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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
19_Over Again 〈命の護り手〉

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87 四人組

 アデルミラに声をかけ、ティーオたちと一緒に昼食の時間を持つ。

 探索へ行くと話すと、妹は驚きと呆れの混じった顔をして兄を見つめた。


「まずは稼がないとだろう、アデル」

「そうですけど……」

「神官としての勤めでというのは無理なんだから。だったら探索に行くしかない」


 雲の神殿での仕事を引き受けるのは難しい。神官としての働きで賃金をもらうためには、他の神殿でというわけにはいかない。

 隣にあるのが雲の神殿ならば可能だったろうが、西側は少しばかり遠い。

 神殿での勤めは勝手に気ままにできるものでもないのだから、今の二人にできる仕事とは言えなかった。


「大丈夫だ、ティーオたちが仲間に入れてくれるというから。フェリクスの代わりに働くようなもんだよ」


 自分たちの暮らしもなんとかしなければならないが、五万もあるという借金のためにも、少しでも多く稼ぎたい。

 アダルツォは、しみじみとフェリクスという男の人間の良さを考え、人生に祝福があるように祈っていた。

 自身の借金もあるのに、アデルミラの助けになるよう、わざわざ娼館(あんなところ)まで、用心棒の圧に負けずに会いに来てくれたのだ。


「フェリクスが戻ってきたあとも、一緒にいてくれて構わないよ」

 コルフが笑い、ティーオもカミルも同意見のようだ。

「ありがとう、受け入れてくれて。どのくらいの働きができるかはわからないけど」

 故郷に戻ってから、神殿のために随分働いてきた。

 少しくらいは力が戻っていると信じたい。


「探索に行くのか、アダルツォ。体をもう少し休めた方が良くないか」

 昼食が終わる頃にギアノが現れて、こんな風に声をかけてきた。

 五人のそばに座って、自分の分らしいささやかな食事を並べている。

 

「なあ、ギアノ、一緒に来てくれないか?」

「え、俺? うーん、悪いけど今はちょっと難しいかなあ」

 あっさりと断られて、ティーオは残念そうに口をとがらせている。

「ギアノは探索者なのか?」

 アダルツォの問いに、管理人は首を傾げて答えた。

「探索者になりにここへ来たんだけど、なんでか今はみんなのために家事に励んでいるよ」

「剥ぎ取りが得意って言うからさ。それに、フェリクスの代わりに前で戦える奴がひとりいてほしいんだよね」

「前で戦うだけなら、他に声をかけられる誰かがいるんじゃないの?」


 やんやんと話す探索初心者たちへ、管理人からこんな提案があった。


「アダルツォを入れて試しの探索に行くって話なんだよな?」

「ああ、これまでも四人だったから人数は変わらないけど、どんな風に動けるかは確かめないと」

「試しに行くなら、兎の肉を獲ってきてくれないか?」

「兎の?」

「兎じゃなくてもいいよ。鹿でも猪でも全然構わないんだけど」


 自家製の保存食を作りたいとギアノは話した。

 以前作ってもらえないか頼まれたことがあって、やってみようと考えているらしい。


「何種類か違う味のものを作って、どこかの店で扱ってもらえたら儲かるかと思ってね」

「へえ、味の違うやつを?」

「西側にはいくつか、変わった味のものを作って売っている店があったんだ。みんなだって、探索中にうまいものを食べたいだろう?」


 四人で揃ってなるほどと頷き、管理人からの提案を受けようと決める。

 前で戦い、剥ぎ取りの腕も良かったフェリクスが抜けて、かわりに神官が入る。

 安全性は上がるが、戦闘力は落ちる。チームワークを試すにしても、わかりやすい目標があれば行動しやすくなるだろう。


屋敷(ここ)のために、ちょっと稼ぐ方法が欲しくってね」

「そんなことまで任されてるの、ギアノは」

「別に頼まれたわけじゃないよ。でもさ、ここをタダで使えるってすごいことだと思うだろう? いろんな人が寄付をしてくれているようだけど、カッカー様がいなくなってからも続くとは限らないだろうから」


 どうやら干した果実や、焼き菓子の類も売れると考えているらしい。

 これまでは時々サービスで振舞われていたが、ギアノは食べた者の反応を見て、良さそうなものを選んでいただけのようだ。


「もしかしてこれからは有料になるとか?」

 ティーオにこう尋ねられて、ギアノは不敵な笑みを浮かべている

「肉はちゃんと買い取るよ。それから、保存食ができたらみんなに売るよ。その辺の店よりは安い値段でね」

「やっぱり、お金取るのか」

「でも、店より安いならよくないか。探索の準備にかかるお金が減るなら、その方がいいよなあ」

「わざわざ買いに行かなくていいのも楽だよ、ティーオ」


 まずは試作品を作るから、試食を頼むよとギアノは笑う。


「アダルツォ、アデルミラに手伝ってもらっていいかな。作業はいろいろあって、一人だと大変なんだよ」

「もちろんだよ。アデル、いいな」

「ええ、よろしくお願いします、ギアノさん」


 妹が探索に行かなくていいよう、提案してくれたに違いない。

 この屋敷に集う人々の優しさに感謝を覚え、アダルツォが祈ると、アデルミラも同じ手の形を作っていた。

 管理人は食事が済んだらしく食器を持って立ち上がり、厨房へ向かう後ろ姿を追って、妹も廊下の先へ去っていった。

 

「確かに、ここが無料で使えるのって、カッカー様がいてのことだもんな……」

 ティーオが呟き、カミルとコルフも頷いている。

 急に有料にしなくて済むよう、ギアノは考えてくれているのだろう。

 そのために働いているのなら、探索に行けないのも無理はない。

「肉か。試しに行くにはもってこいの挑戦だな」

「今から行くかい。そこまで深く行く必要はないし、この時間ならすいているんじゃないかな」


 それとも、今日はまだ休むか。

 問われて、アダルツォは首を振った。

「いや、大丈夫。昨日はよく休んだし、赤ん坊のことも心配なくなったから。俺を試してくれないか」


 屋敷から近い迷宮の入り口は、「藍」か「赤」。


「そういや、『赤』に試しに行っていたと聞いたけど」

「そうそう、行ってみたんだけど、まだ早いかなって思ったんだよ。神官が見つかってちゃんと五人になってからにしようってね」

「緊張したよな、『赤』は。敵も強かったし、罠も難しかった。三層目でまずそう思ったからな」

 カミルとコルフは頷きあって、今から行くなら「藍」にしたらいいのではないかと話した。

 六層までの地図はあるし、あそこなら運が良ければ鹿が出るからと。

「鹿は六層までは出ないんじゃない?」

「例外があるかもしれないじゃないか。とにかく、行ってみよう。アダルツォ、装備を借りておいでよ」


 倉庫だった場所が管理人の部屋になり、武器や防具の類は廊下や裏庭にきれいに並べられている。

 自分にあったブーツや軽い鎧を選び、武器として小さめのハンマーを見つけて持っていく。

 

 ティーオたちも二階で準備を済ませて、あっという間に一階へ降りてきてアダルツォの様子を窺っていた。

「ハンマーっていうのがとても神官らしいね」

「雲の神官は、剣を好まない人が多くて」


 故郷の神殿に勤めていた者や、伯母はどうしているだろう。

 兄妹で逃げ出した後のことはわからない。ひょっとしたら、伯母は家の捜索だの、二人の行方についてだの、取り調べを受けたのではないだろうか。


 できれば、誰にも大きな不幸が降りかかっていないように。

 アダルツォにできるのは祈ることだけで、自分の無力さがふがいない。

 

「マリートさん、誘ったら来てくれないかなあ」

「ああ、そうだよな。でも、フェリクスだから来てくれた感じだったもんな」

「マリートって?」

「カッカー様と『赤』を最初に踏破した仲間の剣士だよ。今も、無彩の魔術師ってわかる? 街で一番の魔術師のニーロさんと探索を続けてる、有名な探索者だよ」

「フェリクスはそんな人と懇意にしているのか?」

「懇意ってほどじゃないと思うよ。たまたま一緒に探索に行ったことがあるだけで。っていうか、アデルミラも一緒に行ってたからね」

「アデルが?」


 迷宮都市へやってきて、探索者のまねごとをして、うっかり借金を背負って、娼館で下働きの日々を強いられて。

 自分の情けない二年弱と比べて、妹の日々は短いのに。ずいぶんと実りのある日々を過ごしていそうではないか。

 自分などよりも、アデルミラを探索に行かせた方が良いのではないか。

 こんな風にくじけそうな気持ちが湧き出してきたものの、アダルツォは歯を食いしばって耐えた。


 探索は久しぶりだ。

 まともに挑戦できたのは、最初の半年くらいだけ。

 神官だと言えばいくらでも誘いがあったのに、仲間選びには失敗している。

 調子に乗って実力以上の場所へ足を踏み入れ、罠にかかり、敵に襲われて仲間を失った。


 今、アダルツォの前にはティーオとカミルが並んで歩いており、隣にはコルフがいる。

 戦士がいて、スカウトがいて、魔術師がいて、神官が揃っている。

 フェリクスの位置に誰か入れるのは簡単なことで、理想通りの組み合わせはあっという間に完成するだろう。


「いいパーティだな」

「はは、まだみんな初心者だけどねえ」

 コルフは軽やかに笑い、カミルとティーオも笑顔が明るい。 

「本当に、ほんっとうに長い間、神官を探してたんだよ。アデルミラが帰ってきてくれたらどれだけいいだろうって思ってたんだ」

「それは、すまないな、なんだか」

「いやいや、いいんだよ。大切な兄妹だもんな。可愛い妹がいたらって思ったら、俺だって探索になんか行かせないよ」

 多分、とコルフは言う。

 女の子にいてほしいとは思うけれど、危険な目に遭わせたいわけではないから、と。


「よしよし、入り口には誰もいないな」

 「藍」の周囲に人影はなく、穴の底にも順番待ちの列はない。

「剥ぎ取りってどう、アダルツォは」

「やったことがない」

「そうか。よし、ここはティーオとカミルに期待だな」


 俺も刃物の扱いは苦手、とコルフは笑った。魔術師なのだから、仕方がないのだと。


「フェリクスほどはできないと思うよ、僕たちは」

「まあいいじゃないか。保存食を作れればいいんだろう。とにかく、持って帰ろう」


 四等分でいいかと確認されて、アダルツォはゆっくりと頷いた。

 傷の手当は頼むよ、と三人は笑っている。

 笑っているが、油断はしていない。誰も楽観などしていないのだろう。


 何回かメンバーを入れ替えながら探索をしていた。

 憧れだけで迷宮都市へやって来た、のんきに暮らしていたあの頃の自分の後ろ頭を殴りたい。

 こんな風に、探索の心構えをしっかりと理解できている誰かをどうして選ばなかったのか。

 宿屋の客引きに言われて、食堂や酒場でたまたま目が合っただけの人間と組んで、なぜ命を賭けてしまったのか。


 過去の日々についての後悔を転がしながら、アダルツォは「藍」の道を歩いて行った。

 三層目まではごく普通に、灯りのついた暗い色の道を。

 四層目からは、時間が経てば闇に閉ざされてしまう不安の道を進んでいく。


 兎が飛び出してきて、ティーオが動いた。カミルと声をかけあって、あっという間に仕留めている。

 得意ではないと言いつつ、慣れた者の動きだとアダルツォは思った。

 といっても、自分自身が素人なのだから、達人だと思うこの感覚こそがおかしいのかもしれないが。

 けれど兎は皮を剥がれて、肉の塊になっている。

 用意された葉に包まれ、荷物袋をふっくらと大きくさせている。


「俺が持つよ」

「いいのか?」


 けが人が出るまで、アダルツォの出番はない。

 自分にできることといえば、誰かの顔を似せて描くことと、多少重たくても荷物を運べることくらいだった。

 体は小さいが、重たいものを運ぶのは得意だ。

 赤壺のゲダルほどはできないだろうが、仲間のためにしっかりと働きたい。

 

 「藍」の迷宮は暗い。「黒」ほどではないが、不安な気分になる道だった。

 カミルの案内に従って進んで、通路の灯りの仕掛けを動かしていく。

 時折、よその五人組とは黙ったまますれ違い、敵と遭遇したら倒していった。


 四人組の戦いは無駄なく進んでいって、あっという間に六層の泉へたどり着いていた。

 途中でカミルもティーオも傷を負っていたが、アダルツォの祈りの力で治癒されている。

 泉までの道は長く、久しぶりの緊張感に神官は随分疲れていた。

 泉の水を飲むのも久しぶり。ああ、こんなに効くんだったのかと、体中に染み渡る感覚の中で息を吐いていた。


「じゃあ、戻ろうか」


 魔術師はいても、脱出はなし。

 コルフはにょろにょろと這い出てきた蛇の大群を炎で焼いて、仲間たちを守ってくれている。

 帰り道でも戦闘は起きて、ティーオは足に噛みつかれ、カミルは手の甲に傷を負っている。

 

 雲の神への祈りがちゃんと届いていることに、アダルツォは心底安堵していた。

 ひょっとしたらなんの効果もないのでは、と少しだけ不安に思っていた。

 下働きからの解放のあと、神殿で扱き使われ、祈りであふれた暮らしをしてきた甲斐はあったようだ。

 アデルミラにしておけばよかったと言われなくて済みそうであり、それにもほっとしている。


 一年以上のブランクをようやく解消できていた。

 四層から三層へ上がる階段を昇って、ふうと息を吐く。

 灯りの戻った通路でやっと自信を取り戻して、アダルツォは三人の仲間たちに、調子は大丈夫かどうか尋ねた。

 今更かと言われたものの、ティーオたちの顔は明るい。

 

「やっぱり神官のいる探索はいいねえ」

 カミルが呟き、コルフが笑う。

「癒し、ちゃんと効いてる?」

「効いてるよ。心配だったのか、アダルツォは」


 最後まで油断するなよとカミルが言って、四人で気を引き締める。

 こんな風に声をかけあえる仲間を選んでいたら、自分の運命は随分違っていただろう。

 その場合、この三人に出会うことはなかったかもしれない。

 アデルミラが迷宮都市へやってくることもなかったかもしれない。

 その場合、妹がたった一人であの赤ん坊を抱えて逃げていたのかもしれなくて。


 もしも、を考えるのは面白い。

 未来に広がる可能性は無限だが、しかし、自分の歩む人生はひとつきりだ。

 すべての結果が今であり、それ以外の人生は望むべくもない。

 これまでの失敗も、ささやかな幸せにも、意味があったのだと考えるしかない。


 久しぶりの短い探索は無事に終わって、袋に詰め込んだ肉はギアノが買い取ってくれた。

 なんとかはぎ取った皮は道具屋に持ち込み、アダルツォはようやく自分の金を手にしている。


「はあ、良かった」

「アダルツォ、随分自信がなさそうだったけど、全然問題ないって僕は思ったよ」

 カミルが肩を叩いて来て、やっと緊張が解けていた。

「ありがとう。そう言ってもらえて良かったよ」

「もっと頼りない奴だと思ってた」

 コルフが笑い、ティーオが背中を叩いてくる。

「そう思われても仕方ない」

「そう言うなよ。これからもよろしくな、アダルツォ」


 兄と仲間たちが無事に戻ってきて、アデルミラも安心したような顔をしている。

 管理人の仕事をいろいろと手伝ったようで、夕食を囲んでいる間、アデルミラからは様々な話題が飛び出して来た。


「お部屋については、ギアノさんが考えてくれています。とりあえずは今の部屋を、兄妹で使ってよいということでした」

「ああ、そうか。ありがたい話だな、アデル」

「はい、本当に」


 屋敷の手伝いをしている間は、ここでやっかいになっていても良さそうだと思える。

 いきなり危険な探索に挑戦するような無茶をしなければ、そのうち生活の基盤を整えることはできるだろう。


 問題は、追っ手がいるのかいないのか。

 そして、迷宮都市でこれからも暮らしていくのかどうか。


 とはいえ、行く当てがない。特別に知り合いのいる場所はなく、いきなり別の土地に行って暮らすのは難しいことだと思えた。

 

 アデルミラももう十八歳になるし、母が病に倒れなければ、ひょっとしたらもう嫁入りをしていたかもしれない。

 妹の将来に関して最も良いのは、いい相手と巡り合い、家庭を築くことだと思える。

 あの強欲な伯母が良い話など持ってくるはずがなく。

 母が用意していたようにも思えない。

 自分が迷宮都市へ行って行方不明になっていたせいであり、ベッドの中で祈りを捧げながら、アダルツォの気はどんどん散っていく。

 

 体は疲労ですっかり重たく、休息を求めているのに。

 頭は冴える一方で、未来への不安がずっしりとのしかかってくる。


 よく働いたお陰か、隣のベッドからはすうすうと寝息が聞こえてきていた。

 アデルミラが幸せに、安全に暮らせるのが一番の願いだ。

 自分に残されたたった一人の家族、可愛い妹が、優しい誰かに守られ、不安なく暮らしてくれたらそれでいい。


 カッカーに頼んで、誰かいい人を紹介してもらえないだろうか。

 悶々としているうちにますます頭が冴えて、アダルツォはベッドから抜け出し、水でも飲もうと階下へ降りた。


「お、どうした、アダルツォ」


 厨房に入ると勤勉な管理人がまだ起きていて、果実の皮をむいている真っ最中だった。


「喉が渇いちゃって」

「眠れないんじゃないの? ちょっと待っていなよ。お茶を用意するから」


 隅に置かれていた椅子をすすめられて、アダルツォは素直に腰を下ろした。

 小さな鍋の中でお湯が沸き、果実の皮や実のかけらが放り込まれていく。


「いきなり探索に行って、緊張したんだろ」

「そうなのかもな。俺、前に大失敗してるから」

「へえ、大失敗か」

 語りたくないのなら、なにも言わなくていいようだ。

 管理人は相槌だけ打って、お茶の葉らしきものを用意している。

「今日はアデルミラがよく手伝ってくれて、助かったよ」

 あっという間にいい香りのするお茶が出来上がり、アダルツォへ差し出されていた。

 ありがたく受け取り、ゆっくりと啜っていく。

「なんだこれは。うますぎないか」

「気に入ったか? みんな美味いって言ってくれるよ、それは」

 体が温まって、よく眠れるようになると思う。

 アダルツォは手で祈りの形を作って、ギアノへ礼を言った。

「ありがとう、アデルのことまで考えてくれて」

「いやいや、俺は労働力が欲しいだけだからさ」

 アデルミラは働き者で、助手にするには最高だと管理人は笑っている。

「信心深いんだな、アダルツォは」

「俺、借金を背負わされて、長い間娼館で下働きをさせられていたんだ。だからね、その分、頑張って取り戻さなきゃならないんだ」

「そうだったのか。アデルミラだけがこの屋敷にいたようなことを言っていたから、不思議に思ってたんだけど」

「アデルは音信不通になった俺を心配して、探しに来たんだ。それでフェリクスやウィルフレドさんって人と出会ったみたいで」

「なるほど。一人で迷宮都市に来て、この屋敷と繋がりができるなんて、アデルミラは運が良かったんだな」


 あの小さな赤ん坊にとっても良かったはずだ、とギアノは言う。

 まったくその通り。ヴァージとカッカーの助けがなければ、どうなっていたか。


「俺、どうしようもない時は、あの娼館で出会った連中を頼ろうかと思ってたんだ」

「なんでまた。娼館なんだろう? 赤ん坊を預けられる人なんかいるのか?」

「あそこはね、時々赤ん坊が生まれるところなんだよ。娼館で働かされている女の子たちはもちろん、そうならないように気を付けているし、店からも厳重に管理されているんだけどね」


 それでも年に一度か二度は、体に宿った新しい命を隠し通す娘が必ずいるのだとアダルツォは話した。

 もうどうにもならないほどに腹が膨らんで、ようやく周囲に気付かれる。


「娼館のオーナーたちっていうのは基本、酷い人間だよ。あそこにいる女の子たちはみんな売られてやってきて、閉じ込められて、男の相手をさせられている。だけどね、赤ん坊には情けをかけるんだってさ。身籠った()たちは、出産が終わったらまた店に戻されるらしいけど。でも、生まれた子どもに罪はないって考えるらしくて、なんだかんだ、引き取ってくれる人を探して、送りだしているんだ」

「本当なの、その話」

「俺も一人だけ見たんだ。おなかの大きくなった女の子が、馬車に乗せられて連れていかれるのをね」


 しばらくすると、その娘はちゃんと店へ戻って来た。

 おなかは元通りにへこんでおり、また、客に尽くす労働の日々へ戻されていた。


「その子供たち、みんな幸せに暮らしているのかな」


 ギアノの疑問は尤もだとアダルツォは思った。

 どうしようもない時は頼るしかないと思い詰めていたが、本当に信じていいかどうかはわからない。


「ギアノは随分赤ん坊の世話が得意なんだな」

「俺の家には、甥っ子だの姪っ子だのが山のようにいたんだ」

「それでなのか。本当に助かったよ。ありがとう」

「迷宮都市で子供の世話を任されるなんて意外だったよ。人生、なにが役に立つかわからないもんだな」


 

 厨房でもらったお茶にすっかり癒されて、アダルツォは部屋へ戻るとぐっすりと眠った。

 朝もすっきりと目覚めて、新しい仲間たちと廊下で朝の挨拶を交わしている。


 保存食用でも、売却用でも、とにかく肉と皮を獲る探索に行こうという話になった。

 しばらくはお互い慣れる為に探索へ行って、フェリクスが戻ってくるのを待ちながら、金を稼いでいこうじゃないかと計画がまとまっていく。


 ギアノは空いた時間を新しい商品開発のために費やしているらしく、アデルミラは助手として働くことが決まった。

 掃除や洗濯、物の管理など、やることはいくらでもあるようで、あれこれしている方が気が楽だと妹も話した。


「アダルツォ、アデルミラ」

 探索の仲間と神官の兄妹が揃って朝食を済ませたところに、キーレイがやってきて声をかけてきた。

 ティーオたちも挨拶をしており、アダルツォとアデルミラも立ち上がってお隣の神殿の神官長へ頭を下げていく。

「昨日、ゲルカ様に会いに行ってきたよ。二人のことを伝えておいた」

「まあ、キーレイさん。ありがとうございます。そんなことまでして頂けるなんて」

「雲の神殿でも、事情のある他の神に仕える神官を受け入れていると話していてね。案外、そんな話はごろごろしているのかもしれないよ」


 樹木の神官長の笑みは穏やかで、余裕を感じさせられる。

 キーレイは二人に、揃いの首飾りを差し出してきた。


「神官のしるしだよ。二人が持っていなかったらいけないからと、ゲルカ様が用意して下さったんだ」


 服の中に入れておけば外からは見えないはずだから。

 雲の神官長の心遣いに、兄妹は揃って祈りの言葉を呟いていく。


「なにか困っていることはないかな。アデルミラ、もしも宿舎が必要なら、私の屋敷に部屋を用意してもいい。大勢人がいるし、警備の者もいるからね」

「お気遣いをありがとうございます。困った時には相談させてください」

「君たちの勇気ある行いに、神の祝福があるように」

 

 

 昔から、よくできた妹だと言われていた。

 アダルツォは少しぼんやりとした、やんちゃな兄で。

 アデルミラはしっかりとしていて生真面目な、周囲からの信頼の篤い妹だった。


「アデル、お前の行いを神は見ているんだな」

「どうしたんですか兄さま、急にそんなこと」

「お前がちゃんとしていたから、今、こんなにも助けられているんだなと思って」

「兄さまがいなければ、ここにたどり着くことはできなかったと思います」


 どんなこともすべてお互い様です、とアデルミラは笑った。

 やはり、カッカーに良い縁談を紹介してもらうべきか、とアダルツォは思う。


「お前、好いた男はいないのか?」

「なんですか、もう。今はそんな……、そんな話をするような状況ではないです」


 照れているのか呆れているのか、アデルミラは憮然とした顔で食器を持って立ち上がった。

 厨房へ片付けに行くのだろう。自分も行かねばと思いつつ、ギアノも良いのではないかとアダルツォは考えていた。

 

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