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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
13_Talk about tomorrow 〈まるで、夜明けのような〉

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50 探索者の夢

 迷宮都市には大勢の探索者がひしめいているが、彼らの目的はそれぞれに違う。

 大抵の者は一攫千金を目指し、あっという間に挫折して街を去る。地下に葬られるか、馬車に乗り込むか、どちらかの道を辿る。

 運と実力を兼ね備えた者はそんな悲運を免れるが、しばらくはひたすら、努力という地味な道を歩んでいかなければならない。

 迷宮の中を死なずに進んで、金になりそうな物を手に入れて、無事に戻る。優秀な魔術師を抱えていないパーティは、帰りも地道に一歩ずつ進む。それに耐えられる精神力か、かなりの能天気さがなければ、暮らしは辛いものになる。




「考えたんだ。迷宮探索の穴場はどこかって」

 ベリオとデルフィの前にいる青年の目は輝いているが、交渉相手ではなく、その向こうの煤けた壁よりも先、はるか彼方を見ているような遠さがあった。

 「脱出持ち」がいると聞きつけてやってくる連中と何人も会ったが、今日やって来たダンティンという若者はどこかが違う。

「見つかったのか?」

 ベリオの問いに、ダンティンはこの街では珍しい白い歯をキラリと輝かせてみせた。

「『橙』の下層だよ!」

 ありふれた返答に、ベリオは心で苦笑いをしている。隣のデルフィは人の好さを全開にして、なるほどなどと頷いているが。

「上の方は初心者で溢れているけど、あいつらはみんな深く潜らないだろう?」

 なので、夕方から入る中級者は多い。ニーロからそう聞いたし、実際にそれなりの格好の連中が入っていく光景を見たこともある。

「あそこだってちゃんと魔竜は出るんだから。他の迷宮より弱いんなら、練習にはちょうどいいはず」

 最下層に出現するという魔竜。ベリオはこれまでに最下層に行った経験がない。デルフィも同じだ。

 二人は最下層を目指さない探索者なので、魔竜が迷宮ごとに違う強さを持っているのかどうかはわからない。

 そんな疑問を持ったことすらなかった。

「ただ、やっぱり三十六層も降りて登ってくるのは大変だから。脱出が必要だろう?」

 「橙」で見つかるすべてのものは、たいした貴重品ではないという。

 練習用は最下層までの道のりも練習用でしかないのだろう。


 渦の底までどれくらいの時間がかかるのか、何度夜明かしが必要なのか。地図の読み方、現在地の把握の仕方、魔物との戦い方、怪我をした時の対処法、仲間とのコミュニケーションの取り方など、ありとあらゆる経験の為に「橙」への最下層への挑戦があると考えられている。


「お前、仲間は?」

 ベリオの問いに、ダンティンは肩をすくめている。

「いないよ」

「一人もいないのか」

「探索に行く時にはよさそうな奴を探して一緒に行く。でも、いつも気が付いたらいなくなってるんだ」

 なるほど、とベリオは思った。

 ダンティンの登場は突然だった。

 デルフィと二人で今日はどうするか、だらだらと朝食をとっているところにいきなり現れて、脱出持ちというのは本当か確認され、当たり前のように同じテーブルについた挙句、勝手に皿からパンを取られ食べられ、一方的に話をされて今に至っている。

 ラディケンヴィルスには自分勝手な人間がたくさんいるが、ここまで不躾な男も珍しい。

 最下層へ挑みたいのだから、やって来たばかりの初心者(ペーペー)ではないだろう。生き残れたのは素晴らしい。だが、これまでに長く共に歩める仲間は作れなかった。性格に難のある者にありがちな流れだ。

「さすがに三人では厳しいですよ」

 デルフィがこう切り出すと、ダンティンははっとしたような顔をして、わかったと叫ぶと飛び出していってしまった。

 シケた食堂に取り残されて、二人は顔を見合わせると苦笑いを浮かべた。



「連れてきたぞ!」

 その次の日の夕方、ダンティンは再びベリオたちの前に姿を現していた。最初に出会った食堂とはずいぶん離れた道具屋で買い物をしていたにも関わらず。

 しかも後ろには二人、小柄な誰かを連れている。

「さあ行こう」

 勢いだけしかない宣言に、ベリオもデルフィも面食らうばかりだ。

 そもそも、ダンティンについては名前しか知らない。挨拶もないまま一緒に来いと言われただけで、知り合いとすらいえない間柄だ。

「お前、そんな風でこれまでよくやってこられたな」

 何年探索者を続けているかは知らないが、よく毎回生きて帰れたものだ。今だって手ぶらのような状態のくせに、もう迷宮へ潜る気なのだろうか。

 たまりかねてベリオは唸ったが、ダンティンはどこ吹く風で腕を振り上げている。

「オレは世界一の探索者になるんだ!」

 こんな男に声をかけられてついてきたのだから、背後の二人もきっとろくでもないのだろう。

「バカか、準備もしないで。食料や夜明かしに使う道具がなきゃすぐに死ぬぞ」

 そもそも一緒に行くとは言っていない……というセリフを続ける前に、ダンティンは振り返って駆け出し、名前もわからない二人は慌ててその後を追っていってしまった。

 ベリオたちは周囲から冷たい視線を向けられたが、気付かないふりをして手に取っていた小物入れを棚に戻していく。


「また来ますかね?」

 デルフィは不安げだが、ベリオにはなぜだか確信があった。

「きっとまた来るだろう」



 なので次の日の朝早くに宿の階下から声が響いてきても、まったく意外には思わなかった。

 足音はみるみる近づいてきて、扉が遠慮なく叩かれ、返事もしていないのに勝手に開けられてしまう。

「準備はできた!」

 ダンティンと二人の仲間は昨日はなかった大きな荷物を背負っていて、リーダーであろう話を聞かない若者は朝日のような笑顔を浮かべていてひどく眩しい。

 起き抜けで空腹のベリオとデルフィは同じタイミングでため息を吐き出し、すぐ近くにある食堂へと三人を連れて向かった。


 朝食に付き合わせながら話を聞くと、ダンティンは十七歳で探索者歴はまだ半年ほどらしかった。

 この単細胞(ダンティン)について知りたいことはそう多くはなくて、この程度の情報でもう充分。

 だが、ついてきた小柄な二人については、意外なことばかりがわかった。

「お前、女か?」

 ダンティンに連れられてやって来た二人はそれぞれ、ドーンとカヌートと名乗った。

 どうして一緒に来たのかまだ詳しくは語られていないが、勢いに押し切られたような話しぶりで、きっとそれ以上のいきさつはないのだろう。断り切れなかっただけでここまで付き合うのだから、お人よしなところがあるに違いない。

 ごく平均的な高さであるベリオよりも、ダンティンの背は低い。それよりもドーンとカヌートはこぶし一つ分ほど小さかったが、ドーンはよく見てみれば体も首も細く、更にじっくり見てみるとどうやら女性らしいことがわかった。

「悪いか」

 まったく可愛げのない返事に、ベリオは鼻で笑う。

 じっくり見なければ気が付かない程度に、「らしさ」のない女だった。髪はぼさぼさに乱れているし、着ている服もそこらで売っている安物で地味な色合いのものばかり。装備のせいもあるだろうがしかし、女性らしい体つきとは言えそうにない。胸はひらたく、腰は太く。肌の滑らかさも甘い香りも感じさせず、顔立ちも地味。

 「女性探索者」はそれだけで仲間を作りやすいものなのに、今の状態のドーンはこの条件から外れている。


 もったいない、という言葉をベリオは飲み込んで、押しかけて来た三人についての話を聞いた。

 とにかく出発しようとうるさいのを制して聞きだすと、ダンティンはそこらじゅうにいる戦士崩れであり、カヌートはスカウト、ドーンはスカウトの見習いだとわかる。

「スカウトとスカウトがなんでこんなバカに引っかかるかね」

 ベリオはまたフンと笑って、カヌートは肩をすくめた。

「こいつを撒くにはもう迷宮に入るしかないんだよ」

 地味でふてぶてしい印象しか受けないドーンと違い、カヌートは引き締まった体で隙がない。一流の格好はしていないが、それなりの実力、「橙」の下層に進める力があるだろう。

 どこで聞きつけたのか、「脱出」持ちのデルフィを探し出し、仲間が必要となれば数の少ないスカウトと女を見つけて連れてくるのだから、ひょっとしたらダンティンはバカなだけではないのかもしれなかった。

「大丈夫だ、このメンバーなら。早く『橙』の魔竜を倒しに行こう」

 ダンティンは瞳を煌めかせ、拳を突き上げている。

 デルフィは呆れたように笑い、カヌートは天を仰ぎ、ドーンは口を尖らせているものの、誰も去ろうとはしなかった。

 

 これまでの探索生活について、ベリオは考えを巡らせていく。

 迷宮都市にやってきて、おっかなびっくりで歩き回り、似たような背格好の若者にそっと近づいては仲間がいるか確認して、強気なふりをして腹を探り合った。迷宮に入り、戦って、帰って、店に行き、得たものを売り払い、金をわけ、顔見知りになった誰かと探索者生活を続けていた。


 ニーロに出会うまで、そんな生活をしていた。

 一人で迷宮都市にやって来たからだ。


 周囲の人間の様子を観察して、見よう見まねで様々なことに挑戦してきた。

 剣の振り方、商人との話し方、見知らぬ誰かとの交渉の仕方。名のある探索者に出会えば、彼らの振る舞いや話し方もじっくりと見つめ、真似して、自分を有用な人間に見せてきた。


「こんな方法もあるんだな」

 自分の通ってきた道にはなかった、ダンティンのやり方に笑ってしまう。

「バルジ、どうします?」

 デルフィに偽名で呼ばれて、ベリオはまた笑った。

「まあ、たまにはこんなのもいいのかもしれないな」

 カヌートの言う通り、勢いだけは一流のダンティンから逃れる術はないように思える。

 

 単純な探索をしばらくしていない。

 どんな相手とならば話を有利に進められるか、どんな内容ならあとくされがないか、どんな探索ならちょうどよく稼げるか――。

 ジマシュに見つからないように、面倒な連中の事情に巻き込まれないように、「脱出」の魔術をいいように使われないように。

 ベリオとデルフィ、二人の事情、心情と自由のために、ああでもないこうでもないと、声をかけてくる誰かをずっと品定めし続けてきた。

 

 ニーロの影から出て、ジマシュの手を振りほどいて、二人でごく普通の探索者になろうと話したあの日見た光。

 未来を感じる美しい輝きだったのに、いつの間にかあれは駄目これはまずいと、すっかり神経質になってしまっていた。

 回収業者(モッジ)たちとはあれから会っていない。チマチマとしたけちな探索を重ねる、実りのない日々を過ごしていた。それがたまらなく不快で、日々が苛立ちで満ち満ちていて、愉快な金の使い方もできなくて、悶々としていた。


「じゃあ行こう!」

「朝っぱらから行くのか?」

「行ければなんでもいい!」

 本当に初めて出会うタイプの人間だと、ベリオはとうとう噴き出していた。つられたのか、デルフィも口を押えて笑っている。

 笑われようが気にしないのか、ダンティンは振り上げた拳を下ろさない。

 仕方なく装備を整え、宿屋の親父にしばらく留守にすると告げて、十日分ほどの宿代を支払って準備を進めていく。

 三人の用意したものを見せてもらい、足りないものはないか確認していく。保存食は多めに必要で、迷宮への道の途中の露店に寄って買わなくてはいけない。

「お前らは本当に一緒に行くんで構わないのか?」

 例えば四人でバラバラに逃げ出せば、少なくとも三人はダンティンの魔の手から逃れられるかもしれない。

 そうしても構わないとドーンとカヌートへ語りかけたが、二人は肩をすくめている。

「いや、無理だろう。こいつはたぶん探り当てるし、それに俺も最下層に興味はあるんだ」

 カヌートの言葉に、ドーンも頷いている。

 ベリオも理解ができると思っていた。


 最下層など夢のまた夢だと皆が言う。それは、未踏の迷宮についての話だ。

 いまだ踏破されていない「黒」や「黄」、「青」は相当な手練れを揃えなければ行けるものではない。

 既に誰かがたどり着いた三十六層には、さほどの旨味はない。

 栄誉栄光にはならず、それはただ、自身の探索技術を高める以上のものにはならない。

 

 いつか誰も知らない最下層へ向かいたい者ならば、そんな鍛錬も必要だろうが、自分は――。


 多くの探索者が、高みを見つめつつも、自身の限界を感じている。

 だから最下層へ行く経験など無駄で、もう少し安全で実入りのいい探索だけをしたい。そう考えてしまう。

 だが長く探索をしていたり、より強くなりたい者は、本当は願っている。

 どんな渦でも、最下層まで歩き続け、たどり着き、巨体を揺らして待ち構えているという魔竜に出会い、できれば倒してみたいものだと。

 今の迷宮都市では青臭いと笑われてしまうであろうこんな経験は、どうしても誰かが行きたいと願わなければ挑戦できないものだった。

 変な初心者に捕まってしまって、仕方なく。

 こんな言い訳もできるようになったのだから、あえて挑むのも悪くはない。

「魔竜はどんなに強いモンなんだろうな」

 久しぶりに持ち出した大きめの荷物袋に食料を詰め込みつつ、ベリオは呟く。

 瞼の上に、灰色の髪がひらりと揺れる。

 思わぬ下層で魔竜に出会った話。


 ――まだたったの十三歳の魔術師は、命を落とした仲間を地上へ連れ帰った。その時手に入れた竜のウロコは歪で小さくて、価値などないに等しいが、肌身離さず持ち歩いているんだとさ。


「炎を吐いて、太い尾を振り回すと言いますね」

「ああいう話が本当かどうか、自分の目で確認できるってワケだ」

 脱出が使えるだけではなく、最強の魔法生物との戦いや勝利だって売りになるだろう。

 三十六層もの迷宮の道のりを歩き通すことも、自信に繋がるはずだ。

「いいから早く。早く行こう」

 ダンティンは無鉄砲が服を着ただけのような男にしか見えないが、いかにも「有用」ではない人間が鍵になる場合もある。


 カッカー一行が「赤」で失敗した時の話は有名で、既に探索者として名高かった三人が命を落とし、まだ子供の魔術師と、船の神に愛された戦士が生き残ったという。


 ベリオは酒場で「岸壁(カッカー)の大失敗」の話を聞き、本人に確認したことがあった。

 ピエルナという女戦士について、本当に大した実力もなかったのかニーロに問うと、しばらくの間は無言だったが、返事はあった。

 実力だけでは駄目なのだと。

 無彩の魔術師自身は、神に愛されるだとか、幸運の星がついているだとか、そういった迷信の類について信じているとは思えない。

 それなのに、腕のいい仲間だけでは探索はうまくいかないと考えているようだった。


 たった一人でも平気で潜っていくのに。

 ポーチに何枚も「帰還の術符」を忍ばせて備えているのに。

 声をかければついて来る腕のいい仲間がいくらでもいるのに。


 ここぞという時には、誰と行くべきか悩んでいた。

 そんな探索に、ベリオを連れていくことはなかった。


 心の隅にある黒い感情を、とうとう払えるかもしれない。

 ベリオは袋の口をしっかりと閉じながら考える。

 鬱陶しいばかりのフィーディーとの探索も、心を変えるものになった。

 唐突にやってきただけのダンティンだが、あの時のように、なにかもたらしてくれるのかもしれない。

 彼と行く理由はない。だからこそ、今までになかったなにかを得るために行こう。

 一人でこう決意をして、ベリオはデルフィを見た。

「最下層、どんな場所なんでしょうね?」

 どう心に決着をつけているのかわからないが、人の好い神官も行く気になっているようだ。

「こんな出発をすることになるとはな」

「本当に」

 買い物と準備が済んで、一行は「橙」に向かって進んだ。

 速足で進むダンティンを、なぜか四人は一生懸命追いかけてしまう。

 野望ばかりの初心者に目をつけられただけで、お互いをまったく知らないのに、和やかな空気が流れている。

 まだ顔も覚えていないのに、全員が苦笑いしながら迷宮へ向かって進んでいく。


 「橙」の入り口は混んでいる。いつも大勢の初心者がやって来るので、穴の外には行列ができている。

 ダンティンの訪問は随分早い時間だったが、話したり準備をしたりで、結局一番混み合っている時間になってしまった。

 ベリオにとっては久しぶりの「橙」だった。

 朝から長くなった行列のそばで、探索に必携の道具を売りにやってきた商人が声をあげている。慌てて買い求める初心者たちが支払いを誰がするのか揉めたり、列からはみ出して後ろに回るように言われたりしていて、とにかく騒がしい。

 これから命を投げ出す探索をするというのに、誰も彼もどこか浮足立っていて、期待に満ちている。

 ベリオたちの一行だけが違う。川面を流れる葉っぱのような、頼りない、ふわふわとした者はいない。

「みんな遅い。なんでこんなに進まないんだ」

 いや、一人いた。次々と扉の中へ入っていかないことに文句を言い、周囲から睨まれ、デルフィに諫められている。

「前のパーティと間をあけないといけないんですよ」

「なんで」

「地図を見ながら進んで、罠があれば解除しなきゃいけないんですよ」

「なんでそれで間をあけるんだ」

「戦いになった時にぎゅうぎゅうに混んでいたら、剣は振れません」

 これまでにだって同じことを言われた経験があるのではないか、とベリオは思う。

 いちいち具体的に例を挙げるデルフィに、ようやく思い当たるふしがあったのかダンティンはとうとう黙る。

「ここに来て半年だって言わなかったか?」

「ああ、半年経つよ」

「何回くらい迷宮に入ったんだ?」

「うん、そうだなあ、二十回、三十回か、そのくらいは」

「『橙』ばかり?」

「いや、『緑』と『藍』と『赤』にも行った」

 夢でも見たんじゃないのか、とベリオは考える。

 誰かと迷宮に何十回も通ったのなら、この街の流儀について多少は覚えていていいだろうと。

「どうせ一層か二層をうろついたくらいなんだろう」

 ドーンがつぶやき、カヌートが笑う。

「あんたらは? 探索者になってどのくらいだ?」

 一つ前のグループの若者が、眉間に皺を寄せて振り返っている。

 確かに、迷宮に入る行列に並んでからするような会話ではないだろう。

「俺は一年くらいかな」

 カヌートは小銭を稼ぎながらスカウト技術を学び、ちょうどいい仲間を探している最中だと言う。

「半年くらいさ。スカウトを目指し始めたのは最近。戦いなら、少しはできる」

 ドーンは汚れた髪をかき上げながら、ぼそぼそと小さい声で話した。

「何歳なんだ、お前」

「十八」

 上から下まで徹底的に磨き上げたら、一体どんな姿になるのだろう。

 声もそう高くもなく、薄汚れたスカウト見習いは女だと周囲から気付かれていない。


 女の探索者がいれば、大抵の男たちは気が付く。顔を見て、体つきを見て、頭の中で勝手にどの程度の価値か考える。

 自分の女にしてやっていいか、二人で夜明かしをした時にどんな話をするか、一通りシミュレーションをする。

「なんで迷宮都市に来た?」

 ベリオの質問に、ドーンはふんと鼻を鳴らすだけで答えない。

 

 お互いを探るような会話を続けているうちに列は進んで、ベリオたちは「橙」の扉の前に立っていた。

 穴の底は狭いので、扉の前で待つのは二組と決まっている。誰が決めたのかはわからないが、そうするようになっていた。

 前のパーティが入ってから、しばらく待たねばならない。

 探索者たちがそわそわと待っている間に、出てくる者たちもいる。

 「橙」だというのに、大きなけがをして唸りながら出てくる若者も、ごく稀にいる。

 扉が開くなり出てきたパーティはどさどさと倒れ込み、ぎゃあぎゃあ騒ぎながら立ち上がろうとしていた。

「しっかりしろ、ネンカ」

「痛えよ、痛えよ、もうこんなところ嫌だ」

「神殿に行くぞ」

「もう駄目だ。俺は死ぬんだ!」

 鎧もつけていない貧乏臭い一行は、喚きちらすネンカをなんとか外へ押し上げようとしている。

 どこが痛むのか、まともに梯子を登れないようなけが人の登場に行列を作る素人たちはすっかり顔を蒼褪めさせている。だが、いつまでも梯子を占領されていては困るのか、何人かが協力して地上へ戻したようだ。 

「よくあんな怪我ができたな、『橙』で」

 カヌートは笑っているが、デルフィの顔は冴えない。

 今は、脱出使いのデントーであって、鍛冶の神官のデルフィではない。

 お人よしの割に抜け目のない相棒に、ベリオは満足して笑った。

「さ、そろそろいいだろう。入ろうぜ」

 瞳を輝かせたダンティンが扉に手をかけ、勢いよく開く。

 迷宮を知り、探索者になるため。最下層を目指して、ベリオたちは「橙」に足を踏み入れた。

 

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