73 集まり、束となる
散々戦って、十二層目。
先に入っていた五人組と二回すれ違って、回復の泉にたどり着いていた。
今が何時なのか、正確にはわからない。夜だとは思う。まだ、真夜中ではないとも。
腹の減り具合、足の疲労度、他の四人の表情からうかがえる余力がどのくらいかなど、必ずしも「夜だから」寝なければならないわけではない。
だがベリオはもう夜になった頃だろうと感じていたし、「橙」に早朝に入って十二層まで歩き通したのだから、ここを一日の区切りにするべきだろうと思った。
「今日はここで終わろう」
泉の前で、五人で向かい合う。
誰もがゆっくりと頷いていて、反対する者はいない。
ドーンのイラつきは随分減った。無いとは言わないが、努力して隠そうとしているようだった。
ダンティンは犬に勝てるようになった。無様に噛みつかれてはいたが、深手は負わずに済んで、応急処置を受けて進み、泉で無事に回復している。
カヌートは相変わらずミスがなく、以前よりも余裕を感じる。ダンティンの軽口に時折笑っているようだった。
デルフィは手当の手際が良くなっており、いつの間に覚えたのか、炎の弾を出す魔術を使うようになっている。犬が次々にやってきて訪れた危機を、火球を飛ばして救ってくれた。
「見張りの順番を決めよう」
カヌートとドーンが夜明かしの準備を終えて、食事も済ませて。
前に立って張り切る三人と、いざという時に「脱出」を使わなければならないデルフィ。
回復を優先すべきなのはこの四人だからと、ベリオが一番目と三番目、二回の見張りを引き受けている。
最初に組んだ相手はデルフィで、緊張のようなものはない。
「いつの間に魔術なんか覚えたんだ?」
三人が眠りについたのを見計らって、小声で問いかけていく。
すると相棒は小さく笑って、こんな風に答えた。
「役に立てればと思ったんです」
「役には立ってるだろう、いつだって」
怪我の手当てをしたり、脱出を使ったり。探索以外の時間には薬草の調合をしたり、破れた服を縫ってやっていることもあった。
「十八層についてしまいましたから。もっと深く潜るのなら、戦いだって多少はできた方がいいでしょう?」
そんな役目じゃないだろう、とベリオは呟く。
けれどそれは、デルフィが本当は神官だと知っているからなのかもしれない、とも思う。
「どこで習ったんだ。魔術師の塾ってのは高いんだろう」
「初心者向けのものや、高度な魔術が高いんですよ。基礎ができているのなら、簡単な攻撃魔術を覚えるのにそんなに時間はかからないんです」
「基礎ねえ。お前はいきなり『脱出』を覚えたんだよな。あれは基礎どころか、最終奥義みたいなもんじゃないのか」
よく覚えられた、とベリオは笑う。
デルフィは少しだけ表情を曇らせたが、やがて微笑みを浮かべて答えた。
「難しかったですよ、とても」
だけど、覚えて良かった。
「人の役に立ちますからね」
「ああ、そうだな」
役に立つどころか、脱出の使い手は探索者にとって、救世主に等しい。
話しているうちに喉が渇いてきて、ベリオは水袋を手に取った。
「バルジ、そうだ、これを」
そんな相棒に、デルフィがなにかを差し出してくる。
「なんだ、これは」
「干した果実です。いつの間にかポーチに入っていたんですよ」
ギアノが入れてくれたんだと思う。
デルフィは楽しげに笑って、小さなサイズのものが何種類も少しずつ入れてあったのだと話した。
「あいつが女だったら嫁にしたのに」
思わず真顔で呟くベリオに、デルフィはまた笑う。
「ははは。そうですね、あんなに気が利く人なんて、なかなかいませんよね」
「顔は地味だけどな」
「顔なんて、年を取ればみんな同じになりますよ」
そんなことはないとベリオは思ったが、口には出さなかった。
甘酸っぱい果実を噛み締め、眠気を飛ばしながら、ふっと笑う。
「集中しないとな」
デルフィとの気楽な見張りは終わり、眠りに就く。
ほんの少しの間休んで、起こされて、三番目の当番として組むのはドーンだった。
「よく寝られたか」
ベリオが声をかけても、女の反応はなかった。
顔も地味だし、愛想もないし、おそらく気を利かせることもないのだろう。
それとも、もっと深い仲になれば違うのか。
こんなくだらない考えを潰しながら、頭をはっきりと覚醒させていく。
これまでの探索で何回か夜明かしをして、全員と見張りのペアを組んでいた。
カヌートは集中していて、最低限しかしゃべらない。用を足しに行く時に声をかけてくるくらいで、ひたすらに沈黙の時間が続く。
ダンティンは正反対で、隙あらばなにか話そうとする。自分の生まれた村について語ったり、剣の練習の中であった気づきについて話し、進行中の探索がうまくいった時のイメージを膨らませていったりもする。
ドーンはカヌートと同じで無口だが、時折やたらと強く視線を向けてくることがあった。
なにを思っての視線なのかは語られず、気まずいことこの上ない。
ギアノとの仲が深まっているのは確かなので、まだ不安の中にいるのかもしれなかった。
それとも、この挑戦が済んだ後にどうするのか、伝えておきたいのか。
それよりも気になるのが、二回だけとはいえ、深い関係になったことについてなにか言いたいのではないかという可能性だ。
深く愛し合ったわけではない。ほんの一瞬、欲求を満たすためだけの、最低限のふれあいでしかない。
ベリオにとっては、自分でするよりは少し良い程度だ。ムードもない、甘さもない、見つめあってもいなければ、口づけを交わしたことすらもないのだから。
以前よく指名していた娼館の女は、ギアノと同じような特徴のない地味な顔をしていた。
けれど笑顔で客を迎え入れ、あたたかい手であちこちに触れ、優しく服を脱がせて、柔らかな肌を存分に感じさせてくれた。
うっすらとした花の香りを振りまき、優しく甘い声で包んで、いつでもいい気分にしてくれた。
ベリオ以外にも同じように接していたのだろうが、店にいる間は、自分だけを愛してくれているように思わせてくれた。
探索をする仲間の中に女がいたとして、どうやって恋人同士になるものなのだろう。
ベリオにはさっぱりわからなくて、小さなため息が漏れだしていく。
「どうかしたのか」
静かな迷宮の中だから、聞こえてしまったのだろうか。
「なんでもない」
「二回見張りをするのはきついだろう」
「まあな。でも、俺以外にいないだろう?」
集中が必要な人間を優先的に休ませなければならない。
本当ならカヌートとデルフィを、連続で寝かせるべきだった。
だが、慣れや体力なども考慮してやらなければならない。必要な経験を積ませるために、二番手にする場合もある。これまでの当番から考えて、平等な扱いをするという見方も。
様々な考え方から、今回の当番は決まった。だが、誰かが二回の見張りを引き受けなければならず、できるのはベリオしかいない。
戦士の癖に後列に入っていて、実働時間が短いのだから。
「別に、私は平気だ」
ドーンは戦士なのか、スカウトなのか。半端な立ち位置で、確かにベリオの次に適任だろう。
「じゃあ明日は任せようかな」
体力はありそうではある。筋肉質で、女性らしい体つきとは言えない。正式な訓練を受けてきたのではないかと思わせる気配があった。
「お前、兵士だったのか?」
「兵士? そんなわけないだろう」
「ちゃんと基礎ができているように見えるんだよ」
探索中はイライラしていて、「ちゃんと」の部分は封印されている。
ドーンが戦闘でいいところを見せるのは、西側の空き地でダンティンを鍛えている時だ。
「商人の護衛をしていたんだ。父親がそういう仕事をしていて、ついて行くようになった」
「へえ」
「護衛の中には兵隊上がりの人間が多い。父と組んでいた相手がそうだったから、剣の使い方を教えてもらったんだ」
護衛の暮らしに飽きたのか、とベリオは問いかけた。
ドーンは珍しく顔に笑みを浮かべて、そうだ、と答えている。
「あちこちの街に行ったけど、必ず戻る先は迷宮都市だった。珍しいものをたくさん運んで、届けているうちに、興味が湧いたんだ。迷宮の中になにがあるのかってね」
「スカウトになろうと思ったのは?」
「戦士が余ってるんだから、仕方ない」
御尤もな返事に、ベリオはこくこくと小さく頷いている。
こんな昔話を聞いたのは初めてで、ベリオは腰のポーチから干した果実を取り出すと、ドーンにひとつ渡した。
「ありがとう」
素直に礼を言って果実を口に含み、ドーンは目を大きく見開いている。
「こんなにうまいの、どこで売ってるんだ?」
「俺もデントーにもらったんだよ」
自分たちのために急いで作ってくれたのか、それとも、店で扱っているものを持ち出したのか。
わからないが、ギアノが作ったのは間違いないだろう。あの料理人の作るものは、どれもベリオの好みにあっている。
プロではないギアノが作ってこれなのだから、南の港町の食堂は、きっとどこでなにを食べても旨いに違いない。
たまにはラディケンヴィルスから出て、あちこちの街を歩いてもいいのかもしれない。
旅をする為の資金を貯めて、なくなったら、また戻ってくればいい。
どうせ気楽な仮宿暮らしなのだから。デルフィにこう話したら、どんな反応をするだろう。
「おい、ぼうっとするな」
「言うようになったな」
楽しい空想に逃れる戦士を、ドーンは鋭い目をして咎めている。
視線の先に、ちらりと影が躍った。小型の犬が歩いてきて、迷宮の隅で眠る探索者に気が付いたようだ。
「一匹か?」
「まだわからない」
一匹か二匹なら、二人でも充分に倒せるだろう。
だが、些細な油断が死に繋がっている場所だ。だから、見張り番の二人は眠る仲間たちを起こして、剣を構えている。
犬が駆けてきて、スカウトの仕掛けたロープに引っかかって転ぶ。間抜けな一頭目の向こうから、今度は兎が跳ねてくる。
ドーンはすかさず犬の首に深い一撃を入れて、ベリオに目配せをした。なので兎の前に飛び出して、生意気な長い耳を切り落としてやった。
小さな戦闘のあと、しばらくしてから全員で起きて、朝食を済ませていった。
水を飲んで、用を足し、片づけて、ごみはまとめて隅に押しやって。
夜明かしのための仕掛けを回収したら、それぞれの荷物を点検していく。
足りていないものはないか、水袋の残りはどのくらいか。
不安がある者は必ず、仲間に伝えなければならない。ひょっとしたら準備不足を叱られるかもしれなくても、言わなければならなかった。
迷宮の中で補給できるものは限られている。水場もしょっちゅうあるわけではない。「橙」ならばほとんどの層にただの泉が用意されているが、どこにでもすぐに行きつける訳ではない。
「ダンティン、万全か?」
ダンティンはすぐに「大丈夫だ」と言う。問題があってもそう言ってきたので、ベリオにいちいち確認されてしまう。
「今日は大丈夫だ」
「今日は、か」
経験を積んでいくうちに、うっかりはなくなっていく。
けれど経験が積まれると、まあいいだろう、と思うようになる。
油断をして、失敗をして、改めて準備の大切さを思い知る。
探索者たちはこの悟りに行きつくまで、死なないように歩き続けなければならない。
「本当に大丈夫だ」
ダンティンの力の入った言い様に、ベリオはにやりと笑った。
前回もその前も、あれこれと失敗を重ねた。同じミスはしないだろう。新しい見落としはあるかもしれないが。
「よし、じゃあ行くか」
地図の確認を終えたカヌートが、一番前に立つ。それに並ぶように、ダンティンが走り出る。
その二人の間、一歩下がったところにドーンが入って、ベリオはデルフィと二人で後列を歩いていった。
「そろそろ猪も出てくるかな?」
十二層の残りを歩いていく。
ここまでの道のりは、前回よりも楽に来られたとベリオは思った。明らかに、五人としての力が上がっている。そう、感じられる。
戦闘の時間は短くなった。もっと深くに潜ろうと決めて、剥ぎ取りをしていないせいもある。
鼠や兎のような小物は無視して、もっと実入りのいいものだけを狙おうと考えている。
自分たちが倒したっきりで置いてきた魔法生物の死骸は、初心者たちに拾われているだろう。
そんな「助け合い」も、初心者向けの迷宮の中には存在していた。
その日の宿代を稼ぐために、剥ぎ取りの経験を積むために。誰かの置き土産で今日は食い繋いで、腕をあげていけばいい。
いつか自分にぴったりの仲間が見つかれば、迷宮の中を進んでいけるようになるのだから。
また小型の犬が駆けてきて、ダンティンが気合の声をあげた。
「うるさい」
カヌートが呟き、ダンティンは無視をして剣を振り上げる。動きが大きい。案の定、犬の方が早い。
舌打ちをしながらドーンが突きを繰り出して、飛び込んできた敵を撃ち落とした。
「ドーン、俺がやるのに!」
「無駄に動くな」
師匠の気遣いなのか、とどめを刺したのはダンティンだった。
その間に、訓練の時にもされていた注意が繰り返されていく。
初心者は不満げな顔をしているが、助言にはひとつひとつ頷いている。
「ちゃんと師弟関係になっているんだな、あいつらは」
ベリオの小さな独り言に、デルフィが微笑んでいた。
カヌートも二人に視線を向けることが多くなっているように感じている。
戦士三人に、スカウト一人、神官であることを隠している魔術師もどきが一人。
追加メンバーに、料理人が一人。
こんなメンツで、どこまでも進んでいけるだろうか。
誰かに新しい特技を覚えさせなければいけないだろうか。
自分は、どうだろうか。
仲間や背後の様子を気にしながら、ベリオは考える。
まだ誰もたどり着いていない渦の底へ、最初にたどり着けるようにはなれないか。
いくらなんでも、夢想が過ぎる。そうわかっていても、ほんの少しだけ考えてみたかった。
下へ向かう階段を降りながら、思い描いていく。
歩く者の正気を揺らす「白」の道か。
強靭な強さを求める、「黒」の道か。
容赦なく牙を剥く、罠にまみれた「黄」の道か。
誰も知らない、水の底に隠された「青」の道か。
今のままではどこにも行けない。試しに入ることすら、やめておいた方がいい。
けれど、「橙」の道を歩き通せたのなら。
三十六層もの道を、魔竜の先に待つ栄光を手に入れられたのなら。
「なにか来てるぞ」
背後から、かすかな足音がする。
ベリオが声をかけると、ダンティンが慌てて後列へ割り込んできた。
「俺に! 任せろ!」
まっすぐの通路を、まっすぐに駆けてくる。
とうとう現れたのは猪型の魔法生物で、あまりお目にかかれないが、とにかく肉が旨いことで知られている。
「腰を低くしろ、進む方向を見極めて」
ドーンのアドバイスは虚しく響いて、ダンティンは猪の突撃で吹き飛ばされていく。
「馬鹿だな」
だが、勢いは弱まった。ベリオも剣を振るって、慣れない敵との戦闘に身を投じていく。
鼠や兎と違って、猪は大いに暴れる。どんなに切っても生きている限り走ろうとするし、体の小さな者なら最後まで吹っ飛ばされ続けてしまう。
地上にいる猪も、こんな風なのだろうか。山で育った人間でなければ、猪との戦いでこう思うという。
この日出会った迷宮猪も命が尽きる瞬間まで暴れ続けて、カヌート以外、全員が壁に叩きつけられていた。
四人がかりで傷を増やしてようやく、猪の動きを止められた。それぞれ、痛みのある場所を押さえながら立ち上がって、互いのダメージを申告していく。
「おい、大丈夫か、ダンティン」
「ああ……」
息を深く吐きながらの返事には、いつもの元気がない。
「いつもの勢いはどうした。立てるか?」
「立てる」
これは良くなさそうだと判断して、ベリオはカヌートに休憩に向いた場所が近くにないか尋ねた。
少し進んだところにある行き止まり目指して、五人は進む。
弱々しい歩みの初心者は最前列から外して、肩を貸して歩かせる。
肩の向こうの呼吸は荒くて、旅の終わりの気配が漂い始めていた。
「どこが痛む? 脱げるか」
行き止まりで倒れこんだダンティンの鎧を取って、服をめくる。
背中や脇が赤や青紫に染まっていて、触れると苦しげなうめき声があがった。
デルフィが手を当てて、けが人へいくつか質問を投げていく。
途切れつつも返事はあるようなので、ベリオはもう一人、猪に跳ね飛ばされた被害者へ声をかける。
「ドーン、お前はどうだ」
「少しぶつけただけだ。そのうち収まる」
痛みはあっても、たいしたことはないのだろう。ベリオもそうで、顔色や呼吸にもう乱れはない。
カヌートは攻撃を受けていないようだったので、問題はないだろう。
深刻な怪我人の方へ振り返ると、ダンティンの顔色はますます悪くなっていた。
十三層。十二層の泉に戻るには、かなり歩かなければならない。
今の様子では、自力で歩かせることはできないだろう。
荷物を手分けして持って、背負って進むのか。
できなくはない。かもしれない。運が良ければ回復の泉にたどり着けるだろう。
では、運が悪かったら?
体の中、見えないところに傷があって、途中で力尽きてしまうかもしれない。
戻るべきだ。今すぐ「橙」の迷宮から抜け出して、近くの神殿へ担ぎ込んだ方が良い。
近いのは皿か、かまどか。確実に癒しを使える神殿でなければ、危険かもしれない。
最悪、生き返りが必要になってしまう。
そうなったらどうする?
生き返りには金がかかる。
帰還の術符の次に高いのは、死者を再び蘇らせる奇跡の業だ。
術符は売れば、十万になる。道具屋に出回っている数が少なければ、もっと上がる。
店で買おうと思ったら、十三万は用意しておかなければならない。それだけあれば、慎ましくなら何年か暮らせるほどの額だ。
高い。だが、死ぬよりはましだから。なんだって、生きていればこそだから。仕方がない。高くても、払わなければならない。
神殿で生き返りを頼むなら、最低でも二万シュレール払わねばならない。
神官なら二割引きで頼めるが、正式な値段だろうがそうではなかろうが、絶対に成功するとは限らない。
どの神殿にも生き返りの奇跡を使える神官がいるわけでもない。
その日たまたま非番だったり、よその街へ用事があってでかけていたり、不在の可能性だってある。
怪我が重ければ、傷の癒しも含めて値段が跳ね上がる。状態が悪い場合、生き返りの倍、請求されてもおかしくない。
探索者は決めておかねばならない。
誰かに死が訪れた時に、どうするか。
生き返らせるほどの価値がある人間なのか考え、仲間に値段をつけておかなければならない。
助けるために、術符を使ってやるほどなのか。
失われた命を呼び戻すために、大金を支払う必要があるのか。
その誰かは、それほどに得難い存在なのか?
視線を感じて顔をあげると、ドーンとカヌートがベリオを見つめていた。
この五人組のリーダーは、原動力であるダンティンなのだが。
けれど大切な決め事は、なぜかベリオに任されている。
倒れているダンティンの目は虚ろになっていて、決断をしなければならない。
ダンティンの隣には、デルフィがいる。
デルフィもまた、ベリオを見つめていた。
そこに倒れているのは、ただの探索初心者でしかない。
履いて捨てるほどにいる、夢を見て、自身の実力もわからないまま、うぬぼれて歩いているだけの戦士崩れだ。
ここまで育んできた情のようなものを取るなら、今すぐに帰ればいい。
生き返りよりは癒しの方が安くつく。その程度なら、支払える。全員で少しずつ貸してやれば、ダンティンにだって払えるだろう。
だが。ひょっとしたら、神殿にたどり着くまでに命を落とすかもしれない。そのくらい顔色が悪い。息は浅くなってきたし、瞳にまともな景色を映せているようには見えない。
今回の探索は終了。もう仕方がない。続けてはいけない。
決めておくべきは、その次に訪れるかもしれない悲劇が起きた時のことだ。
こんな素人集団のまま、大きな借金を負いたくはない。
デルフィがいれば、それなりに稼いではいけるだろうが。
「デントー」
ダンティンの命を引き受ける覚悟はあるのか?
わからない。死んだら終わりでいいはずだ。この程度の初心者なのだから。どこの街から来たのかも知らないし、帰りを待つ人間がいるのかどうかなんて聞いていない。
「バルジ」
呼びかけに答えて、デルフィが頷いている。
覚悟を決めた顔だ。
思わずドーンとカヌートへ目を向けると、二人はそろって顔を歪めていた。
ここで、終わりなのか?
問いかけられているような表情で、ベリオはなぜか笑ってしまった。
脱出の魔術に備えなければ。だからベリオは、二人へ荷物を確認するよう、声をかけるつもりだった。
柔らかな色の光が集まり、粒になって浮かび始める。
するとカヌートとドーンの顔に、戸惑いが溢れていった。
ベリオが振り返ると、光は束になってデルフィの手に集まり、ダンティンの体を優しく包んでいった。
「癒しの奇跡?」
ドーンの呟いた通り。
デルフィは魔術師の着るローブ姿で、神の力を借りて、ダンティンの受けた傷を癒していた。
長い時間が流れていった。体の奥の深いところに受けた傷まで、塞いで、治して、元に戻していったから。
「神官だったのか」
カヌートの言う通り。
デルフィは黙ったまま、静かに頷いただけだった。
申し訳ないと表情で伝えて、散りかけた命を救っている。
ダンティンの目には光が戻っていた。
ぱたぱたと瞬きをして、手を動かし始めている。
少しずつスピードがあがってきて、痛みのあった場所を叩いて、やっと体を起こしていった。
「治った、気がする」
「治ったんだよ。良かったな」
どこからどこまで記憶が明確なのか、ダンティンの様子からはよくわからない。
デルフィを見つめ、首を傾げ、今度はドーンへ視線を向けて、どうなってるんだ? と問いかけている。
「隠していたのか」
ドーンに問われ、デルフィは慌てて目を伏せて呟いた。
「すみません。その、いろいろと……。あまり、うまく言えないんですけど、事情がありまして」
「お前は知っていたのか、バルジ」
おどおどと謝るデルフィの代わり、なのだろうか。鋭い問いかけに、どう答えたものかベリオは考える。
「ああ。まあね」
嘘をついても仕方がない。認めるしかなくて、ベリオは息を吐く。
「脱出が使えるだけでも便利だってのに、神官だなんて知られたらどうなるよ?」
わかるだろう、とベリオは話した。ドーンの次に、カヌートへ目を向け、最後にダンティンにも視線を投げて。
「こいつの気の小ささ、知ってるだろう。お前らがどんな人間かわからなかったから、全部明かすわけにはいかなかったんだ」
「もうわかったのか?」
ドーンは口の端に笑みを浮かべて、囁くようにこう問いかけた。
「前よりはな」
ベリオが答えると、デルフィも微笑みを浮かべている。
「答え」はまだ出ない。
ダンティンも、ドーンも、カヌートも、生き返らせなければならないほどの貴重な仲間なのかどうか、まだわからない。
だが、なんの躊躇もなく切り捨てられるほど、どうでもいい存在ではないのだろう。
悩んだのはそんな思いがあったからだし、デルフィも同じように思ったに違いない。
「まあ、俺はてっきり脱出を使うかと思っていたんだけど」
「ああ、そうでしたか。はは……」
「いいじゃないか、バルジ、デントー。これで、まだ先に進んでいけるようになったんだろう?」
カヌートが笑っている。
それで、すべて「よし」となった。
デルフィの隠し事は大きかったが、知れて良い事だったのだから。
知られて良いと思ってもらえたのだと、三人は考えたのだろう。
いや、ダンティンはよくわかっていないのかもしれない。
とにかく、カヌートとドーンは納得してくれたようだ。
しばらくの間、休憩を入れて。
水を飲んで、荷物をまとめて、再び十三層の道の上へ。
五人組の挑戦が再開していった。




