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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
11_Pay Day〈思いがけない出来事〉

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46 制裁と解放


 次の日、四人の探索者たちは「緑」で探索をし始めたが、昼には切り上げることになってしまった。原因はティーオの睡眠不足で、「たかだか緑」だというのに、ミスを重ねてフェリクスに怪我を負わせるという結果に終わった。

 「紫」に比べればずっとましだが、「緑」にも毒を含んだ植物が生えている。

 集中力のない仲間は頼りにならず、たいした成果もないまま、四人は地上へと戻っていた。


 カミルとコルフに嫌味を言われて、ティーオはひとりとぼとぼと路地裏を歩いている。

 フェリクスは二人が神殿へ連れて行って治療をしてもらう。代金はあとからティーオが払わなければならない。


 探索に失敗はつきもの。今日のミスは些細なもので、反省すれば正しく経験に昇華されるものだ。


 自分を励ましながら歩いて、ティーオの顔は少しずつ上へ向いていく。

 家と家の隙間に細く流れる空色の川。ひとかけらも雲のない晴天に、笑みがこぼれた。

 些細なミスは、忘れればいい。

 忘れるためには楽しいことを。

 そう、昨日はお預けで会えなかった麗しの少女に、花でも届けにいこうじゃないか――。


 迷宮都市でも花は売られている。

 ラディケンヴィルスから少し離れたのどかな農村で、かわいらしい娘たちが摘んできた花だという。

 商いで成功している商売人たちが宴を催す時に頼む高級店もあるし、どこかの看板娘に求婚したい探索者のためのそこそこの店もある。

 もちろん、商人たち御用達の店の方が立派なものを扱っている。大きくて、美しくて、色とりどり、選び放題だ。当然値は張るのだが。

 店のある場所は北西か南か、分かれ道に差し掛かっている。


 フェリクスの深い悩みについて考えると、高い花を買うのはやはり贅沢すぎるように思えた。

 フェリクスと自分は違う。ティーオは思うが、やはりあれは小賢しい真似をして手に入れた大金だった。見合った稼ぎではなくて、だから、仲間の心に落ちた影の色濃さを自分でも感じている。

 ニーロも言っていたではないか。


 ―― 一万くらいが妥当ですよ。


 持ち歩くには、だけではない。まだ駆け出しの自分には明らかに多すぎる。あの少女が目覚めて以来、こそこそと無駄遣いを続けていた。余計なものを買い、労働をしてこなかった。仲間から再三注意されても耳を貸さず、どこ吹く風で夕食を買って帰っては奢ってごまかそうとしていたわけで。

 なので今日は身の丈にあった素朴な花束を買って、少しだけ様子を見たら帰ろう。ティーオはそう決めて、薄暗い路地裏の道を勢いよく駆け出した。

 



「のわあ!」


 そんな少年が転んだのは、物陰からそっと足を引っかけた者がいるからだ。

 キーレイの屋敷へ向かう近道の、細い路地裏でのことだった。


 じゃらんと硬貨が跳ねる音がして、背中にどっと汗が噴き出していく。

 急いで立ち上がろうとしたティーオだったが、飛び出してきた大きな影に手を思い切り踏みつけられてしまった。


「死にたくなきゃあ、金を置いていきな」


 ひやりとしたなにかが首筋に当たる。


 自分を踏みつけている足は恐ろしく大きかった。

 だが、背中の向こうから聞こえる声はひどく幼い。


 こんな単純な強盗はなかなかラディケンヴィルスには現れない。

 金を持っていそうな者は大抵が恐ろしく強いし、簡単に奪えそうな者は金を持っていない。

 なので襲うなら商人にしておくべきだが、彼らは必ず用心棒を連れているので、うまくいかせるには緻密な計画が必要だ。つまり、楽に金を奪う方法は迷宮都市にはほとんどない。


「わかったよ。出すから、足をどけてくれない?」


 素直な返事に、大きな足がそっと離れていく。

 今日の天気は快晴だが、昨日の夜は雨が降っていたようだ。路地裏の地面は冷え込んでいるし、服がじっとりと濡れてしまって不快感が酷い。花は潰れ、みすぼらしい格好になってしまって、このままでは愛しい少女に会いに行けないだろう。


 しかし、死んでしまっては元も子もない。

 ティーオは傷む右手を懐に差し入れ、少女の為に用意した袋を出して放り投げる。


「あんたたちラッキーだったな。俺みたいな初心者がちゃんと金を持ってることなんか滅多にないんだぞ」


 大男が袋を拾って、背後からした声の主が隣に並ぶ。

 膝をついたままティーオがそっと様子を伺うと、大男の顔は濃い影が落ちてまったく見えなかったが、もう一人の姿はよく見えた。

 声の印象の通りの若々しい少年。十歳くらいに見える。肌の白い、整った顔立ちの少年だった。


「なんだ、これっぽっちかよ」


 美しい顔を歪めて少年は吐き捨てるように言う。


「お前、この先にあるでかい屋敷に出入りしているだろう」


 でかい屋敷の心当たりに、ティーオの心は激しく痛んだ。

 最近出入りしているお屋敷といえば、普段暮らしているカッカー邸か、よくお邪魔しているキーレイの家か。


 この二人組は何者で、いつから見張られているのか。

 わからないがとにかく、ティーオを「お屋敷の関係者」として狙っているのは間違いないだろう。どちらにも迷惑をかけるわけにはいかず、ごまかす方法もわからず、ひたすら貝のようにじっと口を閉ざし続けていると、少年はニヤリと笑った。


「まあいい。行くぞ」

「どこへ」

「貧乏くさい連中がぞろぞろ出て行ったあとだろう? あんな大きな屋敷なのに、しけた顔のヤツばかりだ。ああでも、一人とびきりいい女がいるよな」


 とびきりいい女。つまり、行先はカッカーの屋敷だ。

 

 勝手に予定を決められて、ティーオは小さく唸る。


 そういえばアデルミラも小柄だった。年齢に対して見た目がひどく幼かった。彼女のようにこの少年も、体の成長が追い付いていないだけで中身は本当は大人なのかもしれない。


「行ったってなにもないけど」

「そうか? そんなの、行ってみなけりゃわからないだろう?」

「本当だよ」

「ティーオっていうんだろう、お前。田舎くさくてそのシケたツラにはぴったりの名前だな」


 なにをどこまで把握されているのか。現実逃避しかけるティーオの首を大男が掴む。

 謎の二人組が向かう先がキーレイの家でなかったことは良かったが、カッカーの屋敷なら良いというものでもない。だが、誰か頼れる人間がいてくれれば状況は打開できるのではないか――。


 ティーオの願いは叶わなかった。屋敷の中に人の気配はあったが、どうやら裏庭にみな集合しているようで、入り口から廊下までは誰の姿もない。なので、背中から小突かれるままに部屋へたどり着いてしまう。


 ここまで好き放題してきた二人組は、ティーオの部屋でももちろん、やりたい限りを尽くした。彼らの捜索はとにかく的確で、隠していた金はすべて、フェリクスの荷物も漁られて件の三千シュレールまで見つけ出されてしまった。いつか深い層へ行く時のために買っておいた真新しい大きめの荷物袋があったのだが、強盗たちはこれ幸いと奪ったすべてをその中に投げ入れている。


「こいつは随分よさそうなモンだな」


 大男に取り押さえられているティーオの目に、ご機嫌な少年の笑顔が映っていた。

 ニーロから譲られた剣をくるくると回し、満面の笑みだ。

 迷宮内で敵を寄せ付けなくなる棒に関しては、正体がわからなかったのだろう、汚れた服とともに床に打ち捨てられている。

 

「なあ、そっちのやつは俺のじゃないんだ。俺のは持って行っていいけど」


 大きな手で頬を打たれて、ティーオのお願いは最後まで声にならなかった。

 

「良かった、ティーオがいいヤツで。金に困っている俺たちに親切にしてくれて感謝しているよ」


 痛む頬を抑え床で悶えながらも、去ろうとする二人組に向けて、ティーオは叫んだ。


「その剣、売ればいい値になると思ってんだろ。なるよ。絶対なるさ! だけどすぐ足が付くからな。それは魔術師ニーロが『白』の深いところで見つけたものなんだから。そんなのをお前みたいなガキが持ち込んだら、すぐに」

「なんだと?」


 鋭い。

 大きな目に、柔らかそうな栗色の髪。きっと寝顔はあどけなく、愛らしいと思わされるに違いないのに。

 たったひと睨みでティーオはもう動けない。




 

「フェリクス、ごめん……」


 用を済ませて夕方近くに戻ってきたフェリクスが見たのは、荒れた部屋と、真っ青な顔で膝を抱えるティーオの姿。

 

「なにがあった?」

「変な奴らにからまれたんだ」


 少年と大男について話すと、フェリクスはひどく驚き、戸惑いつつもティーオを慰めてくれた。荒らされた自分のスペースの確認もしてから、仕方がないことだと小さく呟いて仲間の肩を叩いた。


「そんな強盗みたいな真似をする連中がいるんだな」


 地下の迷宮の中は物騒だが、地上ではけんかもないし泥棒もほとんどいない。ラディケンヴィルスは治安のいい街だと言えた。なのでこの街で普段暮らしている商人たちは、街道や王都についてから強盗にあって驚くようになるのだという。


「ケガは?」

「一発殴られたけど、たいしたことはない」

「そうか。ほかの部屋までは荒らさなかったんだろう? だったら良かった。まだ良かったさ」


 落ち込んで動けないティーオにかわって、フェリクスはヴァージのところへ赴き、今日起きた珍事について報告までしてくれたらしい。

 カミルとコルフはあとからやってきて、貧乏な初心者を狙うなんてマヌケな強盗だと笑い飛ばしている。

 フェリクスの表情は硬く、それについてひどく心が痛んで、ティーオは夜遅くになってから樹木の神殿を訪れていた。


「どうした、ティーオ」


 昨日も今日も来なかったらしいな、とキーレイは微笑んでいる。

 

「とんでもない連中(ごうとう)にあっちゃって」


 最近世話になっている神官にも今日あった事件について告げ、ティーオは頭を下げる。


「もしかしたらキーレイさんの家に出入りしているのも見られているかも」

「なるほど。でもあそこはちゃんと警備の者がいるし、心配ない。その子供、どこからやってきたのかわからないが、随分と安易に考えているんだろうな」


 迷惑をかけるかもしれないと思って話したのに、神官は涼しい顔をしている。

 初心者の二人があわせて一万三千もの現金と貴重な剣を奪われているなんて思いもしないのだろう。わかってはいたのだが、周囲の認識と現実にはあまりにも差があった。しかし、言い出せるわけもなく、ティーオはただただ黙って俯いているしかない。


「花なんかなくていいんだ。たまに顔をのぞかせるだけでいい。ずいぶん元気になってきたようだし、そのうち話せるようになるだろう」


 フェリクスのような真摯な告白は結局できず、悶々とした気持ちのままティーオは部屋に戻った。

 同室の仲間は一言も自分を責めず、それがつらくてたまらない。

 二人そろって一文無しになったわけで、明日は早速小銭を稼ぎにでかけなければならないだろう。

 

 せっかくアデルミラの兄を見つけたのに。

 フェリクスはまだ手紙を送っていないらしい。

 ウィルフレドは「黄」の迷宮でどうしているのだろう。

 最も難しい、二つの迷宮。黄金(かがやき)に満ちた「黄」と、暗黒(くらやみ)に包まれる「青」。

 いくらニーロたちといえど、無事に帰るかどうかわからない。

 ウィルフレドが帰ってこなければ、アダルツォはあと何年もあの場所でこき使われるだろう。

 娼館の裏には身に余る借金を負った者たちがたくさん囚われていた。

 鎖につながれていないだけで、自由のない場所なのだろう。

 美しい女たちがいるのではと思ったのに、いなかった。

 女性はいたが、枯れ木のような手足に、白髪だらけの髪をぼさぼさにした者ばかり。食事や洗濯などの下働きを強いられているのだろう。この世の幸福などかけらもない、暗い場所だった。



 青黒い霧に包まれて逃げまどい、最後には深い深い穴に落ちていく。

 叫びながら飛び起きてようやく、夢だったと気が付いた。


「大丈夫か、ティーオ」


 窓からは細い光が入り込んでいる。

 朝は来ているがまだ早いようだ。薄暗い部屋の中には、心配そうにこちらを見るフェリクスの姿があった。


「ごめん、いやな夢を見ていたみたいで」

「仕方ないさ。もう朝だし、起きようか」


 昨日の非行少年は一シュレールも残さずに奪い尽くしていったので、これからの予定を立てなければならない。

 実はあと二万引き出せるなんて話をできる状況でもないので、ティーオも一文無しとしてふるまわなければならなかった。

 

 朝食を用意して、残りの仲間二人にも声をかけ、一緒に食卓で話を進めていく。

 ティーオが不幸にあっている間にカミルとコルフは神殿まわりをしていたらしく、ともに探索へ行ってくれる神官にあたりをつけたと話した。

 傷を癒してくれる神官がいれば、より深い層への探索が可能になる。

 ラディケンヴィルスには神殿勤めではない神官がそれなりの数存在する。彼らは自分の心身を鍛えるために、気の合いそうな、もしくは将来性のありそうな探索者に力を貸してくれるのだ。


「今日約束しているから、一緒に行こう。きっといい返事をくれると思うんだ。軽く『橙』に潜ってみたら実力もわかりやすいだろうし」


 とんだへまをし続けているティーオに選択の自由など残されていない。

 フェリクスが行くと言っているのだから、わかったと頷くしかなかった。

 それなのに――。



「ティーオはいる?」


 食堂の入り口で声をあげたのは「とびきりいい女」で、同じような背格好の若者たちの海に目を走らせている。


「あ、はい。ここに」


 カミルがかわりに素早く返事をすると、そこまでの道筋がさっと開いた。

 屋敷の主人の妻が歩くさまを若者たちはうっとりと眺めているが、ティーオは不安でたまらない。


「なんでしょうか」

「ニーロがあなたを探しているんですって。今すぐ行ける?」

「どこへ……」


 行く先は「ゼステリー商店」という名の道具屋で、ティーオには聞き覚えがない。

 しかもニーロに探される理由も見当がつかなかった。


「どうしてかなんて聞いてないわよ。とにかく来てもらう必要があるって」


 超有名探索者からの指名とあっては、無視できない。

 カミルとコルフも何故なのかわからないが、行ってみてはどうかという結論を出した。


「神殿には三人で行くから。仕方がないし行っておいでよ」


 そこで、はっと、気が付いていた。

 もしかしたら、昨日盗まれた物が売りに出されたのではないか。


「昨日の強盗絡みかもしれない」

「なんで? ニーロさん関係あるか?」

「いやだって、短剣が……」


 うっかり口を滑らせて、ティーオは焦る。

 だがフェリクスは違う話として受け取ったようだ。


「そうか、あの赤い短剣か」


 ティーオは気が付いていなかったが、アデルミラから預かった「ピエルナの剣」も部屋から持ち去られていた。

 わざわざ確認しにきた短剣がなくなったのなら、ニーロにも無関係ではないと考えたのだろう。


「カミル、コルフ、悪いけど俺もティーオと一緒に行くよ」

「ああ、そうか。あれか。なら仕方ない。神官殿にはよく伝えておく」


 勝手に話は進んで、ティーオは仕方なく、フェリクスとともに「ゼステリー商店」へ向かっていた。


「昨日ウィルフレドに会いに行った時にはまだ留守だったんだ。いつ帰ってきたのかな、『黄』から」


 フェリクスは他愛のない話を振ってくれているが、ティーオはまともに答えることができずにいた。

 この後なにが起きるのか、想像がつかない。

 あの白い短剣絡みの可能性が濃厚だが、フェリクスはあれについて知らない。

 ひょっとしたら全然別の用件なのかもしれず、そう考えると、フェリクスにはなにも話せない。


 

 話してしまった方がいいのか悩んでいるうちに、あっという間にゼステリー商店にたどり着いてしまった。

 貸家街の近くにある古めかしい店構えの商店の前には人だかりがあって、大きく悲痛な泣き声が響き渡っており、異様な空気に包まれている。


「ウィルフレド」


 大勢がいる中でも、髭の仲間の姿は目立っていた。背が高いだけではなく、堂々とした立ち姿が立派すぎるからなのだろう。

 野次馬に囲まれた中でも同部屋の仲間だった若人をすぐに見つけて、「こっちだ」と手招きしてくれている。


 ゼステリー商店はもう三十年も続いている道具屋で、今の店主は三代目だという。

 扱う武具や道具は中級者以上に向けられたものばかりで、ベテランたちが信頼して使っているという老舗だった。


 店先に集まった野次馬たちは用心棒たちが作った壁に遮られており、それを潜り抜けてティーオたちは店内に入った。

 そこには大きな男が一人倒れており、細身の少年がその隣で押さえつけられたまま泣いている。

 カウンターの向こうには困った顔の店主、アーライ・ゼステリーが腕組みをしていて、その手前に無彩の魔術師がいつも通り静かに佇んでいた。


「ニーロ殿、ティーオたちが来ました」


 ウィルフレドが声をかけると、強盗の片割れである少年は顔をあげて、ティーオに向けて叫んだ。


「このガキが、てめえのせいで!」


 その口はあっさり、屈強な用心棒にふさがれてしまう。少年はしばらくじたばたと暴れていたが、業を煮やしたのか、禿げ頭の用心棒に殴られて気を失ってしまったようだ。


「あの……」


 少年は気を失っただけのようだが、床に倒れている大男は違う。

 だらんと広がった手のひらは真っ青で、生きている気配がない。


「確認をお願いします。これは僕があなたに譲った剣で間違いありませんね」


 カウンターの上に乗せられているのは魔法の力がこめられた白い短剣で、ティーオは答える前に、隣にいるフェリクスの顔色を窺っている。

 ルームメイトはなにも言わず、見覚えのない剣に困惑しているようだ。

 短剣の隣には、ティーオがまだ使ったことのない大袋も置かれている。横向きに置かれた袋の口から現金が零れ落ちていて、どう見ても「たくさん詰まっている」ようにしか見えない。


 観念して、ティーオは答えた。


「そうです」

「彼らに見覚えは」

「昨日部屋に来て、いろいろ盗んでいった奴らです……」


 ニーロの視線はいつも通りなのだが、フェリクスとウィルフレドはどう思っているのか、はらはらしている。

 

「では間違いありませんね。彼らはこの店に盗品を持ち込んだ。この袋の中身もあなたがたから盗んだものですか」


 無彩の魔術師に嘘をついて、通用するのかどうか。

 一瞬そんな考えが浮かんだが、すぐに答えは出た。通用するはずがない。


「はい」


 フェリクスの口から、鋭く息が吐き出されたようにティーオは感じた。


「中身を確認してください。あなたがたのものではないとはっきりしているものがあるのなら、出してください」


 他所でも盗みをしているかもしれないから、とニーロは言う。

 フェリクスはこの言葉に、ほっとしたような表情を浮かべた。

 白い短剣について疑問はあっても、膨らみすぎた袋の謎が解けた気分だったのだろう。


 ゼステリー商店の奥の部屋を借りて中身の確認をすることになり、ティーオたちは店の中へ進んだ。

 ニーロも立ち合い、ウィルフレドも自然とついてくる。


「あの、あの二人はどうなるんでしょう」


 荷物を抱えて運びながらティーオが問いかけると、ニーロは灰色の髪をふわりとゆらして、首を傾げた。


「ラディケンヴィルスには罪人を収容する場所はありません。あの大男は死んでしまいましたから埋葬されるでしょう。子供に関しては、店主がどうにかします」

「死んだの?」

「ええ。取り押さえたら急に苦しみだして、ぱったりと死んでしまったという話ですよ」


 まるで毒に侵された者のようだと話したのは、ウィルフレドだった。大男の肌の色は全身真っ青で、突然命を落としたことも含めて不自然すぎるのだと。


「あの子は」

「この街で盗みをしてはならぬのだと教え込むだけです」


 

 まだ幼いと言っていい年ごろのようだった。

 口の利き方は一人前以上ではあったが、あんな子供がこのあとどんな目にあうのか、ティーオは被害にあったくせに、ひどく恐ろしい気分になっている。


「ティーオ、とにかく中身の確認をしよう」


 フェリクスの顔色もあまりよくはなかった。

 袋をテーブルの上に置き、ウィルフレドに「それぞれなにを盗られたのか」問われて、先に口を開いたのはフェリクスの方だった。


「赤い短剣と、三千シュレールを」


 ウィルフレドの眉間に、小さな皺が寄る。そんなにも現金を持っているとは思わなかったのだろう。


「いつの間にそんなに稼いだんだ?」

「少し問題のある探索に巻き込まれてしまって。その時に」


 若者の表情が曇ったからか、ウィルフレドはなんの追及もしない。


「ティーオは?」


 もう隠し通せない。フェリクスが正直に話したのだから、自分も同じように言わなければならない。


「さっきの白い短剣と、九千九百シュレールだよ」




 しばらくの間、店の奥には沈黙が流れるだけだった。

 袋の中身を出して数えるようにニーロが言って、硬貨を重ねる音だけが響いていた。

 だがやはり、さすがに一万もの大金とただならぬ様子の短剣をティーオごときが持っているのは不自然すぎる出来事だった。


「どうしたんだ、こんな大金を」


 フェリクスの表情は複雑極まりないもので、驚きも困惑も、呆れも含まれているように見えた。

 二人の背後に立って様子を見守るウィルフレドからも、妙な圧を感じている。

 かわりないのはすべてを知っている魔術師のニーロで、ティーオから返事が出ないことを勝手に解釈したのか、あっさりと事情を話した。


「術符の代金として僕が渡したんです」


 なるほど、それならばこの金額も妥当だ。

 そんな納得もあったが、「いつ手に入れたものなのか」が新しい問題として浮かぶ。


「大丈夫です。あなた方とした探索で手に入れたものではありませんよ」


 まったく、この魔術師はいつの間に、どこからティーオのあの日の一部始終を見ていたのだろう。


「ニーロ殿と探索に行かれたのですか?」

「違います」


 誰といつ行った探索でなのかは語られず、かわりに現金は持ち歩くのが大変だから一万だけにした、という話だけが為された。

 フェリクスもウィルフレドも複雑な気分だったものの、仲間をだましているわけではないという意図は伝わったので、それ以上はなにも質問できなかったようだ。


 やがて現金がいくらあるのか数え終わって、どうやら少し使われたようではあったものの、二人が盗まれたものはほとんど無事なことがわかった。

 袋の中には赤い短剣もしまわれており、フェリクスはようやく安堵の表情を浮かべている。

 すべて、二人に返され、これで用事は終わった。


 あとは解散するだけという気配になったが、フェリクスは無彩の魔術師にこんな質問をぶつけている。


「どうしてニーロはこの店にいて、ティーオを呼び出すことになったんだ?」

「この店は僕も時々使うからです。あの二人組は短剣を持ち込んで、僕の名前を出しました。この街の道具屋は甘くありません。彼らは探索者でもない様子なので、おかしいと判断したんです」


 「黄」から帰ってきたばかりのところに使者がやってきて、朝早くから店に寄ることになったらしい。

 確かに、ウィルフレドの姿はいつも通り立派ではあるが、よく見ると髭が少し伸びていて、目の下に隈もできている。


「その剣は僕が譲ったものですから、盗まれたのだろうと話し、確認のために来てもらいました」


 説明は簡潔で、これで終わりだった。

 もう帰りますと魔術師は背を向けて、その後に戦士の男が続く。


「あ、ウィルフレド」

「なにかな」


 ウィルフレドは振り返ったが、ニーロはすたすたと去っていく。

 どちらもお互いの行動を気にしないのだろう。フェリクスは躊躇ったような顔を一瞬見せたが、続けてウィルフレドにこう話した。


「教えてもらった店に行ってみたんだ。やはりアデルミラの兄で間違いなかったよ」

「そうか。とりあえずは無事でよかった」

「ああ。それでなんだけど……」


 一度はなくなってしまった大金が戻って来た。

 だから、当初考えていた通り、アデルミラのために使おうとフェリクスは考えたのだろう。

 真摯な態度に、ティーオはたまらなく恥ずかしい気分になっていた。

 ラディケンヴィルスで暮らすために、金は必要なものだ。

 あればあるほどいい。借金しなくて済むし、いい装備品も買える。食事にも衣服にも困らなくて済む。

 万が一誰かが命を落とした時に、生き返らせることだってできる。


 しかし、やはり十万は多い。


「アダルツォには借金があってあそこから出られないらしいんだ。三万五千。俺が三万、フェリクスが三千出すから」


 だから残りの分を協力して欲しい。

 ティーオの言葉に、二人は目を見開いている。


「三万?」

「前にちょっと変なやつらと探索に行ったって話しただろ。その時に術符を見つけたんだ。あの時一緒に行った奴らの行動がすごく理不尽で、それで、独り占めしちゃったんだ。ニーロさんなら術符を集めているから買い取ってもらえるって思って行ったら、白い短剣ともうひとつの道具と、現金で一万もらった。これで八万シュレール分で、あと二万まだ受け取ってないんだ。あの、本当に、黙っててごめん」


 フェリクスの表情は険しい。

 ウィルフレドはおかしかったのか、笑っている。


「こんなことしていいのかって思ってたし、金をたくさん持っているのって怖かった。だからその、アダルツォを助けるために使うのが一番ちょうどいい使い道かなって」


 ようやくすべてを告白したティーオに、フェリクスは問う。


「もうひとつの道具って?」

「ニーロさんが作ったっていう炭みたいな棒でさ。それで線を書くと、魔法生物が入ってこれなくなるらしいんだ」

「あの線が引けるのか。どうして早く教えてくれなかった?」


 ここでようやくフェリクスが笑顔を見せて、ティーオは心からほっとして鼻をすすった。


「わかった。ではニーロ殿からその二万を受け取って、残りは私が出そう。今日はすまないが一休みさせてほしい。明日一緒に、ジュジュードの店へ行く」

「一緒に行ってくれるの、ウィルフレド」

「ああいう店は、金を払ったからといってすんなり解放してくれるとは限らないものだ。私なら年を取っている分、多少は交渉もできる」


 どれだけ手練れの戦士であっても、「黄」の迷宮は消耗の激しい場所だったようだ。

 ウィルフレドは帰っていき、次の日金貨ばかりを詰めた袋を持ってカッカーの屋敷へとやって来た。





 なんだかんだと三万八千シュレール払うことになったが、アダルツォ・ルーレイの長く厳しい下働き生活は、この日で終わった。


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