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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
19_Over Again 〈命の護り手〉

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89 雨雲

「着いて来てるよな」


 この日も「藍」の迷宮に潜って、三層目の終わりでカミルが呟く。

 確かに。尾行をしているのだろうが、へたくそだ。

 四人の少し後ろを、クリュが追ってきていた。

 服は神殿でもらったもののままのようだが、腰には短剣を提げている。


 ここからは灯りの消える仕掛けがある。

 進む速度は落ちるし、戦闘にも手間がかかるようになる。

 そうなれば、クリュとの合流は避けられないだろう。


「話をつけるか」

 カミルが呟き、アダルツォが思わず謝ると、三人は気にしなくていい、と神官を慰めてくれた。

「おい、クリュ!」

 コルフが声をかけると、美しい金髪をゆらゆらと揺らしながら、五人目の探索初心者が嬉しそうな顔をして駆けてくる。


「やあ、偶然だな」

「そんなの通用すると本気で思っているのか。ついてきてたんだろう」

「違うよ」

「今更そんな嘘を言ってなんの意味があるんだ」

 やっぱり駄目かとクリュは呟いて、四人はおおいに呆れていた。

「五人の方が探索は安全だと思う。俺は前で戦えるから、ここからは一緒に行こうじゃないか」

「正直に言っていいかな。分け前が減るから嫌だ」

「そんな。俺、へんな透けた布しか持ってないんだぜ? かわいそうだろう?」

「かわいそうだと思うよ。でも、仲間にしたくはないな。なにかあった時すぐに裏切って逃げるだろうから」

「そんなことしない。さすがに俺も懲りたよ。あの時は、借金なんかごめんだって思って逃げたんだけど、でも、もう記憶もないままぼんやり裸で放り出されるなんて嫌だから!」


 一貫して動揺しないカミルにすがっても無駄だと途中で気が付いたようで、クリュは標的をティーオに変えた。

 ティーオは優しい顔立ちをしているものの、態度はスカウトと似たようなもので、気のない表情で駄目人間を見つめている。


「じゃあ、コルフ。なあコルフ、俺がどんな恥ずかしい目に遭っていたか知っているんだろう?」

「知ってるのかな。まあ、見かけたことはあるのかもね。みんな似たような顔をしていたから、どれがクリュだったのか俺にはわからないけど」

「どうしてみんなそんなに冷たいことばっかり言うんだ」

「一年半もぼんやりしていたんだろう。戦えるのかなって思うじゃないか」

「じゃあ試してくれ! 俺は一番前を行くから。大けがしたら置いていっていいから!」


 カミルとコルフとティーオが同時に「嘘だな」と呟いて、アダルツォは思わず笑っていた。

 三人の容赦のない瞳に諦めがついたらしく、クリュは最後の砦、因縁の相手であるアダルツォへすがる。


「アダルツォ」

「クリュ、分け前が減るのは俺が一番困るんだ。この四人でパーティを組んでいると思っているんだろうけど、俺も訳ありでね。この三人に仲間入りさせてもらっている状態なんだ。探索は久しぶりで、神官としてちゃんと働けるのか、試してもらっている真っ最中なんだ。俺に決定権なんてないんだよ」

「ええ?」

「昨日の態度の悪さを考えれば、みんなの反応は当たり前だと思う。探索は命がけなんだから、信用できない相手とは一緒に行けない」


 灯りがついているうちに戻った方がいい。

 アダルツォが真剣に話すと、クリュは随分迷ったようだが結局意見を変えなかった。


「わかった。分け前は本当にちょっとだけでいいよ。みんなの半分でいい。扱き使ってくれてもいい。頼むよ、本当に心を入れ替える。ここまで黙ってついてきたのも悪かった。人が良さそうな連中だし、なんだかんだ迷宮の中は危ないから一緒に行こうって言ってくれると思ってたんだ」

「馬鹿だな、クリュ」

「そうなのかも。俺、ひょっとして馬鹿だったのかな。これまでのこと、全部間違っていたんじゃないかって気がしてきたかも」


 まためそめそと泣き出すクリュの姿を、通りすがりの五人組がじろじろと見つめながら去っていく。


「いちいち泣くなよ」

「だって、こんなところから一人で戻るなんて怖いよ」

「これまで、泣いたらどうにかなってたんじゃないの? 泣いている顔はちょっとかわいいもんな」


 ティーオに言われて、クリュははっとしたような顔をしている。


「そうなのかな。確かに、泣くとみんな大体折れてくれてた」

「わかるよ。お前のその顔、かなりの武器になるんだろうな」

「じゃあ、ついていっていいかな」

「嫌だけど。でも、どうせついてくるだろ、クリュは」

 カミルが頷き、コルフはため息をついている。

 三人の間に満ちているのは諦めのようなもので、アダルツォも覚悟を決めるしかないのでは、と思っていた。

「みんな、本当に申し訳ない。俺のせいで」

「アダルツォのせいじゃない。こいつが考えなしだからいけないんだよ」

「この際だから、連れていってもいいかな。分け前は俺の分から差し引いてくれて構わないから」

「いい奴だな、アダルツォ。クリュ、感謝しろよ。分け前は本当に最低限しか渡さないから、あとで文句を言うなよ」

「え、じゃあ、いいのか。一緒に行ってもいい?」

「どうせついてくるんなら、ちゃんと指示に従ってもらった方がマシだ」


 いつまでもぐだぐだと立ち止まっているのも嫌だから。

 カミルが最後にこうまとめて、クリュを連れていくことが決まった。


「いいか、今回だけだからな」

 カミルに釘を刺されて、クリュはにこにこと笑っている。

「四人組なんだろう? この際だから、五人にならないか」

「今は休んでいるけど、仲間はもう一人いるんだ。前衛は間に合ってる」

「休んでる?」

「そう、休んでいる仲間がいる。俺たちにとって大切な奴なんだ。クリュが取って代わるには百年くらいかかるだろうな」



 五人組になる提案を断られ、クリュはしゅんとしていたものの、四層目へ降りてからはしっかりと戦士として戦っていた。

 長いブランクもなんのその、剣の扱いは随分上手いようで、兎も蜥蜴もきっちりと倒している。

 最初こそただ切り捨てるだけだったが、ティーオとカミルに注意されると、剥ぎ取りに適した倒し方をちゃんとするようになっていった。

 

 六層目の泉まで、すいすいと進んでいく。

 水を飲んで回復をして、些細な傷はアダルツォがしっかりと癒して。

 八層目にたどり着くと、念願の迷宮牡鹿と遭遇することができた。


「角と皮と、肉を獲るぞ」


 兎や鼠、犬と比べて、鹿は随分と背が高い。

 動き方も独特で、次にどう動くのか掴みづらかった。


 カミルとティーオが剣を振るい、コルフは氷のつぶてを飛ばす。

 その合間をひらりひらりと舞うように飛び出して、クリュは短剣を振り、見事に鹿にとどめを刺していた。


「やるじゃないか」


 ティーオに褒められ、飛び入り参加の戦士は嬉しそうに笑みをこぼしている。

 初めての鹿から角を採取するのは難しく、時間がかかった。

 そろそろ戻ろうという話になって、歪な切り口の角を袋にしまい、できるだけ多くの肉を抱えて上層へ向かって歩いて行く。


 鹿のお陰で、この日の儲けはそれなりの額になった。

 ちゃんと働いたのだからと、きっちり五等分にして、クリュにもこの日の稼ぎを渡した。

 カッカーの屋敷についてこられたくないので、肉はすべて道具屋へ持ち込んでいる。


「じゃあな、クリュ。元気でやれよ」

「え、待ってくれよ。なあ、その今いないって奴が戻ってくるまででいいから。だから、俺のことしばらく仲間に入れてくれないか」

「無理だな。いいよって言ったら最後、ずーっと付きまとってきそうだから」


 三人の中で一番容赦がないのはカミルで、断りの言葉がとにかく鋭い。

 なんとか一緒に行動したいらしく、クリュはいくつも言葉を並べて仲間入りをさせてほしいと願っている。

 そのすべてを、カミルが切れ味の良いお断りで跳ね返していった。

 ティーオやコルフ、アダルツォにお願いが向けられないよう、先手先手でガードして、見事だな、と三人を感心させている。


「今日の儲けでしばらくの宿屋代は払えるだろう。仲間だってすぐ見つかるさ。『藍』で鹿を狩ったって、うまく売り込めよ」

「そんなあ」


 北の安い宿屋へ向かう道へ案内をして、四人で手を振って送り出す。

 クリュは何度も振り返りつつ、じめっとした視線を向けてきた。

 

「負けるな、アダルツォ。手を振って」


 あのきれいな瞳に涙を溜められると、どうしてもかわいそうだと思ってしまう。

 ティーオの言う通りで、クリュのキャラクターを知らなければ、仲間に入れてやればいいじゃないかと思わされる表情だった。


「達者でな!」


 カミルに大きな声で送られて、やっと諦めがついたのだろう。クリュの背中が遠ざかっていく。

 見えなくなるまで送らなければ、屋敷へ安心して帰れない。

 道具屋で買い取りをしている間にそう囁かれており、アダルツォもまったく同感だと思っていた。



 ようやく疫病神が去っていき、四人の若者は日が暮れてからねぐらへ戻っていた。

「せっかくの鹿肉、ギアノに渡したかったよなあ」

「まあ、でも、稼ぎが良かったからあいつにも分け前をやれたし」

 さすがに無一文で追い出すのは気が引ける、とコルフが言う。

 そうだよなあとティーオが同意し、アダルツォは何度目かわからない謝罪の言葉を仲間たちへ向けた。

「アダルツォのせいじゃないから。むしろ被害者なんだから……」


 謝らなくていいんだよの台詞は、コルフの喉の奥で詰まったようで出てこなかった。

 驚いた顔が見ている先、屋敷の入り口に、まんまとクリュが立っている。

「やっぱり来たか」

 朝も勝手に入って来たのだから、夕方だって勝手に入ってくるかもしれない。

 こんな予想は、四人の中に既にあるものではあった。


「ここ、宿屋なんだろう?」

「宿屋じゃない。滞在するなら管理人の許可が必要だよ」

「仲間でも駄目なのか?」

「仲間ってだけじゃ駄目だよ。そもそも、僕たちはクリュの仲間じゃないからな」


 一足先にギアノに告げに行ったのだろう。ティーオは荷物をコルフに預け、廊下の奥へと走っていった。

 クリュは敏感に反応して、そのあとを慌てて追っていく。


「アダルツォ、大丈夫。だけど、アデルミラに気付かれない方がいいかも。部屋に引っ込んでおくよう伝えておいでよ」

「そうか。わかった。ちょっと行ってくる」


 夕食の準備で忙しい時間帯で、妹は厨房の中で鍋をかき混ぜていた。

 ここの仕事は自分が引き受けるからと言って部屋へ戻り、手短に説明を済ませていく。


「朝来た、あの金髪の方ですか」

「ああ。俺たちのあとをついて来ていたんだ。しつこくってな」


 自分たちと似たような境遇であり、気の毒だとは思う。とはいえ、受け入れるわけにはいかない。

 かなりいい加減な人間だから、迎え入れればきっとなにかしらのトラブルが起きるだろう。


 アデルミラには部屋で待ってもらい、労働のために厨房へ向かう。

 カミルとコルフもやってきて、一緒になってスープをかき混ぜながら話した。


「つくづく思うよね。世の中、図太い人間の方が強いなって」

「そうだよな。なにを言っても平気でいられると、こっちが悪いのかって気分になっちゃうよ」


 スープの材料は既にすべて入れられた後のようで、あとは時々混ぜてやれば良いだろう。

 三人で厨房にいるとティーオが戻ってきて、クリュがギアノの部屋で面談をしていると教えてくれた。


「部屋、空いてるよな」

「空いてるね。今なら四人か五人は入れるけど」

「あいつは駄目だって、ティーオは伝えた?」

「そこまでは言ってないよ。でも、仲間じゃないのに無理に入ろうとしてきて迷惑してるってことは伝えた」

「はは、容赦がないな」

「カミルほどじゃないよ」


 やがて、厨房の前を気落ちした様子のクリュが歩いていくのが見えた。

 管理人から滞在を断られたのだろう。アダルツォたちに気付かないまま、とぼとぼと入り口の方へ歩いて行く。


「いい仲間が見つかりますように」

 カミルがぼそりと呟き、アダルツォも心の中で祈りを捧げていく。

 クリュをうまく操縦できる、良い仲間がすぐに出来ればいい。

 剣の腕は良いようなので、問題は性格の相性になるだろう。



 しばらく待ってもクリュの再訪はなく、アダルツォたちは他の面々よりも遅い時間に食事をとることになった。

 部屋で待たせていたアデルミラにも声をかけ、五人でささやかな食卓を囲んでいる。

 ギアノも自分の分の皿を持ってきて、遅い食事の時間を一緒に迎えていた。


「ギアノ、断ってくれたんだな」

「さっきの奴? ちょっと、信用ならなさそうだったからね」

「そんなの、見てわかるの」

「見ただけじゃあわからないよ。でも、話せばなんとなく伝わってくるから」


 カッカーに屋敷を任されるだけはあるのだろう。ギアノは滞在している探索初心者たちとあまり年は変わらないのに、他人のことをすぐに理解し、どんな人間なのか見抜く力があるようだった。

 

「大丈夫だよ。あの見た目なら、可愛くてつい仲間に入れる奴らがいるだろうから」

「はは、そうだな」

 

 探索の仲間を探す時に最も大切なのは、どんな能力を持っているか。

 仲良くやっていけそうなのか、信頼できそうかも大切だが、見た目が良いに越したことはない。

 毎日行動を共にするのだから、清潔感や愛着を感じられるかも求められる要素だった。


 

 食事と片付けが終わり、部屋へと戻る。

 今日の稼ぎを妹に預けて、一日の間に問題がなかったかどうか報告し合っていく。


 クリュがまた勝手にやってきて、アデルミラと真正面から向かい合ったらどうなるだろう。

 アダルツォとよく似た顔立ち、同じ色の髪と瞳、小柄な体格も一緒で、兄妹だとすぐにバレてしまいそうだと思える。


「アデル、なるべくギアノと一緒に行動してくれ」

「どうしたんですか、兄さま」

「あいつならどんな状況になっても、しっかりと対応してくれそうだから」


 最近管理人になったばかりのようだが、ギアノはいつまでこの屋敷にいるのだろう。

 本当にアデルミラを嫁にもらってくれないかと、アダルツォは考えていた。

 なんでも器用にできるし、人を見る目もあるし、話をしていてとにかく気が楽だ。

 顔は地味で、どんな容貌か聞かれるとなんと答えたらいいのかわからないし、絵にするのもなんだか難しい。

 けれど、人間はやはり中身が大事だ。問題児であるクリュとは正反対で、信頼の塊のような男だと思えている。



 念願の鹿を倒せた。クリュの力添えがあってのことなので、次は四人でしっかりと仕留めたい。

 財布は少しずつ膨らんでいる。アデルミラの顔色もすっかり良くなった。

 来たばかりの時はカッカー夫妻もおらず、緊張が強かったように見えた。

 今はそうではなく、毎日やることがたくさんあるからと、どんな仕事をしたか楽し気に話してくれるようになったし、フェリクスとメーレスへの祈りの言葉もすっかり豊かになっている。



 探索と、屋敷の手伝いと。

 兄妹の暮らしは安定し始めていた。

 長く暮らし続けるのに向いている場所を見つけるために、今は準備をする時間なのだと考えて。

 時折襲ってくる不安の波に耐えながら、二人で手を取り合って、踏ん張る日々を過ごしていく。


 クリュと再会した四日後にはヴァージが現れ、カッカー同様フェリクスの様子を仲間たちへ伝えてくれた。

 メーレスの成長とともに、心は癒されているようだという。

 赤ん坊のことも気になるが、迷宮都市に残して来た仲間たち、借金の問題についても心を向けるようになったらしい。

 ティーオたちは「いつまでも待つ」、アダルツォたちは「二人の身が守られるように」と伝言を頼んだ。


「アダルツォ、アデルミラ、不自由はしていない?」

「はい、問題ありません」

「あの、フェリクスにこれを渡してください。なにか必要になるかもしれないから」


 これまでの稼ぎのうちの一部を渡すと、ヴァージは形の良い眉を少しだけきゅっと寄せた。だが、二人の心遣いだからと受け取り、赤い唇を艶めかせて微笑んでくれた。

 美しい女性とは、なんと素晴らしいものなのだろう。

 アダルツォは心のうちでそう考え、もう十八になるというのにちびっこに見える妹をじっと見つめた。

「早く元気になれるといいですね」

「メーレスの成長がフェリクスの力になってくれるさ」


 生まれたばかりの頼りなかった赤ん坊は、きっと驚くほど大きく育っているはずだ。

 体がしっかりとして、可愛らしい笑顔を浮かべてくれるようになる。

 失われた家族への思いも、少しずつ変わってくるだろう。

 良い人間であるフェリクスの心が充分に癒され、試練を乗り越える強さを手にできるように祈っていく。


 日々の祈りが神に届くよう、自分もしっかりと生きていくしかない。



 そんな風にアダルツォが決めた二日後、再び事件は起きた。

 

 「藍」だけではなく、「赤」の様子も見てみようと出かけて、やはりまだ早かったかと昼過ぎに探索を切り上げて帰ってくると、屋敷の前に見知った顔が待ち受けていた。


「アダルツォ!」


 カミルがついた大きなため息の音が聞こえてくる。

 ティーオも鼻に皺を寄せており、コルフは首を傾げてこう呟いている。

「誰か連れているね」

 長い金色の髪をうしろで束ねたクリュが手を振っているが、その隣に大柄な男が立っている。

 見知らぬ男は四人へ視線を向けており、はしゃいでいるクリュのそばから離れない。連れなのだろうと思える光景だった。


「アダルツォ、なんだか様子が変だ。ティーオ、裏に回ってアデルミラに隠れるように伝えてきて」

 カミルの目は鋭い。スカウトを目指しているだけあって、異変に気付く力は他の三人よりも強い。

「自然な感じで離れて」

「わかった」

 ティーオは、小柄で人のよさそうな無害な外見をしている。明るい顔でふらふらと離れていっても、あまり違和感を覚えさせないという強みがある。

 鋭いカミルと、どこか油断をしていなさそうなコルフには出せないのんきさで、カミルに言われた通りにティーオが離れていった。

 屋敷の裏口から入って、必要なメッセージを伝えてくれるだろう。アデルミラが中にいればの話だが。


「アダルツォ、会えて良かった。結構待ったんだぜ。あとちょっとで帰るところだった。ティーオはなにか用があったのか」

「クリュ、なんの用なんだ」

「この人が探してるみたいだったから」

 クリュは無邪気な笑顔を浮かべて、隣の大男を指さしている。

「小柄で、髪の赤い雲の神官を探してるって。二人組って言われたんだけど、なんだか似た子がいたよな、アダルツォ」


 いつか来るかもしれないと思っていたが、こんな風に案内されてくるとは予想外だった。

 男の腰には長剣が提げられていて、探索者とは雰囲気が随分違う。特に目つきが違う。

 追っ手なのだと考えるしかないだろう。

 

 アダルツォの両隣に、カミルとコルフが並んで立っていてくれた。

 二人が見えない手で背中を支えてくれているように思えて、心強い。

 とはいえ、巻き込んで良いものなのかという思いもある。


「お前、雲の神官なのか」


 問われて、アダルツォは迷う。嘘はつきたくないが、バレないようにここにいたわけで。

 

「もう一人はどうした。兄妹だと聞いている」

「ああ、そうか。妹だったのか。そっくりだったもんな、アダルツォ。中にいるのか?」


 クリュの頭を殴って、ここ何日かの記憶を消せたらいいのに。

 そうできたとしてももう遅い。金髪の疫病神は中に入ろうとしており、カミルに止められて入り口でもめ始めている。


「ここは『聖なる岸壁』の屋敷だ。勝手に入るなよ」

「岸壁? みんな自由に出入りしてるじゃないか。今さらなんだよ」

「あのなあ」

「待ってくれ、カミル。そうだよ。俺は雲の神官だし、妹もいる。あんたはあの赤ん坊を探しているんだろう」

「お前が連れ出した神官の片割れなんだな」

「ああ。でも、赤ん坊はいない。もういないんだ」


 神に仕える者として、嘘を口にしたくはない。考えながら話さなければいけない。

 アダルツォは体を震わせながら、追っ手の男をまっすぐに見つめた。


「わかるだろう、あんなに小さな、早くに生まれた赤ん坊だったんだ。俺たちがどうにかできる話じゃなかった」

「兄さま」

 ティーオが説得を失敗したのか、入り口でもめていることに気が付いたのか。

 アデルミラが現れ、アダルツォのもとへ駆けてくる。

 追っ手の大男はもう一人の神官が現れて、少し驚いたような顔をした。

「どうして出てきた、アデル」

「だって」

「その娘がもう一人の神官なのか?」

「そうだよ。俺の妹だ。見ての通り、まだ若い」


 大きな追っ手の男の強面にアデルミラも驚いて、小さく震えていた。

 この場に来て欲しくないと思っていたが、逆に良かったのではないかという思いが芽生えている。

 アダルツォは小柄で童顔、実年齢よりも五歳は若く見られる。アデルミラも同じだ。とても十八歳には見えない。

 まだまだ幼い、神に仕え始めたばかりの兄妹が無謀にも赤ん坊を抱えて逃げたと思って貰えたとしたら?


「あの赤ん坊をどうした」

「どうしたもこうしたもない。俺たちは母を亡くしたばかりで、あの子に同情しちゃって、それで引き受けるなんて言ってしまったけど。生まれたばかりの赤ん坊の世話なんかしたことはなかった。追われて、逃げながら、面倒を見るなんて」

 腕にぎゅっとしがみついてくるアデルミラに、目で合図を送る。

 妹は理解したようで、ただただ悲しげに目を伏せて、兄の肩に身を預けてきた。


 あとは、クリュが余計なことを言わなければいい。

 自分と同い年だと話したことを覚えているだろうか。

 あの時、金髪の疫病神はケラケラと笑っていたはずだ。年齢をごまかしているんだろう、本当は十四歳か十三歳か、最後には十歳くらいかと言いだして、他の面々に怒られていた。


「じゃあ、赤ん坊は」

「言わせないでくれ。俺たちは神官だ。その言葉を口にしたくはない」


 アダルツォはそう呟いて、祈りの形を作っていく。

 アデルミラも兄に寄り添ったまま、同じ動作をして、祈りの言葉を口にしていった。


「どこに埋めた?」

「俺たちは、隠れながらここまで来たんだ。どんな道をたどって来たかもわからない」

「なにか証拠になるものは?」

「俺たちはなにも持ってなかった。ボロ布を巻いてただけだ。今だって、人の情けにすがってようやく……」


 頭の奥の方から、熱いものが押し寄せてくる。


 アデルミラを守り、赤ん坊を死なせず、フェリクスには大切な妹なのか確認しなければならなかった。

 ここまでの道のりを必死で歩いてきた。迷宮都市へ、カッカーの屋敷へたどり着いてからは、アデルミラの前で弱さをみせまいと耐えてきた。


 けれど、不安だったのはアダルツォも同じだ。

 探索の仲間に入れてはもらったが、まともにやれるかはわからなかった。

 フェリクスの代わりにはなれず、ならば神官としての活躍をしなければと思っていたが、妹に負けているような気がするし。本当に役に立てているのかもわからないし。


 今から自分たちがどうなってしまうのか、想像もつかないし。


 こらえてきたものが溢れてきて、アダルツォはとうとう膝をついている。

 涙の雨を降らせる兄に、妹も一緒になって泣き出して、コルフと、ティーオが二人を包み込むようにして寄り添ってくれていた。


「二人はボロボロになって、ようやくここにたどり着いたんだ。この兄妹はまっとうな神官だよ。こんなに追い詰めて、満足か?」

 カミルが立ち上がって、大男へ詰め寄っていく。

 コルフも一緒になって抗議をし始め、この街で暮らしている赤ん坊など一人もいないと声をあげた。

「おい、クリュ。アダルツォはお前を助けたのに、何度仇で返すつもりなんだ」

「だって、この人が神官を探してるっていうから」

「他人のことをベラベラとしゃべりやがって。お前、ここで暮らすのに本当に向いてないよな。さっさと故郷に帰った方がいいぞ!」


 疫病神の口は、カミルが見事に塞いでくれた。

 クリュはあわあわとしながら、後ずさっている。

 大男をしばらく見つめたものの、これ以上責められるのは嫌だったのだろう。

 少しずつ離れて、とうとう走って道の向こうに消えていった。


「あんた、二人をどうする気だ? 連れていくのか。そんな権限を持っているのか」

「いや、違う。連れて逃げた赤ん坊がいるはずだから、探すように言われただけなんだ」

「御覧の通りだよ。二人はここで暮らしているけど、赤ん坊なんかいない。屋敷の中を見てくればいい。小さな子が暮らせるような環境じゃないとすぐにわかるだろう」


 ヴァージが来た時に、夫妻の部屋の荷物はあらかた運ばれていた。

 少しだけ残されていたリーチェとビアーナのものも、既にない。

 

 追っ手の大男は屋敷中を無理やり案内されて、なにもないと確認させられることになった。

 ギアノも出てきて、管理をしている人間だと名乗り、間に入ってくれている。

 若者たちが使う部屋に、赤ん坊がいる気配などありはしない。

 最後にはもういいと言い出して、大男は屋敷の入口へ勝手に向かってしまった。


「この二人はたまたま神殿に居合わせただけで、赤ん坊とはそもそも無関係なんだ。もう追わないでやってくれないか」

「こんなに幼い兄妹だったなんて、聞いていなかったんだ」

「本当に悔いているんだ、二人は。わかるだろう。今、なんとか立ち直ろうとしているんだ。追手がくるかもしれないと怯えていて、まともに神殿にも行けないまま苦しんでいる」

 ギアノが深刻な声で話して、大男は神妙な顔で頷いている。

「毎日祈りを捧げているが、隣にある神殿で、他の神に遠慮しながらなんだ。敬虔な神官の為に自由を約束してやってほしい」

「わかったよ。赤ん坊のことはちゃんと伝える」

「あんたも辛い役目を負わされたんだろう。わかってくれてありがとう。これ、良かったら持っていってくれ」

 なにかを手渡され、大男は何度か頷くと、黙って去っていってしまった。


「行ったみたいだぞ」

 

 カミルに肩を叩かれたものの、アダルツォは立ち上がることができなかった。

 涙を止められないし、体が震えてうまく動けない。


「大丈夫か。演技だと思ってたんだけど、違うみたいだな」

 ギアノが肩を貸してくれて、ようやく屋敷の中へ入ることができた。

 ぼろぼろと涙をこぼす兄を心配して、アデルミラが手を取り、強く握ってくれていた。


「アダルツォ、もう大丈夫だ」

「わかっ、わかってる……」


 食堂の隅で椅子に座っても、まだ涙が止まらない。

 ティーオたちも、アデルミラも、ギアノも、みんながそばにいてアダルツォへ優しい視線を向けてくれている。

 

「俺、なんにも、うまくやれてない」

「なにを言ってるんだよ、アダルツォ。クリュにも、さっきの奴にも、真正面からちゃんと向かい合ってさ。アデルミラとメーレスを守ってきたじゃないか。アダルツォは立派だよ」

「でも」

「まったく、しょうがないやつだな。自分がどれだけ頑張っているかわからないのか?」


 カミルが両手を広げて、アダルツォの小さな体をぎゅっと抱きしめてくれた。

 大丈夫だ、心配しなくていいと囁き、離れていくと、次にコルフが同じように強く抱きしめてくれた。

 ティーオも続き、ギアノも力強く包んでくれている。

 みんな温かく、優しい言葉を添えて。

 最後にアデルミラが胸の中に入り込んできて、感謝の言葉を囁いてきた。


「兄さまがいてくれたから、私たちは今無事でいるんです。兄さまは、世界一の兄さまですよ」

「アデル、ごめんな、こんな情けない兄貴で」

「違うと言ってるじゃないですか。でも、いいんです。これまでのことを思えば、涙が出るのは当たり前ですよね」


 アデルミラも涙を浮かべて、背中に回した手に力を込めてくる。

 妹を優しく抱きしめ返すと、ようやく涙の雨は止まった。


「みんな、ありがとう」

「アダルツォ、よく頑張ったな。あの追っ手、もう二度と来ないかどうかはわからないけど。でも、メーレスがいないのはわかってもらえただろうから」

「また来たらみんなで追い返してやろうぜ」

「大丈夫だ、アダルツォ。俺たちはみんな、お前の仲間だよ」


 こんなに暖かい仲間と一緒にいたのだから、フェリクスも本当に良い人間なのだろう。

 アデルミラと出会ってくれて良かったと、アダルツォはしみじみと思った。

 

「一緒にフェリクスを迎えさせてくれ」

「当り前だろ」

「アデルミラのことをとても勇敢だって思ってたけど、やっぱり兄妹なんだな。アダルツォ、お前はすごいよ」


 仲間たちとの絆が深まり、この日の夕食は少しだけ豪華なものが用意されていた。


 ティーオたちの心遣いにとても嬉しい気持ちになったが、ギアノも含めて全員が自分よりも年下だとわかって、アダルツォはこの日、複雑な気分で眠れない夜を過ごしていった。

 

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クリュは迷宮なんて潜らないで男娼にでもなればいいのになぁ
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