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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
13_Talk about tomorrow 〈まるで、夜明けのような〉

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53 積み重ね

 迷宮から出ると辺りは暗くなっていたが、まだ日が落ちたばかりくらいの時間帯で、「橙」の入り口付近にはそれなりの人数が集まっていた。


 「脱出」で出てきた探索者は目立つ。「赤」や「黒」とは違って、「橙」や「緑」で使うパーティは珍しい。

 傷が痛むダンティンに手を貸して迷宮の入り口から出て、一行はベリオの馴染の店へ向かった。

 皮と肉を買い取ってもらい、たいした額ではない金を五等分にする。

 余った二シュレールは、いい仕事をしたカヌートのもとへ渡った。


「ダンティンはまず、怪我を治せ」

「治ったらまた探索に行けるよな」

 ボロ宿近くの食堂で夕食を取りながら、今後について話し合っていく。

 ダンティンの意識はとにかく迷宮探索へ一直線のようだが、どうしたものかとベリオは悩んでいた。

「もう少し、訓練もしてもらいたいもんだが」

「充分やったじゃないか」

「ちゃんとやったとは思っているさ。前回に比べて格段に動きは良くなった」

 スープを口に運んで、じわりと沁みこむ熱さを感じながら、ベリオは次にかける言葉を探していく。

「お前はもっとやれると思うんだ」

「ああ、やれるさ」

「だから更に訓練を積んだら、もっともっと、やれるようになるんじゃないか」


 「橙」に出る一番強い魔法生物は、地走犬ではない。

 深く潜れば猪が出てくるし、小型の熊が出るという話も聞いたことがあった。

 何層目にどんな魔法生物が出るか、すべてがはっきりとわかっているわけではない。

 語る者がいないだけで、とんでもない敵が潜んでいる可能性がある。


「最終的には魔竜と戦うんだろう? 犬に噛まれて剣が振れなくなる程度の強さじゃ、勝負以前の問題だ」

 強くはなったが、犬には負けた。

 ダンティンの今の実力がはっきりわかったのは、素晴らしい収穫だと言えるだろう。

「そうか。いくら『橙』でも、魔竜だものな」

 急に大真面目な顔をして、ダンティンは皿の上の兎肉を睨みつけている。

「ドーン、お前もダンティンと一緒に鍛えてこい」

 ダンティンの隣で、ドーンもまた、パンを睨みつけている。

「スカウトになりたいというが、イラつきすぎだ。あんな調子じゃあ、地図も罠の解除も任せられないぞ」

 今自分たちが地図のどの部分にいるのか、どの方角に向かって歩いているのか、集中の切れた人間をあてにすることはできない。


 ドーンは鼻から荒々しく息を吐いていて、ベリオになにも答えなかった。

「スカウトを諦めるんなら別にいいさ。だが、戦いにだって注意が必要だぞ」

 皮も肉も、探索を続けるために持ち帰らなければならない。迷宮の中には宝はあっても、現金は落ちていないのだから。金がなければ探索どころではなくなってしまう。


 まともな暮らしのできなくなった元探索者の暮らしは悲惨だ。

 

 ラディケンヴィルスには首長のような存在はいないし、兵士もいない。だが、路上で暮らしたり、道端で眠るような真似はなぜか、許されていない。

 時折行き倒れてしまう弱者もいるが、近くの神殿から神官がやってきて回収するようになっている。

 神官たちは身を清めさせ、食事を摂らせたらすぐに、故郷へ帰るよう説得してくる。最低限の寝食を保証しつつ、働きに行かせ、路銀がたまったら馬車の乗り場へ速やかに送って、路上に居つかないようにして町の平和を守っているという。

 これに逆らった場合の行き場は街の西側で、ラディケンヴィルスで命を落とした者たちの墓地周辺には宿無しの元探索者たちが、粗末な小屋を建てて暮らしている。

 彼らの仕事は、死体を埋める穴を掘ることくらいだ。この作業に、対価は滅多に払われない。死体を運んでくるのはほとんどが神殿に関わる人間で、謝礼は一回分の食事程度になるのがほとんどだという。



「わかったよ」

 しばらくしてから、ドーンはふてぶてしい態度ながらもこう答えた。

 仲間から追い出され、認めてもらえない探索者の行き着く先に光はないと知っているのだろう。

「とにかく、まずは傷は治せ。訓練は、前回ほど長くやらなくていい」



 次の日、ダンティンは財布を握りしめて近くの神殿へと出かけていき、カヌートは建設現場へ、ドーンはどこへ行ったのかはわからないがとにかく、宿にはいないようだった。

 ベリオはデルフィと二人で、前日とはうってかわって静かな朝を迎えている。


「あいつら、随分勤勉なんだな」

 ぐっすりと眠って気分は良かった。ベリオは腕をめいっぱい伸ばしながら、首を捻って鳴らしている。

「本当ですね」

「たまに『緑』にも行っているんだろう?」

 デルフィは笑いながら頷いて、こう答えた。

「最初はダンティンだけでしたが、二人もついてくるようになりました」

 

 デルフィは最近、薬草の見分けや煎じ方に興味があるらしく、時間がある時には「緑」へ足を向けていると話していた。

 そんなデルフィに教わろうと素人三人衆も追ってくるという。デルフィと一緒ならば、必要な知識を教えてもらえるだけではなく、安全に迷宮から出ることができる。


「金に余裕があるのはなによりだな」

 無駄のない日常を送って、装備を充実させ、より有用な技を持つ探索者に。

 初心者の中でも、こんなにもできる限りを尽くしている者たちは少ないだろう。


 勤勉な初心者たちを見習って、ベリオもまた、時間がある時には剣を振りに西の空地へ出かけるようになっていた。

 ダンティンと並んで剣を振り、ドーンやカヌートの助言を一緒になって聞いていく。

 誰もがこんな五人組になれたら、初心者たちが命を落とす可能性は減っていくだろう。

 そんな考えを、嬉しいような、くすぐったいような、生温く青臭いと感じながら過ごしていた。


 あくる日、デルフィは雲の神殿へ行き、隣部屋の三人組はそれぞれの用の為に出かけて、ベリオは穴の開いたポーチの買い替えの為に道具屋へ。

 五人の中で一番早くベリオが宿へ戻ってくると、いつもの部屋に一人の男が待ち受けていた。


「よお、久しぶりだな」


 見覚えのない男を前に、ベリオは記憶を探っていく。

「覚えてないよな。前に『橙』の中で会っただけなんだから」


 少し話をすると、二度目の探索の時に「でっぱり」で出会った男だったことがわかった。

 デルフィとダンティンを覚えていたと話した、特徴のない男の名はギアノというらしい。


「あんたらを探していたんだよ。あのド素人に聞いた宿の名前が間違っていてさ。あいつ、船乗りのラッパ亭って言ったんだぞ」

 全然違うじゃないか、とギアノは笑っている。確かに、「の」しか合っていない。

「よく見つけられたな」

「たまたま、あんたを見かけた。宿の親父に聞いたら、ひょろ長い奴もいるって言うから」

 今日からしばらくここに泊ると、突然の訪問者は話した。


 同室になったのは仕方がない。他の利用者は空き部屋があればそちらに逗留するものだが、ベッドは一つ空いている。知らない奴と一緒なんてお断りだなどと、ベリオたちに言う権利はない。


「俺たちを探してた理由って?」

「あんたらの仲間に入れてほしいんだよ」

 ギアノは目を大きく見開いて、ベリオにニヤリと笑いかけた。

「二回見かけて、しみじみ思ったね。ヘンな奴らだって」


 たまたま見かけたよそのパーティを、こんな風に感じるのは珍しいとギアノは言う。


「脱出持ちまでいるのに、あんな初心者を入れて、『橙』の最下層を目指してるんだろう?」

 ギアノは確かに、ダンティンに話しかけていた。休憩場所から去る直前に、二言、三言、話しているのを見た。

 あの短い時間で、そんなにも情報を引き出せたのだろうか。

「あんたがリーダーなんだろう?」

「いや、リーダーはダンティンだよ。あいつがどうしても底まで行ってみたくて、メンバーを集めたんだ」

「へえ? ん。本当なのか、それ」

「本当だよ。俺とひょろ長はもともと二人組で、残りの二人もあいつが連れてきた」

 ベリオの言葉が本当なのかどうかわからないのか、ギアノは首を捻っている。

「あいつを追い出してもらって、代わりに入れてもらおうと思ったのに」

 正直なセリフに、ベリオは思わず声をあげて笑った。

「本当はあんたがリーダーなんだろう?」

「いや、違う。ダンティンがリーダーだ」

「そうなのか」


 こんな冗談交じりのやりとりがしばらく続いて、ベリオは目の前の男、ギアノが本気なのだと気が付いていた。

 ギアノはベリオをまっすぐに見つめると、リーダーを追い出すのは無理かと尋ねた。


「あいつがいなきゃ、この五人組でいる意味はないんだ」

 おかしな理由だとベリオは思った。なぜ「橙」の最下層を目指しているのか、目指すにしてもあんなド素人を一から育てて、時間をかけて面倒をみているのはどうしてなのか。

 わからないのに、今すぐにダンティンを放り出そうという気分にもならなかった。最下層まで踏破するという夢が、そこまで心に根を張っているのか。答えは出てこなくて、目の前の男に向けて、はっきりとした返事を示すことができない。

 

「それじゃあ仕方ないな」

 ギアノは首を傾げながら、言葉を続ける。

「あの小柄な……」

 カヌートか、ドーンか。どちらに言及するつもりなのか、ベリオは待つ。

「あいつと交代っていうのはどうだ」

「小柄なのは二人いるんだ」

「女の方だよ。誰かとデキてるかな、それとも」


 ギアノの観察力の高さに、ベリオは思わず唸った。


「あのひょろ長やド素人の女じゃなさそうだ。あんたのか?」

「違う」

 間髪入れずに答えたベリオに、ギアノはまた笑った。

「あの女と替えてもらうのはどうだ」


 カヌートと関係がある可能性は、ギアノの中にはないのだろうか。

 不思議に思ったが、確かに、ベリオもあの二人の間に色恋沙汰はなさそうだと感じている。


「あいつはドーンって名で、スカウトの修行をしてる」

「むいてなさそうじゃないか、スカウトには。キョロキョロしてて落ち着きがない」

 ちゃんとしたスカウトが一人いるんだから、放出してもよくないかとギアノは言う。

「あんた、俺たちを何日か見張ってたか?」

「はは。昨日この宿を見つけたんだ。人違いじゃないか確認しようと思って、少しの間見てた」


 魅力的だとベリオは思った。昨日、五人で一緒に行動していた時間は短かったのに。自分たちの作った五角形のいびつさをそんなにも理解しているのかと、驚かされている。


「仲間はいないのか? 『橙』にいた時は五人だったよな」

「あいつらはもういいんだ。たいした連中じゃなかったから」


 ギアノの態度はさっぱりとしている。今断ったとしても、根に持ったり、ベリオたちに付きまとったりはしないだろう。

 デルフィ個人への交渉くらいはあるかもしれない。「脱出」持ちは貴重だから、ベリオとセットだったとしても組みたいと思うのは当たり前だ。


「俺は剣をそれなりに使えるし、調理が得意なんだ。実家は南にある港町で食堂をやっているからな。叔父が猟師だから、獣を仕留めるのも捌くのも得意だぜ」

 迷宮都市ではあまり意味がないが、弓も使えるとギアノは話した。

 明るい語り口のお陰で雰囲気も良く、今日が初対面とは思えないほどの穏やかな空気が流れている。


「帰りました、ベリ……」

 扉が開いて、デルフィが入ってきて、おそらく「食事はもう済みましたか」と聞こうと思っていたのだろう。おもいがけない第三者がいて、驚いたようだ。

「今日からこの部屋にしばらく泊まらせてもらう、ギアノだ」

「デントーです。どこかで会いましたか?」

「前に『橙』で休憩した時に」

「……ああ、あの時の」

 デルフィはギアノと握手を交わして、こんな偶然があるものなのかと笑みを浮かべている。

「食事に行くかな。バルジ、さっきの話、考えておいてくれよ」


 新入りが去っていき、デルフィはベリオに当然の質問をした。

「さっきの話というのは」

「パーティに入れて欲しいそうだ」

 

 ベリオとデルフィは二人組。ここは切り離せない。

 「橙」の最下層を目指すのなら、ダンティンがいないのはおかしかった。

 まだまだ迷宮の歩き方もおぼつかないド素人だが、原動力として欠かせない。

 カヌートの実力はしっかりとしていて、これから先、最下層を目指さなくなってからも連携ができたら嬉しい存在であり、切る理由がない。


 今の五人組から欠けてもいいのはドーンで間違いない。

 ベリオが知らないだけで、カヌートかダンティン、もしくは両方と関係があるのなら、排除は難しいかもしれないが。

 隣の部屋の三人について、そんな乱れた関係とは思えない。デルフィに関しては絶対にない。


 剣が使えて、調理、剥ぎ取りができる。スカウト技術は確かに、ドーンに頼る理由がない。今のような態度のままなら、成長も期待できないのではないかと思える。

 一方、ギアノのあの察しの良さ、洞察力は魅力的だ。おそらくだが、探索の間も落ち着いているだろう。

 

「ドーンを外す……」

 デルフィは困ったような顔をして考えこんでいる。

「悪くないと思うがな。あいつらは一緒に連れてこられたが、別にカヌートとは関係がないんだろう?」


 ドーンがもう少し素直に話を聞き入れてくれる性格だったら、こんな風に悩まなかったかもしれない。


 五人組で活動していて一番気が重いのは、誰かを追いださなければならない時だ。

 本当にどうしようもない役立たずなら、心はそう痛まずに済む。

 ドーンはたいした人材ではない。だが、ダンティンの育成には力を入れていた。剣の師匠と呼べるほどかどうかはわからないが、訓練には熱心に付き合っていたし、時には一緒に仕事にも出ているようだった。

 同じ部屋でもう二か月以上暮らしている仲であり、ベリオたちにはない絆が隣の三人にはあるかもしれない。


「一度、一緒に行ってみるか」

「ギアノとですか」

「ああ。俺たちと、三人でも構わないだろう」


 本当は、カヌートも加えて四人で試してみたい。ダンティンはいなくても構わない。

 しかし、他の二人に気付かれないようにカヌートに声をかけて、即座に応じてもらえるかどうか。

 万が一にも揉めてしまっては厄介なので、ここは三人で行った方が早い。


 試してから答えを出しても、ギアノは怒ったりしないだろう。人間関係を拗らせようとしないだけで、探索者としてかなり上等だとベリオは思う。



 昼食から戻って来たギアノに声をかけると、試しの探索を快く受け入れてくれた。

 すぐに用意をして、「緑」の迷宮の六層まで歩いていく。最近よく行くデルフィのお陰で、道にも迷わずに進んでいけた。


 ギアノの振る舞いにはとにかく問題がない。静かに歩くし、適当な真似をしない。注意深く蔦を払い、咲き乱れる怪しい花を避け、鼠も兎も油断せずに戦っている。剥ぎ取りの腕は確かに良かったし、言わなかっただけで薬草の知識もそれなりにあるようだった。


「地上のとは違うが、似てはいるからな」

 猟師の叔父の教えが役に立っていると、ギアノは笑う。


 三人で揃って宿へ戻ると、当然隣の部屋の客に気付かれてしまう。

 「仲間」が急に新しい探索者と和気藹々で戻って来たのだから、気にするのは当たり前だろう。


「バルジ、デントー、その人は」

「ギアノだ。お前を探してたらしいぞ」

 ダンティンたちが三人で揃ってやってきて、手狭な部屋はますます狭くなって暑苦しい。

「俺を?」

「前に会っただろう。どこの宿屋を使っているのか聞いたの、覚えてないか」

 五人組のリーダーはきょとんとしていて、ギアノは苦笑いを浮かべている。

「まあいいんだ。『橙』で二回会って、あんたらのことが気になった。だから仲間に入れて欲しくて探したんだよ」


 ダンティンはなぜか喜んでいて、カヌートは表情がないまま黙っている。ドーンは眉間に皺を寄せて、新入りを睨みつけている。

「仲間に入れて欲しい?」

「ああ。どうするかは任せるよ。俺はしばらくこの宿屋に世話になるから、結論が出たら教えてくれ」


 ドーンに説明するよう求められて、ベリオたちは五人で隣の食堂へ向かった。

 それぞれ夕食を頼んで、がやがやとやかましい店内の一番奥のテーブルで料理が来るのを待つ。


「俺たちの名がとどろき始めているということなんだな」

 重苦しい沈黙を破ったのはダンティンで、瞳をキラキラと輝かせている。

 おめでたい勘違いを全員が流して、ドーンは怒りを孕んだ瞳をベリオに向けた。

「あいつとどこに行ってたんだ」

 一緒に戻ってきたところを見られた。ベリオだけなら言い逃れができたかもしれないが、デルフィも一緒だった。

 ベリオがはぐらかしても、矛先がデルフィに向くだけだろう。正直、清らかが売りの神官様に嘘がつけるとは思えず、結局すべて話す羽目になってしまう。

「使えそうな奴だから、試したんだよ」

「どうして」

「見る目があるし、特技もあるって言うからさ」


 五人という数字に、とらわれる必要はないのかもしれない。

 いざという時。誰かが拾った「帰還の術符」を使った時に、自分が置き去りにされる可能性に目を瞑れるなら、六人だろうが七人だろうが、探索のセオリーからはみ出していようが問題はない。


「どうするつもりだ」


 だがやはり、五人は便利だ。人数が増えれば分け前は減るし、戦いの時に邪魔になる。迷宮都市の食堂は、大抵の店がひとつのテーブルに椅子を五脚おいているし、貸家は五人暮らしを前提に作られていることが多い。

 これまでの数十年で、大勢が迷宮に潜ってはじき出した最適が「五人」。無視して考えるのは難しい。

 ドーンが焦っているのは、自分が弾かれる可能性を感じているからなのだろう。


ドーン(お前)と交代させようかな」


 スカウト見習いの顔が、ぐにゃあっと歪んだ。

 隣に座るダンティンは少しだけ困った顔をしたが、無言。カヌートはそしらぬ顔で、ドーンへ視線すら向けなかった。


「交代だと」

「ギアノは、ダンティンと入れ替えてくれって言ってたんだ、最初は」

 ここでようやく、ダンティンは驚いた顔をしてコップを倒した。テーブルに広がる水を、デルフィが慌てて服の袖で拭いていく。

「ならどうして」

「他のパーティにすぐに入り込めるからだよ」

「はあ?」

「お前には武器があるだろう」


 もう少しだけこぎれいな恰好をして、顔をきれいに洗えば、すぐだ。

 もう少しだけ明るい色の服を買ってきて、花の香りでもつければ、即だ。


 ドーンは鼻に思いっきり皺を寄せて、やってきた鹿肉入りのスープを荒々しくかきこんでいった。

 ダンティンは不安げに、デルフィは不思議そうに、カヌートはいつも通り、それぞれに食事を進めていく。


 この五人組のリーダーはダンティンだが、ドーンの去就についてどう考えるだろう。

 大きな驚きは見せなかった。それは残念、くらいの表情に見えた。自分に矛先が向いた瞬間、ショックを受けたようではあったが。ダンティンはベリオが考えるほど、ドーンに恩は感じていないのかもしれない。

 カヌートもまったく無関心な様子で、つまり特別な関係はやはりないのだろう。

 デルフィも申し訳なさそうではあるが、探索の基本を忘れてはいない。より強く、より有用な仲間と共に行くのが最善の道だ。ゴネられようが、喚かれようが、不要な人材は切るしかない。しがみついてきたら蹴り飛ばしてでも、追い出さなければいけない時もある。


 本人(ドーン)以外からの異論はなさそうだった。

 説得をして、同意を得て、見送ってやるしかない。ダンティンとカヌートが気にしないのなら、同じ部屋にとどまっていても構わないだろうが、やりにくそうだとベリオは思う。

 感謝しなければならないのは主にダンティンだが、そんな気があるかどうか。どこでどうやってスカウトしてきたのかも不明で、ベリオが後始末を担当すること自体が変なのではないか。

 ギアノの言う通り、おかしな五人組なのだろう。寄せ集めなのに、妙に協力的で、お互いを知らないのに、狭いところにぎゅうっと身を寄せ合って暮らし、探索者として必要な成長をしようさせようと努力している。



「バルジ」

 食事が終わると、ドーンが険しい顔のままやってきて、ベリオの手を取った。

「先に戻っていてくれ」


 ダンティンたちを宿に戻らせて、ドーンはベリオの手を掴んだまま狭い路地を進んでいく。

 迷宮都市の西側には建物がまだ少ない。南側には騎士団だの調査団だの、裕福な商人だの屋敷が建っている。北側は安い食堂と娼館がひしめきあっているが、その間、西門付近にはあまり重要な建物がない。

 そろそろ墓地が見えてくるところで、ドーンは立ち止まった。

 誰も住んでいない、使われていない廃屋の陰に二人は向かい合って立っている。


「抜けたくないのか?」

 ベリオが切り出すと、ドーンは顔をくしゃくしゃにして、唸るような声を出した。

「なんだ、その反応は」


 返事はしばらくなかった。ただ追い出されるのが嫌、腹立たしい、許せない。そんな気分を持て余しているのだろうか。


「悪いが、お前程度のやつはたくさんいるんだ。だがさっきも言った通り、ダンティンと違ってお前には武器があるだろう?」

 ベリオは服の袖口を掴むと、ドーンの頬をぬぐった。

 煤のような汚れが薄くなり、白い肌のかけらが顔をのぞかせている。

「化粧なんかしなくたって、この白さを見せてやればいいんだ」

 ダンティンの野望になぜか付き合っているおかしな集団なんかよりも、有望な仲間に恵まれるかもしれないのだから。

「有効に使えよ」

「だったら、今使う」


 二人は廃屋の中に入っているわけではない。街の明かりが作った影の中にとどまっているが、外だ。路上に立っている。

 なのにドーンは服を脱いで、下着もすべて取って、ベリオの腕を掴んだ。


 顔も髪も薄汚れている。だが、服の下に隠された肌は思いがけないほど白かった。

 ベリオの手を、自分の胸へ触れさせて、ドーンは囁く。


「頼む」


 仲間のままでいさせてほしい。そう言うかと思っていたら、違っていた。


「早くしてくれ」


 近づいてきたドーンの体からは、生々しい女の匂いがした。

 娼館で振りまかれる芳香とはほど遠いが、ベリオの中に滾るものを刺激するには十分だった。


 欲求を満たすためだけのふれあいの時間はひどく短かった。

 愛の言葉もなく、髪を優しく撫でたりもしない。けだもののように体をつなげて、それで終わり。


 ベリオの体が離れると、ドーンはすぐに服を拾い上げて身に着け、宿へ向かって歩き出した。

 少しばかりの満足感と、羞恥を抱えてベリオも続く。まんまとしてやられたような気もするし、いじらしさを見たような気もしていた。追い出さないでほしいと素直に言えなくて、最後の手段を持ち出したように思える。いや、これはドーンの常套手段で、これまでも男の心を体でつなぎとめることがあったのかもしれない。


 恋の季節を迎えた獣のような不確かな繋がりが、これからも続いていくのかさえもわからない。

 たったあれだけで、ギアノを諦め、ドーンを仲間に留めておかなければならないのだろうか。

 

 いつものボロ宿に、あっという間にたどり着いてしまった。

 不愛想な主人に声をかけ、二階への階段を上っていく。

 なに食わぬ顔で、ドーンはベリオの前を歩き続けている。

 その先、使っている部屋の前には、三人の仲間たちが並んで立っていた。


「バルジ」

 戻って来た二人の前に進み出たのはダンティンで、これまでに見た中で一番景気の悪い顔をしていた。

「ドーンには世話になったんだ。だから、その……」

「そういうことはもっと早く言うんだな」

 食堂で言ってくれれば良かったのに。心底そう思いながら、ベリオは首を振る。

「え、それじゃあ」

「いや、交代はしない。『橙』の底に行くまではな」


 そもそも、前提がおかしいのだ。ダンティンの勢いに巻き込まれただけで五人組になっただけ。最下層に夢を見て、渦の底まで進んでいきたいだけ。この仲間は、永遠などではなく、ここまで深刻に悩む方がおかしい。


「そこから先はまた別な話だ。だがここまでやった以上、最下層までは一緒に行こう」

 デルフィもほっとした顔をしており、ドーンは口を尖らせてはいるものの、どこか安堵したようではあった。

 カヌートの表情に変化はなく、つまり、交代しようがしまいがどちらでも構わないのだろう。


 隣の部屋の三人が去っていき、ベリオもデルフィと共に扉の先へ進んでいく。

 中にはギアノが待っていて、話を聞いていたのだろう。肩をすくめて笑っている。


「残念だよ、バルジ」

「本当に俺たちはおかしな五人組なんだ。すまないな」


 けれどできれば、今の挑戦が済んだ後には組んでみたい相手ではある。

 ベリオが素直な気持ちを告げると、ギアノはいいだろう、と答えて笑った。

「すぐに仲間を捨てないっていうのも、悪くはない話だ」

 探索者としては甘い判断だと言われるだろうが、と言葉は続く。

「じゃあ、時間のある時には俺と一緒に探索をしてくれ。いつか本格的に組んでいけるよう、信頼を育んでいこうぜ」

「新しいやり方だな」

「いいだろう、別に固定の五人じゃなくたって。時には抜けて、他の奴らと潜るだけの話だ。いい刺激になりそうじゃないか」


 けれど、もしも運命的な出会いがあったら、その時は許してくれ。

 ギアノは冗談っぽく笑って、ベリオとデルフィ、二人と握手を交わしている。


「じゃあ、ダンティンには早く成長してもらわないといけないな」

 

 デルフィも微笑んで、頷いている。

 和やかな時が流れて、ベリオたちは眠りについていた。


 

 目を閉じると、夕食のあとに起きた出来事が思い出されてきて、ベリオの心は激しく揺れた。

 体だけが熱くて、心はどこか冷めていて、夢だったのではないかとすら思える。

 けれど、見た。白い柔らかな肌を。甘ったるい香りに鼻がくすぐられた。あれは、現実にあったことだ。


 不安に揺られながら、夜の中に落ちていく。


 

 次の日の朝、嫌な夢を見たような気がしていたが、どんな内容だったか覚えていなかった。

 心配していたドーンの様子はいつもと変わらず。

 それに安心して、ベリオはこの日、ダンティンの稽古に一日付き合って過ごした。

 

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