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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
00_Die,Die 〈初心者殺し〉
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04 代 償

 去って行く。

 二人の探索者達は、悲嘆に暮れる新参者に手を差し伸べる気はないらしい。

 

 フェリクスは歯を噛みしめると、去って行こうとするベリオとニーロに向かって駆け出した。

 駆けて追いつき、驚いた顔で振り返ったベリオの腕を掴んで、叫ぶ。

「お願いだ! どんなことでもする、だから、助けてくれ!」

 アデルミラも慌てて走ってきて、フェリクスの隣へやって来ると、跪いて願った。

「どうか、どうか……、ベリオさん、ニーロさん、お願いします」

「そう言われてもなあ」

「経験を積んだ探索者は、新しく街へ来た者を導くものなんじゃないのか?」

 フェリクスの言葉に、ベリオはふんと鼻で笑う。

「それは『街にいる時』の話だ。迷宮の中では勝手が違う」

 

 表情を一転、鋭いものへと変えて、ベリオはフェリクスをまっすぐに見据えるとこう告げた。


「そこの泉は罠で、水を飲めば長い時間のたうち回りながら死んでいく羽目になる。それじゃあ可哀想だと思って声をかけただけさ。もっと他の派手な罠にかかればあっという間に潰されて苦しむ暇もないからな。そっちの方がよっぽどお前らの為になるだろうから、『飲むな』って声をかけたんだ!」

 ベリオの言葉に慄き、二人はゆっくりと視線をニーロへと動かした。

 魔術師は何の表情もないまま小さく首を傾け、口を開く。

「僕たちは仕事でここへ来ています。『黄』の迷宮は危険なところ。どれだけ経験を積んだ探索者であっても、油断していれば命を落とし二度と地上へ戻れません。僕たちにはあなた方を助けている余裕はないのです」

「そんな」

 完全な拒絶を受け、体の底から凍てついていくような感覚がフェリクスを襲った。

 

 ミスをしたのは自分たちだ。たまたま出会った親切そうな男の言葉に乗せられて、まんまと禁断の場所へ足を踏み入れてしまった。あの、ジマシュという男が悪意を持って「伝えなくてはならないこと」をあえて隠したのか、それとも、言いそびれたか、言い間違えたのか。

 わからないが、何の疑問も持たずに安易に足を踏み入れたのは自分たちだった。


 あの時の自分の直感を何故信じなかったのか。「橙」のイメージからかけ離れたきらびやかな「黄金」。美しすぎると思ったのに。通りを歩いている探索者はあれ程大勢いたというのに、誰かが入った気配もなければ、あの窪みへ入ろうとしている者も見かけなかった。

 フェリクスの心を、後悔が抉っていく。その傷が故郷で受けた仕打ちを思い起こさせて、酷く息苦しかった。噛みしめた歯の間から荒く息を漏らし、肩を震わせながら、フェリクスは思う。


 だからといって、ここで死ななければならないのか?


「うおお!」

 この不意打ちは予想外だったのか、フェリクスに首を強く掴みかかられてベリオは倒れた。

「ベリオ!」

「なにしやがる!」

 ニーロへ向けて素早く手を挙げて制すと、ベリオは自分の上へのしかかって来たフェリクスの腹を思い切り蹴り上げた。


 それでフェリクスはあっさりと吹き飛ばされたが、その寸前、腰につけられていたベリオのポーチを掴んでいた。ベルトを結んでいた紐が千切れ、ポーチの蓋が開いて中身が飛ぶ。


「フェリクスさん!」

 フェリクスと共に、青い紙がひらりと宙を舞っていた。アデルミラはそれに気が付き、仲間の青年ではなく、それを目で追う。

「帰還の」

 青い紙の上には確かに、金色の文字が書かれていたように見えた。だが、それをはっきりと確認する前に、術符を掴んだ者がいる。

「ニーロさん、それは」

「なにか?」

 魔術師の青年は術符を畳んで手の内に隠し、落ちたベリオのポーチを拾い上げると、その中へしまい込んでしまった。


 術符がある。

 その事実に後ろ髪を引かれながら、アデルミラはフェリクスのもとへ駆け寄った。

「大丈夫ですか?」

 呻くフェリクスの先で、ベリオが既に立ち上がっている。

「まったく恐れ入ったな。余計な体力を使って、ますます出られる可能性が減ったんじゃないか?」

「そんな可能性は、私たちには残されていないのでしょう?」

 アデルミラの鋭い声に、ベリオは口の端の右側だけを上げて笑ってみせる。

「そうだろうな」

「あなたは『帰還の術符』を持ってらっしゃるのでしょう? 私たちに譲っていただく訳にはいかないでしょうか?」


 口の端に浮かべた笑みを引っ込め、ベリオは大きな音を立てて舌打ちをした。


「譲れる訳がない。これは滅多に手に入らない貴重品なんだ」

「でも、『脱出の魔術』で戻るとおっしゃったではありませんか。『術符』がなくとも、あなた方に戻る方法はあるのでしょう? ニーロさん、あなたは魔術師で、戻る術を持っていらっしゃるのでは?」

「その通りだよ。だけどな、途中で何があるかわからないんだ。もしもニーロが死んだら、俺一人になった時に『術符』がなかったら困るんだよ」

「必ずお返しします。いつか探索の途中で『帰還の術符』を見つけたら、ベリオさんにお返しします! それか、代金をお支払いしますから。私の仕える雲の神に誓って、必ず」

「駄目だって言ってるだろ!」


「私は、兄に会う為にこの街へ来ました」

 

 足を震わせながら立ち上がり、アデルミラは続ける。

「兄は探索者になると行って、二年前に出ていきました。それから時折手紙を送ってくれていましたが、それが途切れたのです。母が病に倒れて、兄に会いたがっていて、それで、連れて帰りたいのです」

「そいつは残念だったな。いや、すぐに兄貴に会えるかもしれないぞ。あんたの仕える神様のお膝元で。迷宮の中で命を落とすヤツなんざ、いくらでもいるんだからな」

「そんな……」


 少女の涙はぽろぽろと零れて、無慈悲な「黄」の迷宮の床へと落ちていった。

 お構いなしにぷりぷりと怒っている様子のベリオに、フェリクスもアデルミラも、無念を噛みしめるしかない。


 そんな二人に、ニーロがこう声をかけた。

「代価を支払うと言いましたが、あなたには無理だと思います。それ程に『帰還の術符』は貴重な品。何枚持っていても足りない、探索者の切り札なのです」

「いくらなのですか?」

 アデルミラの質問に、ニーロは少しだけ眉を寄せ、その金額を口にする。

「そんなに……」

 二人の持ち合わせている金額を足しても、その百分の一にも満たない。


 それだけあれば王都でもしばらく遊んで暮らせるであろう額は、果たして妥当なものなのかどうか。


「あなた方がよほど筋が良くて、探索者の適正があるのならば、この額を支払うのは難しくはないでしょう。ですが今日、こんな経験をしてもなお、まだ探索者になる気があるかどうか?」

 ニーロは手と手を合わせ、目を閉じ、続ける。

「探索者になりたいと決めてこの街へやって来る人間はとても多い。けれど迷宮がどんな場所か、探索がどのようなものか、どれ程厳しくどれ程難しいものか。簡単に富を得られる方法がないと知ると大勢が諦めて去って行きます。もしくはこの街のどこかの店へ紛れ込んで、探索者がもたらす富にぶら下がって生きていくのです」


 あなた方はどうでしょう?

 穏やかな声が、フェリクスとアデルミラ、二人の心に沁み込んでいく。


「ですからそう簡単にあなた方へ『帰還の術符』は渡せません。僕は『脱出の魔術』を使えますが、帰りたい時に力が足りなければ意味がないのです。魔術師にとっても術符は大切な切り札なのです」


 最早、反論の余地がなかった。


 自分たちがいかに「覚悟が足りなかったか」については。

 

 立ち止まる機会はいくらでもあったというのに、確認もせず、聞いた話を端からすべて「真実だ」と信じ込んで、迷宮へ足へ踏み入れてしまった。


 祈りの形に手を組んで、アデルミラは震えている。


 しかし、フェリクスの目はか細い希望の光を見出していた。


 先ほどのニーロの台詞。

 これから先、支払えると言うのなら。支払う意志があるのなら。そんな含みを持っているように感じられた。

 切り捨てる気しかないベリオとは違う。

 もしも救いを求めるのなら、後ろで控え目に立っている、あの無表情な魔術師へ心を向けるべきなのではないか。

 

 そう考えるフェリクスへ降りそそいだのは、ベリオの明るい声だった。

「まあでも、探索者を諦めれば、そのくらいすぐに払えるよな」

 思わず顔を上げたフェリクスとアデルミラへ、ベリオは更に続ける。

「食堂とか酒場が、街の北西の方にあるんだけどな。その奥には娼館が沢山並んでるんだ。そっちのお嬢ちゃんが……、まあ、うんと小さい子が好みの連中もたまにはいるみたいだし、二年か三年か、頑張って働けば返せるだろう」


 フェリクスは思わずアデルミラの手を掴むと、その身をぐっと引き寄せ、自分の背後へと隠した。


 引き寄せられたアデルミラは戸惑ったような表情をしていたが、やがてきりりと顔を引き締めると、ベリオに向けてこう叫んだ。

「うんと小さい子だなんて……。私は確かに体が少し小さいかもしれないですけれど、もう十七です! 子供ではありません」

「はは、こいつは驚いたな。ニーロ、お前よりもお姉さんだってさ!」


 ベリオは笑いながらこう語りかけたが、ニーロは表情をまったく動かさなかった。

 フェリクスも少し驚いたものの、問題は「年齢」の話などではない。


「娼館だなんて、そんなところへは行かせない」

 戸惑う少女に向かって、ベリオは顔を少し近づけるようにして告げる。

「女に生まれたってだけで、いくらでも金を稼げるなんて羨ましい話だぜ」

「アデルミラ、聞くな。君は神に仕える神官で、修行を積んで、兄上を連れ戻す為にここへ来たんだろう?」


 ベリオはケラケラと笑っているが、ニーロは相変わらずの無表情のまま、小さく首を傾げていた。


「どうでしょう? 彼女にはあまり、向いていないように思いますが」

「わかってないな、お前は。世の中には色んな嗜好の奴がいるんだぜ? 探索が済んだ後、娼館へ出向く男がどれ程多いか。なあ、お姉さん。あんたがここでうんと言えば、支払うアテが出来るぜ。まあその前に……」

「待ってくれ!」


 ベリオの言葉を遮るように、フェリクスは叫んだ。

 そしてニーロの前へと進み出て、腰につけた道具袋の中へ手を入れ、指で「それ」に触れ、強く目を閉じ、唇をかみしめた。


 心が張り裂けそうだったが、止むを得なかった。

 目の前にいる二人の探索者が去ってしまえば、生きて戻る道は失われてしまう。


「これを」

 道具袋から取り出した物を、フェリクスは震える手でニーロへ差し出した。

「これは、俺の母親の形見の指輪だ。古いし、大した価値もないものだが、俺にとっては世界で最も大切な物。これを預けるから、『帰還の術符』を譲ってもらえないだろうか。後で、必ず代金を支払いに行く」

「なんだこれは」


 指輪は汚れ、くすんでいる。ベリオはあからさまに顔をしかめて、話にならない、と呟いた。


「これが世界で最も大切な物なのですか?」

 ニーロの視線も冷たいものだ。

 フェリクスは歯を噛みしめてそれに耐え、意を決して再び口を開いた。


「俺の両親は死んだ。弟もだ。家には火をかけられ、すべてを失った。唯一残っているのが、この指輪なんだ」


 住んでいる街の領主の息子。一体何処で見初めたのか、フェリクスの妹を「妻に」と望んできた。だが、妹には既に将来を約束した相手がいる。それを正直に告げた次の日から悲劇は始まった。

 妹の恋人であり、フェリクスの親友でもあったメーレは突然「盗賊団の退治」へ連れて行かれ、死体になって帰ってきた。


 巷にでよく聞く「横暴な権力者の物語」。なんと陳腐な話だろうと、フェリクス自身も思う。


 あの日、フェリクスは隣町へ出かけていた。車輪の神の神殿へ、妹を匿ってもらえないか相談をしに行っていた。だが、時既に遅し。街へ戻ったフェリクスが見たのは、炎に包まれた生家だった。


「母の手からこれを外して持ち出した。これは妹が嫁に行く時に母からもらう約束をしていたものだったから……。だから、これだけは絶対に失うわけにはいかなかった!」


 炎がごうごうと鳴り響き、なにもかもが消えていった。迫りくる火の中でフェリクスを救ったのは、炎に照らされて赤く輝く母の指輪だった。

「俺は、妹を取り戻してこの指輪を渡す。あの汚い領主のもとから連れ戻して自由になって、幸せにしてやるまで、……絶対に死ぬわけにはいかないんだ!」


 過去を語るフェリクスの熱さに対し、ベリオの表情は冷たい。完全に白けた様子で肩をすくめ、仲間へと振り返っている。

「行こうぜニーロ。早いとこ仕事を済ませなきゃならないんだからな」

「わかりました」


 よしよし、とベリオは歩きだし、フェリクスは崩れ落ちるような感覚に沈む。

 だが、違っていた。ニーロの「わかりました」という言葉が向けられた相手は、フェリクスの方だった。


「いいでしょう。二つ質問をしますから、それに正直に答えて下さい」

「質問?」

 ニーロが小さく頷き、長い髪が揺れる。その瞳はアデルミラへも向けられ、少女も慌ててフェリクスの隣でまっすぐに立った。


「あなた方に『橙』の迷宮の話をした男、ジマシュと言いましたか。彼と出会った店の名前を憶えていますか?」

 アデルミラは戸惑いながらフェリクスを見つめたものの、すぐにニーロへと向き直った。

「いえ、憶えていません」

「あなたは?」

 フェリクスも、店の名は記憶になかった。そもそも、店の名前など見ていない。それでも必死に、今日起きた出来事を順に辿りながら答えていく。

「店の名はわからない。見ていないが、かまどの神の神殿からすぐの、髭の男が店主の店だった」

「ジマシュという男の名は? すべて聞いていますか?」

「いや……、彼はジマシュとだけしか名乗らなかった」

「なるほど」


 ニーロは小さく頷き、続けて二つ目の質問を二人へ向けた。


「作動したのは、二層目の天井の罠で間違いありませんか?」

「天井の」

「そうです。床にある仕掛けを踏むと天井が落ちてきて、下の層まで落ちるというものです。先程した音は、あの罠が動いた音で間違いないでしょうか」


 何故そんなことを聞くのか、フェリクスにもアデルミラにもわからなかった。

 だが、間違いないだろうと思う。それまでは何もなかった一本道の途中で遭遇した、凶悪な罠。


「そうです」

 小さな声で、アデルミラが答える。

「それに、誰かがかかりましたか? それともあなた方のどちらかが踏んで、うまくかわしたのでしょうか?」

 そんなわけないだろう、というベリオの呟きが耳を撫でていく。


 そうだ、あの、三人。彼らはあの罠の仕掛けを踏んで、落ちていった。


 悲劇的な運命を思い出したのだろう、少女は俯いて唇を噛んでいる。

 小さく震えるアデルミラのかわりに、フェリクスは口を開いた。

「三人、俺達の前を歩いていたんだ」

 乗合馬車でたまたま一緒になったのだと話すと、ニーロはまた頷き、こう続けた。

「では、付き合いの長い知り合いではないのですね」

「ああ」

「わかりました」


 ここでニーロはほんの少しだけ唇の端を上げて微笑んだ。しかしすぐに表情を消して、腰の後ろにつけたポーチから小さな札を取り出すとフェリクスへ差し出した。

「指輪と交換です。これは『帰還の術符』。代金は先程言った通り十万シュレールです。もしくは『術符』を持ってきてくれれば返しましょう」

 

 昏い青に刻み込まれた金色に輝く文字。その光は術符の上でゆらゆらと揺れているように見えて、フェリクスは思わず息を飲んだ。


「おい、本気かニーロ? 今のお涙頂戴のお話が本当なのかどうか、怪しいもんだぜ?」

 ベリオの大声に、ニーロは答えない。表情も視線も動かさず「術符」を差し出したまま止まっている。

「いらないのですか?」

「いや、いや……、恩に着る。必ず返しに行く」


 フェリクスは慌てて指輪を差し出し、ニーロはそれを受け取ると術符を代わりに手渡した。

「そこに書かれている文字を読めば、迷宮の入口の隣にある『帰還者の門』へと導かれます」

 

 読めば、戻る。術符に関しては、ジマシュの話は真実だったらしい。


「戻ったら、街の南にある『樹木の神殿』を訪ねて下さい。僕の家の場所はそこで聞けばわかりますし、行けばあなた方の役に立つでしょう」

「樹木の神殿へ?」

「そうです。では、僕たちはこれで」


 とうとう、ニーロとベリオが去って行く。

 

 フェリクスとアデルミラは、しばらくの間呆然とその後ろ姿を見送り続けた。

 生きて帰れないと思っていた自分たちの手の中に、「帰還の術符」がある。

 今日起きたすべてが一気に思い返されてきて、その余りの密度に思わず息を吐く。


「フェリクスさん」

 先に声を出したのはアデルミラの方だった。

「助かるんですね」

「まだ、わからない」

 今自分が手に握っているものが、本当に「帰還の術符」なのか。本当に「そんなもの」があるのかどうか。すべてが未知だった。


 富が欲しければ、迷宮都市ラディケンヴィルスへ。 

 そこへ行けばすべてが手に入る――。そんな甘い言葉に乗せられてやってきた、十二の門を持つ街。


 だが、信じる以外にない。自分たちを救う可能性を持つものは、今手の中にある青い札、それだけなのだから。

「使ってみよう」

 フェリクスの言葉に、アデルミラは小さく頷いた。その小さな手はフェリクスの左の袖を掴んで震えている。


「……黄金の光は宝にあらず、ただ、試練と知れ」


 フェリクスとアデルミラ、二人を金色の光が包んでいく。

 その余りの眩しさに目を閉じる。


 やがて、うっすらと聞こえてきた街の喧騒。

 それはどこか遠い場所の声だが、商人が客を呼び込み、客が代金を値切るものだ。


 二人がゆっくりと目を開くと、そこは「黄」の迷宮の入口にあった、金色の円の上だった。






「おい、良かったのか? あんなボロボロの指輪なんかと交換して」


 ベリオはぶつぶつと文句を言い続けており、やかましい。静かな迷宮の中、声は壁や天井に当たって跳ね返り、響き渡っていく。


「『術符』はそこで拾ったものですし、まだ何枚もあります」

 小うるさい相棒へ、ニーロはまっすぐ前を向いたまま答えた。

「それに、いいことを聞きました。この仕事が終わったら、ベリオ、また付き合って下さい」

「何処に?」

「ここにです」


 探索者の寄り付かない「黄」の迷宮。ここへ足を踏み入れる者は、よほど金に困っているか、命知らずの物好きかのどちらかだ。


「お前は物好きの方だよな」


 ベリオの言葉に、ニーロは相変わらず視線を前に向けたまま、ニヤリと笑った。

 

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