現実と夢
注意:ある地名が出てきますが、存在しません。それを踏まえた上でご覧ください。
「・・・あれ?」
チュンチュンとスズメの鳴く声で目が覚めた。ガバッと起き上がると、そこはいつも通りの部屋が広がっている。あの神秘的な青白い光も、あの大きな満月もよく怒る男の子もいなかった。
・・・夢?それにしてもリアルだったなあ。
リカはぼんやりと思う。今でもあの場所のことがハッキリと思い出せた。こんなことは初めてだった。いつもなら、全く覚えていないことが多いのに。
「リカー! もう起きなさーい」
あっ! 学校!!
リカは不思議な夢のことを心にとめつつ、学校へいく仕度をし始めた。
リカは小学校4年生。
元気よく家を飛び出すと、まぶしい朝日がリカを包んだ。友達と待ち合わせをして学校へ行く。
「今日って体育あったよね?」友達が体操服の入った袋を持ち上げる。
「あ、うん。あるある」
リカも家から出る前に母親に体操袋を持たされていた。
「やだなー、今日も天気いいし。体育なんてこの世から死滅すればいいのに」
「死滅って・・・。まあまあ、今日はバスケじゃん。外じゃなくて体育館の中だし。まだマシマシ」
「そうだけどさあ~。リカはいいよねー、運動得意で」
「唯一の取り柄だし」
苦笑いしながらリカはビシッと親指を立てた。
キーンコーンカーンコーン
リカは授業を受けながらぼんやりと窓の外を見つめていた。全然、授業に集中できていない。
あの夢のことばかりが気になる。あまりにもリアルだったため、リカは非常にとまどっていた。
「・・・本当に、夢だったのかな」
思わずつぶやく。すると、
「山口リカさん。ちゃんと聞いてますか?」
担任の先生の怒った声が飛んできた。クラス中の視線がリカに集まる。
あちゃー。
リカは頭をかいてごまかしながら、「すいません、ぼーっとしてました」といった。
「・・・ちゃんと集中してください」
「はい。分かりました」
リカの様子に、友人たちが心配そうな顔をする。
こりゃ、後でいろいろ聞かれるだろうなあ・・・。
リカは困ったようにそう思った。
*・*・*・*・*
ここは竜族が住む森のはずれ。そこには、リカが夢でみた景色が広がっていた。違うのは、今が夜ではなく昼間であるということ。
「・・・・・」
いくつもの視線を感じて、李恩は後ろを振り返った。背後には、昼間なのに薄暗く続く大きな森。そこから、視線を感じたのだ。
「・・・・・はあ」
李恩はため息をつくと、座っていた朽木からおもむろに立ち上がった。
静かに背後の森へ歩いていくと、「ひっ!」という小さな悲鳴が聞こえた。
「あっ! 雛のバカっ! チッ」
怒った声がすると、あちこちの木から着物をきた少年と少女が出てきた。
「おい! いつまでこんなところにいるんだ。早く遠いところにいけよ」
李恩より年上で、上等な着物をきた少年。それが他の竜族の子供たちを従えていた。他の子たちは李恩を恐れているのか少年より前に出ようとしない。全部で4人いた。
「・・・・」
李恩は少年を睨み付けた。
それに少しひるんだ少年は、だがしかし、鋭い歯を見せながら唸り声を上げる。
「村のみんながお前を怖がっている。呪われたお前に救いはない。早くここから出ていけ!」
「村長の許可はあるのか?」
村長の言うことは、竜族の中では絶対だ。すると、少年は見る間に顔がこわばった。それは後ろにいる子たちも同じ。ここに来ることも、きっと許可をもらっていないのだろう。
「僕はここにいることを許可されてる。お前たちの言うことを聞く必要なんかない」
スッパリというと、少年はひどく悔しそうな顔で睨み付けてきた。歯を見せ恨めしそうに李恩を見ながら、森へ帰っていく。他の子どもたちも李恩を睨み付け、少年について行った。
「・・・・雛」
一人だけ残った、淡い桃色の着物を着た女の子。李恩より年下のその子は、自分を守るように胸を抱いている。手は小さく震えていた。
「もう二度と来るな」
切り捨てるようにそういうと、李恩は雛から背をそむける。
「・・・李恩!」
離れていく李恩に、雛はあわてて手をのばした。短い足が、一歩李恩に近づく。
「来るな!」
怒鳴ると、雛の足が後ろに後ずさった。
「・・・・李恩」
「もう二度と来るな。・・・お前の顔を見ると気分が悪くなる」
「・・・・」
雛は悲しそうな顔をして森へ戻って行った。
「・・・くそが。悪霊め――」
李恩は悪態をつくと、空を見上げる。
もうすぐ夜がくる――。
そう思うと、李恩は泣きそうになった。
*・*・*・*・*
「あれ?ここって――」
空を見上げると、ちょっと欠けた月が浮かんでいる。その下は、薄が広がり青白い光が飛び交う。とても神秘的な光景があった――。
そう、それは昨日見た夢とおなじ場所。リカは周りを見渡した。
「お?」
リカは目を瞬かせた。薄と青白い光の向こうに、あの男の子がいる。李恩だ。
彼は前と同じように、横になった朽木に座っていた。
「李恩ー!」
と叫ぶと、ぎょっとしたようすで李恩はバッと顔を上げた。薄をかき分けて来くるリカを見ると、李恩はとたんに怒った。
「お前っ――! なんで来たんだ!」
急に立ち上がると、鬼のような顔で怒鳴る。
「もう二度と来るなって言っただろ!!」
「えー、だって。来ちゃったんだもん。仕方ないよ」
困った顔のリカ。李恩はとまどった顔をすると、「帰れ」とささやいた。
「ええー。どうやって?」
きょとんとするリカに、李恩もきょとんとした。そんな顔をすると、年相応に見える。
「お前、一体どこから来たんだ?」
「え? 則山町」
「のりやまちょう??」
聞いたこともない地名に、とまどう李恩。
「うん。海があるキレイな町なんだよ」
「海?? 海って、あのしょっぱい水がたくさんあるっていう聖地か?」
「え? せいち? さあ・・・。わかんないけど、お水はしょっぱいね」
「この近くにそんな聖地はない。僕も、村長から聴いたくらいで一度も見たことない」
「ええ? 海を見たことがないの? 家においでよ。すぐに見れるよ」
それを聞いて李恩は目を丸くした。
「そんなに近くに聖地があるのか?」
「うん、家から歩いてすぐだよ」
「・・・・・」
じっと見つめてくる李恩に、リカは首をかしげる。
「どうしたの?」
「・・・お前、巫女なのか?」
「巫女? ええ? なんで」
「そんなにも聖地の近くに住めるのは巫女に限られている」
何故かほっとしたように言うと、李恩は空を見上げた。
「・・・?」
リカも見上げると、夜空には満月未満の月がぽっかりと浮かんでいる。
「・・・・・」
視線を戻すと、李恩はいつの間にかもう月を見ていなかった。
「??」
何も言わずに朽木へと戻る李恩。リカは、てっきりまた何か言われると思って拍子抜けする。
「帰れって言わないの?」
たずねると、李恩は振り返っていった。
「巫女に悪霊はつかない。だから、好きにすればいい」
「巫女じゃないのに・・・。まあいっか」
帰れと言われるよりマシなので、リカはしかたないと諦めると李恩を追った。