始まりの夢
シリアスすぎる物語なため、R15に設定しました。なので、シリアスが苦手な方は読まれない方がよろしいかと思います。不定期更新です。よろしくお願いします。
小さな小部屋に、小さな小窓。そこから差し込む月光に吸い寄せられるように、少女は歩いていった。窓から身を乗り出して夜空を見上げると、そこにはぽっかりとした満月・・・。少女は、なにか今日はいい夢が見れそうだなと思いながら目を閉じた。
夢を見たの。そこにはとっても小さな男の子がいてね、お空には大きな大きなお月様が浮かんでたの―――。
少女は気づいたら外にいた。そこは、覆いかぶさりそうな満月の下、背丈ほどの薄が一面に生えた水辺だった。薄を住処にしているのかホタルのような青白い光があちこち飛んでおり、それはそれはとても美しく神秘的な場所だった。
少女はしばし見惚れてぼうっとたたずんでいたが、はたと我に返り周りを見渡した。ここはどこなんだろう?目をぱちくりさせながら首をかしげる。だが、少女はあまり考えない性格なのかそこまで気にしなかった。
せっかく来たんだから、冒険しようっと!
少女は見渡す限り続く、薄の群れをかき分けて草むらへ入っていった。少女が薄に手をかけると、その薄に止まって休んでいた青白い光が、一斉にふわりと飛んだ。すると、少女の小さな体を美しい光が包み込む。
ホタルとは違う青白い光を発する虫たちは、少女に悪さをすることもなく、静かに満月の夜に向かって飛んでいってしまう。次第にそれが、他の星たちと混じって見えなくなると、少女は、
「ホタルはお星様になるために飛んでいくのかな?」
きっと、うらやましいんだよ。私がお父さんがいる子がうらやましいと思うのと同じ。
少女はそう思うと、一瞬だけその明るい表情が悲しく影った。だが、顔を上げた少女の表情は晴れ晴れとしており、まるで闇を払ったかのような強さがそこにはあった。
「さあ、冒険を続けなくちゃ。夢の中だから、そんなに時間はないよね」
少女は、この美しい水辺は夢だと思っていた。それもそうだろう。知らぬ間に突然、こんな場所に立っていたのだから。寒い日だったので、少女はダブダブの長袖パジャマを着ていた。
だが、それに気がつかない少女はいきなり現れた水溜りに足を突っ込んでしまった。もちろん、裸足である。水はそれほど冷たくなかった。うっそうとしている薄で少女には水が見えなかったのだ。
幸い、それほど水かさはなかった。だが足首までびしょ濡れになった少女は水から上がると、パジャマをひざ下まで捲り上げた。
「これで濡れないよね?」
少女は勇敢にもそのまま水辺を歩いていった。小さな水音を立てながら、時々水の中に見たことがないカニのような生き物が見えた。だが、少女は神秘的な風景に魅了されながら青白い光に包まれて進んでいった。
「すまない・・・、私がもっとお前をかまってやっていたら、こんなことにはならなかったのに・・・。」
青白い光が飛び交う水辺に、二人の竜族がいた。朽ちて横になっている大木に腰かけている二人は、ひどく暗い空気を漂わせていた。銀色の髪を腰まで伸ばしている長髪の男が、隣に座っている少年を見た。
少年はまだ幼かった。ようやく10歳になったというところだろう。紺色の短い髪をした少年は、簡素な着物を着ていた。しかし、白い月明かりに照らされた少年の顔は無表情だった。
流れるような銀髪をした美しい男は、少年よりも立派な着物を着ていた。白い着物に上等の帯を締めた男は、小さなため息をつくと、よっこいしょと腰を上げた。
「では、私は村に帰るな。大丈夫か?こんなところにいて」
少年は無言でうなずいた。花びらのような唇が、ぎゅっと固く結ばれる。男はそれを見て見ぬ振りをするようにそそくさと去っていった。その背中に重い罪悪感を背負いながら・・・。
痛々しいその姿に、少年ははぁーとため息をつくと目の前にあった薄を手にして折った。繊維のせいで中々千切れない薄に苦戦しながらようやく千切ると、ちょっと端がささくれた。そして長く垂れた薄の頭を、満月の光に掲げた。
「お前なんか大っ嫌いだ」
少女はその様子を見ていた。冒険をしていたら、偶然二人を見つけたのだ。首をかしげながら一部始終を見ていた少女は小さい足で歩いていくと、少年に声をかけた。
「なにが嫌いなの?」
「・・・!?」いきなり現れた変な女の子に、少年はびっくりして後ずさった。
「お、お前。なんだよ! あっちいけよ!!」
少年は噛み付くように言うと、大木の端まで移動して距離をとった。
その様子にむっと来た少女は唇を尖らせながらズンズンと近づいていく。それにますますぎょっとした少年は持っていた薄を盾にして立ち上がった。
「なんだよ、一体いつからそこにいたんだ!?」
「ねえ、さっきのきれいな人だれ?」少女は首を傾げていった。
少年は顔を極限までしかめると、薄をブンッと振って威嚇した。
「あっちいけ! 村長をしらないなんて、ここら辺の部族じゃないなっ!?」
「村長・・・?」少女はますますきょとんとした。そしてぱあっと顔を輝かせた。
「じゃあ、あの人って村長なのね? きれいな着物を着てたもんね。でも、若く見えるのに村長なんだ」
「・・・? 村長はああ見えて100歳は超えている。どこもそんなもんだろ?」
少年は怪訝そうに薄の間から言った。
「そうなんだ? へぇー。でも、変わった夢だなあ」
「・・・?? 夢?」少年はますます困惑したように言った。
「うん、だってこんな夢いつもは見ないもん。もっと抽象的な夢ばっか見るし、人と話すこともないよ」
そう言って、ふと少女は顔を曇らせた。急に暗くなった少女を怪訝そうに見た少年は、
「夢? これが? なにを言ってるんだ。現実に決まってるだろ」
「え? 現実?」
少年はこくんとうなずいた。薄を持っている手が下がってきている。
「寝ぼけているのか? お前の方が変だ。おかしいし、格好も変だ」
「ええー?」少女は体を見下ろした。
淡いピンクのかわいらしいパジャマだ。厚い生地で作られているので、薄の茂みを通ったときに傷一つつかなかった。
「パジャマだよ? みたことないの??」
「?? ぱじゃま?」
「ほら」少女は袖を持って見えるように腕を広げてみせた。
くるくると回っている少女に、険しい顔をしていた少年が近づく。まじまじと見ている少年に、
「かわいいでしょ?」
という少女を少年はじっと見た。少女はふと気づく。その真剣な瞳が、金色に光り輝いていることや、その瞳孔が縦になっていること、そして耳が妖精みたいに尖っていることも・・・。
「・・・あなた、人間じゃないの?」
同じく少年も少女が自分と違うことに気づくと、獣のような目を細めた。
「僕は竜族出身だ。お前は・・・人間なんだな」
その一言で、少年との間に大きな距離が生まれたような気がして、少女はほぼ無意識に呟いていた。
「リカ。私の名前はリカよ」
少年はリカを眇めた目で見つめている。リカはどきどきして返事を待った。
「・・・李恩。李恩だ」
その子は李恩っていうのよ。竜族だから耳が尖ってるんだって。でも、とっても寂しそうな目をしているの。私と同じように―――。