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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
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228/244

219 夜明け前(上)

「ああ、あの人」


 波打った金髪の男ならば、見た覚えがある。

 宿の主人はそう話したが、詳しくは知らないと首を振ってみせた。


 駿馬の蹄も、ラッサムの小枝も、どちらも同じ。

 ジマシュ・カレートについて尋ねてみたが、有用な情報は得られていない。

 それが口止めをされているせいなのか、本当に知らないだけなのかは結局わからなかった。

 どちらの従業員もごく普通の迷宮都市の住人にしか見えなくて、強く出るわけにはいかなかったから。



 迷宮調査団の一室で資料に囲まれ、ヘイリーはため息をついている。

 「橙」の迷宮が封鎖され、毎日何人もの探索初心者が調査団にやって来るせいで、ガランたちは対応に追われていた。

 これまでの調査についてまとめたいが、助手の力は借りられない。

 何十枚ものメモを並べて、考える。

 次は何処へ? 誰に話をきけばいい?

 

 考えは様々に浮かんでくる。

 最終的に行きつくべきなのは、きっとジマシュ・カレートなのだと思う。

 だが、どんな道を辿っていくべきなのか。


 デルフィ・カージンはおそらく、話した以上のことについて知らない。

 チェニーがなにか遺していなかったか記憶を探ってみたが、今更遅い。王都の家は空になり、もう人手に渡っているだろうから。

 

 ヌエルか、いまだ本名のわからない不審な男から話を聞ければ良いのだが。

 ジマシュ・カレートと間違いなく繋がりがあるのはヌエルの方で、彼がなにか話してくれればと願わずにいられない。

 

 ため息を押し潰しながら、机の上に並んだ資料を眺めた。

 その中に、火事が起きた時に死んだ男の似せ書きを見つけて、ヘイリーは考える。

 ジュプと、スタン。ヘイリーにもポンパにも違う名を名乗った男の、本当の名前。

 デルフィ・カージンが口走った、ジュスタン・ノープが正解なのだろう。

 オイデ・スローグの名も気になる。最初はスウェンだったはずのあの男は、オイデと名乗っていたらしいから。


 神官にその名を知らしめたのは、灰色の瞳の、無彩の名で知られる魔術師ニーロ。

 「藍」の大穴で見つけた死者について、チェニーとの邂逅については話してくれたが。

 聞いたこと以外には、答えないのが魔術師のやり方なのだろうか。

 彼はデルフィ・カージンに会い、話していたのに。

 あえて黙っているのだろうか?

 

 わからない。


 窓辺へ近寄ると、街のざわめきが聞こえてきた。

 「橙」が封鎖された影響で、「緑」に向かう探索者の数が増えたと聞いている。

 北の安宿から「緑」の迷宮に向かう為に、調査団近くの道を歩く者が増えているのだろう。

 いつもよりも騒がしいと思いながら、ふいに妹の顔を思い出し、ヘイリーは目を閉じていた。


「何故、話してくれなかった?」


 問い掛けても、返事はない。わかっていても、自分を包み込む静寂が哀しい。

 ゲルカに話を聞いてもらって、少し、心が軽くなったように思う。

 けれどやはり、こう思わずにはいられない。

 どんなに辛くとも、恥ずかしくとも。誰にでもいいから打ち明けてほしかった、と。


 死者の話を聞く方法はないのだろうかと、ヘイリーは考える。

 彼らならば、求めているなにもかもを知っているだろうに。

 

 生きている自分たちは、なにも知らない。

 迷宮に取り残された死者は、生者を置き去りにして、音もなく消えていく。


 

 暗い感情に飲まれかけていると、突如扉が開いた。

 ガランがやって来たと思いきや、現れたのはポンパ・オーエンで、ヘイリーの視線に怯えた顔を見せている。


「ダング調査官……、そのう、どうやらお邪魔だったようで、あるな?」

「いや、そんなことはない。休憩をしていたところだ」

「おほ、うん、休憩は、大切だ。ダング調査官は頑張り屋さんであろうから、根を詰め過ぎない方が良い。偉い、偉いぞ」


 おかしな文言に毒気を抜かれ、ヘイリーは小さく笑っている。

 そんな調査官にほっとしたようで、ポンパは勝手に近くの椅子を引き、腰かけていた。


「こちらの調査団の資料を一通り見させてもらった。最初のうちの、迷宮を複数発見した話は非常に興味深かったぞ! 今ポンパが住んでいる辺りも、随分と掘り返していたようでな」


 有用な話をしてやろうと考えているのか、ポンパはぺらぺらとしゃべった。


「特に、ホーカの屋敷のあるところだ。あそこは随分重点的に調べていたようだぞ。迷宮の並び方からすれば、至極当然だとポンパも思う。ダング調査官も不思議に思っているだろう。『橙』はどうしてひとつだけ、あんな位置にあるのかと」

 ヘイリーは何も答えないのに、話は続く。

「あそこだけが離れた場所にあり、難易度が著しく低いのは、後から作られたからではないかな。迷宮を造ったはいいが、うまく進める者がおらず、仕方なく練習の為の場を作った」

「なるほど」

 

 ヘイリーが足を踏み入れたのは『橙」だけで、他の迷宮の難しさについてはわからない。

 けれど、魔術師の話は興味深いものだ。


「『橙』は他の迷宮とは違うんだな」

「そうなのではないかと、ニーロちゃんが言っていたぞ!」


 完全な受け売りだとわかり、ヘイリーは少し呆れている。

 ポンパは気付いていないようで、今度は憧れの魔術師への称賛を始めていた。


「初めて見つかった物は調査団に伝えるよう言われていると、そこらの初心者たちは知らないだろう。いや、長くこの街に留まり、それなりの腕になっていてもこんな決まりについては知らぬのではないかとポンパは思うぞ。そもそも、そこらの木っ端探索者如きでは、新しい発見などできないのだ。資料には届けた者の名が記されているが、初代の調査団のメンバー以外はニーロちゃんの名前ばかりだった。すごいな、ニーロちゃんは、本当に素晴らしい魔術師だ、まだ若いというのに」

「そうか」

「新発見以外にも、ニーロちゃんはすごいのだぞ。迷宮の仕組みについて、いくつもの仮説を立てているのだ。証明するのはなかなか難しいのだがな」

「仮説とは、どんなものがあるのかな」


 なにげなく疑問を口にしただけなのに、ポンパは待ってましたとばかりに笑みを浮かべている。


「例えば、外から持ち込まれた死体についてだ。一年以上前に『紫』で消えない死体が見つかり、調査団に頼まれてニーロちゃんが調査に協力している。あのキーレイ・リシュラも現地に同行していたそうな」

 聞いた覚えのある話が飛び出してきて、ヘイリーは魔術師を見つめた。

「薬草業者の報告があって、取りかかったものかな」

 勉強熱心で結構、とポンパは笑っている。

「ああ、その通り。死体が消えずに残り続けて、最後には通路が塞がれたというものだ。ニーロちゃんは迷宮の中では命を落とした者でなければ清掃の仕組みが働かない、つまり、外から持ち込まれた死体だから、消えずに残り続けたのではと考えたそうだ」


 死体は調査団に回収されたが、結局身元などはわからず、西の荒れ地に埋められて終わった。

 こんな経緯については、ヘイリーも知っていたが。

 報告書は簡素なもので、持ち込まれた可能性などは書かれていなかったはずだ。


「死体を持ち込んで、始末しようとした者がいると考えればいいのか」

「その可能性はあるのではないか。……むう、なんだか恐ろしい話になってきたな。誰がそんなことを?」

 自分で話し始めた癖に、ポンパは体をぶるぶると震わせている。

 

 外から持ち込まれた死体は、消えない?


 迷宮の仕組みについては理解が難しいが、本当に持ち込まれたのなら、悪用の為だったのではないかとヘイリーは思う。

 誰かが死んで、その後の処理に困ったとしても。

 迷宮に持ち込む方が大変だし、危険なはずだ。死体が消え去る仕組みがあるから、そうしたとしか思えない。


 頭に浮かぶのはマージたちのことだ。

 迷宮に入ったのは何日も前、体は変色していて、明らかに普通ではなかった。


「『藍』の六層まで死体を運んでいくのは……」

「へっ、なん、なんなん、ダング調査官」


 質問を口にしている間に、無理だと気付いた。

 犠牲者は三人もいる。一人だって運んでいくのは難しい。罠だの敵だのが現れる迷宮の道を、死体を抱えて歩く者がいるとは思えない。

 どうしても大穴とやらに落とさねばならない事情があって、大勢の協力者がいればなんとかなるかもしれないが。

 理由も実行も現実的とは言えない。

 「紫」は人が少なく、死体は三層目にひとつだけ。処分の為に迷宮を利用したと考えてもおかしくはない。


 とはいえ、仮説が正しいか確認するのは難しい。あまりにも非人道的で、やろうとする者がいるのなら止めねばならないだろう。


 怯えるポンパへすまないと告げて、ヘイリーは手元の資料を見つめた。


「あの、今日は、ガラン殿は?」

「調査団を訪れる者が多くて、対応に駆り出されているんだ」

「あれから、調子はいかがだろうか」

「問題なくやっている。あなたのお陰で助かったのだから、もう気にしないでくれ」


 人質に取られたガランを救ったのは、ポンパ・オーエンで間違いない。

 魔術師の放った氷の礫はガランにもあたってしまったが、スウェン・クルーグに逃げられずに済んだ。



 

 ポンパが話に飽きて去って行き、ヘイリーは思い立って調査団を出ると、街の西側へと向かった。

 「紫」に残り続けていた死者も、「藍」で見つかった三人も、路上で争い死んだ男らも、火事に巻き込まれて炭と化してしまった者も。

 皆、そこにいるから。


 西の門には馬車が何台も並んでおり、賑わっている。

 そこを通り抜けると、景色は一気に寂しいものに変わった。

 みすぼらしいボロ家が肩を寄せ合うように並び、あとは寒々しい荒れた地表が広がっているだけ。


 やるせない気持ちで進んでいった先に、花が飾られていた。

 そこはマージを埋めた場所で、来た者がわかるように、白い木の棒を立て、スカーフを巻きつけてある。

 迷宮都市とその周辺には、ろくに植物が生えていない。

 花は誰かが買って、ここに供えたものだろう。ユレーか、ギアノか。ひょっとしたらオッチェなのかもしれない。

 飾られてから時間が経ったようで、花は瑞々しさを失い、ほんのりと萎れている。

 乾いた風に吹かれて、花弁が一枚ひらりと、ヘイリーの足元に落ちた。


「あんた、また来たのか」


 背後から声をかけられ、振り返る。

 薄汚れたボロを着た男の顔には、見覚えがある。

 この辺りで暮らしている「脱落者」だが、名前は知らない。

 西門近くで会ったから、穴掘りが必要そうな者に声をかけているのだろう。


「また誰か死んだのかい?」


 男はこう言って笑い声を漏らしている。

 冗談だったのかもしれないが、悪趣味だとヘイリーは思った。


「神官以外で何度もここに来る奴は珍しいよ」

「そうか」

「その服って、王都の騎士団のものなのか」

「私は迷宮調査団で働いている」

「ああ、調査団ね。まだちゃんと仕事をしているんだな」


 たいして興味もなさそうに呟き、男はなにかに気付いたように、ニヤリと笑った。


「そこの墓に用があったのか。誰が眠ってるんだい。よく女が来てるって、みんな気にしてるけど」

「……探索者だ。面倒見が良く、大勢から慕われていた」

「なるほど、ちゃんとした仲間がいた奴だったんだなあ」

「ちゃんとした仲間?」


 マージが見つけられたのは偶然の出来事で、ヘイリーはつい、そう呟いてしまう。

 男はポンパと似たようなしたり顔をすると、無知な調査団員に事情を語り始めた。


「探索で死んだ奴を地上に連れ帰るのは、よっぽどのお人よしか、長く組んだ仲間だけだよ。ただの同情で連れ帰っただけの初心者なら、こんな風に墓を作ったりはしない」

 わざわざ訪れたり、花を供えたりすることはもっと稀な出来事だ。

 男は萎れた花を指さし、よほどの色男だったのではと笑っている。

「大抵は迷宮ん中に置き去りで、勝手に消えていくだろ。連れ帰っても、埋めるのは神官任せさ」

「自分たちで墓の用意をするのは、珍しいことなんだな」

「そうさ。まあ、勝手に穴掘って埋める奴らもいるが」

「勝手に?」


 そもそもこの荒れ地は、誰のものでもないだろうに。

 ヘイリーはそう考えていたが、男はいやいやと手を振っている。


「適当に掘ったら、もう誰かが埋まってるかもしれないだろ? 俺たちはちゃんと把握してんだよ。どの辺なら空いてるか、新入りにもきっちり教えるんだ」

「なるほど」

「最近見ないけど、前はよく来る奴がいたんだよ。離れたところでこそこそ、穴掘ってさ」

「よく来ていた?」

「ああ。時々ね。同じようなところばかり掘ってて、もう誰かが埋められてただろうによ。気にせず死体を放り投げてて、さすがの女神さんも怒るんじゃねえかって皆で話したね」


 男の名を聞き、後でまた来ると告げて、ヘイリーは駆け足で調査団に戻った。

 資料の中から似せ書きを見つけ出し、懐に入れて、再び西の門へと走る。


「なんだ、どうしたってんだよ、調査団の人」

 リュージョと名乗った脱落者に、髭の男の似せ書きを突き付け、ヘイリーはこう尋ねた。

「何度も穴を掘りに来たというのは、この男か」


 走ってきたせいで息が切れている。

 顔中にかいた汗が流れて、顎からぽたりぽたりと落ちていく。


「……ああ、見た顔だ。こいつもいたよ」

「他にもいたのか?」

「まあね。毎回同じ面子じゃなかったみたいだけど、こいつは結構見たよ。そういや最近はさっばり見かけないな」

「どのくらいの頻度で来ていたかはわかるか?」

「そんな、毎日とかじゃねえよ。時々なんだ。しばらく来ない時もあった」


 何度もやって来るのは珍しいので、覚えてしまっただけ。

 リュージョはおどおどとこう話し、ヘイリーの様子を窺っている。


「奴ら、あっちの方でこそこそ穴を掘ってたよ。多分、俺たちにも見られたくなかったんじゃないかな」

 男の指さす先には、目印になるものはない。

 荒野は広く、どれほどの死者が眠っているのかとヘイリーは思う。

「その男らと話したことはないかな」

「すまねえ」

「謝る必要はない。話を聞かせてくれてありがとう」


 リュージョに礼を言い、調査団員はひとり、迷宮都市へと戻っていく。


 

 

 ジュスタン・ノープという名であろう男。

 彼は路上で誰かに切りかかり、反撃にあって命を落とした。

 使われることのなかった廃宿が並ぶ辺りから現れ、火を放たれた建物からは焼死体が見つかっている。


 そんな男が、西の荒れ地に穴を掘って、何度も死体を放り投げていた?


 迷宮都市の片隅に渦巻く闇の気配に、ヘイリーの心は震えている。


 思い悩みながら調査団へ戻ると、入口の前には大勢の探索初心者らしき若者がいて、封鎖を解けと騒いでいた。


「あ、調査団の人! なあ、頼むよ、『橙』に行けないと困るんだ」

 中へ入ろうとするヘイリーの行く手を塞ぎ、若者が叫ぶ。

「説明を受けていないのか?」

「あいつらは、自分たちじゃないって」

 指をさされた下働きの面々は、うんざりとした顔でヘイリーに助けを求めている。

「本当に無関係なんだ。どうやら王都から来ているようだが、迷宮の封鎖は調査団がしていることではない」

「じゃあ、誰が」

「我々にも知らされてはいない」

「そんなわけないだろ?」

「残念ながら本当だ。君の問いには答えられない」


 すまないなと若者の肩を叩き、間をすり抜けて調査団へと戻る。

 入口で絡まれていた中にガランもいたようで、ヘイリーを追いかけ、声をかけてきた。


「ダング調査官、助かりました」

 どうやら先ほどのやり取りで、若者たちは帰っていったようだ。

「朝から大変だったな」

「また来るかもしれませんけどね」


 疲れた顔の助手を労い、休むように言う。

 ヘイリーは部屋で着替えを済ませると再び調査団を出て、街の東側に向かって歩き出した。


 目指すのは無彩の魔術師の、黒い小さな家だ。

 なにをどこまで知っているのかはわからないが、少なくともジュスタン・ノープについては聞けるだろう。


 魔術師街をまっすぐに歩きながら、ふとロウランの顔を思い出していた。

 送って行った先も、ギアノに言われて訪ねたのも、無彩の魔術師の家だった。


 あの美しい魔術師は、ニーロとどんな関係なのだろう。

 頼もしく艶やかな黒い肌の美女を思うと、心の底が疼いて、少しだけ痛い。



 街の喧騒を抜けて東側へ出て、目当ての家に辿り着く。

 なにを問うかは、歩いている間に考えた。

 意を決して拳を握り、留守にしていないよう祈りながら、扉を叩く。


 中からかすかに足音が聞こえてきて、扉は開いた。

 現れた男は家主ではないが、知っている。

 迷い道が起きた時、ロウランと共に調査団にやって来た男で、名前はノーアン・パルト。


「こんにちは。調査団の、ダング調査官だっけ」

「ああ。先日は協力してくれてありがとう」

「いやあ。俺はただ、ロウランさんについて来るよう言われただけだからね」


 どうぞと言われて、ヘイリーは中に入った。

 以前に入った時とまったく同じで、家の中は簡素極まりない。

 それに、ひどく静かだった。


「みんな、今はどこかに出かけてます。ニーロもウィルフレドさんも、俺が来た時にはもういなくて」

 ノーアンはにこやかに話しながら、水を用意してヘイリーに差し出している。

「ロウランさんはホーカ・ヒーカムの屋敷に行ったみたいです。多分、キーレイさんと一緒に」


 留守番をするように頼んだのは魔術師ロウランと考えればいいのだろうか。

 探索者にしては、随分と人当たりが良い人物のようだとヘイリーは思う。

 ノーアンの顔はにこやかで、来客の向かいに座り、こんなことを言いだしている。


「最近『橙』が封鎖されたとかで、初心者たちが困ってるでしょ。調査団も対応に追われているんじゃありません?」

「確かに、苦情を言いに毎日何人もやって来ているよ」

「道理で。お疲れなんでしょうね。十日くらいで封鎖は終わるらしいし、それまでの辛抱ってところですか」


 そんなに疲れた顔をしているのかと、ヘイリーは思わず頬に触れた。


「必要な時には少し休まないと、見えるものも見えなくなっちゃいますから」

「迷宮の中では、命に係わりそうだ」

「そうそう、スカウトには本当に大問題ですよ。皆が気付かないことを見抜くのが役割なんでね」

「君はスカウトなのか」


 ノーアンは頷いたが、ヘイリーは少し疑っている。

 仲間たちの誰よりも前を歩き、敵の気配や罠の位置に気付く役割を負った者にしては、鋭さがなかったから。


 今だって、誰を訪ねて来たか聞きもせずに、やって来た調査団員を中に入れて雑談に興じている。

 疲れた顔をした来客を慮っているのかもしれないが、余りにも人が良すぎるのではないか。

 ヘイリーは内心でこう考え、一方で前向きに捉えても良いのではないかとも思っていた。

 不思議なほどに警戒感がない目の前の男に、調査団員は思い切って問いかけてみる。


「君は、マージという名のスカウトを知っているかな」

 突然の問いにも、ノーアンは笑みを浮かべていた。

「知ってますよ。背の高い女のスカウトですよね。何度か店で一緒になったことがあって」

「スカウトの集う店で?」

「ええ。明るくておしゃべりで、気さくな感じだったな」

「親しくはしていない?」

「残念ながら、二人で話したことはなくって。多分、俺みたいなのは好みじゃないんだろうな」


 ノーアンの答えに、思わず笑ってしまう。

 こんな風に調査とは関係のない会話は久しぶりで、心が軽くなっていく。


「君はどうして迷宮都市へ? 探索者になろうと思ってきたのかな」

 スカウトへの問いかけはごく自然に口から飛び出していったもので、言った後にしまったとヘイリーは思っていた。

 迷宮都市の住人は、過去を問われるのを最も嫌がると何度もきいたのに。

 同じ失敗を繰り返したのだと気付いて、ヘイリーは後悔を覚えていたが、ノーアンは気にするそぶりも見せずに答えてくれた。


「俺は本当に駄目な子供だったんですよ。家の手伝いもしないし、同じ年頃の連中とつるんだりもしない。女の子に興味はあったけど、熱心に追いかけたりもしなかった」


 やる気のない子供で、とノーアンは言う。

 それで、十四歳になった日に親に追い出されてしまったのだと。


「なんのあてもない人間が行ける場所って、そこらへんにはないんですよ。なにが出来るかって言われても、得意なことなんかないし。熱心に雇ってくれって言うのも面倒でしょ。こんなこと言う奴、誰も雇うわけがないし」


 そんな少年が最終的に行きついたのが、迷宮都市だった。

 誰かが話していた一攫千金の話を思い出し、大勢の若者が毎日やって来ると聞いたから。


「それで、探索者になった?」

「そうなんだけど、いや、びっくりだよね。ぼーっとしてたら死んじゃうんだから。実際、何度か死んだし」


 あははと笑うノーアンが一瞬で理解できなくなって、ヘイリーは戸惑っている。


「死んだことがあるのか」

「スカウトはどうしても一番前を行くからね。失敗したら罠にかかるし、敵に気付かなきゃ戦いに巻き込まれちゃうし」

「聞いてもいいかな。死ぬとは、生き返りとはどんな感覚なのか」


 スカウトの男は、そうだなあと天井を見つめている。


「その時によるかな。一瞬でやられた時は別に、なんとも。寝て起きたのとそんなに変わらないよ。大怪我した時なんかは嫌なもんだけどね。ああ、やっちゃったなあって。どこを見ていれば気付けたのかとか、後悔がすごくって。神殿に頼むとお金もかかっちゃうでしょ」

 それ以前に、仲間が救ってくれるかどうかもわからないのに。

 ヘイリーは余りにも軽い答えに驚きつつ、更に問う。

「そんな程度なのか?」

「そんなもんだよ。後悔した後に目が覚めたら、ラッキーってだけ」


 興味深い内容だが、目の前の男についてはますます理解ができなくなっていく。

 ノーアンの人当たりの良さは心地よいが、この軽薄さは生来のものなのか、それとも他に理由があるのか、わからない。


「ああ、すみません、変な話をしちゃって。この家の誰かに用事があったんですよね」

 会話は急にまともなものに戻され、ヘイリーは頷いて答えた。

「無彩の魔術師に話を聞きたくて来たんだ」

「ニーロに……。もしかして、妹さんのことで?」


 今度はノーアンからストレートに繰り出され、ヘイリーは驚きつつも、なんと返答しようか考える。

 

「君はチェニーを知っているのか」

「いえ、直接は知りません。ニーロと鍛冶の神官との話に、俺もなぜだか立ち会って、耳にしただけで」

「デルフィ・カージンと会ったことがある?」

「ものすごく痩せた神官であってます? 彼が来た時も、ちょうど留守番を引き受けていたんですよ」


 飄々とした様子で答えるノーアンに、ヘイリーは意を決して問いかける。

 この男なら答えてくれるのではと望みを感じて、こう尋ねた。


「ジマシュ・カレートという名の男を知っているかな」

「……それって、鍛冶の神官の友達だって男ですよね」


 会ったことはないというのが、ノーアンの一つ目の返答だった。

 名を知っていたのは二人の会話の中に出て来たからで、見かけたことすらないらしい。


「デルフィ・カージンと無彩の魔術師が会ったのは、この七日間よりも前のことかな?」

「どうしてそんなことを聞くんです」


 さすがに不審に思ったのか、ノーアンは戸惑った様子を見せている。

 すべて言うか、ここで止めておくべきか。

 迷いはあったが、僅かでもいいから手掛かりが欲しくて、素直にこれまでの経緯を話した。


「最近になって、デルフィ・カージンが調査団を訪ねに来た。それで、彼が無彩の魔術師と会っていたと知ったんだ。以前、別の件でここへやって来た時に魔術師ニーロと話はしたが、鍛冶の神官と会っていたことは教えてくれなかった。私がデルフィ・カージンを探していたと知っていたはずなのに……。あえて隠していたのではないかと思うんだ」


 デルフィはニーロと会ったと話した。ギアノと共に居場所を探し当てて、来てくれたのだと。

 迷宮都市を訪れた時、最初に会ったのはギアノで、彼もまたデルフィとその相棒の身を案じていた。

 自分が鍛冶の神官と会いたいと考えていると、知っていてもおかしくはない。いや、絶対に、知っていただろうとヘイリーは思う。


「あえて伝えなかったっていうのは、その通りなんじゃないかな」


 ノーアンは僅かな沈黙の後に、こう答えた。

 調査団員の向けた視線に小さく頷き、続けていく。


「俺は全部の事情を知りません。いくつか断片的に話を聞いただけだけど」


 ニーロはジマシュ・カレートを警戒しているのだと思う。

 この言葉の意味を、ヘイリーは考える。


「ジマシュ・カレートという男を、怖れているのか」

「いや、その男に逃げられないようにしたいんだと思う」

「逃げるとは、ジマシュ・カレートが?」

「自分の仕業だってわからないよう、慎重に立ち回る男なんでしょ。ロウランさんが言ってたんだ、そういう人間は、上手く操れる人間しか狙わない、自分のやり方が通じない相手とはやり合わないって。ニーロなんて、絶対に正面からやりあいたくない相手だと思うよ。ニーロが探ってるとわかったら、逃げ出すかもって考えているんじゃないかな」


 だから、あまり人には言わないようにしているのでは?


 途端に頭の中が、ごちゃごちゃと乱れていった。

 ノーアンがこんな話をするのも、ロウランがジマシュについて知っていたことも、すんなりと理解ができなくて。


 けれど同時に、レテウスのことも思い出していた。

 ジマシュ・カレートに二度も声をかけられたという、王都から来た貴族の青年を。


 「礼儀正しくまっとうな男の話」に乗らずにいられたのは、シュヴァル少年が止めたから。

 上手く操れそうだと目をつけられたが、あの少年が未然に防いだ。

  

 シンマの襲撃については詳しく聞いたが、ジマシュ・カレートについては触れていない。

 事件とは無関係だし、シュヴァル本人も弱っていたから、余計な話はできなかった。

 

「ノーアン、ありがとう。話を聞かせてくれて」

「ああ、なんか、すみません。ニーロを訪ねて来たっていうのに」

「いいんだ。興味深い話を聞けたよ」

 

 魔術師の予定はわからず、いつまでも待つわけにはいかない。

 ヘイリーは小さな黒い家を後にすると、貸家街に向かって歩き始めた。


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