09 生き返りの奇跡
目当ての家に住人はいないらしく、何度扉を叩いても反応はなかった。
黒ずんだ石を積んで作った壁。確かにこの色の家は他にはなく、場所はすぐにわかった。だがこの日も、三回目の訪問でも応答はなく、デルフィは扉の前で小さく笑った。
探索者に「出会う」ことは難しい。
昨日までいたはずの彼らの姿が失われても、何処へ去ったか――迷宮の中にいるのか、探索者をやめて他所の街へ流れていったのか、それともあの世へ旅立ったのか。わからないのが「ラディケンヴィルス」だ。
何度か振り返りつつ、デルフィは歩き出した。彼の住処は貸家が並ぶ「シルサージ通り」で、道を挟んだ向かい、そのもっと奥にある。
共に暮らす幼馴染が今日はどんな予定を立てているのか。
強引で自分勝手なジマシュ。
そう思っているのに、まるで逆らえない。今では、行動のすべてが彼によって決められていることに安心感すら覚えている。
自分が不甲斐ないような気もするし、探索ができるのは親友の「管理」のお蔭だという思いもある。複雑に混じり合った感情を少しずつ飲み込みながら、デルフィは歩く。
「おい、デルフィ! ちょうど良かった。早く来てくれ」
彼の住処はあと一つ奥の通り。赤茶色の石が積まれた家が寄り添いあうようにして並ぶシルサージ通りに響いた声に、鍛冶の神に仕える神官は振り返った。
「ジマシュ」
視界の先には駆けてくる幼馴染の姿があった。波打った金髪を揺らしながら、焦った様子で走る姿は初めて見るものだ。
「どうしたんだい、そんなに急いで」
「仕事だ、準備をしてくれ」
デルフィの腕を掴み、ジマシュは笑う。
見慣れた笑顔。
それはとても危険な香りを放つ、悪意に満ちたものだった。
「どういう事なんだ!」
迷宮都市の南にある門は港町カルレナンへと続いている。そのせいかどうかはわからないが、南門のそばには「船の神の神殿」が建てられていた。船の神は旅立ちや船出を司る神で、やってきたばかりの探索者たちは大抵、ここを訪れて祈りを捧げる。
しかし今神殿の中で大声を上げて騒いでいるのは、探索者ではない。
「人を助けるのが神官の務めだろう? 金ならいくらでも出すと言っている!」
「この街には特別な決まりがありまして」
「うるさい、うるさい!」
諌める神官の言葉を遮り、男はまた叫ぶ。彼の足もとには蒼い顔で横たわる若者がいて、神殿の床には小さな血だまりができていた。
若い神官が持ってきた包帯を若者の体に巻いていくが、白い布はすぐに血が滲んで赤黒く染まっていく。
それで、傷がふさがるはずもない。慰めにすらならないであろう応急手当に激しく苛立ちを感じて、男は足をだん、と大きく鳴らした。
「もういい、頼まん! ここから一番近い他の神殿は何処だ!」
「何処へ行かれても同じです」
困惑と共に、悲哀の色も浮かぶ。断りの言葉を告げつつ、神官も心苦しかった。
今、命を落とそうとしている若者をとても気の毒に思うが、同情の気持ちだけで「掟」を破る訳にはいかないのだ。
男は馬車を走らせ、南門のそばにあるもう一つの望み、「樹木の神殿」へと走った。
「助けてくれ」
息子が大きな傷を負い、命を落とそうとしている。船の神の神殿でも話した事情を、樹木の神に仕える神官たちへ繰り返し話していく。
「これは……」
対応に出た神官、キーレイの表情が歪む。包帯があちこちに巻かれているが、右腕はまだ手当てがされておらず、そこに見える傷は随分と深いようだった。既に大量の出血があったようで、若者は息もたえだえといった様子だ。
「なににやられたのですか?」
「南にあるキャランドの森だ。あそこへ狩りへ行ったら、とんでもなく大きな獣が出たんだよ。そいつにやられたんだ」
男は涙をこぼしながら、息子の手を強く掴んだ。
キャランドの森からは自分たちの住んでいる街よりも、この「迷宮都市」の方が近い。そう判断して馬車を飛ばしてやってきた。
噂には聞いていたが、足を踏み入れたことのなかった迷宮都市、「ラディケンヴィルス」へ――。
若い神官に傷の手当てをするように告げてから、キーレイは男へ、静かにこう話した。
「申し訳ありませんが」
船の神の神殿でも告げられた無情な言葉が再び繰り返される。
「どうしてなんだ!」
神官たちは「奇跡の業」を使う。魔術師が世界に漂う「力」を操るように、神官たちは仕える「神の力」を借りて人々の傷を癒し、体内に入った毒を消し去る。
その力ですべての傷を癒せるかというと、違う。余りにも傷が深ければ完全な治癒は不可能だし、癒してもらうには謝礼も必要だ。
それは男もわかっている。だが、それ以前に「力を行使してもらえない」とは思ってもみない事態だった。
神官たちははこの街特有の「掟」に縛られているという。
この世界を見守る九つの柱――、石、樹木、流水、雲、かまど、船、皿、鍛冶、そして車輪。
迷宮都市には九柱のすべての神殿があり、それぞれに数多くの神官たちが仕えている。
どの街にも神殿はあり、神官がいる。九つすべての神殿が揃っているのは余程大きな都市だけだが、どんな小さな村でも大抵一つか二つは神殿が存在している。例え信じる神が違えども、傷を負った者、苦難の中にある者へ手を差し伸べるはずだった。
だが「迷宮都市」の神殿には、他の街とは決定的に違う決まりが一つあった。
迷宮都市の神官が癒すのは「迷宮の中で受けた傷」だけ、なのだ。
「金なら出すと言ってるだろう? なんなんだ、迷宮がどうしたっていうんだ。こんなにも苦しんでいる人間がいて、お前たちは救えるはずなのに駄目だと言う。意味がわからない! ……それでも、神に仕える人間なのか!」
当然、心苦しい。目の前で弱っていく若者の姿に、キーレイの心は痛む。
「あなたは来る場所を間違えました。ここは『迷宮都市』。あらゆる他の街とは違います。我々が癒せるのは迷宮で傷ついた者だけ。それにはこの街の歴史が」
「もういい!」
叫ぶ男の顔は息子同様蒼く染まっており、心には深い絶望の影が忍び寄っていた。
「何があったんですか?」
樹木の神殿の隣、カッカーの屋敷の庭の掃除をしていたアデルミラが顔を出してきて、キーレイはほんの少しだけ顔に入れていた力を抜いた。
「やあ、驚かせてしまったかな、アデルミラ」
「随分大きな声が聞こえましたけれど」
「ごく稀に、あるんだ。……よその街から怪我人が運ばれてくることが」
アデルミラは小さく首を傾げてキーレイを見つめている。
やがて床についた血の跡を見つけて、愛らしい顔を暗く曇らせた。
「何故助けて差し上げないのですか? 他の神に仕える方だったからですか?」
身に着けている雲の神の神官衣の裾をぎゅっと握りしめ、アデルミラはきりりと表情を引き締めてキーレイへ問う。
「そうか、アデルミラ。君はまだ知らないのだな」
「黄」の迷宮で悲劇にあった翌日から、アデルミラは樹木の神殿の隣にあるカッカーの屋敷に滞在していた。共に借金を負ったフェリクスと迷宮探索の為に必要な技術や知識を教わり、「橙」へ出かけて訓練をする日々を過ごしている。
カッカーの屋敷に滞在するのに費用はかからない。食費などはそれぞれが自分たちで出すようになっているしプライバシーはほとんど守られないが、借金を払わなくてはならない二人にとってこれは大変幸運な話だった。
世話になっている礼にせめて、とアデルミラは毎朝カッカーの屋敷の掃除をしている。
樹木の神殿とカッカーの屋敷の間に明確な区切りはない。掃除をしているところに響いてきた怒声に驚いて、アデルミラは神殿へ様子を窺いに来たのだ。
「我々は神の力を借り、傷を癒す。君にも出来るだろう?」
「はい」
樹木の神に仕える神官が身に着けているのは、鮮やかな新緑を思わせる色の神官衣。
雲の神に仕えるアデルミラは、白地に青い二本のラインの入ったものを身に着けている。
「この街でも神官の力は同様だ。だが、その力を使っていい相手は限られている。迷宮で傷を負った者だけ……。この都市は特別な街で、過去にあった様々な出来事からこの決まりができた」
「迷宮で傷を負った者だけ?」
「そうだ。この街には、特別な力が働いている。神々ですら、恐らくあの九つの渦について特別な思いを持っておられるのだろうと私は思う」
キーレイは目を閉じ、細く長く息を吐き出していく。
そして再び目を開くと、不安げな瞳で自分を見つめているアデルミラへ向けてこう話した。
「ここは、世界でただ一ヶ所だけ……。人の命を取り戻せる場所なんだ」
もうすぐ十八歳になるはずだった息子の重たい体を引きずって、ようやく馬車に乗り込むと男はすぐに馬へ鞭を入れた。手綱を握りしめ、見知らぬ街の中、神殿が何処にあるのか左右へ視線を彷徨わせながら思う。
もしも、息子が命を落としてしまったら。その時には「希望」となるはずだった、ラディケンヴィルスだけにあるという奇跡が。
「生き返り」の奇跡にもその決まりが適用されるというのなら――。
「生き返り、ですか」
アデルミラに向けて、キーレイは頷く。そして床にできた血の跡に視線を向け、しばらくそれを見つめてから再び口を開いた。
「聞いたことがあったかい?」
「いいえ……、いえ、はい。ありました。でもそれは、作り話だと思っていました。探索者を聖女が救ったという『お話』なのだと」
「本当の話さ。しかし『作り話』だとされている。アデルミラ、君は心から神に仕えるごく真っ当な神官だ。本来ならば雲の神殿で聞くべき話なのだろうが」
背の高いキーレイの顔を見上げ、アデルミラは小さく頷いた。
「『生き返りの奇跡』が起きたのは、王都からやってきた最初の調査団の団長、この街の名になった『ラディケン』がある悲劇に見舞われた時」
荒れた地の下に隠された、禍々しい九つの渦。
大勢の戦士を犠牲にしながらも調査は進められていった。多くの犠牲を払う価値のある、未知の道具が次々と発見されていったからだ。それまで死を待つことしか出来なかった病を治す薬が、美しい宝石が、至福の新しい味覚が、日々引き上げられていく。
王都の貴族や商人たちは喜び、金を出すことを惜しまなかった。腕自慢の戦士と、古の術を自分の目で確認したいと願う魔術師が集まり、犯罪者として捕らわれていた盗賊たちが罠の解除の為に迷宮都市へと派遣されていく。
調査団をまとめあげたのは、初代調査団長であるラディケン・ウォーグ。デルシュレーに仕える騎士であった彼は、無限に富を生み出す迷宮へと派遣され、その任務を全うしていく。
腕っぷしだけが自慢のならず者、勝手ばかりする魔術師、逃げ出そうとする盗賊。
配下の若い騎士たちと共に、彼らをまとめあげて迷宮攻略を進めていく日々。その中で、ラディケンをある悲劇が襲った。
まだ若い、調査団に加わったばかりの少年をかばって、迷宮の中で命を散らしたのだ。紫の迷宮の浅い階層での出来事だった。いつも通りのラディケンであれば決してかからなかったであろう毒の矢の罠にかかって、彼は命を落としてしまった。
少年たちは慌ててラディケンを運んで地上へ戻る。そこへやってきたのは、ラディケンの恋人であった流水の神に仕える神官のバルバラ。変わり果てた姿の恋人の手を取り、涙をこぼし、祈り――。
「そこで奇跡が起きた。ラディケンの体からは毒が取り除かれて傷も癒え、息を吹き返した」
「それは、『神の力』だったのですか?」
「そう。それ以来、後にラディケンの妻になる神官のバルバラはたびたび調査団の人間を救った」
「……その、バルバラさん以外にも、『生き返り』の奇跡が扱えるようになったんですか?」
アデルミラの言葉に、キーレイは頷く。
「他の街からやってきた神官たちは皆、こう言うよ。『迷宮都市では癒しの奇跡が強く働くようだ』と。私もそのように感じている。アデルミラ、君も誰か、屋敷にいる連中が怪我をして戻ってきたら試してみるといい」
両手を胸にあて、アデルミラは小さくため息を吐き出した。
ラディケンとその恋人の話は、おそらく幼い頃に読んだ物語の元になったものだろう。しかしそれは、「愛の力」という「脚色」によるものだと思っていた。まさか、人が、失われた命を取り戻せるなんて。
「どうして力が強く働くのか、それはわからない。私は勝手に『神の慈悲』だと思っているよ。ラディケンヴィルスの地下にある『九つの渦』は余りにも酷なものだ。だからなのだろう、と」
「では、他の都市では『生き返りの奇跡』は使えないのですか?」
「……そういう話になっているが実際は、その神官の持つ力次第、だ。だが、使ってはならない。簡単に人の命を、死んだはずの誰かを取り戻して許されると……、君は思うかい?」
まっすぐにアデルミラを見つめるキーレイの瞳には、不安げな色が浮かんでいる。
人生で最大の不幸。命を落とす、もしくは奪われる。長く長く生きて、その人生をすべて全うしたのならばともかく。そうでなかった場合。
アデルミラの脳裏によぎったのはフェリクスの顔だ。家族を奪われ、すべてを焼かれた。愛する両親と弟を、もしも取り戻せるのなら?
王都で暮らしていた頃、向かいに住んでいた優しい夫婦。彼らは事故で幼い娘を失ってしまった。共に神殿へ通っていた幼馴染の少女。彼女は突然病に倒れ、祈りの甲斐なくこの世を去った。
「人の上には平等に、いつか必ず死が訪れます……」
雲の神に仕える者は、すべての「運命を受け入れる」。人生には恵みも嵐も訪れるものだ。幸福ばかりではその命は腐り、成長しない。苦難を受け入れ、乗り越える。王都デルシュレーの雲の神殿で、司祭から繰り返し聞かされてきた教えだ。
「すべての人間がそれを受け入れられるとは限らない」
キーレイの言葉に、アデルミラは頷く。
「この都市は特別だ。『生き返りの奇跡』はここで生まれた。『九つの渦』は、人々の命、人生とは違う場所にあるもの……、という結論になった。神官たちが何度も何度も話し合い、考え抜いた末の話だ。迷宮がもたらす富は、世界の為に必要なものだろうから、と」
「生き返りの奇跡」を扱える神官の数は多くない。相当な力を使うので、高額の謝礼を必要とする。
「生き返る資格のある者だけが、命を取り戻す」
「お金を持っていることが、資格なのですか?」
「そうではない。それだけ支払えるのは、探索者として相当な実力があるという判断なんだ。効率よく迷宮の探索をする為に、力を持った探索者だけを救うと……、そう定められているんだよ」
命の選別。迷宮都市で定められた神殿の「決まり」に対し、アデルミラの胸には複雑な思いが湧きあがってくる。
だが、視線の先にあるキーレイの表情には明らかな苦悩が感じられる。
生と死。大きな運命の分かれ道を決める、迷宮都市の神官たち。
「でも、傷を癒して差し上げるくらい……、してもいいのではないでしょうか」
「私もそう思うよ。ラディケンヴィルスはいまだ完成していない街で、成長の途上にある。神殿の決まりについては、考える余地がまだあると思う。だがここは本当に特別な場所で、それ故に過去に何度も事件が起きている。その為に、はっきりとした線引きが必要になった」
苦い思いを飲み込み、キーレイは目を伏せ、こう続けた。
「だから、我々は『迷宮で受けた傷』以外は治してはならない。誰か一人でもそれを破れば、大きな混乱の元になるだろう。その決まりについて、神官たちはそれぞれに仕える神殿で、探索者達は傷を癒す神官たちから伝えられるようになっている。そして『生き返りの奇跡』について、他所の街で話すことはしてはならないんだ」
手を組み、目を閉じるアデルミラへキーレイは更にこう続けた。
「アデルミラ、心が痛むだろう。だがこれがラディケンヴィルスだ。本格的な探索を始める前に、一度雲の神殿へ行っておいで。王都とは違う、ここだけの決まりをちゃんと聞いて来てくれ」
結局もう一つ、流水の神殿で同じように断られ、男は散々に怒鳴り散らし、命を失いつつある息子を抱いて泣き叫んだ。
神官たちは悲しそうに目を伏せているが、彼の息子へ救いの手を差し伸べる者はいなかった。大きな宝石のついた指輪を差し出された時には確かに目の中に誘惑への揺らぎがあったが、誰も了承の返事はせず――。
息子の体を抱きかかえ、涙をはらはらと流しながら男は神殿を出た。
「ああ、……ディオニー」
狩りになど出かけるのではなかった。
何故よりによって、北のキャランドの森などに行ってしまったのか。いつも通り、西のクレンテの森へ行けば良かったのに。いつもよりも大きな獲物が獲れると言って来たのは一体誰だったのか。息子同様、獰猛な獣に襲われた間抜けたちの顔を一つ一つ思い出していき、そのすべてに順番に唾を吐きかけていく。
当然その程度で気が晴れる訳がなく、ラディケンヴィルスの南、ガルデナンの街に住む商人、エリシャニーは頭を激しく掻き毟った。
ラディケンヴィルスの神官は、他の街にいる者達とは違う。
かつて聞いたその噂。それは神官たちの持つ力が特別に「強い」というものだった。どんな傷をも癒し、死んだ者ですら蘇らせるのだと。
ただし、それには条件がある。とんでもない額の謝礼を支払わなければ、「生き返りの奇跡」は行われない――。
そんなのは些細な条件だった。金ならいくらでも用意できる。妻だってディオニーの為ならば、大事にしていた「碧炎石」の指輪を手放すだろう。
知らなかった。規定の額を支払えるのに、その何倍だって渡す用意はあるのに、傷を癒してもらえないなんて。
「どうなさったのですか、旅のお方」
馬車の前で悲嘆にくれるエリシャニーに、こんな声がかかった。
泥と涙と血で汚れた顔をあげると、そこには背の高い、深い緑色の瞳の青年が立っている。
「私の息子が……、大怪我をしたんだ……。だが、神殿の連中は傷を治してくれない。迷宮で負った傷でなければ治せないなどと、訳のわからないことばかり言うんだ!」
青年はすぐに膝をつくと、その顔に深い悲しみの色を湛え、ディオニーの手を取って口を開いた。
「これはいけない。このままでは間違いなく息子さんは命を落とすでしょう」
「そうなんだ、そうなんだ! このままでは大切な、私の大切な一人息子が死んでしまう……」
おうおうと声をあげて崩れ落ちるエリシャニーへ、穏やかだが、強い声が降り注いでくる。
「急ぎましょう。今から準備をすれば、間に合います」
きりりと表情を引き締めて頷く青年の言葉の意味がわからず、エリシャニーは眉をひそめた。
「何が、間に合うと言うんだ」
「『生き返り』の奇跡です。この街の神官だけが使える、本物の奇跡の力があれば息子さんを取り戻せますよ」
茫然と口を開いたままのエリシャニーに、緑の瞳の青年、ジマシュはにやりと笑って見せた。
「迷宮へ行って死ねばいい。あの中で命を落とした者にならば、奇跡は与えられるのです」




