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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
05_LAWFUL-Party 〈善なるひとびと〉

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25 最悪の探索と、昏い青

「やあ、よく来てくれたなティーオ! 」


 次の日の朝早く、「藍」の迷宮入口前でティーオは戸惑っていた。

 ドレーンたちが待っていたのは問題ない。昨日会ったドニオンとピリッピ、ユレーも一緒にいる。


 彼らは四人で、ティーオを入れて五人。そうなるであろうと少年は思っていたのだが、彼らの仲間は何故か後三人もいた。誰も彼もごくごくノーマルな「特別な技術のなさそうな」格好をした者ばかりで、名はそれぞれジェイス、ロロン、デッキというらしい。

 揃いも揃って短剣を腰から提げたくらいの探索者が全部で八人。

「いつも七人で探索してるの?」

「いや、いつも人数はまちまちさ。だが、大抵は七人か八人で行っているよ。大勢いた方が安全だろう?」


 朗らかに笑うドレーンたちを、他の探索者のパーティが訝しげに見つめている。

 探索者がパーティを組む時、大抵は「五人まで」になるようにする。それは、探索者の最大の切り札である「帰還の術符」の効果が及ぶのが「五人まで」だからというのが最大の理由だ。その他にも、五人以上だと通路を歩きにくい、あまり人数が多いとわけまえが減るなど、これまでの何十年かの間に大勢の探索者たちが迷宮に挑んだ結果「五人が最適」だと結論を出しているからだ。

 とはいえ、「五人まで」にしなければならない理由はない。

 

 ドレーンたちは「帰還の術符」を持っていないか、使うつもりがないのだろう。

 ティーオはそう判断をして、初めて会う顔と挨拶を交わした。特別に容姿のいい者も、体が大きい者もいない。見た所、魔術師もいないようだ。誰も彼もティーオとそう変わらない、頼りない装備に身を固めた者しかいないらしい。


 初心者からはそろそろ卒業だという探索者達がまず挑むのは「藍の上層部」と相場が決まっており、朝の入口は混みあうことが多い。いっぺんに入らないよう、一列に並び、前のパーティが行って少ししてから次の一団が入るのがマナーになっている。


 「橙」と「緑」、「藍」の迷宮の入口でよく見られる光景だった。夜明かしする自信も実力もない探索者は、その日のうちに帰りたい。故に、朝一番に迷宮の入口に「並ぶ」。

 緊迫感のない光景だと、ティーオは思う。上層部も似たようなもので、おっかなびっくりの初心者たちがキャアキャアと騒ぐ姿がそこかしこで見られる。

 だがそれも、誰もが通る道だった。ティーオもかつてこの街にやってきたばかりの頃、街の北側の大通りにある武器屋で買った小さな剣を手に「橙」の二層、三層で散々騒いだものだ。


 ティーオたちの順番はすぐにやって来て、一行はぞろぞろと「藍」の迷宮へと足を踏み入れていた。

 「藍」の迷宮の壁と床には、昏い青色のタイルが敷き詰められている。壁は小さいサイズ、床には大きいサイズの特に飾りのないタイプのものが隙間なく並べられており、「藍」の迷宮の中に広がる景色は少しばかり殺風景だ。

 昏い色の迷宮の中は重苦しい空気に満ちているが、それでも上層を彷徨っている間はまだましだった。降りていくうちに「照明」の仕掛けが待ち受けている。三層目まで通路は明るく照らされているが、四層目からはスイッチを押さなければ暗闇に閉ざされてしまう。


 なので、「藍」の迷宮が混んでいるのは三層までだ。四層まで降りればようやく、探索者たちは自分たちのペースでことを進められるようになる。三層までは地図も完成して街で広く売られており、四層へと続く階段までは誰もがすいすいと降りて来られる。


「さて、これから四層へ降りるわけだが」


 ティーオたちもまた、あっという間に四層へ続く階段まで辿り着いていた。ここまで来ると、初心者たちはそのままくるりと踵を返して入口へと戻っていく。

 三層までは悠々、四層からは地獄。調子に乗って潜れば簡単に命を落とす、それが「藍」の迷宮だ。多少敵が強くとも、仕掛けのない「赤」の方が人気がある。


「今日は新しい仲間がいるし、改めてわれわれの信念について確認していこう」

 ドレーンの朗々とした声が響き渡っていく。

 たまたまそこにいただけのよそのパーティは、訝しげな表情を浮かべたまま去っていく。


「われわれの目的は一つ。帰還が困難な者の救出及び、困難な者をより多く救えるよう自分たちを鍛え、備えるための準備をすすめることだ」


 一つじゃないな、とまずティーオは思う。が、大真面目な他の六人の手前、言い出せない。


「これから先、五層まで降りる。途中で怪我を負っている者を見つけたら救い、共に地上へ戻る。われわれの理念、信念を伝え、理解を得る。それがわれわれの使命だ」


 六名の仲間から拍手が沸き起こり、ティーオもやむを得ず周囲に合わせて手を叩いた。

 異様な雰囲気だった。とても、迷宮の中とは思えない妙な空気に包まれている。もしも敵が出たらという不安に駆られ、ティーオは右へ左へ視線を彷徨わせてしまう。

「どうした、ティーオ」

「いや、何か出たら困るかなと思って……」

 それもそうだ、とドレーンは頷く。

 しかし緊迫感は相変わらず失われたままで、ない。

「だが今は話を聞いて欲しい。われわれの崇高な理想を理解して、是非ともに歩んで行ってほしいと思っているのだよ、ティーオ。君にわかってほしい。そして真の仲間になってもらいたい」


 結局くどくどとした語りの間に迷宮鼠が現れてしまう。

 ドレーンたちはあたふたとしながらなんとか鼠を倒したが、まともに戦利品が得られそうな倒し方が出来たのは一体だけ。ティーオがとどめをさしたものだけだった。


 迷宮鼠から採れる戦利品などたかが知れている。皮も肉もさして高く売れるものではない。

 しかしだからといって、何も得ようとせずに置いていってしまうのはどういう理由があってのことなのか。剥ぎ取りをするそぶりすら見せずにさっさと階段を降りて行くパーティに対して、ティーオの疑念は募っていく。


 「藍」の四層の入口はまだ明るい。まっすぐに伸びる通路がまずあって、進んでいくうちに壁に小さな突起が現れる。それが「照明」の仕掛けで、押さなければ迷宮内の灯りは消えて暗闇に閉ざされてしまう。


 暗闇のエリアに入ればお終いだ、とティーオは思った。自分の迂闊さを呪いながら一行の先頭を行くドレーンの隣まで進んで、問いかける。


「あの、最初に確認するのを忘れていたんだけど」

「なんだ、ティーオ」


 大抵の探索者は「戦利品を山分けにする」。特に決まりがなければ、手に入れた金品はみな人数で割って分配するのが常だ。最初になんの取り決めがない場合はそうなる、というのが探索者同士の暗黙の了解になっているがしかし、今回はもしかしたら違うのではないかとティーオは案じていた。

 そんな不安は、まんまと現実になっていく。


「分配? 何を言ってるんだ、話しただろう」

「え? そうだった?」

「そうだ。大切な話だから聞いてほしいと言っただろう?」


 仕方ないやつだ、とドレーンは言う。

 そして「善なる仲間」特有の決まりを、新入りに笑顔でこう話す。


「迷宮内で得たものはすべて、これから先大勢を救うための支度のために使うんだ」

「支度?」


 曖昧な表現を繰り返すドレーンに何度か確認を続けると、ようやく彼らの「目的」がはっきりとした。


「得たものはすべて、我々の活動のために使われる。大勢を救うためには『脱出の魔術』が使えた方がいいだろう?」

「それは、そうだろうね」

「だからドニオンが習いに行くのだ。そのためには魔術師へ謝礼を支払わなければならない」


 「脱出の魔術」を会得するためには、魔術師たちの開いている私塾へ通うのが一番手っ取り速い。だがその授業料は高額で、おいそれと払えるものではない――。


 迷宮内で得たものはすべて彼らの活動費として集められる。つまり、探索で得た利益のほとんどは「授業料」のために使われる。

 ドレーンたちは個人ではなく、完全な「集団」だった。驚いたことに全員がこのやり方に不満を持っていない、らしい。


「ああ、そうなんだ。そうか……」

 呻くように答えるティーオへ向けて、ドレーンは輝かしい笑顔を浮かべて頷く。

「我々はやり遂げる。すべての迷宮で、孤独に命を散らす探索者がいなくなる日を必ず迎える!」


 なるほど、頭数が欲しいわけだ。

 なるほど、最初にこの「事情」を話さないわけだ。


 ティーオは一行の一番後ろまで下がり、一人深くため息をついていた。

 こんな連中に声をかけられ、仲間に取り込めると思われたことが恥ずかしくて堪らない。

 彼らの説く「善なる者のあり方」に心を惹かれた自分の愚かしさが、間抜けに思えて堪らなかった。

 

 今すぐ一人ででも戻りたいが、地図がない。朝はあれほど混みあっていた迷宮の中も今は人気がまばらになっており、たった一人で進むのはあまりにも無謀だ。

 ドレーンたちは「五層まで」と話していた。つまり、もう少し我慢して共に進んで、地上に戻ったら縁を切ってしまえばいい。


 なんと言えば二度と関わらないように出来るのか?

 そして、ドレーンたちにカッカーの屋敷について知られては良くないとも考える。初心者ばかりが集うあの屋敷にドレーンたちが来たら、何人かはころりと騙されてしまうだろう。


 迷宮内で命を落とす人間を減らしたいという話は、カッカーもしていたはずだった。

 カッカーは実際にラディケンヴィルスに来たばかりの者たちに力を貸している。剣の扱い方、罠の見破り方、地図の作り方、料理、剥ぎ取り、加工など、役に立つ技術を教えてくれる。ティーオも運よくカッカーの屋敷のことを知って世話になり、様々な技術を教えてもらったお蔭で今までやって来られたのだ。


 探索者を救いたいというドレーンたちの志は素晴らしい。

 だが、彼らにはそこまでの力はなさそうだ。今はまだ声が大きいだけの無責任な集団でしかない。もしかしたら、報酬を独り占めするだけの新手の詐欺の可能性すらある。


「どうした? もしかして、不服なのか?」


 声をかけてきたのはドレーンの弟、ドニオンだった。彼が仕えているのはどうやら皿の神らしく、皿の神殿のしるし入りの腕章をつけている。

 白い糸で刺繍をされたそれを直視できず、ティーオは目を伏せたまま答えた。

「いや、不服というか。こっちにもほら、生活があるから」

「生活? 君がしているのは単なるその日暮らしだろう? あんな工事現場で日銭を稼いで食いつないでいるよりも、我々と行動した方がよっぽど有意義だ」

 隣から、そうだそうだと口を挟んできた男の名前は、なんだったか。


 今は迷宮の中にいる。既にスイッチの仕掛けが施されているエリアの中にいるので、面倒な争い事は起こさない方がいい。

 だが、彼らの行い、理念についてあまり賛同したくない。

 やんわりと全面的な肯定はせず、ほんの少しだけ距離を開けるような受け答えをしなければならない。しかしそれは十五歳の少年であるティーオには難題だった。


「昨日も話したんだけど、そのう、怪我をした仲間がいてさ。面倒みてやらなきゃいけないんだ。だから全然報酬がないっていうのは、困るかな」

「その仲間も連れてくればいい。傷を負っているなら、僕が癒してやるから」


 参ったな、とティーオは額を掻く。

 その様子を見咎め、ドニオンは表情を歪めた。


 後方を歩いていたドニオンは足を早め、兄の隣へと移動していく。顔を近づけ、こそこそと言葉を交わしているが、声は聞こえない。

 だが、何を話したかはすぐにわかった。


 昏い「藍」の迷宮を進むうちに現れた曲がり角。右と左、どちらに進むのか、全員がリーダーであるドレーンの言葉を待つ。


「ティーオ、行って様子を見てくるんだ」

「え? 一人で?」


 これまでの偵察は必ず三人組だったのに。態度を豹変させ、ドレーンは厳しい視線ばかりをティーオに向ける。気が付けば、全員が同じように険しい顔をして新入りを見つめていた。

 その理由は間違いなくドニオンとのやりとりのせいだ。彼らに賛同せず、志を共にすると誓わず、報酬が必要だなどという「わがまま」を言う人員だと判断されたから、だ。


 迷宮の中を照らす魔法の光が揺れる。揺れて、ティーオの視界にゆらゆらと影を落とした。

 仕掛けの効果が切れかけているのか、それとも気のせいか。ティーオにはわからないが、今彼がおかれている状況は決して良くなかった。

 この後ドレーンたちがどうでるのか。もしかしたら先に行かせて、自分達だけでさっさと去るつもりかもしれない。

 少年は再び、深く深くため息を吐き出していた。 

 困っている人を助けようと言っておきながら、ちょっと意に沿わないと見るなりこんな仕打ちを平気でするなんて。ドレーンたちは卑怯な集団で、そんな彼らに希望を見出した自分はやはり間抜けだ。


 迷宮で起きるすべての出来事は、自己責任。

 何度も聞かされた言葉を胸の中で繰り返しながら、ティーオは考える。

 今陥っているこの窮地を、なんとか切り抜けなければならない。


「わかったよ」


 剣を抜き、ゆっくりと進んでいく。

 角に辿り着き、右へ左へ視線を走らせ、敵の影がないか確認し、戻る。


「敵の影はない」

「いいだろう」


 ドレーンたちは悠々と進みだす。

 こんなやり取りはこの後もずっと続いた。

 敵が現れればティーオが前へと押し出され、戦わされた。


「報酬が欲しいのなら、その分働いてもらわなければな!」


 四層を進んでいくうちに、ドレーンはこんなことを言って笑った。

 全員がそれに続いて笑い、ティーオに冷たい視線を向ける。


 どうやら彼らは、ティーオを置き去りにするような真似はしないらしい。

 彼らの信念にも反するような非道な行いはさすがにしないようだが、そのかわりいちいち危険に晒す。ミスをして怪我でもすれば、きっと嫌味ったらしく小言を言いながら傷を癒してくれるのだろう。


 そもそも、迷宮の中という危険な場所で「七対一」だ。逆らい様がない。

 数を武器にした汚いやり方に、怒りが募っていく。

 思い通りにならない人間を追い詰め、弱みを握るような奴らの何が「善」だというのか。


 ティーオは迷宮都市に来てから何人もの探索者を見てきた。

 自分と同じ、田舎から出てきた純朴そうな青年だけではなく、迷宮の中を生き抜いてきた手練れの姿を見てきた。彼らは強く、賢く、抜け目がなく、輝いている。カッカーの屋敷で見かけた彼らのようになりたいと願いながら努力を重ねてきたのだ。


 こんなセコイ連中と共に探索をしてしまったのは自分の落ち度だ、とティーオは心のうちで反省をしていく。だが、これで同じような失敗は二度としない。耳に心地よい話に騙されることなく、自分の信じる道をこれからは進めばいい。

 ドレーンたちには大した実力はない。これまであった何度かの戦いの中でそれはわかっている。だから彼らは本当に、五層まで辿り着いたら帰路につくだろう。

 それまで、生き延びるのだ。

 ティーオは誓い、集中していく。今日はもう報酬がなくとも構わない。いや、きっと、報酬など存在しない。迷宮兎の皮と肉をほんのちょっと取ったくらいなので、そもそも期待が出来ない。

 だから、今日は命が無事ならそれでいい。

 屋敷で眠り続ける愛らしい少女のために。この身に命を宿したまま戻れれば、それでいい。


 魔法生物の気配を感じ取り、ティーオは誰よりも多く戦った。

 無理難題を突き付けていればきっと泣きついて来るだろう。ドレーンたちのこんな考えは打ち砕かれ、とうとうこの下らない根競べに決着がついた。


 五層に辿り着き、通路の途中でスイッチの効果が切れて、ドレーンたちは慌てて松明の用意をし始めていた。

 薄暗い迷宮の中、ドレーンたちはひそひそと何かを話し合っている。

 恐らくは予定よりも早いが戻ろうという相談をしているのだろう。


「先に進まないのか?」


 わざとらしく声をあげながら、ティーオは一足先に曲がり角に辿り着いていた。

 だが、ドレーンたちの歩みは鈍い。

 どうやら想像していた以上に、彼らには力がないようだった。今自分たちを包んでいる闇を恐れ、うろたえている。


 ティーオもまた暗闇を恐れていた。「藍」の迷宮に来たことはあるが、たいした探索はしていない。その時に暗闇の仕掛けにもかからなかった。

 しかし前回足を踏み入れた時よりも、心が強くなっている。何度も迷宮に足を踏み入れた経験と、ドレーンたちに負けてなるものかという思いがティーオを支えていた。


 灯りをかかげて曲がり角を覗き込み、口先ばかりの偽善者集団に余裕をみせつけてやる。

 そう考え、実行したティーオだったが、通路の先に見えた光景に思わず足をすくませていた。


 ほんの少し、一歩か二歩進んだ場所に、金色に輝くなにかが落ちている。

 実物を見た経験はなかったが、その正体はすぐにわかった。


 帰還の術符だ。


「何も、いないぞ」


 わざとらしく声をあげて、ティーオは進む。

 角を曲がりきれば、ドレーンたちから姿は見えないはずだ。

 足が震える。

 藍色のタイルにあかりが煌めいて、ティーオの姿を殊更明るく照らし出しているような気がして、落ち着かない。

 一歩、二歩。進むとそこに、迷宮とよく似た昏い青の札が落ちていた。

 金色に輝く文字が浮かび上がり、ティーオに微笑みかける。

 少年はそれを急いで拾い上げ、何が書かれているかなどお構いなしにズボンの中にねじ込んだ。ズボンの更に奥の下穿きの中に「帰還の術符」を隠し、ぎこちない足取りで通路を戻っていく。


「大丈夫、魔法生物はいない。スイッチの仕掛けが切れるとすぐに出てくるって話だけど」


 話している間に額から一筋、たらりと汗が落ちてきて、少年はわずかに焦った。

 鼓動が早まり、背中を冷たいものが走っていく。


「そう、か。だが、もういいだろう。そろそろ戻らなければ時間が遅くなってしまう」

「帰るの?」

「ああ。幸いにも見捨てられ置き去りにされている者はいなかった。なんと素晴らしい日だろう。次はわれわれがそうならないよう、力を合わせて地上へ戻ろうではないか」


 言い訳めいたドレーンの話に、ティーオは引きつった笑みを浮かべて頷いてみせた。


 しゃべりすぎてはいけない。

 黙りすぎてもいけない。

 様子がおかしいと思われてはならない。


 罪悪感に似た感情が、蛇の形になって首をもたげてくる。

 貴重な貴重な「帰還の術符」を、独り占めにする気なのか? と問いかけてくる。

 口からしゅうしゅうと飛び出してくる舌はティーオの首筋を撫で、体を震わせる。


 ドレーンたちは何も言わない。

 彼らは生きて地上へ戻ることに必死で、ティーオの身の上に降りかかった幸運に気が付いていない。

 息を整え、体の震えを止めるならば今のうちだ。

 灯りの消えた通路でならば、姿は見えない。汗をかいているのは、火のついたランプを持っていて暑いからだと言い訳ができる。


 鼠や蛇との小競り合いを何度も乗り越え、四層へ。時折運よくスイッチを見つけながら、三層へ。

 明るさが取り戻された「藍」に、ドレーンたちは元気を取り戻していく。

 ランプも松明もいらない安寧の中で、意気揚々と出口へと向かう。


 ティーオも同じように、安堵の中に身を置きたかった。

 ここまでくればもう安心だ。やはり、光の恵みにかなうものはない。他の連中の言葉に笑みを浮かべ相槌を打ちながら、いつも通りを装っていくが、自分がうまくやれているかの判別がどうしてもつかない。ズボンの中、尻のちょうどど真ん中辺りにねじ込んだ術符が勝手に輝いて、「こいつは宝を独り占めにしようとしている!」と叫び出すのではないかと、気が気ではない。


 

 そんなティーオの焦りは杞憂に終わり、一行は無事に出口へと辿り着いていた。

 この探索で得られたものは、迷宮兎の肉と毛皮、蛇の革が少々で、換金したところで全員の食事代程度にしかならないであろう量だ。


「さて、ティーオ」


 七人の視線が一斉に新入りへと向けられる。


「報酬についてだが、理解はしてもらえただろうか?」


 これ見よがしに戦利品を広げているのは、八等分したところでたかが知れている、と言いたいのだろう。

 本来ならば、それでも請求する場面だ。探索者ならば当然、自分の働いた分の報酬を求める。


 ティーオは深く息を吸い込んだ。

 隠し持っている自分だけの戦利品がある。だから、彼らが惜しんでいるはした金など本当はいらない。だがいきなり「勝手にしろ」といえば、疑われるかもしれない。


「うん、まあ……。本当ならもらいたいところだけど」


 声が上ずってしまう。

 わざとらしい話し方になっていないか、不安でたまらない。


「でも、仕方ないかな。最初にちゃんと確認しなかったのはこっちの落ち度だから。あんたたちのやろうとしていること自体はすごくいいと思って、それで参加したから、だから……今回は、ちゃんとあんたたちの決まりに従うよ」


 用意していた台詞をなんとか言いきって、ティーオは息を吐いた。

 それを、ドレーンは「捨て台詞」として捉えたらしい。仲間にはならないが、逆らいもしない。

 そんなティーオを「許してやろう」と決めて、ニヤリと口の端を上げる。


「われわれの仲間にはならないのかな?」

「悪いけど、今はちょっと難しいかな。その日暮らしするので精一杯で、他人を助けて回るには力が足りないみたいだから」


 期待をもたせず、距離を置くためになんと答えればいいか。

 散々考えた結果導き出されたこの台詞は、効果的だった。


「もしも共に行きたくなったら、また来てくれ」

 戦利品をまとめて袋に詰め、ドレーンたちはくるりと背を向ける。


 それに心底ほっとしたティーオだったが、そんな彼に一人だけ詰め寄る者がいた。

 ドニオンは険しい表情を浮かべ、ティーオに口づけでもするかの如く顔を近づける。


「ティーオ、何か、隠していないだろうな?」

「え? いや、隠すって、何を?」

 神官の瞳は鋭く光って、少年の心に刃を当てる。

「もしも隠し持っているものがあったらすぐに出すんだ」

「いや、ないよ。あんたたちはずっと見てただろ? なんにもなかったよ。なにもなくて、本当に残念だったんだから」


 両手を高くあげて、ティーオはなにもないのだとアピールを続けた。

 少年が抵抗しないのをいいことに、ドニオンは腰の小物入れや背負い袋の中を漁って確認していく。だが、結局何も見つからない。探索者の基本的な持ち物以外は見つからず、神官は舌打ちをして去っていく。


 だが数歩進んだところで振り返り、ドニオンはティーオを指差して叫んだ。


「もしもお前が何か手に入れていたのがわかったら、後からでも必ず回収するからな!」


 

 奇妙な一行から解放されたはいいが、ティーオの足取りは重かった。


 カッカーの屋敷に戻ったあと、どうすべきか。

 ティーオは「帰還の術符」を換金するつもりでいた。

 もちろん、持っていてもいい。だが売れば十万にはなる代物だ。どんなに安くとも、八万以下には決してならないと聞いている。


 それだけあれば、しばらくは生活費の心配をしなくていい。

 カッカーの屋敷をでなければならなくなっても、困らない。

 ウィルフレドへ謝礼も渡せるし、あちこちで少しずつしている借金も返せる。目をつけていた新しい長剣を手に入れた上、故郷の両親へ仕送りまで出来る。それだけしても、まだまだ余る。その日の生活費について考えなくていい、余裕のある日々をしばらく送れるはずだ。


 探索の切り札として持っているより、今は金に換えた方が意味がある、とティーオは思う。


 だが、「帰還の術符」はなかなか売られないものだ。誰かが道具屋に売れば、その噂はあっという間に町中を駆け巡る。

 もしもティーオがその辺の道具屋に持ち込んだら、ドレーンたちに知られてしまうのではないか?


 もしも知られたくないのなら、時間を置いてから処分すればいい。

 少年は考えを巡らせていく。

 ドレーンたちとの探索で手に入れたとわからなければいいのだ。 


 だが、どうしても気分が落ち着かない。

 「術符」が手元にあるというこの状況が、ティーオの心を焼いている。


 ドニオンが自分を見つめる目の鋭さ。彼はもしかしたら、しばらくの間ティーオを監視し続けるかもしれない。そう思えるほど、詰め寄って来た時の表情は厳しいものだった。あんな奇妙な集団に身を置ける人間なのだから、そもそも普通ではないのだろう。


 考えれば考えるほど、術符を手放した方がいいように思える。

 だがどこで処分すればいいのか。

 カッカーの屋敷に向かってふらふらと歩きながら、ティーオは悩む。


 「藍」の迷宮があるのは街の東側。樹木の神殿がある南へは、住宅街と貸家街のちょうど狭間の通りを行くのが一番早い。

 その通りの端に、ぽつんと黒い壁の小さな家が建っている。


 その小さな家を見て、ティーオははっと思い出していた。


 訪ねていいのかどうか少し迷ったものの、意を決して扉を叩く。


 中から現れたのは、街で最も有名な魔術師であるニーロだった。

 

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