218 生き様を選び取る
コルフがこう答えたのは、ほんの少しの沈黙の後。
「俺は別に構わないけど。カミルはどう?」
親友と目が合い、スカウトは考える。
クリュが今二人に向けている表情は、随分と切実なように見えた。
いろいろあってと一言で片づけているが、確かにクリュの身には様々なことが起きている。
路上で襲われた時、カミルも現場に駆け付けていた。
コルフとフェリクスに抱えられて樹木の神殿へ向かう姿を、はっきりと覚えている。
酒場で意気投合して組んだ誰かが襲い掛かって来た話など、聞いた覚えがない。
知り合いが地面に倒され首を絞められる様は衝撃的なもので、あの日の光景はきっと忘れないだろうと思う。
「僕も、いいよ」
ホーカの弟子たちにも追われているし、大怪我をした同居人の少年を看病していたし。
確かに探索どころではなく、稼ぎたいという話は納得がいく。
金がない時は心細いのが当たり前で、頼れそうな相手がいるなら、こんな話を持ち掛けるのは当然だろう。
「いいの? 本当、カミル」
「明日はアダルツォとフェリクスがいないんだ」
「えへへ。実は、さっきの話が聞こえてたんだ。だから、二人に頼めるんじゃないかって思って」
「なるほどねえ」
カミルの向けた視線に、クリュは小さく身を縮めてしまった。
急に不安そうな顔をして、様子を窺うようにスカウトを見つめている。
クリュも真人間などではないが、自分たちの印象もそう良くはないのではないか。
心の隅にしゃがみこんでいる寛容の精神に呼びかけ、優しさに満ちた答えを探し、用意していく。
「あ、いや、いいんだよ。別に隠すようなことじゃないし。クリュは今日、皆の指導に付き合ってくれたんだもんな」
クリュは指導側だったから、一切の報酬を受け取っていない。
金欠なのにこの条件で引き受けてくれたのだから、少しくらいはサービスしてやるべきだろう。
「ありがと、二人とも」
今度は幸せそうに微笑んで、クリュはカミルの手を強く握った。コルフにも同じようにして、嬉しいなと呟いている。
「隣に行って誰か誘おうか」
カミルの提案にゴルフが頷き、クリュの為に捕捉を入れている。
「ロカとシュクルは最近探索に付き合い始めたっていうから、誘えば喜んでくれるかもね」
三人で神殿へ向かいながら、フォールードを誘うかどうか考えていく。
普段なら声をかけないという選択肢などないが、クリュと共に行ってまともに動けるかどうか?
屋敷と神殿を繋ぐ廊下は短くて、思索の時間はすぐに終わってしまう。
夜を迎えた神殿は昼間よりもずっと静かで、ひそやかな気配に満ちていた。
「おや……。樹木の神殿へ、ようこそ?」
おかしな文言が聞こえてきて、カミルは声の主を探した。
開いた扉の陰に誰かいたようで、神官が進み出て来る。
「君か、サークリュード」
「あ、ケルディ」
キーレイへの言伝を頼んだ、やけに圧の強い神官で間違いない。
何故だか剣を提げた姿の樹木の神官は、やって来た三人の若者のうちの一人だけを歓迎して、丁寧に頭を下げていた。
「クリュ、知ってるの」
コルフが問い掛け、神官の正体がわかる。
「うん、まあ。最近迷宮都市に来たんだよね、ケルディは」
ケルディと呼ばれた神官は二人をじろりと見つめて、よく通る大きな声で名乗った。
「樹木の神官戦士、ケルディ・ボルティム・パンラだ」
「え、パンラ?」
「聖なる岸壁カッカー・パンラの甥で、神官として、騎士として修業を積み、迷宮都市へやって来た」
君たちは?
やけに偉そうだが、答えないわけにはいかず、二人も名乗る。
ケルディと名乗った神官は現れた探索者をじろじろと見つめており、変な奴だとカミルは思う。
「騎士としても修行をしてきたって、本当に?」
「疑うのか」
いやいや、とコルフは慌てて手を振っている。
「樹木の神官には剣を扱う印象がなかったから」
「確かに剣を扱うのは鍛冶の神官……、そう考える者は多いだろう」
二人には威圧的にこう話したのに、クリュに対しては妙ににこやかな顔を見せている。
カッカーに神官の甥がいたとは初耳だった。
見た目に似ているところはない。声がよく通ることくらいしか、共通点はまだ見つかっていない。
「ロカかシュクルはいないの」
クリュに問われて、ケルディはにこにこ微笑んでいる。
「彼らは今の時間の当番ではないんだ。サークリュード、君はあの二人に一体どんな用事が?」
「クリュでいいって言ってるのに」
小さい声でぼそりと呟いたのは、既に何度か言ったことがあるからなのだろう。
強く主張する気はないらしく、クリュは神殿を訪ねた理由をケルディに告げている。
「『藍』の探索に行きたいから、付き合ってほしくて」
「探索に? 神官の手を借りたいと?」
そうだよ、と言おうとしたのだろう。クリュは頷いてみせたが、答える前に神官の方が声を張り上げていた。
「では私が共に行こう」
ずいっと一歩踏み出してきた神官を避けたせいで、クリュはコルフにぶつかっている。
「当番の時間はそろそろ終わりだ。明日の探索に備えてぐっすり眠るとしようかな」
「ねえ、探索の経験はあるの?」
コルフの問いに、ケルディの答えはこう。
「まだだ。一度もない」
「それはちょっとなあ。初めてで『藍』に行くなんて、少し無謀だと思うけど」
「探索の基本についてはしっかりと学んできた。戦いもできるが、君たちが期待しているのは神官としての活躍の方だな」
はっはっは、と朗らかに笑いながら、ケルディ・ボルティム・パンラは三人の手を順にとり強く握って、よろしく頼むと言い放つ。
「早く迷宮探索に挑んでみたかったのだ。古代の魔術師が与えし厳しき試練……、初めての挑戦を、サークリュード、君に誘われるとはなんたる光栄か!」
「ロカは」
「彼らはこの後、深夜の当番を務める。明日の探索には付き合えまい。心配はいらない。私は偉大なる叔父上と並ぶ探索者として名を挙げる、迷宮都市に現れし新たな神官戦士なのだから!」
参ったなと思った瞬間、コルフと目が合う。
内心はまったく同じになっているようで、呆れた顔で肩をすくめていた。
「おい、なにしてんだ、二人とも」
背後から声がして振り返ると、屋敷へ繋がる扉からフォールードが顔を覗かせていた。
「探索に行く相談でもしてんのか?」
そいつと、と指をさされて、ケルディはじろりと戦士に視線を向けている。
「君も探索者か」
「なんだお前」
フォールードは眉を顰め、これはまずいとカミルは思う。
しかし、争いは起きずに済んだ。コルフの陰に居たクリュに気付いて、フォールードは明らかにあわあわし始めたから。
「あ、ええと、クリュさんも、いらしたんですね」
「うん。カミルたちに明日探索に付き合ってほしいって頼んでて」
「俺も行きます! 俺も行きます!」
フォールードが叫び、ケルディも張り合うように自分も行くぞと返している。
クリュは二人になにか言っているが、声量で敵わず、諦めたようだ。
「カミル、コルフ、いいかな。ケルディはこんな風だけど、神官なのは間違いないんだ。探索に行きたいっていうのも何回か聞いてはいるよ」
「クリュがいいなら、別に。あいつが足を引っ張るようならすぐに終わりにするだけだし」
コルフの台詞に、思わず笑ってしまう。
クリュは渋い顔をしていたが、最後にはわかったと答えた。
うまくいく方に賭けたのか、単にケルディを止める自信がないのか、どちらなのかはわからない。
「じゃあ、明日よろしくね」
「ああ! サークリュード、良い夢を」
気障な挨拶をするケルディを残し、屋敷へ戻る。
フォールードにも話をすべく食堂へ向かい、隅の席についたが、戦士の鼻息は荒い。
「なんなんだ、さっきの奴は」
「神官だよ、フォールード。カッカー様の甥なんだって」
「甥?」
「クリュは知ってたみたいだけど」
コルフの問いに、クリュは小さく首を傾げている。
その姿を目にした瞬間怒りは消滅したようで、フォールードの表情は神妙なものに変わった。
「少し前に迷宮都市に来たみたいだよ。戦士としての心得もあるって、樹木の神官長様の護衛をしてた」
「護衛? キーレイさんの?」
「チュール様が来てた時にね。見廻りみたいなことをしてたよ。その後は、お隣で働いてるのかな」
「クリュはどういう扱いなの?」
カミルが問いかけると、美しい青年は大きくため息を吐きだし、こう答えた。
「やっぱり変だよね。普通にしてよって何度か言ったんだけど」
やけに丁寧なだけで、おかしなことはされていないから、文句は言えない。
クリュはぼやきながら、フォールードへ目を向ける。
「フォールードも、クリュって呼んでよ」
「そんな馬鹿な……」
戦士の呻くような呟きはかなり小さくて、隣に座るカミルにしか聞こえていないようだ。
「いや、二人かわるだけであんなに違うなんてね」
部屋に戻るなり、コルフはこう呟いて笑っている。
「本当だね」
「明日はフェリクスとアダルツォの有難みが身に染みるのかも」
こんな軽口で一日が終わり、次の日の朝がやって来る。
二人が起きて一階へ降りると、クリュは既に起きて厨房でギアノの手伝いに精を出していた。
「やあ、おはよう、クリュ」
「おはよ、カミル、コルフ」
フォールードもやって来て、四人で食事を進めていく。
隣にはフェリクスと雲の神官兄妹が座っていて、アダルツォからこう問われた。
「クリュと探索に行くんだって?」
そうだよという答えに、気を付けて、と祈りが続く。
「カッカー様の甥の神官がいるって本当なのか?」
フェリクスに問われ、そうらしいよと返しておく。
話していると食堂の入り口に件の男が姿を現し、初探索の仲間を見つけ、声をあげた。
「やあ、サークリュード! おはよう!」
「……すごいな、なんだか」
アダルツォがぼそりと呟き、コルフが笑っている。
「おはよ、ケルディ」
「支度は済んだ。君が行くと言った時が、探索の始まりだ」
食堂中から視線を向けられているのに気付いて、ケルディは大きな声で名乗っている。
カッカーの甥と聞いて、全員が戸惑いながらも頭を下げていた。
食事が終わり、出かける支度を整え、五人で「藍」の迷宮へと向かう。
パーティとしてのバランスは問題ない。
戦士が二人いて、魔術師、スカウト、神官が揃う「理想」の五人組ができているのだから。
フォールードとコルフの実力はわかっているし、クリュの腕も悪くない。
問題はケルディで、後列に入るのは納得いかないと主張を続けていた。
「叔父上は前で戦いを引き受けていた。私もそうすべきではないかな」
「探索は初めてなんだろ。最初は後列でいろいろ覚えた方がいい」
「迷宮については充分に学んできた」
「聞いた話で全部わかった気になってたら駄目だ。実際に歩かなきゃ理解できないこともたくさんあるよ」
うんざりしながらもコルフが説得を続けて、並び方はなんとか決まった。
カミルとフォールード、クリュが前で戦い、コルフとケルディは後方で仲間を守る。
「五等分でいいな」
最後に確認をして、全員が了承したら、探索が始まる。
今日も「橙」封鎖の影響か「藍」はいつもより人が多く来ていて、入るまでに待ち時間があったし、最初のうちは戦いもなく、灯りの仕掛けに困らされることはなかった。
まともな迷宮歩きが始まったのは、六層目の泉を過ぎてから。
「藍」に挑む者の半分以上はここで引き返し、戦闘の機会が一気に増える。
基本的な歩き方について、ケルディは本当によく承知していたようだ。
コルフはいくつか注意をしていたが、どれも素直に聞き入れ、神官らしく仲間の様子に気を配ってくれている。
六層目から先で問題になったのは、フォールードの方だった。
戦士は明らかにいつもより前に出て、ばたばたと激しく戦っている。
前に出ようとするクリュを遮り、なにもかも自分で倒そうとしているようだ。
さすがに目に余る戦い方で、カミルは休憩の為の行き止まりへパーティを誘導して、戦士を諫めた。
「クリュはちゃんと戦えるから、あんな風に動かなくていい」
「あ?」
「なんだい、その返事は。フェリクスとはうまく連携してるだろ」
フォールードはなにも答えなかった。
何故だかカミルを真正面から見つめるだけで、ぴくりとも動かない。
「どうした。前で戦う者が必要ならば、私が引き受けるが」
「いや、ケルディ。問題ないから大丈夫。やれるよな、フォールード」
フォールードが答えなかったせいか、ケルディは高らかに笑い出し、吠えた。
「やはり私が引き受けよう! サークリュード、君は後ろに」
クリュは驚いたのだろう、くりくりの目を大きく見開いて、抗議の声をあげている。
「なんで俺が下がるんだよ」
「戦闘は我々が引き受ける。心配しなくていい。この『藍』の迷宮には鹿が出るのだろう。勝利の証として角を持ち帰ろうじゃないか」
「前で戦えるってば。そもそもそういう話じゃ」
「いけない、サークリュード。君に傷がついては大変なことになる」
「そうだよ、クリュ……さん。怪我でもしたらどうするんだ」
急にスイッチが入ったのか、フォールードまで主張を始めて、クリュはとうとう怒り出している。
「なんなんだよ、もう! 戦士なんだから戦うのは当たり前だろ! 怪我なんかこれまでに何度もしてるよ!」
「おお、なんという。せめて、これ以上は……! 今からでも遅くはない、やはり君は神官の道へ進むべきだ」
ケルディの台詞に、フォールードは驚いた顔をしてこう叫んだ。
その手があったか、と。
「なんでそんな話になるんだよ」
クリュの抗議を完全に無視して、ケルディは腕組みをして決め台詞を放っている。
「魔法生物は危険だ。今日初めて戦ったが、なんと恐ろしいものか!」
そうだそうだとフォールードが同調し、ケルディは歯を輝かせて仲間の肩を叩いている。
「ごめん、二人とも。せっかく付き合ってくれたのに」
可哀想に思えるほどに落ち込んだ顔で、クリュは囁くように話している。
「いや。……クリュは悪くないと思うけど」
コルフのこんな慰めもあまり効果はないようで、美青年の表情は冴えない。
「俺のせいだもん。ケルディは前にもああ言ってきたんだ。神官になるべきだって。神官の決まり文句みたいなものだと思ってたのに」
「言われたの?」
「うん。どうせ、俺がチュール様に似てるからなんだ。チュール様も言ってた。女神の子なんだから神官になるしかないって、小さいうちから神殿に預けられたんだって」
盛大にため息をついて、クリュはしょんぼり、いじけている。
「フォールードってすごく強いんだろ。一緒に行けたらいいなって思ってたのに、俺とじゃ駄目なんだな」
楽しみにしてたのに。そんな呟きの後に、更なるため息が吐き出されていく。
「昨日ちゃんと断って、ロカに頼めば良かった」
これには同意しかないが、追い打ちをかけてもいいことはないだろう。
「じゃあ、もう終わりにする?」
コルフがこう言い出し、カミルは考える。
いつもならそうすべきだと頷くところだが。
クリュは稼ぎたくて来たのに、ここで終わっては目的が果たせない。
自分たちの探索が失敗した後。回復部屋で寝かされている間に、クリュは皆の力になってくれた。
実際に目にしてはいないが、フォールードがダインと揉めないように止めに入り、コルフを励ましてくれたと聞いている。
アダルツォへの仕打ちを聞いて極悪人として扱ってきたが、反省もしているようだし、こんな終わり方はさすがに気の毒だ。
親切心を働かせたら、こんな考えになるのではないか。
ここにいない二人の仲間の顔を思い出しながら、カミルは口を開いた。
「なあクリュ、もう一回ちゃんと言ってみたらどうかな」
これで終わりにするなんて、不本意なのではないか。
クリュはまっすぐにカミルを見つめて、いいの? と問いかけてくる。
「ああ。話を聞くよう僕からも言うよ」
ありがたい提案を受けただろうに、クリュは戸惑ったような顔だ。
「なんだかすごく親切だね、今日は」
「なにか文句があるのかい」
「ううん! そんなことない。嬉しいよ」
白く輝く髪をふわりと揺らして、クリュは問題児たちに歩み寄っていった。
カミルは近くにあるスイッチの位置をコルフに教えて、灯りが切れた時には押すように頼む。
「ねえケルディ、フォールードも。俺はもっと探索を続けたい。最初に決めた並び方で」
「サークリュード、それは駄目だ」
「駄目じゃないよ。俺は剣を使えるし」
「戦いになればいつか傷を負う。君をそんな目に遭わせるわけにはいかない」
「そのくらいの覚悟はあるから」
「なにを言っているんだ、君は」
駄目だと繰り返すケルディに呆れながら、カミルは神官の肩に手を置いた。
「なにかな」
「クリュの話をちゃんと聞きなよ」
「聞いている。聞いた上で駄目だと言っているんだ」
「その駄目だっていうのがそもそも間違ってるだろ。どうしてクリュのことをお前が勝手に決めるんだ」
「お前だと?」
「神官のくせに、随分わからずやみたいだからさ」
強い言葉に、ケルディはようやく口を閉ざした。
クリュは瞳をきらりと輝かせて、圧の強い神官に言い聞かせていく。
「今日は探索に来たんだよ。迷宮に、稼ぐ為に来たんだ。なるべく深いところまで進んで、敵を倒して、いろいろ持って帰る為に」
「それはわかっている」
「だったら護衛みたいな真似はしなくていいってのも、わかってよ」
「しかしサークリュード」
「もう! なんなんだよ、わけのわからないことばっかり言って! 俺は神官にはならない。そもそも、なれるはずないんだ。頭も良くないし、図々しいいい加減な人間なんだから!」
クリュが声をあげた瞬間、灯りが消える。
暗闇に閉ざされる前のほんの一瞬、カミルにはケルディの顔が見えた。
心底驚いたような様子で口をあんぐり開けていて、思わず吹き出してしまう。
コルフがスイッチを押して、再び迷宮には光が戻っていた。
ケルディの表情は深刻なものになっていたが、これはこれで理由がわからない。
「フォールードもさ、いくら似てるからって、俺のことチュール様みたいに扱わないでよ」
「え、いや……、そんなことは、しているのかもしれねえけどよ」
「ケルディと同じだよ。俺のこと、見た目だけで判断してるよな」
「その女神の如き美しさのことか」
はあ、と大きなため息の音が聞こえた。
クリュはうんざりした顔をしていたが、強い瞳を二人に向けている。
「それ、褒めてるつもりなんだろうけど……。この見た目のせいで、俺が本当はどんな奴なのか、考えてももらえないよ。か弱いんだろうとか、守ってあげたいとか、逆にこれまでもいい思いしてきたんだろって言われたりとか、そんなんばっかりだ」
なにも知らないまま、決めつけないでほしい。
クリュは悲しげに呟いて、こう続けていく。
「頼むから俺のこと、特別扱いしないで」
「サークリュード、その」
「神官なんだろ、ケルディ。俺の悩みを聞いたんだから、寄り添ってよ」
これで神官はようやく黙った。
次はフォールードに視線を定めて、クリュは言葉を探している。
「あのさ、フォールード」
「はい、なんでしょうか」
「この間チュール様が来た時、話を聞いてもらったんだ。俺の悩みを理解して、励ましてくれたよ。思い通りに生きていいんだって言ってくれた」
「さすがはチュール様」
「俺、強くなりたいんだ。剣の扱いをもっとうまくなって、いい仲間を見つけたい。だから、力を貸してよ。どうやったらもっと強くなれるか教えてほしいんだ」
「ええ……」
「顔が似てるだけなんだよ。チュール様はあんなに優しくて、人の為に生きてるのに……。俺なんかと一緒にするなんて、チュール様に悪いと思わない?」
汗をたらりと額から流して、フォールードは小さく唸っている。
けれどとうとう、冴えない表情ながらも頷き、わかったよ、と答えた。
「良かった。じゃあ、並び方は最初に決めた通りで」
コルフが近付いてきて、五人の位置を整える。
クリュが前、ケルディは後ろ。フォールードはいちいち前に出て邪魔をしない。
そんな確認をして、再び一行は進み始めた。
脱出を覚えた魔術師がいるから、帰り道の労力は考えなくていい。
そんな「藍」の探索は十層目まで続いて、狙い通り鹿を、二頭も仕留めることができた。
ケルディは神殿に戻り、屋敷の食堂の隅で、今は四人で向かい合っている。
クリュはわざわざ全員分の飲み物を用意して、カミルたちの前に並べていた。
「今日はつきあってくれて本当にありがとう。あのさ……、あの」
「なんだい、クリュ」
薄青の瞳が、ぱたぱたと瞬いている。
綺麗な色だなと考えるカミルに、クリュは小さな声でこう続けた。
「手が空いている時でいいから、また探索に付き合ってもらえると、嬉しいんだけど」
隣ではコルフが笑っている。
「クリュにしては随分控えめだね」
「だって、仲間にしてもらうのは無理だろ」
「うん、まあ、そうだね。もう諦めたの、何度も頼んできてたのに」
「フォールードもフェリクスもいい奴だし、俺より腕がいいだろうから」
様子を窺うように話す美青年に、カミルも思わず笑っていた。
「ちゃんと揃ってるパーティだもんな、俺たちは」
スカウト、魔術師、神官は数が少ない。
固定できっちり揃えるのは難しいから、クリュが入れてくれと願うのは当たり前だ。
そう思っての発言だったのだが、クリュはふるふると首を振っている。
「それもあるけど」
「なにか他に理由があるの?」
「まあね。カミルとコルフは、俺のことちゃんと駄目な奴だってわかってくれるから」
なんだい、そりゃあと言って、コルフが笑う。
「駄目な奴扱いされるのがいいの?」
カミルが嫌みったらしく言うと、クリュはにっこりと微笑んで答えた。
「あはは、意地悪だな、カミルは」
「なに、その言い方は」
クリュは途端に慌てだし、ごめんごめんと謝り始めた。
そこにフェリクスとアダルツォが戻って来て、自然と隣の席に座っている。
「どうしたの、クリュは。またカミルを怒らせたの?」
「う、……どうかな、カミル」
「別に怒ってなんかいないけどね」
「ごめんってば。あの、じゃあさ。俺、アダルツォたちの分の飲み物、持ってくるよ」
美青年があわあわと去って行く様を、フォールードがじっと見つめている。
コルフはけらけらと笑いながら、北の村から帰ってきた二人に、今日はどうだったか尋ねた。
「うん、メーレスが本当に大きくなっていてね」
「可愛かったよなあ、フェリクス。あやしてあげたらきゃっきゃって、笑ってくれてさ」
「俺よりもアダルツォに懐いているみたいなんだ」
穏やかに微笑む二人に、ヴァージは元気だったか問いかける。
フェリクスはもちろんだと答えたが、ふと表情を曇らせ、こう続けた。
「そういえば、朝会った神官のことなんだけど」
「ケルディがどうかした?」
カミルの問いに、衝撃的な答えが返って来る。
「カッカー様に、甥ではないって言われたよ」
「え?」
「そもそも、カッカー様に甥はいないんだって。きょうだいの子供たちは女の子ばかりらしくて」
では、ケルディは嘘をついて神殿に入り込んでいるのか。
驚くカミルたちに、フェリクスは首を振っている。
「縁戚ではあるらしいんだ。随分遠そうだったけど」
「どのくらい?」
身を乗り出しているコルフに、五人組のリーダーは首を傾げながら答えてくれた。
「カッカー様の従弟の妻の、妹の子、だったかな」
「……なんだよ、他人じゃないか」
カミルは呆れ、コルフも肩をすくめている。
フォールードは厨房へ目を向けたままで、話を聞いてはいないようだ。
「カッカー様への憧れが強すぎて、甥を名乗っているらしいよ」
「じゃあ、カッカー様は知ってるってこと?」
「キーレイさんも承知してるって。そのうち収まるだろうから、少し放っておいてくれって言われたよ」
「なるほどねえ」
見た目も振る舞いも似ていなくて当たり前だったようだ。
理由がわかって、少しだけスッキリとしたカミルに、アダルツォが問いかけて来る。
「一緒に探索に行ったの」
「うん、行ったよ」
ケルディがまともにやれるか訝しんでいたが、クリュの願いを理解した後は、ちゃんと神官として働いていた。
「動きは悪くはなかったかな。剣の腕は見ていないけど」
「そうか。じゃあ、手を貸してもらえれば皆助かるだろうな」
フェリクスの言葉に、アダルツォはにこにこと頷いている。
コルフの顔には疑いがはっきりと浮かんでいて、自分の心情に近いのはやはり、親友の方なのだろう。
食事が終わり、部屋に戻って、カミルは大きなあくびをしていた。
「ああ、今日は疲れたな」
そんな友人の姿に、コルフが笑っている。
「たいした探索でもなかったのにねえ」
「慣れないことをしたせいかな」
「慣れないことって?」
親友と向かい合い、カミルはこの数日の心がけについて話した。
周囲からの視線について意識し、親切を心掛けてみたのだと。
「あはは、なるほど。確かにいつもよりよく声をかけていたね」
「わかった?」
「そりゃあ、わかるよ。クリュにも随分親切にしていたし」
バレていたかと呟き、カミルは考える。
意識して親切に振舞うのが良いのか、そうではないのか。
どう思うか問いかけると、コルフは笑って即答してくれた。
「いつも通りにしてればいいんじゃないの、カミル」
「そうかな」
「みんな助かったとは思うよ。特に、クリュには本当に良かっただろうね。あんな悩みがあるなんて、思いもしなかったけど」
「確かに」
特別な容姿を持つ者の悩みごとは、決して理解出来ないだろう。
あの可愛さで得をしていると思っていたが、煩わしさも深刻なようだ。
「でも、俺たちは意地悪な方がいいんだよ」
駄目な奴扱いを喜んでいただろう、とコルフは言う。
「みんながみんな親切より、厳しいことを言う人間もいた方がいいんじゃないかって思うよ」
「厳しいことね」
「意地悪って言われたけど、俺たちも別に、嫌がらせで言ってるわけじゃないんだし」
涼しい顔で話すコルフに、カミルは笑いを漏らしていた。
「そうだよね。駄目なもんは駄目だって言ってるだけだ」
「親切の担当者はもういるから、俺たちはそれ以外を担当していこう」
「ははは、そうだね」
「頼んだよ、カミル」
こんな冗談に二人でしばらく笑って、夜の時間が過ぎていく。
そろそろ寝るかとベッドに横たわると、隣からこんな声が聞こえた。
「昨日言った通りになったね、カミル」
「なんの話?」
「フェリクスとアダルツォのありがたみがわかるかも、ってやつだよ」
まったくその通りで、今日の五人組についてカミルは思い出していく。
「あのケルディって奴、剣はどのくらい使えるのかな」
基本の歩き方は問題なかった。戦いもできるなら、初心者には特に頼もしいと思ってもらえるだろう。
「誰かに組んでみるよう言ってみようか」
「あはは、相性が良さそうなのは誰だろうね。少しくらい強く言えないと、扱いが難しそうだよ」
二人は顔を見合わせただけで、同じことを考えたとわかっていた。
「クリュに任せるしかないよな」
けらけらと笑って、目を閉じて。
こうしてカミルの特別に親切な日々は、無事に終わった。




