 リカは蒸しタオルを手にしばらく押し黙った。


「・・・・・」


「行きたくない?」


 パジャマ姿のまま、リカはこくんと頷く。


「そう・・・じゃあ、今日はどこか遊びに行こうか」


「えっ! ・・・学校がある日なのにいいの?」



「いいわよ。今日は一日中パーッと遊びましょ? ずっと忙しくて二人で出かけるなんて最近なかったもんね」


「――うん! 今日はお母さんと一緒にずっといたい!」


 リカはあまりの嬉しさに立ち上がって、キラキラと目を輝かせた。


「よしっ!それじゃ、お母さんは学校に電話してくるから、リカは着替えて顔を洗って来て」



「りょうかーいっ!」


 学校を休む子だと思えないくらい元気な様子でドタバタと寝室を出て行ったリカに、ユウコは思わず苦笑する。そして、リビングに行くと電話の受話器を手にとった。





 *・*・*・*・*




 李恩りおんは眩しい朝日に横顔を照らされながら、いつものように朽木くちきに腰かけていた。無表情の顔に影が落ちている。


 夜に飛び交っていた青白い光はいなくなり、一面に広がったすすきに昼の光景が顔をのぞかせる。



 膝にのせられた手がぎゅっと握りしめられた。小さな唇も何かを耐えるように引き結ばれる。



 後ろにうっそうと広がる森の中から、白い上等の着物を着た男性が李恩りおんの元へ静かに歩いてきた。



李恩りおん・・・ひなに会ったそうだな」


 朽木くちきから3mほど離れた場所で立ち止まったその男性は流れるような美しい銀色の長髪をしている。


「村長・・・」


 李恩りおんは喉からしぼり出すように声を出した。



 彼は、リカと初めて会った夜に李恩りおんと話をしていた男性だった。



「元気だったか? ・・・ひなには近づいていないだろうな?」


「はい・・・」


 ぐっとこらえるように、李恩りおんはさらに手を握りしめる。身体をこわばらせた李恩りおんに村長は気づくと、自嘲じちょう気味に笑った。



「そう怯えるんじゃない。お前がひなに近づいていないことだけ分かったら、私は安心だ。“アレ”は私のかわいい娘だからな」


「・・・・・」


 李恩りおんは本音を隠そうともしない村長に反吐へどが出そうになる。大人の考えることなど、己のことばかりで他人を傷つけるものしかない。




「そろそろ、月が満ちる頃だな」


「・・・・・」


 なにか含んだその言い方に、李恩りおんは黙ったままだった。李恩りおんが一番よく知っている、その言葉の意味は――。



「私は村での仕事が忙しい。これからなかなか来れないだろう。・・・なにか、欲しいものはあるか?」


 せめてもの情けとでも言うように、村長はその美しく底冷えするような青白い瞳を李恩りおんに向ける。




「・・・ありません」


 李恩りおんは一度も村長を見ずにつぶやいた。村長は去って行った。李恩りおんにもう二度と会うことはないと、その背中で語りながら――。



「・・・・ひな


 幼馴染の名前をぽつりと呼ぶ。李恩りおんは今、自分に会いに来た桃色の着物の少女を思い出していた。





 *・*・*・*・*




 「お母さん、アレ私も作ってもいい?」


 リカはそう言って、勾玉まがたまを作っている人たちを指差した。ユウコはそれを見て頷くと、優しくリカに微笑みかける。


「勾玉ね、面白そうだわ」



 リカとユウコは二人で近所の観光地へ来ていた。そこには様々な飾りが作れる施設があり、平日にもかかわらず小さな子供連れや多くのカップルが訪れる人気スポットにもなっている。


 リカは沢山ある飾りの中で、石を削って作る勾玉を選んだ。見本で吊るしてある勾玉の首飾りを見ていると、なんだか李恩りおんを思い出した。リカは勾玉を作っている他の人たちに混じると、母親のユウコと共にスタッフの人が笑顔でくれた勾玉の石を削りだした。



「結構、キレイね。勾玉って」


 完成した勾玉まがたまを光にかざしながらユウコがつぶやく。リカも目の前のちょっといびつな形になった勾玉を見つめた。


 なんか、想像してたのと全然違う。リカは母親の作った勾玉と自分のを比べて口をとがらせた。



「もう一個作ってもいい?」


 悔しそうにリカが尋ねると、すかさずスタッフが新しい石をいくつか持ってくる。どうやら石の予備は山ほどあるらしい。



「あ、李恩りおんの髪の色に似てる・・・」


 すると、スタッフが持ってきた色とりどりの石の中に、紺色の石がひとつだけポツンとある。それはまるで、寂しい李恩りおんのようでもあった。



「・・・・・」


 リカは少し考えると、その石を手に取って削り始めた。





 *・*・*・*・*




 「あ! やった!」


 リカはまた夢の中の水辺に立っていた。首には二つの勾玉の首飾りが、青白い光に反射してキラキラと輝いている。



「あー、持ってこれてよかったー。李恩りおん、喜んでくれるといいなあ」


 リカは夢の中に勾玉を持ってこれるのか不安だったためほっと一安心する。



 ガサガサと一面に広がるすすきをかきわけて、リカは李恩りおんの姿を目にすると「おーい! 李恩りおん!」と呼んだ。


 李恩りおんはリカに気が付くと、こちらに向かって歩いてきた。


「なんだ、また来たのか」


 呆れた風にいう李恩りおんだが、その表情はどこか嬉しそうだった。リカはふっふっふと怪しく笑うと、


「じゃじゃーん!」


 と声を上げて首にかけていた勾玉を服から取り出した。




 まじまじと紺色の勾玉を見る李恩りおん


「なんだコレ?」


「勾玉だよ。こっちは私ので、これは李恩りおんの。はい、あげる」


「僕にくれるのか?」


 李恩りおんは目を瞬いて紺色の勾玉を受け取った。



「うん。お守りなんだって。私が一生懸命、丹精たんせい込めて作ったんだよ?」


 えっへんとリカがそういうと、李恩りおんはそれを聞いて目を見開いた。そして、じーっと勾玉を食い入るように見つめる。



「・・・なんか形がいびつだ」


「ひどっ。気に入らないなら返してよ」


 むくれてリカが手を出すと、さっと李恩りおんは勾玉を後ろに隠した。



「いい、お前が一生懸命作ってくれたんだろう?・・・ありがとう」


 少し照れたように頬を赤くした李恩りおんが、はにかみながらお礼を言う。



 リカは李恩りおんが笑ったのを見てビックリした。今まで、李恩りおんが笑っているところを一度も見たことがなかったからだ。



「う、ううん・・・」


 リカはそう返すので精いっぱいだった。

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