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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
11_Pay Day〈思いがけない出来事〉

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45 発見と現実

 次の日の朝、屋敷の扉はいつも通り少しだけ開いた。だが、これまでと違って人数が増えているのに気が付くと、マリートは小さな隙間を半分ほどにそっと縮めた。


「なんだ、ぞろぞろと」

「今度は調理も教えていただけないかと思って」

「全員がか?」


 余計な言葉もない会話に、そういえば、と四人はそれぞれに慌てた。


「えっと」


 ティーオが余計なことを言い出すのではないかと考えて、カミルとコルフが前へ出る。


「はい、全員です。剥ぎ取りも調理も、長く潜るのに必要な技術なんで。みんなちょっとくらいできた方がいいと思うんです」


 隙間の奥の瞳がきょろきょろと泳いだ。

 つい勢いづいてやってきてしまったが、これは失敗だったのかもしれない。フェリクスはそう考え、ほかの三人も同じ気配に気づき始めている。

 はじめましての三人衆がいてもいいのかどうか?

 残念ながらこの日、その結論は示されなかった。


「おや、みんな揃ってどうしたんだ?」


 フェリクスたちの背後からしたのはウィルフレドの声で、四人は振り向いて思わずため息をついた。かつての初心者仲間が、今では立派な鎧に身を包んでおり、いつか見た装備品のアンバランスさはすっかり解消されている。靴も剣も、腰に提げているポーチですらも、新しく質のいいものだと一目でわかった。相変わらず髭は美しく整えられているし、うしろに流された髪もちょうどいい長さに切られている。街を歩く誰もが、高名な探索者なんだろうと思ういで立ちだった。

 さらにその隣には、無彩の魔術師もいる。

 ひっそりとたたずんでいるだけなのに、瞳の鋭さ、隙のなさときたらどうだろう。


 この二人がやって来たのなら、初心者(フェリクス)たちの出る幕ではない。


「マリートさんに剥ぎ取りを教えてもらおうと思って来たんだ」

「そうだったのか。それは……すまない」


 すまないと言いつつ、手練れの剣士を譲るつもりはないのだろう。

 どう考えても、ニーロたちと行くのが自然であり、四人は扉の前からそっとさがった。


「いいのですか? 僕たちもマリートさんを誘いに来たのですが、あなたたちが先に声をかけたのでしょう」


 扉の隙間はさきほどよりも少しだけ開いたようだ。

 戸惑う四人はなんと声をかけたらいいのかわからないままで、結局は魔術師の青年が言葉を続けた。


「僕たちは『黄』に行きたいのですが、マリートさんはどうしますか」


 ちいさなボソボソとした返答は、四人の耳には届かない。

 だからもしかしたら、ニーロは嘘を言ったのかもしれなかった。


「マリートさんは僕たちと行くそうです。あなた方はまた別な日に訓練を頼んでください」




 嘘であっても反論はないし、そもそもマリートが自分たちを選ぶはずもなし。

 四人はそれぞれに小さく頷いてこの場を去ろうとした。

 当てが外れたのだから、今日することを決めなければいけない。

 振り返り歩き出そうとすると、フェリクスの肩を大きな手が掴んだ。


「フェリクス、頼みがある」

「頼み?」


 ウィルフレドの言葉に四人はそろって立ち止まった。

 ニーロは外へ出てきたマリートと話しており、初心者たちの会話に興味がないらしい。


「アデルミラの兄と思われる男がいる。確認してきてもらいたい」

「え、いつの間に! どうやって見つけたの?」

 ティーオは驚き、カミルとコルフも笑顔を浮かべた。だが、髭の男の表情はなぜか冴えない。

「まさか……」


 最悪の報告をしなければならないかと覚悟したが、フェリクスの心配は杞憂に終わった。

 

「いや、大丈夫、生きている」


 ウィルフレドの示した場所は、町の北西にある「ジュジュードの店」。

 少し前に事件が起きて、装いも新たになった娼館だった。




 四人はとりあえず来た道を戻って、屋敷の食堂の隅で小さく固まっていた。

 しばらくの沈黙が続いたあと、最初に口を開いたのはティーオだった。


「いったことある?」


 主語はなくとも、意味は通じる。

 フェリクスは首を振り、カミルとコルフもどこか慌てたような様子で否定をした。


「前を通ったくらいはあるけど」

「そうだな。前は通った。あの辺りは食堂がいっぱいあるし」


 町の北西は安い食堂と安らぎの娼館が多く並ぶ、ラディケンヴィルスで最も賑わう一角だ。

 とはいえ、初心者たちはあまり奥には足を踏み入れない。

 女を買うには金がかかるので、よほど実入りのいい探索が続かなければ、駆け出しの少年たちが気軽に出入りできる場所ではないのだ。


 術符の代金で一度行ってみようか迷った経験はあるティーオだったが、実行には移していなかった。派手な行動は慎むべきだったし、麗しの少女が目を覚まして、そう簡単に商売女のもとへ通うわけにはいかなくなってしまったから。


 ウィルフレドの頼みは、探しているその人なのかどうかの確認をしてほしい、とのことだった。

 それらしき男の存在を突き止めたものの、娼館街を何度か歩いて捜索をしているうちに、なんらかの視察ではないか、どこかの大商人が新しい店を開くために準備をしているのではないかと怪しまれるようになってしまったのだと言う。


「店に引きずり込まれたらいくら払わなきゃいけないのかな」


 ティーオはこんな風に話したが、どこか浮かれた気配もある。

 街中にはほとんどいない美しい女たちが、その一帯にぎゅうぎゅうに詰まっているのだから、こんな反応も仕方がないだろう。


「金がないって言えばすぐに追い出されるさ」

「ああいう店が開くのは夕方くらいだろ。昼間に行けばいいんじゃないかな?」

「昼はやってないの? 娼館って」


 朝から開けている店もあるが、四人は知らない。

 勝手のわからないあこがれの場所へ、不安と高揚が渦巻いて止まらない。が、最年長の青年がこの空気を断ち切ってくれた。


「店の名前はわかっているんだから、行ってみたらいいんだ。今日の予定もなくなったし、アデルミラのために行こう」


 フェリクスが話すと、三人の顔がいっせいに縦に揺れた。

 そうだ、あの愛らしい神官に、喜ばしい知らせを送るために、ここは意を決して行かねばならない。


「ジュジュードの店だっけ」

「そうだ、そこの下働きと娼婦が『青』に入って死んだって話を聞いたよな、カミル」

「聞いた覚えがあると思ったらその話か! いや、悲しいよな、愛し合う二人がやっと逃げ出せたかと思ったら追われて仕方なくだろう? 怖いよな、『青』は。水が溢れてきて溺れるなんて、とんでもない迷宮だよ」


 いまだに一層目の地図すらまともに作られていないらしく、「青」について知る者はこの世界には誰もいない。入り口のあたりでたまに魚が採れるとかで、海や川の近くで育った者が時々潜ってはいるらしいが、それ以上の、ましてや探索など、できる場所ではないんだとか。


 朝一番に北西へ向かうのか。そんな迷いもあったものの、四人は結局、今日の予定もなくなったことだしと、多少の好奇心とともに歩き出した。迷宮へ向かう団体を追い越したり、追い抜かれたりしながら歩いて、弁当がわりの保存食を売る露店の前、かまどの神殿を通りすぎる。

 そこから北へ向かうと、人通りは一気に途切れた。

 このあたりにある食堂が開くのは西の門に馬車が着き始める昼間からで、客の姿は見えない。

 食料を運ぶ商人たちと時折すれ違ってさらに北へ歩くと、景色は一瞬でがらりと変わった。

 似たような雰囲気の安い食堂がなくなって、妖しげな気配が満ちてくる。

 真っ赤な布が掛けられた入り口、けばけばしい色で塗られた看板と、若者たちが嗅いだことのない匂いが次々に漂ってきた。

 どこの店も入り口は大きいが、奥は見えない。中に入れば飲み込まれてしまいそうで、四人はおそるおそる目を走らせて、目的の店を探して歩いた。


「あ、あれじゃないか?」


 ジュジュードの店の看板を見つけたのはカミルで、道路の右側、建物の二階部分に大きな真新しい黄色い板が掲げられている。

 近寄ってみると、入り口にはやはり布が掛けられていて、中の様子はわからない。窓はいくつかあるものの、すべてが閉まっているし、こちらにも布で目隠しがされていた。


「ウィルフレドはどうやって見つけたのかな」


 この先にどんなアクションを起こしたらいいかわからず、立ち止まっているうちにコルフがこんなことを言い出して、四人の若者はそれぞれに考えを巡らせていく。


「最近金回りがよさそうだもんな」

 カミルの返事に、ティーオがにやりと笑う。

「毎回店を変えて廻っていて、それで見つけたのかもしれない」

「そんなにヒマじゃないだろう。探索にもしょっちゅう出かけているのに」

 フェリクスが呆れた声をあげると、突然目の前の布が勢いよくめくれた。


「なんだ、坊主たち。朝から元気だな」

 ぬうっと顔を出したのは髪の短い大きな男で、クジャラという名の店の用心棒だった。

「ちゃんと小遣いをもってきたのに、すまねえな、うちの店は夕方からなんだ」


 もう少し奥に進めば、朝からやっている店がある。クジャラは四人の姿をじろじろと眺めてから、何軒かの店の名前を挙げた。


「いや、違うんだ。人を探していて」

「誰だい。故郷の幼馴染の娘なら、もうすっかり別人になってお前さんたちのことなんか忘れているぜ」


 小ばかにしたような態度のクジャラに腹は立つが、顔には出せない。大きな剣を腰から下げているし、四人の誰よりも体格がいい。体だけならウィルフレドよりも大きく、もめごとなど起こさない方がいいに決まっている。

 どう切り出すべきかフェリクスは悩んだものの、結局正直に探し人の名前を用心棒に告げた。


「アダルツォ・ルーレイという名前の男を探しているんだ」

「ああ?」


 クジャラの眉間に深く皺が寄る。

 改めてフェリクスたちの全身をなめるように見て、ティーオもカミルもコルフも、そっとフェリクスの後ろへ隠れようと動いた。


「お前ら、誰の命令で来たんだよ」

「そんな、裏のあるような話じゃないんだ。彼の家族が探していて、どうも似た人物がいるらしいと聞いて尋ねてきただけで」

「本当かねえ」


 再び、クジャラは四人をじろじろと見つめた。

 上から見下ろし、右から、左から、着ている服の一枚一枚を確認して、最後に鼻でふんと笑った。


「最近妙なヒゲがうろついている。あいつの手先なんじゃないのか?」


 それはきっと、あの男のことなのだろう。フェリクスは正直に、こう答える。


「俺たちは誰の手先でもない。ただ、アダルツォが無事かどうか確認できればそれでいいんだ。母親がひどく悲しんでいて、病気になってしまって」


 アデルミラの微笑んだ柔らかい表情(かお)を思い起こしながらフェリクスが話すと、クジャラは踵を返して店の中へ戻っていってしまった。


「ごめん、フェリクス、おっかなくって」

 小声で謝るティーオに、フェリクスは首を振る。

「むしろ良かったかもしれない。ウィルフレドの仲間には見えなかっただろうから」


 小者らしさが功を奏したのか、クジャラが再び布の向こうから現れて、四人を店の裏側へと案内してくれた。通りをぐるりとまわると鍵のかかった扉があって、何軒もの店が共有で使う広場へ繋がっていた。煮炊きをしたり、洗濯をしたり。痩せてくたびれた男女が働く姿があちこちに見える。


「こっちだ」


 クジャラに連れられた先にはテーブルと椅子がいくつも並べられていて、若い男ばかりが十人ほど、食事をとっていた。


「アダルツォ!」

「えっ、なんだ?」


 大きな声で呼ばれて、慌てて一人が立ち上がる。

 四人はひと目で確信していた。


 小柄なティーオと同じくらいの背の高さで、髪も目の色もアデルミラと同じ。

 顔立ちをより幼く見せているのは大きなくりくりとした瞳で、これも妹とひどくよく似ていた。


「俺がなにか?」

「お前を探してるんだとよ」


 アダルツォが四人の前に進んできて、クジャラから短い制限時間が告げられる。


「あなたがアダルツォ・ルーレイ?」

「俺はアダルツォだけど」

「アデルミラという名の妹がいる?」


 大きな目はますますまあるく開いて、ぱたぱたと瞬いた。


「アデルミラの……なんだ、まさか、もうあれなのか。ちびにとうとう縁談が?」


 あわあわと話すアダルツォの向こうで、クジャラが急かすように目を細めている。


「俺はフェリクスといって、偶然アデルミラと出会った。彼女はあなたを探しにこの街に来たんだ」

「なんだって? ラディケンヴィルス(ここ)にいるのか?」

「大丈夫、いろいろあって、もう故郷の街に帰ったから。だけどあなたのことが心残りだっただろうから、他の仲間と協力して探していたんだ」

「そうなのか……。俺たち兄妹のために、本当にありがとう」


 アダルツォは指を動かして祈りの形を作ると、雲の神へ感謝の言葉を紡いだ。


「せめて手紙でも出してくれたら」

「おい、なんの相談をする気だ? こいつは今一生懸命働いて借りた金を返しているところなんだ。誰かが全額いっぺんに支払う相談ならいいが、それ以外の手紙なんざ送ることはできねえぞ」


 フェリクスの台詞はクジャラに遮られ、もう面会の時間は終わりだ、と告げられる。


「わかった、わかった。俺たちが送る。無事でいるって」

「それでいいさ。だがとにかく、こんな風に話をさせてやるのは特別なんだ。お前らが真正面からあまりにも堂々とやってきたから、その馬鹿さ加減に免じて入れてやっただけだからな。今日だけだよ、こんな風に話せるのは。次に会うのはきれいさっぱり支払った後! さあ、労働の邪魔だ。帰った帰った!」


 どこからか、似たような体格の大男が集まってきて、四人を取り囲んでいく。


「あの、全額返済できたらここでの仕事は終わりになるんですか?」


 ティーオがそっと問いかけると、用心棒たちはがはがはと笑った。


「ああ、もちろんだよ。娼館の下働きを身請けしようなんてもの好きがいるならな!」


 笑われながら、苦い表情でティーオは更に問う。


「アダルツォ、借金はいくら?」


 アデルミラの兄は、眉毛を八の字にしながらも、そっと答えた。


「三万五千、です」




 探索者が高額の借金を負う理由はさまざまだが、一番多いのは、仲間を生き返らせるための資金として、だろう。仲間は命、仲間は宝。共に行くために必要な要素はたくさんあるので、「彼ならば」と思う誰かが命を落としてしまった場合、生き返らせようと思うのがごく普通の探索者の考えだった。

 だが、生き返りには金がかかる。神殿、神官により多少金額は増減するものの、基本料金がまず高額だ。怪我の治療をセットにすれば更に増えるし、しかも必ず成功するとは限らない。

 必死になって連れ帰った仲間を、借金してまで救おうとしたのに、失敗して命が失われてしまう。

 ラディケンヴィルスでは、「死ぬ」の次に悲しい不幸である。


 ベテランの探索者なら、生活の立て直しは難しくはない。資産を利用すれば、多少生活の質が落ちたとしても、どん底に叩き込まれることはないだろう。中堅だったら、これまでに集めた装備品を手放したりして、金を工面すればいい。一からやり直す羽目になっても、マイナスにはならない。


 問題は、初心者が感傷的になって仲間を取り戻そうとしてしまう場合だ。

 彼らはなにも持っていない。融通を利かせてくれる馴染の商人もいないし、武器だって売ったところで二束三文にしかならない。どうしても大切にしなければならない絆すらないのに、「かわいそうだから」生き返らせようとしてしまう。




 店の裏から追い出されて、四人は屋敷へ戻り、フェリクスたちの部屋で話し合っていた。

 フェリクスはさっそくアデルミラへの手紙を書き始めており、借金の話は含めず、町で無事に暮らしていた旨だけをしたためている。

 とはいえ、なにも書かないのが正しい選択なのかどうか。問題がないなら、自分で手紙だって書くだろうし、家族の話を聞いて帰らないのもおかしな話だ。

 残りの三人は無責任に、借金の理由について話し合っていた。

 

「生き返らせようとしたんだろうな」

「アデルミラのお兄さんだもんなあ。いかにも人がよさそうな感じでさあ」


 三万五千もの借金を、たいした経験のない探索者が負うことはあまりない。

 よほどのお人よしか、間抜け以外に背負わない数字だ。

 ティーオもあちこちで金を借りていたが、どれも些細な額ばかりで、全部合わせても二百もいかない。


「神官なのかな」

「兄妹ならあり得るかも。でも、あんなところで長く暮らしていたら、神の力も離れていっちゃいそうだけどね」


 アデルミラの力にはなりたい。

 だが、即座に払える金額ではないし、そもそも自分たちが払う道理もない。


 カミルとコルフはそう考えているのだろう。

 なのでティーオも口をつぐんだままでじっと黙っている。


 ニーロにはあと二万支払ってもらえるはずだ。彼はすぐに現金を渡してくれるだろうが、どこから出てきた額なのか、仲間たち(みんな)に正直に話していいかどうかはまだわからなかった。

 それに、三万はいいとしてあと五千。五千もまだ多い。

 最近すっかりベテランの顔をしているウィルフレドに協力してもらえれば、ひょっとしたら足りるかもしれない。彼が持っていなかったとしても、なんならニーロの家からちょいと持ち出してもらえば簡単に済むのではないか。


「ウィルフレドに相談してみようと思う」


 手紙を書き終わらないままフェリクスがこう呟いて、ティーオはどきりとしながら顔を上げた。


「結構な額だよ、フェリクス」

「無事だってしらせだけで充分だと思うけどね」


 カミルとコルフの言葉に、フェリクスは静かに頷いている。


「……そうだな。どうやって探したのかわからないけど、見つかっただけでも相当な幸運だ」


 手紙を出して、明日からはまた探索に出かけようという話し合いが持たれた。

 だれか一緒に来てくれそうな神官がいないか探そうという話にもなった。


 若者たちの特別な一日が過ぎて行って、夜。

 調理の練習も終えて部屋に戻ると、ベッドの上に寝転んだティーオに向けて、フェリクスは小さな声で話した。


「ウィルフレドなら、ニーロから金を借りられると思うんだ。どこかの金貸しに借りるのと違って、利子もつかないし取り立てもされない。俺なら、預けているものもあるし、踏み倒さないと信じてもらえると思う」


 どこか遠くを見ながら、ひとりごとのようにフェリクスは話し続ける。


「三千シュレールならすぐに出せる。少し前に、思いがけない探索に巻き込まれて手に入れたものだ。とても仕事に見合っていないし、もしかしたらとんでもない事件だったのかもしれない、アデルミラにも話せなかった報酬があって」


 同じ部屋で暮らしている仲間にひどく暗い影が差し込んでいた。

 それは時折、特に夜が更けたあとにフェリクスが見せる、悲しい顔だった。


「なにがあったんだい」

「ここに来た時に、間違って『黄』の迷宮に入った。とても親切な人がいて、アドバイスに従ったらそうなったんだ。その時の男がたまたまいて、せめてもの罪滅ぼしにって、誘われたんだけど……」


 苦しげに、ささやくように、フェリクスと哀れな商人親子の「黒」の話が為された。

 きっと誰かに話したかったのだろう。心の重荷になっていたであろう話を聞き終わって、ティーオはフェリクスの肩を抱いて慰める。


「フェリクスはなにも悪くないよ。魔法生物がたまたますぐに出てきて、弱いやつを狙っちゃっただけだ」


 仲間の言葉に、フェリクスは力なく笑う。


「それでも、俺はこの金を自分のためには使えない」


 だから、探索から戻ってきたら、ウィルフレドのところに行ってくる。


 フェリクスの決意をティーオは止められず。


 自分も持っている「他人には伝えられない財産」の使い道について、夜の間中悩んで、とうとう眠られないまま朝を迎えた。

 

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