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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
  X5_A few Nice Guys

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66 迷宮都市の少女(中)

 頭の働きが止まったまま、キャリンは店の奥に入って、新しい店員を雇えないか店主に相談をしていた。

 マティルデは辛い思いをしたから。記憶も失ってしまっていたというから。今、まさに大変な状況にあるのだから。

 だからきっと、まだ本当のマティルデに戻れていないのだ。

 

 正しい方向へ戻してやらなければ。

 地道な労働ではなかなか大きく稼げはしないが、こつこつやっていく方が良いに決まっている。

 シュルケーの工房は迷宮都市における優良店で、賃金の未払いなどは起きない。と、思う。

 あの美しさに惹かれる客は、女性であっても多いだろう。

 マティルデを雇ってもらう。他の店舗に空きがあるのなら、自分が異動しても構わない。

 穏やかな守られた暮らしを重ねていけば、いつかおかしな考えは捨ててくれるだろう。

 

 キャリンが熱心にマティルデの苦境について話すと、店主は深い同情を示してくれた。

 特に、男性が複数人で襲い掛かってきたという部分に大きく反応し、そんな奴らは許せないと怒ってくれている。


 南門店の店主は、シュルケーの工房で永らく働いてきたポムという男だった。

 ポムはとにかく剣の扱いが丁寧で、鍛冶師たちから信頼されているのだという。

 年をとって重い物は持てなくなったからという理由で、南門店を任されるようになっていた。


 だが、肝心の店員の数は足りているらしい。

 ポムは悩み深い様子で考え込んでおり、キャリンは良い店主であるポムを困らせてしまったと身を小さくしている。


「そのマティルデっていう子は、来ているのかい?」

「はい、外で待ってもらっているんです」


 そう言い残して来たのだから、外で待っているはず、だった。

 店主であるポムが男性なのでとりあえず連れてこなかったのだが、果たしておとなしく待っているだろうか。

 

 ほんのりとした不安を抱えて店の奥から出たキャリンは、外にいるはずのマティルデの姿を探した。

 店内は女性たちでにぎわっていて、見通しが悪い。

 今日休みのはずの同僚の姿を見つけて、カウンターで働いているマシュリが手を振ってくれた。

 その奥。昨日は置かれていた剣が、なくなっている。


 慌てて店の外へ飛び出すと、そこに探していた美少女の姿があった。

 特注の剣を受け取ったであろうお客様、マージの後ろ姿に向かって、大きく手を振りながらなにかを話している。


「マティルデ、ねえ、マティルデ」

「あ、キャリン。マージ、これがキャリンよ」

「へえ、あんたが。剣を使うんだってね」

「違います」


 扱いはするけれど、使えはしない。慌てて否定をしたものの、マージとマティルデは既に意気投合した後のようで、にこやかな顔で並んでいる。


「マージが教えてくれたの、女性の探索者が集まりやすい酒場があるって」

「そうなの」

「今から行こう」

「ねえ、あの、職場をね、紹介できたらと思ってたんだけどねえ!」


 まだ名前しか知らない推定スカウトであるマージの後ろ姿はやけに凛々しい。その隣で足を弾ませて、マティルデの姿が遠ざかっていく。


 キャリンは慌ててポムのところへ戻り、男性恐怖症のせいで来られないので、また別の日に面談をしてほしいと頼んで再び部屋を飛び出していった。

 二人の向かった方向へ全速力で走って、なんとか追いついて。

 息を切らせたキャリンに二人は微笑みを投げかけるものの、立ち止まってはくれないようだ。


「あたしは一匹狼でね。誰かと組もうなんて思ってなかったんだけど。あんたたちはなんだか面白い匂いがしてるわよ」


 マージは掠れた低い声でこう話して、にやりと笑った。

 探索者になるつもりなんてない、とキャリンは訴えたが、息切れに阻まれて伝わらない。


「良かった、キャリンに協力をしてもらって。本当に素敵な偶然だった!」

「ふふ、なにが起きるかわからないのが人生ってヤツだねえ」

 マージのセリフに同意はできるが、そんなにいい意味にではない。

 

 マティルデの長い髪が風に吹かれて揺れる。

 揺れてのぞいた細い首は折れそうなほどで、頼りなくて、だからキャリンは歩みを止められない。

 もう知らない、と言って去ればいいのに、マティルデが心配でたまらなかった。

 恐ろしい思いをして、怪我をして、記憶まで失ってしまった彼女にまた同じ運命が降り注がないか、そうなった場合、今度は命を失ってしまうのではないか。

 

「マティルデ、ねえ、待って」

「あ、そこだよ。グラッディアの盃って店。店主も女だし、元は探索をしていたって話だから」


 グラッディアの盃を営んでいるのは、リティという名の元探索者。リティ自身は、そこそこの腕前の戦士だった。

 店の名になっているグラッディアは、先代の店主であり、そちらはそれなりの実力を持った女戦士だったという。

 グラッディアは女性探索者の数が少ないことを嘆き、彼女らのための場所を作ろうと考え、店を開いた。

 女性たちのための店を、本当は街の北東に作りたかったのだが、開店計画を嗅ぎつけた小金持ちらにああだこうだ口出しをされすぎて嫌になり、結局比較的平和な南側を選ぶ羽目になってしまったという経緯がある。

 それゆえに、男性の探索者たちがこぞってやってくるという被害にあわずに済んでいるが、結局女性探索者を増やしていこうという野望も叶っていない。

 歯がゆい思いを抱えたままグラッディアが引退して、リティがその後を継いで切り盛りしている。酒場ではあるが女性労働者たちに望まれ、昼の休憩時間に合わせた営業をしており、日中はただの女性向けメニューの充実した飲食店になり果てていた。


「それで? マティルデ、あんたはなにができるの?」

 早めのランチタイムが勝手に始まっていた。キャリンはなにも言っていないのに、今日のサービスメニューが三つ頼まれている。

 席について三人で並んで、キャリンはやっとマージの顔を正面から見ていた。

 年は二十代半ばくらいだろうか。背は高く、細い腕を出した袖なしの服を着ている。筋肉質な体つきはいかにもよく動けそうで、首元には黄色いスカーフ、化粧は濃くて、目元には特に力を入れているようだ。

「私は魔術師になりたいの」

「へえ、なるほどねえ。あんたみたいな細い手足じゃあ、剣を振るのは難しそうだし、ふふ、自分をよくわかっているじゃないか」

「まだ使えはしないんだけどね。迷宮都市なら教えてくれる人がいるって聞いて」

「私塾を開いている魔術師は大勢いるよ。どいつもこいつもがめついらしいけどさ」


 水をぐいっと飲みほして、マージは笑っている。

 

「あの、マティルデはいろいろとあって、なにも持っていないんです」

「いろいろ?」

「妙な男たちに襲われてしまって。ね、マティルデ」


 魔術師志望とは知らなかったし、なるには時間もお金もかかると聞いている。

 今のマティルデに進める道とは思えず、キャリンは口を挟んだ。


「そうなの。お金は持ってきたんだけど、なくなっていて」

「どうしてなのさ、あんたみたいな可愛らしい子を、誰が襲ったってんだい」


 ここでまた、マティルデからは初めて聞く話が飛び出してきた。


「幼馴染のマッデンって男の子と来たの。マッデンも探索者になりたいって思ってたから、一緒に行ってみようって。馬車を乗り継いでここまで来て、街の入り口辺りでいろいろと教えてもらって、試しに少しだけ入ってみようって決めて、『緑』の迷宮に行って。大勢行ったり来たりしていたから大丈夫だろうと思ったの。ちょっと強そうな人たちがちょうどいたから後ろをついていってね。それで調子よく進んでいたら、マッデンがね。ちょっと、って」

「え、迷宮に入ったの?」

「そりゃあそうよ。探索者になりたいんだから、迷宮くらい入るでしょ」


 呆れた表情で言われて、キャリンは口ごもる。

 料理が運ばれてきたが、マティルデの話は続いた。


 マッデンが用を足したいと言い出して、少しだけ道を外れて進んでいった。

 離れたところで一人で待っていたら、件の暴力男が通りかかり、突然殴りかかられた。

 

「マッデンが戻ってきたんだけど、びっくりしたのか逃げていってしまったわ」


 どうしてかはわからないが、男たちは「お前のせいで」「仇だ」と言っていたという。


「仇って、あんたに心当たりはないんだよね?」

「当り前よ。この街についたばっかりだったし、探索する人に知り合いなんていないわ。私に似た誰かに騙されでもしたのかもしれないけど」


 それにしても、同行していた者が誰も止めてくれないなんて。

 この点だけは三人の心は同じになったようで、揃ってため息をついている。


「かわいそうに、愛らしいマティルデ。ここはあたしが奢るから、キャリン、あんたも遠慮しないで食べな」

「いいんですか。さっき出会ったばかりなのに」

「ふふ、あんたたちを気に入っちゃったんだよ、あたしは。それにこの街で暮らす女同士なんだからね。遠慮なんかしないで、さ、お食べ」


 マージが年長者らしく笑ったので、キャリンはほっとして食事を進めていった。

 マティルデの事情を聞いても態度を変えないあたり、大きな心の持ち主なのだろう。


「そんなことがあったから、女だけのパーティを組みたいって思ったんだね」

「そうなの。あの卑怯な連中を見つけて、ぼっこぼこにしてやらなきゃ気が済まないし。そのために鍛えないと」

「なるほど。女をナメてたら痛い目を見るって、そいつらにはよーく思い知らせてやらなきゃ。でも、街の中で攻撃の魔術を使ったら怒られるって聞いたよ。他の方法を用意しないとねえ」


 復讐について反対しないのかい! とキャリンは焦る。

 

「マティルデは、どこに住んでるんだい」

「決まっているところはないの。昨日はこのキャリンが親切に泊めてくれたんだけど、お店が用意してくれた場所だとかで、働いてない私がいてはいけないところだったみたい」

「そうなのか……。そうかい、じゃあ、今夜からはあたしの家に来るといいよ。近くに小さな貸し部屋があってね。ボロいところだから、格安で借りられたんだ。一人か二人くらいなら、暮らす場所があるよ」

「え、いいの。マージ、本当に?」

「本当ですよ、マージさん。さっき声をかけられただけなのに。マティルデはその、一文無しなんですよ」

「いいんだよ。こういうのって、大抵運命なんだから。大体、ここは迷宮都市だよ? 女同士で助け合わないでいたら、罰が当たっちまう!」


 マティルデは調子が良すぎるし、マージもなんだか妙な人物のように感じられる。

 このままでいいのだろうかと迷うキャリンの背後から、ぬうっと現れた人物がいた。


「ねえ、女だけのパーティを作るの?」


 キャリンが振り返ると、恐ろしく陰気な女が一人立っていた。

 ぱっと見た印象は、マティルデと真逆。目は伏せられていて瞳の色がわからないし、口もへの字で、鼻は低いし、暗い色の髪を乱暴にひとつにまとめている。

「私、男に恨みがあるんだけど」

 声も低く、辛気臭いことこの上なかった。

「なんだか理由があるようだね。座んなよ、同じ女同士、打ち明けていったらいいんじゃないかな」


 マージに促され、暗い女はキャリンの向かいに座った。

 服装からしてどうやら探索者のようだ。腰に短い剣を提げている。


「ありがとう……。私の名前はユレー」

「探索をしてるのかい?」

「そう。している。していたよ、迷宮にはもう何十回、いや、何百回も入っているかも」

「おやおや、頼もしい女がこんなところに一人いたようだよ! で、男に恨みっていうのは?」


 ここらでマティルデを連れて帰れないか、キャリンは考える。だが、無理なようだ。ユレーと名乗った女を真剣な顔で見つめていて、話を聞く前から既に同情しているようですらあった。


「この街にやってきてさ、出会ったんだよ。そりゃあいい男に」


 ユレーの声は小さくて、耳を澄まさなければ聞こえそうにない。

 なので、マージもマティルデも身を乗り出すようにしており、立ち上がらせるのは至難の業だろう。


「意気投合して、一緒に探索をするようになった。他にもいい仲間を見つけてね。頼り頼られ、力をつけていったんだよ。自分たちの暮らしだけじゃなく、困っている誰かに手を貸せる人間でいようって、志のある生活を続けてた……」

「立派な話だね」

「そう。立派だろう? お金を貯めて、貸家でみんなで暮らしてた。それぞれ役に立つ特技をって頑張って。探索に励みながら、私は家のこともやっていたんだ。洗濯だの料理だのって、結局は女がやった方が行き届いていていいよなって言われたし、実際その通りだから」

「細やかな気配りなんて、男にはできないものね」

「そう。だから頑張っていたの……。みんな私を頼っていた……。だけど……」


 ユレーの伏せた目から、だばっと一気に涙があふれだし、テーブルに降り注いでいく。


「新しい若い女が仲間に入ってきたんだよぉ……。そうしたら、ぐぅっ……、ドレーンもドニオンも、ジェイスもロロンもデッキもピリッピもみんなあいつに夢中になっちゃってさあ!」


 男の名前が一気に出てきて、ユレーの暮らしぶりが想像の範囲外に飛んでいく。

 だがとにかく、仲間に若い女性が入ってきて、ユレーは見向きもされなくなってしまった、という話のようだ。


「お前は、掃除でもしてろとか……、どこかの店で働いて稼いで来いとか……、うふぅっ、ぐぅっ……」

「かわいそうに、ユレー。あんたも卑怯な男たちにしてやられちまったんだね」


 マージは立ち上がって、ユレーを後ろから抱きしめている。

 マティルデも手を伸ばして、陰気な女の手を包み込んでいた。


「あんたもおいで、私の家に。ああ、今日は最高じゃないか。助けのいる女同士が出会って、手を差し伸べてやれるんだ」


 話がまとまってしまった。

 マティルデとユレー、二人の「男の犠牲者」がマージに包み込まれ、共同生活をスタートさせようとしている。


「ねえマティルデ。あの……」

「キャリン、あなたのお陰だわ。こんなに良い出会いがあるなんて!」

「いや、あのね、マティルデ」

「ああでも、いきなり探索っていうのは無理かあ。私なんにも持っていないんだもの。少しくらいは仕事をして、お金がないといけないわよね」

「そうよ、そうそう。それよ」


 面接してもらおう、とキャリンは力説していく。

 マージも安全なところがあるならと頷き、ユレーもそれはいいわねと同意しているが、だが結局、三人のマージの家での同居は止められない。



 新居の場所を案内してもらって、キャリンは一人、寮へと帰っていった。

 嵐のような一日について思い返し、モヤモヤ、とぼとぼと歩いていく。


 マティルデの暮らしを保証なんてできない。

 寮は労働者たちのためにあるもので、話のすべてが真実かどうか判断できない、そもそも侵入者であった少女を受け入れることなどできっこないのだ。

 けれどあの頼りない細い手足と、足についていた昏い色の痕。幼馴染の裏切りに、男たちからうけた暴力、そのせいで心に残った深い傷を思うと、いてもたってもいられなかった。


 どうすればいいのか、キャリンは悩む。

 寮へ向かって歩きながらうんうん唸っていると、ゴール手前の曲がり角で声をかけられた。


「キャリン、キャリン」

 

 キャリンが暮らす寮の隣には、近隣の神殿に仕える女性神官たちの為の宿舎がある。

 迷宮都市にはそれなりの数の女性神官がいるが、街の特性上、探索に同行できる者の方が喜ばれるため、男性よりも数が少ない。

 神殿にも神官のための居住スペースがあるが、男女比を考えた配慮があって、近い神殿同士が協力して女性専用の宿舎を用意していた。

 もちろん用意のない神殿もあるが、南側には船と、流水と、樹木の神に仕える女性たちの為の宿舎が存在している。 


 悩めるキャリンに声をかけてきたのは、樹木の神殿で働いている十五歳の少女、ララだった。

 隣で暮らしているうちに顔見知りになり、年の近い者同士、時には一緒に食事もする仲になっている。


「どうしたの、そんなに暗い顔をして」

「ララ、仕事帰り?」

「そう。今日はお昼までだったの。キャリンはお休み?」

「そうなんだけど……」

「なにかあったの? 良かったら、話を聞くけど」


 まともな誰かに久しぶりに会った気分になって、キャリンは昨日から起きた出来事を話していった。

 道の途中に置かれた木箱の上に二人で座り込んで、マティルデが心配でたまらないこと、やたらと女同士を強調する謎のスカウトについて、男たちにいいように利用され捨てられたのであろうユレーについて話した。


「マージって人は知ってるかも」

「え、そうなの?」


 神殿には、大勢の人間がやってくる。傷を癒して欲しい探索者だけではなく、日々の反省をしに来たり、迷いがあって導かれたかったり、うれしくてたまらないことがあって感謝したくて来る者もいる。

 なので神官は人の話をよく聞くし、真偽不明のあれこれを聞かされる。新しい道具や流行については商人に聞くといいが、人の噂について詳しいのは神官の方だった。


「本当はマージって名前じゃないのよ」

「え?」

「すごく腕のいい女性のスカウトの、ヴァージさんって人がいてね。憧れてマージって名乗ってるって、なんだか聞いたことがあるんだ」

「そうなの。憧れのねえ」

「ヴァージさんって、うちの神殿の隣に住んでるんだよ。キャリン、さすがにカッカー様の名前は聞いたことがあるでしょ?」

「おおいなる壁だっけ。すごく強い神官様なんだよね」

「聖なる岸壁ね。先代の樹木の神官長だった人なの。ヴァージさんはその奥さんで、すっごくすっごくきれいな人なんだよ」


 マージがどんな顔をしているのか、キャリンはあまりよくわかっていなかった。

 とにかく化粧が濃くて、仕上がり自体もさほど美人とは思えない出来であり、目元の色が素敵ですね、くらいしか口には出せない印象だ。


「どんな人かは知らない?」

「ごめん、そこまではわかんない」


 ララは神官だが、まだ若いせいか言葉が軽い。

 気軽に付き合えて良いとキャリンは思うが、神官としては頼りないのではないかとも感じている。


「そのユレーって人の方は、あれじゃないのかな。大勢で探索に行く変な人たちがいるって話を聞いたけど、そのメンバーだったのかも」

「探索って、大勢ではいかないものじゃないの?」

「そうだよ。その人たちは大勢の方が安全だって考えてみんなで行くんだって。その人たちの仲間に神官がいて、本当はやっちゃいけないことをしているみたいなんだよね。だからちょっと、注意した方がいいかもってうちの神官長さんが話してた気がする」


 マージは名前の詐称、ユレーはやってはいけないことをしている妙な団体の一員。

 ララの話が本当ならば、マティルデがそんな二人と一緒にいるのは問題なのではないかと思えた。


「ねえララ、マティルデを放っておけないって私は思うんだけど、しばらくの間神殿で預かってもらうとかってできないのかな」

「うーん。本当に困っている人なら、寝泊りする場所と食事は用意できるよ。でもその子、男の人が怖いんでしょう? うちの神官長は男の人だし……。ん-、でも、頼んでみたらなんとかしてくれるかも。お金持ちだから」

「神官長、お金持ちなの?」

「実家がすごいお金持ちなんだよ。本人もよく探索に行くから、お金はいっぱい持ってるんじゃないかな」


 故郷のさびれた神殿しか知らないキャリンからすると、信じられない話だった。

 雲のお爺ちゃん神官は、村で採れた野菜をもらって暮らしていたのに。

 金に囲まれた強欲な神官が、物語以外にも本当に存在しているなんて。キャリンは思わず天を仰いで、年老いた神官の顔を思い出している。


「お屋敷に部屋が余っているかもしれないから、頼んでみる?」

「お願いしてもいいかな。あとはなにか、いい仕事がないか探さなきゃいけないし」

「ねえキャリン、そのマティルデって子に、すぐに探索に行かないように言った方がいいんじゃない?」


 迷宮都市に来て、すぐに迷宮に入ってしまうような子なら、止めておいた方が良いのではないか。

 ララの言葉は尤なもので、改めて釘を刺しに行った方が良いだろうとキャリンは考えた。


「今から行ってみようかな」

 だが、自分の力で止められるだろうか。

 今日これまでに起きた出来事のすべてを止められずにきたのに。

「ねえ、ララ、一緒に来てもらえないかな」

「え、一緒に?」

「私一人で止められる気がしないの。神官の言葉なら、もしかしたら聞いてくれるかもしれないじゃない?」


 ララはまだ若い。まだ若くて未熟だと、見ただけでわかる。

 それでも、神官ではある。樹木の緑色の神官衣を身に纏っているだけで、ただの武器屋の店員より説得力があるだろう。


「お願い。人助けだと思って」

「そういわれちゃうとなあ」

 ララは少し悩んだそぶりを見せたものの、すぐにわかったと微笑んでくれた。

 キャリンは丁寧に礼を言って、次に祈りに行くのは樹木の神殿にしようと考える。


 善は急げとマージの家へ急いだ二人だったが、乗り込んですぐに退散する羽目になった。

 マージの家では女性ばかりが三人身を寄せ合って楽しげに過ごしており、キャリンの来訪をそれは喜んでくれた。

 そして、それよりも喜んだのが「神官の登場」だ。


「なんてことなのキャリン! 神官を連れてきてくれたのね」


 スカウトであるマージ、魔術師になりたいマティルデ、戦士として活躍をしていたユレー。

 キャリンは戦士にさせる予定であり、あと足りないのは神官だと話している真っ最中に踏み込んでしまったらしい。

 ララは大慌てで逃げていき、仕方なくキャリンも友人の後を追った。

 そんな話は聞いていないというララの憤りは御尤もなもので、キャリンとしては謝るほかなかった。



「キャリン、あの子はどうしたの?」

 すごすごと再び寮に戻って、夜。同室の仲間たちが帰ってきて、マティルデの行方について問いかけてくる。

 仕方なく、探索者になりたかったこと、一緒に行動していけそうな人との出会いがあったことを説明していく。

 みな、危険ではないかと心配して、キャリンを無責任だと思ったようだ。

 わかっている。そんなことは誰よりもわかっているのに。キャリンはすっかりしょげ返ってしまい、仲間たちも口を閉ざしてしまった。


 ララにも申し訳ないことをしたし、マティルデの行く末も心配でたまらない。

 けれどキャリンにはもう打つ手はない。むしろ、彼女らが全員で「探索に行くぞ」と迎えに来てしまわないか心配するべきだった。

 小さなナイフは万が一の時の護身用であり、馬車で送迎までしてもらっているキャリンにとってはただのお守りでしかない。


 振るって戦えと言われても、困る。


 

 悶々とし続けたものの、なにごともないまま三日が過ぎていた。

 あれは夢だったのではないかと思い始めていたキャリンに、ポムが声をかけてくる。


「キャリン、お前さんに用があるって方がみえているよ」


 来たのか。

 緊張するキャリンへ、早めの休憩に入っていいよとポムは言う。

 

 優しい店主に礼を言って、店の裏手へと回る。

 マティルデの愛らしい笑顔が待っていると思えば、少しだけ嬉しいような気もしていた。

 無事だとわかればなによりではないか。そうだそうだと考えを整えて、扉を開く。


 シュルケーの工房南門店の裏口に、二人の青年が立っている。

 見覚えのない青年たちは扉から出てきた少女に気が付いて、ぺこりと頭を下げた。


「君がキャリン?」


 見知らぬ青年が、いきなり自分を訪ねてくるのはなぜなのか。


「そうですけど」

「いきなりごめん、警戒しているよね」

「いえ、そんな」


 二人ともまだ十代後半くらいで、キャリンとは同年代のように見えた。

 探索者らしき格好をしていて、一人は鋭い目をしているが、話しかけてきた少し小柄な方は人のよさそうな顔をしている。


「マティルデって女の子と知り合いだって聞いて、それで来たんだ」

「あなたがマッデン?」

「え、いや、違うよ。俺はティーオ。こっちは仲間のフェリクス」

「マティルデの知り合いなの?」

「知り合い……、なのかなあ。知り合いになる予定だったというか」

「え?」

「ティーオ、順を追って話した方がいい。そんな言い方じゃあ誤解を招くよ」


 フェリクスだと紹介された青年が、改めて名乗る。

 そしてまず、樹木の神官であるララを知っているかを問われた。


「ララとは友達だわ」

「俺たちは樹木の神殿の隣で暮らしていて、ララとは知り合いなんだ」

「隣? カッカーという人の家で働いているの?」

「いや、働いているわけではないんだ。カッカー様は自分の屋敷を若い探索者の為に開放していてね。俺たちも世話になっていて」


 二人がやってきた理由は、ララからマティルデの話を聞いたからのようだった。

 

「マティルデのことを探しているの?」

「うん、そうなんだ。その、別に絶対に会わなきゃいけないわけではないんだけどね」

「じゃあ、どうして? マティルデはこの街に来てすぐに、ひどいけがをして長い間寝たきりだったって話していたのよ」

「それなんだよ。そのマティルデって子を迷宮の中で助けたのは、ティーオなんだ」

「助けた?」

「そうなんだ。迷宮の中で見つけて、その時に一緒にいた神官にも看病を手伝ってもらってね。だけど急にいなくなってしまったっていうから、どこに行ったのか、大丈夫なのか心配しててさ」


 嘘をついているようには見えない。

 けれど、なんだかマティルデの話とは違うような気がしている。


 キャリンが疑いの目を向けたのは、二人にはすぐに伝わってしまった。

 詳しく話したいから、どこかの店に行かないかと提案されて、人のいい娘は行くべきなのか迷ったが結局、二人とともに近くにある食堂へ向かった。 

 

 

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