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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
46_Unusual days 〈迷宮都市の哀歌〉

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214 地下道

 迷宮の入り口へ降りていくのと似たようなはしごがかかっていた。

 その場にいた薬草業者たちは全員がそう考え、ごくりと唾を飲み込んでいる。


「毎回この絨毯をはがして降りるのかな」

 ぼそりと呟いたのはミンゲで、確かにとバリーゼは思う。

「他にも入口があるかもしれんが」

 ロウランが答えて、キーレイへ目を向ける。

「入ってみよう」

 神官長は頷いたものの、今日招集された業者の面々に律儀に確認を取って来る。


「もし不安ならば、ここで待っていてくれてもいい」


 無理強いをする気はないようで、キーレイは穏やかな顔を全員に平等に向けている。

 ここは街中にある屋敷ではあるが、魔術師の住まいだから。ごく普通の危険のない場所とは言い切れないのだろう。

 

「俺は行きます」

 最初に申し出たのはミンゲで、その隣で不敵な笑みを浮かべる男もいた。

「誰も臆したりしませんよ。なあ、みんな!」

 ジェッダはまた大声をあげて、薬草業者の力を見せてやろうぜと腕を振り上げている。

 バルナは苦笑いしながらも同意し、バリーゼにも断る理由がない。


「ありがとう、皆」

 キーレイは頷くと、自ら一番に梯子を降りていった。

「ロウラン、灯りを用意して下さい」


 上から覗き込めば頭が見えるのだから、そう深い穴ではないのだろう。

 魔術師もするすると降りていき、ぱっと明るくなったのが見えた。


「私たちも行きましょう」

 バルナの呼びかけに応じて、四人もはしごを降りていく。

 すると、かすかだった香りが一気に濃くなったのがわかった。

「確かに香りがするな。一体、なんの匂いだったかな、これは」

 ジェッダの呟く声が聞こえて、バリーゼも考える。


 感覚を鈍らせるようなもの、とキーレイは言っていたはずだ。

 ふいにダステの顔を思い出し、記憶を巡らせていく。

 薬草好きの婆さんは余った草を咥えたまま、バリーゼの馬鹿話に付き合い、ケラケラと笑っていた。

 おかしな色の煙を燻らせながら、痛み止めの効果がある草のことを話していたように思う。


「大量に摂りすぎると、頭がぼんやりするんだったか」


 思い出したことについて皆に伝えた方がいいと考えていたが、地下に辿り着いて見えた光景に、バリーゼは驚いていた。


「まさか、迷宮なのか?」


 降りている途中で見えていたのはむき出しの土だったのに、降りた先にはタイルが張り巡らされている。

 床にも壁にも、天井にも。


 六人は、ナイフや短剣にも似た鈍い金属の色に囲まれていた。


「『銀』の迷宮……と名付ければいいのかな」

 ジェッダはいつも通り気障にキメようとしたが、声が震えている。

「やっぱりど真ん中にもあったってことなのかな」

 ミンゲの問いかけに対し、ロウランの反応は鈍い。

「もう少し進んでみよう」

「罠があったりしませんかね」


 薬草業者と神官と魔術師だけで、迷宮の道を進んでいいだろうか。

 不安はあるが、二人が進んでいくのなら、後をついて行く他ない。


 キーレイは光り輝く棒を持って高いところへ掲げ、周囲を照らしてくれている。

「この迷宮、暗いんだな」

 ミンゲがぼそりと呟き、ジェッダが頷いている。

「暗いのは『藍』だけだったか」

「あそこも三層までは暗くはならないよな?」


 確かに、最初から灯りを必要とする迷宮はこれまでになかった。

 探索者として「黄」と「青」以外には足を踏み入れたことはあるが、「黒」ですら灯りは必要なかったはずだ。


「道が分かれています」

 梯子からまっすぐに続いていた道が分かれて、前と左右に続いている。

「あっちはなんだか様子が違いません?」

 左に曲がる道をミンゲが指しているが、バリーゼには異常は見えない。

「なにが違うんだ?」

「床と壁がなんだか、違って見えるんだけど」

「行ってみようか」


 キーレイはこう言ったが、念の為に全員で動くのはやめようとも話している。

 魔術師に頼んで灯りを増やし、神官長とミンゲが二人で確認しに行くと決まったようだ。


 残された四人も、周囲の様子を窺っている。

 右側の通路はそう長く続いていないようで、行き止まりが近そうに見えた。


「この先にも別れ道がありそうですね」

 前に続く道の途中に、同じように左右に通路があるとバルナは言う。

「迷宮らしくないな」


 ロウランがぼそりと呟き、左の通路に目を向けている。

 キーレイたちはすぐに戻ってきて、途中からはタイルが貼られていなかったと話した。


「まるで、作業の途中のような雰囲気でした」

「奥にはなにがあった?」

「なにも。行き止まりまで通路の形にはなっていましたが、タイルは途中でなくなっていて」

「では、逆も見てみよう」


 今度は全員で一緒になって、右に続く道を行く。

 通路はすぐに終わったが、そこは突き当たりではなく、街で見かけるような普通の木の扉がついていた。


「あ、ロウラン」

 神官長の呼びかけは無視して、魔術師は扉を開いていた。

「なるほどな」


 中は寒々しい洞窟のような場所で、掘っただけの土の中。

 隅にはタイルが大量に積まれており、まるで倉庫のように見受けられる。


「これ、床とか壁に貼られているのと同じ物か」


 ミンゲとバルナはタイルを手に取り、しげしげと眺めている。

 確かに、鈍い銀色はここまでの通路で見たものと同じだった。

 ふいに魔術師が笑い出し、男たちは一斉に視線を向ける。


「ここを迷宮にしようとしていたんだな」

「迷宮にしようとしていた?」

「ふふ、いじらしいではないか。こんな涙ぐましい努力を重ねていたとは」

 魔術師の手からタイルがバラバラと落ち、地面にぶつかって砕けていく。


 迷宮のタイルは決して割れない。それは古代の魔術師の強大な力に護られたものであり、傷つけることはできないと言われている。


「ここは他の、『緑』とか『紫』みたいな迷宮ではないってことです?」

「ああ。ただの穴倉だよ。薬の効果があるかもしれんから、気は抜かん方がいいだろうがな」


 今いるところはただの荷物置き場だろうと魔術師は言う。

 これ以上調べても意味はないからと、通路へ戻り、奥へと進むと決まる。


「ホーカ・ヒーカムはなんでこんなものを作ってるんでしょうね」

 ぼそりと呟いたのはバルナで、少しの沈黙の後に魔術師が答えてくれた。

「自分の力を示したかったのではないか」

「力を?」

「この街の地下にある迷宮は凄まじい。どうやって作ったのか、俺も知りたい」


 古代の魔術師は自分でせっせとタイルを貼って迷宮を造ったのだろうか?

 いや、多分違う。そんなやり方ではどれほど時間がかかるかわからないし、罠だの魔法生物だのまでいちいち手で作ったとは思えないから。


「さて、また別れ道だが」

 左右に道が分かれているが、今度はもう確認に行く必要はなさそうだ。

 すぐにタイルのない土の洞穴になり、行き止まりが見えている。

「まっすぐ行きましょう」

「あの、リシュラの坊ちゃん」

 進もうとしたキーレイへ、ミンゲが声をかけている。

「匂いが少しずつ強くなってるみたいです」

「そうか。ロウラン、気分はどうですか」

「なんともない」

「少しでも異常を感じたらすぐに言って下さい」


 愛おしい相手にはこんな風に声をかけるのか。

 バリーゼは勝手な想像を巡らせてにやりと笑い、二人の未来について考えていく。

 キーレイとロウランの間に生まれるのは相当優秀な子に違いないとか。

 背の高さや肌の色はどうなるのか、男か女か、顔はどちらに似るのが良いのか、想像は無限に広がっていく。


「バリーゼ、大丈夫かな」

 どうやらぼんやりしていたようで、キーレイは真剣な顔で覗き込んでいた。

 気を散らしていた馬鹿な理由を言えるはずがなく、バリーゼは挽回するべく良い台詞を探している。 

「これ、『紫』で採れる緩面(アビガ)草の匂いじゃないですか」

 ダステがパイプで味わっていた、黄色い煙を出す草を思い出し、口に出す。

 ミンゲはなるほどと呟き、記憶を探ったようだ。

「痛み止めに使う?」

「ああ、材料のうちの一つだが、量が多いと頭がぼんやりするらしくてな」


 緩面(アビガ)草なら採取はそう難しくはない。深く潜らなくても見つかるし、普段から大量に生えている。怪我人の為になくてはならない草であり、業者から買うこともできるだろう。


「意識を失わせることもできるのかな」

 キーレイが呟き、バリーゼは考える。

 さすがのダステ婆さんも、そこまでは試してはいないだろうなと。

「草を置いておくだけでも効果は出る?」

「どうでしょうねえ。あれは匂いが強いもんですが、そのままで効果まであるかどうか」

「薬にする時はどうする? 煮出すか、火を入れるのかな」


 問いかけてすぐに、キーレイは言わなくて良い、と続けた。

 店のレシピはそれぞれにあり、違う業者たちが集まっている場で話していいものではないと気付いたのだろう。


「ダステ婆さんはパイプに入れてましたよ」

「ダステって、草好きで有名な?」

 ミンゲに問われて、バリーゼは頷いて答えた。

「変な婆さんだって噂は聞いたことあるけど」

「会ったことないのか、ミンゲは」

「兄貴は見かけたことがあるらしいけど、俺は全然」


 ダステの行動範囲は年々狭くなっているから、ミッシュ商会までたどり着かないのかもしれない。

 ミンゲはまだ若いから、知らなくても無理はない。わざわざダステを訪ねる理由もない。


「また左右に道が分かれているな」


 また十字路に着いたが、二度目と同じで左右ともにすぐに道が終わっている。

 続いているのは前だけで、立ち止まる必要はないかと思われたが。


「そこの壁、なんだか変じゃないか」


 こう言い出したのはまたミンゲだった。

 右側の別れ道近くの壁になにか感じるものがあったようで、キーレイと共に進んでいって拳でこつこつと叩いている。


「やっぱり、音が違う」

 何か所か叩いて確認をし、ミッシュ商会の若者は神官長を振り返っている。

「お前、スカウトになった方がいいんじゃないか」

 バリーゼの軽口に、ミンゲは肩をすくめるだけだ。

「灯りを近づけてもらっていいですか」

 キーレイが壁を照らして、ミンゲは顔を近づけて。


「あ、下か」

 壁を調べていた若者はこう呟くと、足を振って蹴りを入れた。

 ただの壁ではなかったようで、ぽっかりと大きな口を開けている。

「扉かな?」

「坊ちゃん、気をつけて」

 キーレイは膝をついて中を照らし、珍しく大きな声をあげた。

「誰かいる」

「えっ」

「俺に任せてくださーい!」

 傍で様子を窺っていたはずのジェッダが穴に身を滑り込ませ、すぐに悲鳴が聞こえてくる。

「ぎゃあ、真っ暗だ!」

「ジェッダ、一人で行ってはいけない」

 ジェッダは言うことを聞かないどころか、キーレイから灯りを奪ったようで、辺りが少し暗くなってしまう。


 神官長が再び止めたが、光はみるみる遠ざかっていった。


「ジェッダ」

「行かせろ、キーレイ。なにかあれば声をあげるだろう」

「しかし、ロウラン」

「ここは深い迷宮の底などではない。少し広いだけの地下室だぞ」


 神官長は目を閉じ、祈りを捧げている。

 けれど魔術師の言う通りだと思ったのか、ジェッダが戻るのを少し待とうと残った全員に言い、バリーゼたちは頷いている。


「どんな奴か、坊ちゃんは見たんですか」

 ミンゲの問いかけに、バルナは顔をしかめている。

 キーレイはなんと呼ばれようが気にしないようで、ごく普通にこう答えてくれた。

「いや、マントを被っていたようで、どんな風かはまったくわからなかった」

「ホーカ・ヒーカムだったのかな」

「どうだろう。家主なのだから、逃げる必要などないと思うけれど」

 勝手に入り込んだのはこちらの方なのだからとキーレイは言う。

「誰だったにせよ、逃げる理由がわからない」

 確かに、この屋敷の関係者ならばそうだとバリーゼは考え、別の可能性に気付いていた。

「盗みに入った奴かもしれませんよ」

「なるほど。それも有り得るか」

 キーレイは頷き、魔術師も自分の考えを明かした。

「やはり、他にも出入り口があるんだろうな」


 絨毯を敷いた状態では、部屋に続く蓋を開けられない。タイルも乗っているし、下から持ち上げられはしないだろう。

 ミンゲの見つけた隠し扉の向こうに、他の入り口があるのだろうか。


「うおーい! 庭に出たぞぉー!」


 ジェッダの声が聞こえたのはまさにその瞬間、バリーゼの疑問に答えるかのように響いた。

 小さな入り口を覗き込むと光が近づいてきて、ジェッダの顔も見えて来る。


「庭に続く出口がありました!」

「ジェッダ、逃げていった男は?」

「見失いました!」

「外に出ていってしまったのかな」

「いやあ、途中で何回か曲がったので、ずっと見えていたわけではなくって」


 ジェッダは汗だくになっているようで、匂いがつんと鼻をつく。

 無茶な追跡をした男は誇らしげに笑っているが、神官長はどうすべきか悩んでいるようだ。


「途中に隠れ場所があるかもしれないのか」

「二手に分かれるか、キーレイ」


 ジェッダが抜けていった通路を、ミンゲに調べさせてはどうかとロウランは言う。

 確かに、すぐに行けば見つけられるかもしれない。どこかに隠れているのなら、まだ身を潜めている可能性があるだろう。

 

「ミンゲ、頼んでもいいかな」

「俺も行こう」


 魔術師が同行を申し出て、キーレイも任せようと決めたようだ。

 ミッシュ商会の若者はここまでも活躍を見せ、あんな美女と共に二人で暗がりへ向かうらしい。

 うらやましくてたまらないのはジェッダも同じようで、鼻をふんふんと鳴らしていた。


「では、我々は奥に向かおう」

 キーレイは息を切らせたジェッダを気遣い、少し休んでいても良いと言っている。

「いえ、いえ、そんな。大丈夫です」

「ではゆっくり追って来てくれ。息を整えてからでいい」


 真剣な目で見つめられて、ジェッダはわかりましたと答えていた。

 薬の効果について思いが及んだのだろう。馬鹿馬鹿しい物言いをする癖はあるが、「紫」の採集班にいるのだから、こういった時の判断はまともにできて当たり前だ。


「すぐに行き止まりのようだね」

 銀色のタイルが貼られた道は少し歩いただけで終わり、またもごく普通の木の扉が四人を出迎えていた。

「いや、これで終わりとは限らないか」

 キーレイは呟き、三人は顔を見合わせている。

「開けてみるから、念の為にバリーゼとジェッダは少し離れたところで控えていてくれ」

「わかりました」


 人造の迷宮擬きとはいえ、安全とは限らない。

 念には念を入れた方がいい。だから、バリーゼは汗だくのジェッダと共に扉から離れたところで止まり、神官長たちの様子を見守っている。


「灯りがなくなっちまうな」

「仕方ないだろ」


 ミンゲたちが戻ってくるのが早いか、キーレイに呼ばれるのが先か。

 わからないが、今は待つしかない。真っ暗になっては困るが、その前にきっとなんとかなるはずだ。


 扉はあっさりと開いたようで、二人が中に入って行く。

 バルナがついて行こうとしたが、突然激しくむせだして、よろよろと倒れ込んでいた。


「バルナ、大丈夫かい」

「平気でっ」

 言葉は続かず、バルナは今にも吐きそうな音を立てながら咳込んでいる。

「なにかの薬が効いているのか」

「いや、よく平気だな、リシュラの坊ちゃんは」

 扉は開け放たれたままで、光は奥に進んでいく。

「おい、バルナ! 手を貸した方がいいか」

「いや、うう……、近寄らない方がいい……」

「助けてやった方がいいんじゃないか」

 ジェッダが囁いてくるが、行って二人ともやられてしまっては意味がない。

「もう少し様子を見よう」


 バルナはなんとか身を起こし、息を整えようと呼吸を繰り返している。

 ふらふらとバリーゼたちの方へ歩いてきて、二人はほっと息を吐いていた。


「なんの草が使われてるんだろうな」

「坊ちゃんは平気なのか」

「大丈夫そうだけど、坊ちゃんなんて、呼ばないでくれないか……」


 ぜえぜえと囁くバルナを座らせ、休むように言う。

 呼び名については改めようと考え、部屋の奥で揺れる光の様子を見守っていく。

 そんな風に待っていると背後から光が差し、ミンゲとロウランが姿を現していた。


「どうした、キーレイはどこだ?」

「奥の部屋を調べているんです。どうも薬の効果が強いみたいで」

 バルナの様子で状況がわかったらしく、ロウランは眉を顰めている。

「キーレイ、無事か!」

 魔術師の呼びかけに、応答ははっきりとしていた。

「大丈夫ですが、ここへは来ないでください」

「なにかあったか」

「ええ、今行きます。先に灯りを投げるので誰か拾ってくれないかな」


 扉の向こうから、魔術師が光を授けた棒が飛び出してくる。

 バリーゼはそれを拾って、通路の先を照らした。

 暗がりから神官長の姿が浮かび上がって来て、まずは扉を閉める様が見える。

 

「誰か抱えてる」

 ミンゲが呟いた通り、キーレイは女性を抱いて戻って来た。

 長いローブを纏った華奢な少女だとわかったのは、バリーゼたちのもとに着いてから。


「バリーゼ、この子を頼んでいいかな」

 そう頼んだのは、バリーゼが最も体格が良いからだったのかもしれない。

 茶色い髪の、睫毛の長い少女だった。目を閉じているが、おそらくは相当な可愛い顔をしているに違いなく、バリーゼは慎重に少女を受け取り、しっかりと抱いた。


 キーレイはバルナに癒しをかけているらしく、柔らかな光で従業員を包み込んでいる。

「気分はどうだい、バルナ」

「すみません、キーレイ様」

「謝る必要はない。歩けるかな」

「ええ、随分良くなりました。ありがとうございます」


 神官長は立ち上がり、戻って来た魔術師たちにも目を向けている。


「ミンゲ、ロウラン、どうでしたか」

「道は無駄に曲がりくねっているだけで、隠し通路などはなさそうだったぞ」

「では、逃げていった誰かは地上へ出たのかな」


 確認が終われば、皆の視線はバリーゼが受け取った少女に向けられる。

 何者なのかと業者たちは思っているが、神官長と魔術師は正体を知っていたようだ。


「マティルデ・イーデンか」

 キーレイは頷き、少女の様子を見つめながら答えている。

「奥に大きな壺があって、そこから薬の効果が出ているようでした」

 奥の部屋も調べたいが、換気をしてからでなければ無理だろうと神官長は話している。

 ここの調査の為に選ばれたのは皆それなりの経験を持つ業者だからだろうに、バルナは扉を開けただけで咽込んでしまって進めなかった。

「よく平気でしたね」

 バルナに問われ、キーレイは首を振っている。

「平気ではないよ。少しくらくらしている」

「あの、俺も行ってみましょうか?」

 ミンゲが申し出ているが、神官長は駄目だと強い口調で話した。

「この屋敷で一年以上閉じ込められていた者がいるんだ。その間の記憶はほとんどなくて、そのせいで随分苦しんでいてね」

 誰かが同じようになっては困る、とキーレイは言う。

「また後日改めて調べに来ようと思う」


 壺には蓋をし、換気をしてから改めて調査をするつもりのようだ。

 そんな真似をできるのは、樹木の神官長以外にいないのではないかとバリーゼは思う。

 

「ここから出よう。マティルデを任せていいかな、バリーゼ」

「ええ、大丈夫です。この子は随分軽いんで」


 美しい少女だが、痩せていて、肉付きはあまりよくなさそうだ。

 ローブ越しでもそのくらいはわかって、少し残念な気分であることは隠しておく。


 ミンゲとロウランが先導し、隠し扉の先を歩いていく。

 神官長は一番後ろを引き受けて、業者たちを守るように進んでくれた。


「おお、本当に庭に出た」


 何度か曲がった通路の先には階段があって、魔術師の屋敷の庭の隅に通じていた。

 置き物で出入り口を隠していたようだ。他にも似たような石の置き物が並んでいたが、地下に続く入口の上に置かれていたものだけは異常に軽い。


「ううん……」


 外の光を浴びたからなのか、少女から小さく唸るような声がして、瞳がぱっちりと開いていく。


「マティルデ」

 キーレイが声をかけ、顔を覗き込んでいる。

「聞こえるかな」

「……キーレイ・リシュラ?」


 神官長は穏やかな声で、わかるかと問いかけている。

 大きな瞳の少女は視線を動かし、自分が見知らぬ男に抱かれていることに気付くと、手足をバタつかせてひらりと地面に降り立っていった。


「君は屋敷の地下で倒れていたんだ。どうしてあの部屋にいたのか、わかるかな」


 マティルデと呼ばれた少女は険しい表情で自分の周囲に立つ者の顔を、ひとりひとり、確認するように見つめていった。

 自分を抱いていたバリーゼを見つめ、ミンゲ、バルナ、キーレイ、ジェッダと目を移していって、最後に少し離れていたところに立っていた黒い肌の魔術師を見つけ、視線を止めている。


「マティルデ」

 再びキーレイに呼ばれて、マティルデはぼそりと答えた。

「地下に入った?」

「ああ。ホーカ・ヒーカムと話がしたくて、何度もここへ来ていたんだ。誰も姿を現さなかったから、やむを得ず中に入らせてもらった」


 神官長は丁寧に話したのに、少女はなにも答えないまま、ふらりと歩き出している。

 どうやら屋敷に向かっているようで、キーレイは後を追おうとし、三歩進んだところで立ち止まり、振り返っていた。


「皆、今日はありがとう。すまないがあの子と話をしなければならない。君たちには後で改めて礼をさせてほしい」

「ここで解散ってことですか」

 ミンゲに問われて、キーレイは慌てた様子で頷いている。

「また連絡をする」


 神官長はこう言い残すと去って行き、四人の業者は取り残されて戸惑っていた。


「あの子、誰なんだ?」

「ホーカ・ヒーカムの弟子だ」


 バリーゼの疑問に答えたのはロウランで、美しい魔術師は業者たちの視線の先で微笑んでいる。


「ロウランさん。あの、リシュラの神官長と一緒に行かなくていいんですか?」

「なに、焦る必要はない。まずはキーレイと話をさせる」

「そうなんですか」

「ああ。今日は助かったぞ。毒に慣れない者では対処しきれなかっただろうからな」


 美女の微笑みに、バリーゼたちは揃ってへらへらと笑った。

 ロウランは単なる美女ではなく、極上だから。

 なにももらえずに解散だと言われても、なんの文句もなく帰路についている。


「なあ、バルナ。お前はあの部屋の中を見たのか」

 四人で並んで歩きながら、バリーゼは最後の部屋について問いかける。

「いや、見てない。扉が開いた瞬間、空気がこう、いや、体がずーんと重くなって、苦しくなって」

「あの子、なんでそんな部屋にいたのかね」

 キーレイが話した記憶を失わされた者について思い出し、四人はそれぞれに考えを巡らせている。

「魔術師の屋敷って恐ろしいんだな」

「迷い道もヤバかったからなあ」

「入り込んだのか、バリーゼ」

「いや、店の奴が一人、長い間出られずに彷徨ったらしくてさ」


 慣れたはずの道が形を失い、記憶通りに歩いても知らない場所に放り出されて。

 アードウの店の従業員は散々彷徨い歩いた後にキーレイに出会い、じっとしているように言われたと聞いた。


「リシュラの坊ちゃんと無彩の魔術師に会ったって」

「さすがリシュラの坊ちゃんだな」

 バリーゼの話にミンゲが頷き、バルナから再び苦情が寄せられる。

「坊ちゃんと呼ぶのはやめてくれないか」

「すまねえ、つい癖で」

 バリーゼは謝ったが、ミンゲは別にいいのでは、と呟いている。

「もう一人の坊ちゃんが後を継いだんだよ」

「ああ、そうか。顔も似てるし、紛らわしいか」

「顔の問題じゃない、頼むよミンゲ」


 ミッシュ商会の若者は照れたように笑い、兄貴にも言っておくと答えた。

 

「まだ昼過ぎか」


 朝から集められたが、魔術師の地下室はそう広くもなく、夕暮れ前に仕事は終わってしまった。

 同業者たちとこんな風に集まるのは珍しく、食事でもどうかと呼びかけようとしたが、バリーゼよりもバルナの方が先に口を開いた。

 

「店に戻らないとな」

「そうだな、休みな訳でもないし」


 三人は南に向かうが、バリーゼの勤め先は西側にある。

 ミンゲとバルナが手を挙げ、ジェッダだけは謎のポーズを決めてアードウの店の従業員に別れを示し、バリーゼは仕方なく一人で店へ向かう道を歩いていった。 


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