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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
11_Pay Day〈思いがけない出来事〉

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44 師匠と弟子

「ダメだ、今日もだ」


 カミルのため息は深く、コルフの表情も冴えない。

 アデルミラが帰還してから半端な状態で探索を続けていたフェリクスたちだったが、つい先日から新しい悩みの種が増えている。


 「緑」の迷宮から救ってきた少女が目覚めて、ティーオはすっかり彼女に夢中になっていた。

 キーレイの家へ足しげく通って、たいして回復もしていない少女の世話を焼きたくて仕方がないらしい。少女はおびえた様子でまだ自分の名すら言えないとキーレイは話した。男性を怖がるので、キーレイの母や手伝いの娘たちが身の回りの世話をしているのに、そこに乱入して煙たがられているのだとか。

 しばらく待った方がいいと説得し、生活費のために活動しようと約束したというのに。起きてすぐにルームメイトの姿が見えなくなって、その理由をフェリクスは仲間から聞かされていた。


「戻ってきたらしっかり話しておく」

「頼むよフェリクス」


 カミルとコルフは当てがあるらしく、今日の労働のために出ていってしまった。

 ひとり残され、フェリクスは考える。

 今日自分がどうするべきなのか。訓練をするか、稼ぎに出るか。


 荷物の底には手つかずの三千シュレールが残っているので、生活費の心配はしばらくしなくていい。あの金を使うかどうかは悩ましいところだが、今更商人の親子には返せない。ジマシュに渡すのも気が進まず、かといっていつまでも隠し続けていても仕方がない。

 有用に使う方法について、フェリクスは考える。

 食堂の隅で朝食をもたもたと食べていると、大勢が「橙」や「緑」に向かって出発していく様が見えた。

 おっかなびっくり、もしくは、少しだけ自信を持った顔で。屋敷に集う初心者たちは、特別な技術もないまま、教わったささやかな技を頼りに出かけていく。


 ごくまっとうな初心者生活を始めた彼らをうらやましく思っているのに気が付いて、フェリクスはふっと笑った。

 自分もまだまだ初心者の域を出ない新参者だが、「黄」にも「黒」にも足を踏み入れている。

 駆け出しとはいえ、仲間にスカウト、魔術師が揃っており、大きな失敗もしてはいるが命は失わなかった。

 恵まれた状態にあると言っていいだろう。


 彼らに見合う自分にならなければ。

 

 立ち上がって、フェリクスは裏庭に向かって歩く。だがまだ、訓練は始まっていないらしく誰の姿もない。

 記憶を辿りながら屋敷の外へ出る。カッカー邸の玄関から出て左へ曲がり、樹木の神殿を通り過ぎていく。


 たどり着いた屋敷は少し小さい。もっと先に行けば商人たちの豪邸と、使用人たちのための宿舎がぞろぞろと並んでおり、まるで区切りの役割を負っているかのようだ。

 小さな屋敷は簡素な白い壁に囲まれて、特徴らしい特徴はない。扉の色もすっかり色あせており、ひどく地味だった。

 乾いた木を叩いてみると、しばらくして少しだけ扉が開いた。

 家主のマリートは暗い隙間から目だけをぎょろぎょろと輝かせて様子をうかがい、来客が一人、知った顔だと確認したらしい。


「なんだ」

「剥ぎ取りを教えて欲しいんです。もし今日、用事がないのなら」


 カッカーの屋敷では時々、剥ぎ取りの講座が開かれることがある。

 だが、決まった日にやるわけではない。運よく屋敷に残っていればたまに参加できるだけの、気まぐれなものだった。


 今日習いたいならば、自分からいくしかない。


「俺に教えてほしい?」

「はい」


 マリートは目だけしか見せないままで、フェリクスは返事に迷う。

 屋敷で会えば堂々としているし、教えてくれる時には朗々としゃべるのに。あまりよく知らない相手は苦手らしいと噂には聞いていたが、印象が違いすぎた。


 なんの言葉もないまま扉が閉まる。

 それが拒絶を意味しているのか、フェリクスが図りあぐねていると、再び小さな隙間が開いた。


「『緑』でいいな」

「え?」

「準備して、入口で待ってろ」


 フェリクスがこれまでにマリートと話した時には、必ずほかの誰かがいた。 

 ティーオ、アデルミラ、ニーロやウィルフレドがいた。

 二人で話すのは初めてで、相談相手はいない。

 どうやら「緑」に行くことになったようだが、なにを持っていけばいいのやら。


 だがとりあえず、高名な探索者と行ける機会を得たようであり、それを逃す手はない。

 フェリクスは大慌てで屋敷へ戻り、ささやかな装備品を身に着けて迷宮の入口へと走った。

 途中、露店によって保存食も買い、からっぽの荷物袋に放り込んでおく。


 「緑」の入口には何人かの初心者らしき探索者の姿がある。薬草の業者らしき一団がやってきてフェリクスの前を通り過ぎていったり、しょぼくれた顔で去っていく者たちも、帰還者の門に光とともに現れ、意気揚々と帰路に就くパーティもいた。


 こんな風にひとりで出入り口の風景を見たのは初めてだった。

 興味深い景色だが、マリートは姿を現さない。

 本当にここでよかったのか、はたまたたいした仲でもない初心者をからかっただけなのか。わからないまま唸るフェリクスに、背後から声がかけられる。


「あんた、どこのグループなんだ?」


 振り返ると、背の低い坊主頭の男が笑っていた。


「同業者だろう」

「いや、ここで人を待っている」

「ああ、そうなのか? ひとりでずっと立っているから、てっきり新しい回収屋だと思ったぜ」


 坊主頭の男はしばらく遠慮のない視線をフェリクスに向けていたが、たいした実力はないと見抜いたのだろう。興味を失い、片手をあげて去ろうとした。

 だがそこにようやく今日の剥ぎ取りの講師が姿を現し、その正体に気が付いて足を止めた。


「慧眼のマリート!」


 有名な探索者にはしばしば、通り名がつけられる。

 ニーロは「無彩の魔術師」と呼ばれ、カッカーはかつて「聖なる岸壁」と称されていたという。

 マリートにもあって当然のものだったが、フェリクスはそれを初めて耳にしていた。

 叫ばれた本人は居心地の悪そうな表情を浮かべ、相変わらずの暗い声でぼそぼそと話す。


「行くぞ」


 坊主頭の男はそっと手をあげたが、フェリクスは黙ったまま今日の師匠のあとに続いて「緑」へ足を踏み入れた。



「剥ぎ取りの基本は兎だ」

「はい」

「兎はいい」


 なにがいいのか、マリートは語らない。うららかな緑色の世界に飛び出す迷宮生物を次々と剣で仕留めては、弟子の前に放り投げてくる。

 フェリクスは以前教わった通りにナイフを入れ、皮を剥いでいく。

 八匹目でやっとわかったが、基本通りにやれていればなにも言わず、よくないところがある時には顔を小さくしかめるようだ。


 不器用な師匠の教えは伝わりにくいが、兎は次々にフェリクスの前へ投げ込まれてきた。

 見放されているわけではないようなので、弟子はただたださばいていくしかない。


 時折通り過ぎていく初心者の集団は怪訝な表情で二人を見ている。

 ひたすらに兎を狩っては投げる剣士と、それを捌く連れの初心者。

 会話がない二人は異様であり、フェリクスも居心地が悪いが、師匠のペースは一定のままでまったく落ちない。


 骸の山を作りながら進んで、一体どれくらい経っただろうか。

 「緑」の迷宮の二層から三層をゆっくりと進んだ。単純作業のせいで、どのくらいの時刻なのか、フェリクスにはさっぱりわからない。

 少し広い通路の突き当りに行き着いて、ようやくマリートは口を開いた。


「すごい量になったな」


 皮と肉。生々しい匂いの大荷物を、マリートは素早く二つにわけていく。

 フェリクスが必死になって運んできた戦利品は、大きな山と、その半分より少ない程度の小さな山にわけられ、不肖の弟子は「今日のわけまえ」だと思ったが、そうではなかった。


「こっちは合格だ」


 ほんの少しの皮と、それよりも少し多い肉。

 なんのコツも技術も教えない冷酷な師匠は、冴えない表情で小さな山を指さしている。

 

 総括などもなく、フェリクスは戸惑っている。


「早く包め」


 すべてをなのか、それとも合格したものだけなのか。

 多少いびつであっても、皮と肉は売れる。

 悩んだ挙句、フェリクスは合格した小さな山だけをまとめた。大きな山を残し、マリートは来た道を悠々と進んでいく。フェリクスは慌ててそれについて歩き、これで「緑」の探索は終了してしまった。


 迷宮の出入り口へたどり着くと、マリートはそのまま街へ去ろうとしていく。

 分け前などについて取り決めはなく、どうしたらいいのか、フェリクスはまた迷った。


「あの」


 たとえばこの高名な剣士御用達の店があるのならば、そこで引き取ってもらった方がいい値が付くだろう。フェリクスが適当に選んだ店に入ったところで、足元を見られて大した金額を手にすることはできない。皮は加工すればもっと高く売れるので、マリートがそうしたいのならば渡した方がいいのではないか。

 今日の成果は二等分なのか、それとも戦いの担当により多く渡すべきなのか?

 困り果てるフェリクスの声に、マリートはくるりと振り返る。


「いいだろう。次は鹿だ。明日は『藍』だから、朝呼びに来い」

「『藍』ですか」

「鹿はとてもいい」

 

 ニヤリと笑って、剣士は去っていく。

 しばらくフェリクスは立ち尽くしていたが、気を取り直して兎の山を道具屋へ持ち込み、それなりの値段で買い取ってもらうことに成功した。


 

 

 「緑」の日の夜。苦言を呈してみたものの、恋に夢中な青年の心にはちっとも響かなかったようで、次の日もティーオは早いうちに屋敷を出ていってしまった。

 カミルとコルフに謝り、フェリクスは装備を整えるとマリートの家へと向かう。

 昨日と同じく目だけで訪問者の姿を確認され、先に「藍」へ行けと指示が出された。


 ぼやぼやと「藍」の入り口付近に立ち尽くしていると、慧眼のマリートは少しニヤついた顔でフェリクスの前に姿を現した。

「おはようございます、これ、昨日の分です」

「なんだ?」


 兎の代金の半分を差し出すと、マリートはなんとも形容しがたい、渋い表情を浮かべた。だがすぐに手を出し、金の入った小さな小袋を受け取った。


「わかった。もらっておく」


 渡さなくてもよかったのだろうか。腕のいい探索者には確かにはした金だろうが、渡さなくていいとも思えない。マリートのルールはさっぱり理解できず、変人だと思っていたニーロの方がよっぽどまともだとフェリクスは考える。


 おかしな二人の探索は、この日はすぐに終わった。

 本来ならば出発前に気が付いて然るべきだったのだが、「藍」をこの二人の組み合わせで進むのはかなりの無理があったからだ。フェリクスはまだまだ初心者に毛が生えた程度の実力しか持ち合わせていないので、出てくる鼠の大群に足を取られ、噛みつかれた。左の靴に穴が開き、ズボンもずいぶん破れてしまった。もちろん無傷でいられるわけもない。応急手当で間に合っているうちに岐路につくのが探索者の正しい判断だった。


 マリートが初心者であったのはかなり昔の話になっており、頼りになる相棒のいない旅がどんなものになるのか思い至らなかったようだ。


「すみません」


 結局、四層を少し進んだところで探索は打ち切られた。鹿が出てくるのはまだまだ先で、残念ながら、いや、当然ながら一頭も仕留められていない。


 謝るフェリクスに対し、マリートはやはり無言のままだ。薄暗い迷宮の道を、他の探索者たちとすれ違いながら進んで、無事に出口にたどり着いてもまだなんの言葉もない。

 

 即席の師匠はそのまま家に戻っていってしまって、フェリクスは不安を抱えつつもカッカーの屋敷へ戻った。

 怒らせてしまったのだろうか。せっかくの機会を生かせず、ただ装備品をぼろにしただけの短すぎる旅。靴の予備はないので買いにいかねばならず、ティーオに説教しなければならず、今日の経験から神官の仲間を見つけられないだろうかとも考え、昼食には遅い、誰もいない食堂でうんうん唸る。


 しばらくして、フェリクスはなんとか気を取り直すと自分の部屋へ戻った。

 ティーオはまだ帰ってこないし、マリートの心のうちはわからない。神官のあてだってないのだ。

 今は、できることからしよう。そう考え、とりあえずは着替えを済ませて台所へ向かった。夕暮れ時が近づいてくれば、大勢が屋敷へ戻ってくる。これまでにさんざん世話になってきた分を返そうと、自由に使っていい食材を探し、なにか料理を作ろうと決めた。

 鍋と包丁を出したところで赤ん坊を抱いたヴァージが姿を現し、慣れない手つきのフェリクスを見ていられなかったのだろう。若者の隣にとどまって、いくつか助言を投げかけてくれた。


 こんなに早くに台所に立っているのは珍しいと微笑まれ、フェリクスはマリートに剥ぎ取りを学んでいたことを話した。ヴァージは目をまあるく開いて、驚きの声をあげている。


「よくマリートが教えてくれたわね」

「はい、……そうですね」

「一緒に探索したことがあるからかしら。一度でも迷宮に入っていれば、なんとなく仲間だって認識するみたいだけど」

 「慧眼」の簡単すぎる仲間認定に、フェリクスは思わず脱力して笑った。


「年下から頼られると弱いのよ。調理も上手だから、ついでに教えてもらったらどう?」


 ヴァージの赤い唇は艶めいていて、フェリクスがこれまでに見た女性たちの中で一番美しい輝きを放っている。年上の人妻と二人きりという状況はくすぐったく、体の奥がひどく疼いた。フェリクスはそっと視線をそらして、ありがたい助言に集中して必死に熱を払っていく。


「迷宮の中の調理にはなにが必要なんでしょう?」

「調理だけのために荷物を増やせないから、ナイフと、小さな鍋くらいかしらね。マリートは器用だから、迷宮の中で採れるものでなんでも代用してしまうの。骨や皮、石や鉱石の魔物体も使って、凝ったものも作っていたわ」


 フェリクスはまだ、動物を模したもの以外の敵に遭遇した経験がない。石でできた魔物を倒すには、一体どれほどの力がいるだろう。


「調理の達人になるには、相当な強さが必要になりますね」

「ああ、そうね。ふふ。一番大変なのは魔竜料理だから、強さと頼りになる仲間が必要ね」


 会話はそこで途切れて、二人の間に沈黙が続く。

 思いつくこともなくフェリクスが簡単なスープを作っていると、ヴァージはふっと、優しい、微笑んだ顔を作った。


「アデルミラは元気にしているかしら」


 故郷の街に帰ってから、アデルミラは手紙を送ってくれていた。

 無事に到着して、母親の看病をしているらしい。

 それとは入れ違いになるタイミングで、フェリクスからも送っている。

 ウィルフレドを救ってくれた礼に、借金はなくなったと。


 息子は行方不明のままなのだから、そんな危険な場所に行ってはいけないと母親が止めてくれればいい。カミルとコルフは名残惜しいようだが、アデルミラはもうラディケンヴィルスに来なくていいとフェリクスは思っている。


 懸念される材料は、行方不明の「兄さま」だ。

 迷宮に足を踏み入れる者の安否ほど、確認の難しいものはない。


 地下で命を落としたか、それとも気まぐれに他の街へ旅立ってしまったのか。証人がいたとしても、本人が現れないかぎり確実かどうかわかりはしない。


「きっと元気です。アデルミラが戻ったのだから、母親もよくなるでしょうし」

「そうね」


 こんな会話をしているうちに少しずつ帰宅する者が増えてきて、麗しい人妻との時間は終わってしまった。

 再び一人になって、フェリクスは小さなため息をついた。

 アデルミラはこのまま幸せに暮らせばいい。兄が見つからなくても、誰かいい相手を見つけて結ばれるといい。彼女に似た愛らしい子供を連れて、雲の神殿に通えばいいのだ。


 人生のうちのほんの一瞬だけ交わった神官の向こう側に、悲し気に俯く妹の姿が浮かび上がってくる。


 なんのためにやってきたのか。日々の暮らしに必死で、薄れかけている。

 無残に破壊された人生を立て直すためにではない。もはや生まれ育った町で暮らしてはいけないだろうが、それだけが理由ではなかったのに。


 横暴な醜い男から取り戻すためだ。妹だけしかもう、フェリクスには残されていない。けれど今こうしている間にも、悲しみ、苦しめられているのだろう。


 歯がゆくてたまらない。もう、あきらめるべきかもしれない。生きているかすら確かではないのに。一つ大きな罪を犯したが、それすらも迷宮の中では忘れ去られている。

 

 足元がぐらぐらと揺れている気がして、フェリクスはその場でしゃがみ込んでしまった。


「どうした、フェリクス」


 頭上から聞こえたのはカミルの声で、コルフも一緒にいるらしい。


「けがでもしたのかい?」

「いや、いや、うん。しているけど、たいしたことはないんだ」


 二人から同時に手を差し伸べられて、フェリクスは立ち上がると仲間たちと食堂へ向かった。

 さきほどまではがらんとしていた場所に、大勢が集って話し込んでいる。渋い顔をする者もいれば、はしゃいでいる集団もいる。外で買ってきた料理を広げているものもいるし、食材を抱えて台所に向かう者もいる。


「へえ、マリートさんと二人で」

「どうやって口説いたんだい?」


 足に負った怪我の経緯を話すなら、この二日間の探索について語らなければならない。

 フェリクスの思い切った訓練にカミルもコルフも驚き、興味を抱いたようだ。


「引き受けてもらえるとは思ってなかったんだ。そもそも、留守にしているだろうと考えていたけれど、家に行ってみたらいたし、剥ぎ取りを教えてほしいと話したらすぐに『緑』へ行こうと言われて」

「へえ、そんなに簡単に引き受けてもらえるのかい」

「どうかな。ヴァージさんが言うには、前に一度一緒に探索したからじゃないかって」

「そうなのかあ。いや、あんな大先輩たち(ベテラン)って、誘っても返事すらしてくれなさそうだけどなあ」

「いや、カミル。俺たちだってニーロさんと一緒に行ったじゃないか」

「あれはあっちから頼んできた、特殊な事例ってやつだろう」


 二人はしばらくああだこうだと話していたが、揃ってフェリクスへ振りかえり、こんな確認をした。

「俺たちも一緒に行けるかな?」

 この問いかけに、フェリクスはしばし悩んだ。彼のルールはさっぱりわからないが、頑なな気難しさは感じられない。

「明日頼んでみようか」

「おお、いいね! やったなカミル」

「ティーオもつれていこう。マリートさんと一緒ならイヤだなんて言えないだろうから」

「そうだな、そろそろ目を覚まして現実を生きてもらわなきゃ困るよ」


 二人の勢いに流されて、このあとは食事をとり、帰って来たティーオを叱り、次の日の朝に四人でマリートの家へ行くことが決まった。

 しかし、久しぶりに思い出した妹の影が心の隅にチラついて、フェリクスはこの日、深い眠りにつくことはなかった。


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