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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
45_A Conciliation Board 〈意識改革〉

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205 是々非々

「命が尽きるとは?」

「言葉通りに受け取ればいい。ふふ、いや、駄目か。俺の推測に過ぎんのだからな」

「でも、あなたはそう考えておられるのでしょう」


 ロウランは答えず、ただ笑みを浮かべている。

 

「それを知られたくないのでしょうか」

「あの屋敷に金があると思う人間は多いのではないか」

 嗅ぎ付けられたら厄介なことになるだろう。

 ロウランのこんな呟きに、キーレイは頷くしかない。

「確かに、そうかもしれませんね」


 難しいな、とキーレイは思った。

 ロウランの見立てが正しいのなら、ホーカ・ヒーカムはもう人前に出て来ないのではないか。

 屋敷の後始末をしているのなら協力者くらいいそうなものだが、ベルジャンは誰もいなくて困っていた。


 バジムが行った屋敷の破壊については、はっきりさせなければならない。

 弁償や謝罪が必要だが、しかし、ホーカ・ヒーカムが出てくるかどうか?

 

 どうするべきかひとつひとつ考えていきたいのに、結局同じ問題に行き当たってしまう。

 マティルデの今後も気になるが、誓いの解消にはホーカの存在が必要になるだろう。


 魔術師に会うにはどうすればいいのか。

 ホーカに関わりのある人物がいないか考えてみると、隣の屋敷で暮らす探索者の顔がふっと浮かんだ。


「ニーロ、気分はどうだ」

「もう大丈夫です」

「そうか。念のためにもう少し休んでおくんだぞ」


 まずは誰に声をかけるべきか、考えながら神殿へ戻る。

 神官だけで集まるか、商人たちにも声をかけるべきか。

 通り抜けが出来なくて大勢が困っていた。探索者たちも混乱していたが、配達や出勤が出来なくて商店の従業員たちはさぞ迷惑していただろう。

 とはいえ、商人たちは口やかましい。どうでもいい話で時間を取られることも多いし、勝手な決めつけでああだこうだ言われた挙句、最後には面倒事を押し付けられるのが常だ。


 ため息を小さく吐きながら歩いて、歩いて、神殿が見えてくる。

 

「キーレイ殿」

 背後からよく知った声が聞こえてきて振り返ると、ウィルフレドの姿があった。

「どうしました、ウィルフレド」

「話しておきたいことがあるのです。少しよろしいですか」

「……もちろん、いいですよ」


 神殿に戻れば、誰かしらが待ち受けているだろう。

 樹木の神官たちも用があるだろうし、昨日の騒動に巻き込まれた者が来ている可能性も高い。

 なのでキーレイは隣の屋敷に入り、ギアノに頼んで相談部屋を開けてもらい、友人と向かい合っていた。


「ロウランが気になる話をしていまして」

「どんな話ですか?」

「ホーカ・ヒーカムがニーロ殿とラフィを招こうとしていた理由についてです」


 ウィルフレドの話は衝撃的なものだった。

 より強い力を持った体を手に入れる為に、狙いをつけていたなんて。


 他人の体を、自分のものにできるのかどうか。

 胸のうちに不安のようなものがこみ上げてきて、キーレイはまた息を吐いている。


 夜の神官ラフィ・ルーザ・サロは、魔術師ロウランに変わった。

 ひょっとしたら別人だったのではないか。心を二つ持っているのではないか――。

 様々な可能性を考えていたけれど。

 他人の体を支配し自分のものにするなんて、いくら腕の良い魔術師だとしても不可能だと思っていた。

 いや、違う。そんな恐ろしい企みは、決してできないものであってほしかった。

 

 ウィルフレドは静かに話を終え、小さく頷いている。

 この話を伝えに来たのは、ロウランの「推測」が正しいのではないかと考えたからのようだ。


「命が尽きかけているからこそ、新たな体にしたい二人を連れて来させようしていた?」

「ロウランはそう考えているのではないでしょうか」


 では、ニーロが不調を訴えたのはそのせいだったのだろうか。

 急に顔を青くして、屋敷から出なければならないと言っていた。


 真偽はわからない。自分では理解できないことであり、魔術師たちに直接確認をした方がいい。

 わざわざ伝えに来てくれたウィルフレドに礼を言って、神官長も部屋を出る。

 

 廊下を通りかかったギアノにも礼を言おうとしたが、はたと思い出し、コルフが屋敷にいるかどうか尋ねた。


「コルフなら食堂にいますよ。今日はこれから初心者にいろいろ教えるとかで」


 せっかくの指導の時間を邪魔しては悪いか。

 キーレイは悩んだものの、話を簡潔に済ませればいいと考え、廊下を抜けていく。


「コルフ、少しいいかな」

 お隣の神殿の偉い人の登場に、初心者たちはすっかり恐縮している。

 声をかけられた探索者の青年はなにごとかと思ったのだろう、慌てた様子でキーレイのもとへ駆け寄って来た。


「どうかしました?」

「君に聞きたいことがある」


 相談部屋へ二人で戻って、扉を閉めて。

 ウィルフレドとキーレイに出された飲み物がまだ残されたままだが、仕方がない。


「コルフは以前、ホーカ・ヒーカムに魔術を習っていたと思うが」

「ええ……、今は違いますけど」

「術師ホーカに会ったことはあるかい」

「そりゃあまあ、あります、けど。もしかして昨日、なにかあったんですか?」

「迷い道がまた起きたのは知っているかな」

「もちろんです。騒ぎになってましたから」


 不安そうに神官長を見つめるコルフに、キーレイは事情を手短に話していった。

 迷い道の原因は恐らくホーカ・ヒーカムだが、本人もヴィ・ジョンも姿が見えず、残っていた弟子も混乱していたのだと。


「私は彼女に会ったことはなくて」

「そうなんですか。確かに、用がなければ会いに行ったりはしませんよね」

「屋敷に押しかけた者もいたからそれについても確認しておきたいし、二度と迷い道にしてほしくないと伝えたいんだが」


 どうしたらホーカ・ヒーカムに会えるだろう?

 こんな問いに、コルフは眉間に皺を寄せて唸っている。


「今気付いたんですけど」

「なんだい、コルフ」

「俺、はっきりと顔を見たことがないかもしれません」

「……ホーカの?」

「はい。いっつも、なんていうのかな。薄い、軽く透けた布を被ってて……。顔があるとか、喋っているくらいはわかるんですけど、どんな顔をしているかまでは見えないような」


 ベールを被っていた、ということなのだろう。

 いつも身に着けているのなら、そう語られそうなものなのに。

 初めて聞く話だとキーレイは考え、更に問う。


「皆、そうなのかな。弟子たちには顔を見せていない?」

「全員に顔を見せないのかどうかは、さすがにわからないです」


 聞いたこともないし、とコルフは言う。

 魔術師の青年は良い情報がないか頭を捻ってくれたようで、しばしの沈黙の後に再び口を開いた。


「弟子入り以外に会える方法っていうのは、俺もちょっと心当たりがなくて。でも、湧水の壺を買う為に商人が出入りしてたはずだから、聞いてみたらいいんじゃないでしょうか」

「そうか、確かに。……ちなみに、君の他に屋敷に来ていた弟子を知らないかな。ベルジャン・エルソーには会ったんだが、彼はなにもわからないそうでね」


 街から出ていった可能性すらあるが、そこまで伝える必要はないだろう。

 コルフは何人かの名前を思い出し、神官長に教えてくれたが、こうも話している。


「もしかしたら俺みたいに、通う塾を変えているかもしれません」

「どうしてそう思うんだい」

「いや、ベルジャンが話していたんですよ。しばらくの間、授業はなかったって」

「なかった?」

「はい。ようやく再開したと言ってたけど、そもそも休みも再開も伝えられてはいないんです。大勢いた裸の連中もいつの間にか消えていたし、……なんだか変ですよね」


 コルフがホーカの屋敷に寄り付かなくなったのは、クリュと出会ったからだという。

 クリュが長い間閉じ込められ、記憶を曖昧にされていたと聞いて、気持ちが変わってしまったのだと。


 この数か月の間に、どんな変化が起きたのだろう。

 考えてもわからないが、大きなヒントをもらえたようにキーレイは思った。


「いろいろと聞かせてくれてありがとう。邪魔をしてすまなかったね、コルフ」

「いえいえ、そんな。お役に立てましたか」

「もちろんだ。これから初心者に指導をしてくれるのだろう」


 若者たちが守られるよう祈って、魔術師と別れた。

 再びギアノの姿を探し、部屋を借りた礼を言って、神殿へと急ぐ。


 中庭を通りぬけて戻ってみると、想像していた通り、神官たちが揃ってキーレイの帰りを待ち受けていた。

 街の住人たちも大勢やって来ているようで、話を順番に聞いていく。


 そのうちのほとんどが、昨日の迷い道で声をかけられた者で、単純に礼を言いに来たらしい。

 店のオーナーに言われて、きちんと筋を通しておくよう言われたという少年もいた。


 それ以外は、再び迷い道の現象が起きるのではという不安を抱いて来た者ばかりだった。

 このままでは安心して商売が出来ない、従業員が帰って来なくて困った、大切な届け物が約束に間に合わず揉めているなど、相談の内容は様々だ。


「神官長様、どうか仲裁をして頂けませんか。我々も好きで時間に遅れたわけではないのです」


 初老の商売人に縋り付かれたところで、鍛冶の神官が一人駆け込んで来た。

 急ぎの会議が行われると告げに来たらしく、この後早速開催されるようだ。


 商人の男はがっかりした顔をしていたが、代わりに誰か神官を行かせると話すと納得してくれたようで、静かに神殿を去っていった。

 誰を行かせるか決めなければならないが、会合に行く支度も進めなければならない。


 神殿にはまだ相談にやって来た者が残っているが、今日は癒し目的の探索者は少ないように思える。

 昨日の騒ぎの影響か、皆探索に行くのを控えているのかもしれない。

 軽食を頼み、着替えを用意し、靴を履き替え、神官たちに指示を出し。

 すべて済ませたら後のことは頼んで、会合へと向かう。


 

 こんなにも早く会合の手配が済んだのは、昨日の出来事の影響の大きさ故なのだろう。

 すべての神官長が既に姿を見せており、商人の数もいつもより多い。

 主だった有名店の主や代理人が集まって、言葉を交わし合っている。

 迷宮調査団の団長ショーゲンもやって来て、二人の団員と共に席に着いていた。


 程なく会合が始まったが、まずはキーレイから昨日の出来事について説明しなければならない。

 とはいえ、語れることは多くはない。


 朝から異変が起きて、大勢が巻き込まれてしまったこと。魔術師の手を借りて原因を探りに行ったこと。

 ホーカ・ヒーカムの屋敷が襲撃を受けており、とりあえず迷い道だけは解消できたが、根本的な解決はできていないと順番に説明していく。


「屋敷が襲撃されたから、迷い道にしたということなのでしょうか」

 商人の一人に問われたが、わからないとしか言いようがない。

「詳しい事情などはまだなにもわかっていないのです。あの場にいた支配人には話を聞いておいた方がいいとは思っていますが」

「ウベーザの若造だな」

 

 商人たちはひそひそと言葉を交わし合っている。

 面識のある者はいないか問いかけるが、誰も手を挙げない。

 どうやら商売人たちから良く思われていないようで、場の雰囲気が明らかに悪くなっていく。


「それと、ホーカ・ヒーカムと取引をしていた方にも話を聞かせて頂きたいのです。彼女はどうも、神殿の人間を避けているようでして」

 街で一番儲けているのだから、ホーカから壺を買った者は多くいるはずだ。

 商売人は顔を見合わせ言葉を交わし、やがて一人の男が立ち上がって、口を開いた。


「術師ホーカは確かに多くの壺を売っていたのですが、少し前から取引は休止されておりまして」

「休止?」

「ええ。壺作りはしばらく取りやめると伝えられています。いくらか残っている分は購入できましたが、後は他の魔術師に頼んで欲しいと」


 なので今は、もう取引はしていない。

 キーレイは驚き、商売人たちに問いかける。


「最後に術師ホーカに会ったのはいつですか?」


 全員が一斉に首を捻っていた。

 彼らの答えをまとめると、本人にはもう随分昔に会ったきりか、ヴィ・ジョンの顔しか知らないかのどちらかのようだ。


 ロウランは推測だと言っていたが――。


 迷宮都市のど真ん中、紫色の屋敷で起きた異変はあまりにも多い。

 壺の取引を休止し、私塾は休業し、借金のかたに囚われていた若者たちがすべて去り、弟子には授業料の代わりに人探しを強いている。


「今後また同じようなことが起きた時の対応を決めておきませんか」

 

 ここでホーカ・ヒーカムについて追及し続けても答えは出ないと思ったのだろう。

 レオミオラが立ち上がり、昨日は早いうちに異変を伝えられて良かったと声をあげている。


「神官たちが街角に立って注意をしたお陰で、混乱も抑えられたと思います」

「そうですな。我々も協力できて良かったと思います」

 ショーゲンも同意しているが、魔術師たちのことについては任せたいと付け加えられている。

「近隣で暮らす魔術師達がどうしていたのかも、聞いた方がよろしいのでは」

 商人たちはこう発言し、キーレイへ視線を向けている。

「無彩の魔術師殿と共に調査へ行かれたと聞きましたよ、リシュラ神官長」


 前回と同じ流れで、もう決まったかのような空気になっていく。

 神官長たちですら似たような視線を向けてきて、キーレイは内心でげんなりしながらも、結局は頷いて答えた。


「魔術師たちから話は聞かねばなりません。訪ねてみます」


 何人か分の、ほっと息を吐く音が聞こえてくる。

 キーレイが仕方がないと自分に言い聞かせていると、二つ隣の席から声があがった。


「では、私が劇場の支配人に話を聞きに行こう」


 声の主はゲルカ・クラステンで、商人たちからは拍手があがっている。

 雲の神官長の宣言で、緊急の会合は終わりになった。

 今すべき説明や確認はこれ以上ないし、すべての長が集まって話さねばならない議題もないから。


 有事の対応の細かな取り決めもしなければならないが、これについては改めて責任者が集まってすり合わせていこうという話でまとまっている。


「リシュラ神官長、お疲れのようだね」

 立ち上がったキーレイに声をかけて来たのは皿の神官長タグロンで、隣にはかまどの神官長であるジャマレード・キャズの姿もあった。

「昨日は随分大変だったのではないかな」

「時間がかかってしまったので、確かに疲労はありますが」

「無彩の魔術師殿を助け出されたと聞いたよ」


 おかしな話が飛び出してきて、キーレイは慌てて否定をした。

 ニーロは体調不良を訴えただけで、直接的なもめ事などは起きていないと説明していく。


「あなたが魔術師殿を背負って戻られたと聞いたのですが」

「それは間違いありませんが」


 背後から呼ぶ声があり、タグロンもジャマレードも振り返っている。

 急な会合の為に急ぎで用意した場所であり、早く解散して欲しいようだ。


 結局話はうやむやのまま、神殿へ帰る道を歩いていた。

 会場を出る時に気付いたが、神官長たちは皆一人か二人、お供の神官を連れている。

 身一つで来ているのはキーレイくらいで、そのせいで軽んじられているのではないかと考えてしまう。


 カッカーは一人であちこちへ飛び回っていて、細かなことは後回しだった。

 帰り道の間に前任者の振る舞いについて思い出し、あの頃誰かが補佐の為に着いて行くべきだったのではないかなど、考えは反省にまで及んでいく。


「リシュラ神官長、お戻りになりましたか」


 神殿へ戻るとネイデンが出迎えてくれて、今日はもう休むよう諭してきた。

「昨日は休みだった者も皆、対応の為に来てくれたのでしょう。彼らに」

「そんなことは私がやっておきますから、お帰り下さい。今のあなたには間違いなく休息が必要です」

 

 ネイデンはいつでも穏やかだが、今日は妙に迫力があって、キーレイを家に帰らせてしまった。

 確かに疲労はあるし、頭もいつもより働いていないように思える。

 食事もまともにとっていない。気付いた瞬間腹が鳴り出して、神官長は自分の単純さに笑ってしまう。


 気になることは山のようにあるが、焦ったところでどうしようもない。

 言われた通り、きちんと休もうと考え、食事の支度を頼んで、体も洗う。


 自分の部屋でベッドに横たわると、あっという間に眠りの中に落ちていった。



 まともな休息のお陰で、目覚めはこれ以上ないほどすっきりとしている。

 早い時間に起きてしまったが、朝の爽やかな空気の中で体は軽やかに動いて、キーレイは清々しい気分で神殿へ向かった。


 朝までの当番はロカだったようで、若者の笑顔に出迎えられていた。

「おはようございます、リシュラ神官長」

 中に入るとシュクルの姿もあり、不在の間にあった出来事について報告を受ける。

 相談に来た者は二人いたが、対応済みで問題はないらしい。

 

 二人とも神官の中ではまだ若いが、頼もしく育ってくれているようだ。

 掃除も行き届いているし、夜中の番もしっかりこなせるようになっている。

 共に祈りの時間を持ち、用意してくれたお茶を飲み、心を整えていく。

 

 今日はまた、なにからやるべきか考えなければならない。

 

 神殿のことは神官たちに任せ、キーレイでなければ対応できないことに取り組んだ方がいい。

 ならば、あの小さな黒い家を訪ねるべきだ。

 

 自分の訪問など、きっとお見通しだろうとキーレイは思った。

 神殿を出て売家街へ続く道を、どうやって把握しているのか考えながら歩いていく。


 扉を叩くとすぐに若い魔術師が出てきて、中へ通してくれた。


「おはようございます、キーレイさん」

「おはよう、ニーロ。調子はどうだ」

「問題ありません」


 それは良かったと答えて、椅子に腰かける。

 飲み物などは出て来ないが、必要な時に取りに行けばいいので、気にしない。


「さて、……なにから話せばいいのかな」


 呟いたところでウィルフレドが二階から降りてきて、後を追うようにロウランも姿を現している。

 二人はキーレイへ声をかけたが、食事をしてくると言ってすぐに外出してしまった。


「やはりホーカ・ヒーカムの屋敷へ行かねばなりませんか」

 扉が閉まると同時にニーロに切り出され、キーレイは「そうだな」と答えていた。

「問題はいくつもあるが、どれもこれもホーカ絡みだ。ただ、会えたとしてもすぐに話がつくとはあまり思えない。大体、本人に会える可能性もあるのかどうか」

「そうですね」

「何人かから話を聞いたが、ホーカ本人と直接会った人物はあまりいないようなんだ」

「僕ならば会えると思っているのですか?」


 そうか、とキーレイは思っていた。

 ホーカが求める新たな体なら、本人と会える可能性があるのだと。


「どうして驚いているのです、キーレイさん」

「いや……」


 ロウランは「新たな体」の話をニーロにもしているのだろうか。

 知っているならそれなりに警戒していそうなものだが、そんな様子はないように思える。

 

「一昨日屋敷に入った時、奇妙な感覚があったことを思い出しました」

「気分が悪くなった時?」

「そうです。以前の迷い道の解決の時にはなかったものです。キーレイさんはなにも感じませんでしたか」

「私は、なんともなかったよ」


 体を乗っ取る為の力かなにかが働いていたのだろうか。

 ニーロならばホーカに会えるのかもしれないが、おかしな真似をされるのは困る。

 行かせるのは危険なのかもしれないとキーレイは考え、ロウランにはなんの変化もなかったことに改めて気付いていた。


「ロウランならばどうにか出来るかな」


 キーレイの問いに、ニーロは渋い顔を作っている。


「どうにでもできると思います」

「どうにでも?」

「問題は気が向くかどうかでしょうね」


 今見せた表情が意味するところがわからず、キーレイは考えを巡らせている。

 ロウランという魔術師について、まだあまり理解できていない。

 迷宮を共に歩いたし、食事の時間も持ったが、そこまでの交流はしていないから。


「なにか美味しいものでも用意したらいいのかな」


 独り言のように呟く神官長を、若い魔術師はまだじっと見つめ続けていた。

 灰色の瞳をまっすぐに向けて、無言のまま、そのまま射貫こうとしているかのように。


「どうした、ニーロ」


 視線の圧に負けてキーレイが問いかけると、ゆっくりと瞼が降りていった。


「なにも用意しなくて良いと思います。キーレイさんが頼めば、ロウランは聞いてくれるはず」

「そう、なのか?」


 ニーロは頷いているが、本当だろうかとキーレイは考えていた。

 随分買ってくれているようだとは思う。この間も急に迷宮に連れていかれて、魔術の「授業」をしてくれた。


 あの時、背後から触れられて、不安な気分になったことを思い出す。

 言葉にしようのない、確信のないふんわりとした不安だった。

 キーレイ自身が覚えていない些末なことまで、人生のありとあらゆるすべてを見られてしまったような、心細い気持ちになったような。


 「黄」の迷宮で迎えた危機の中、脱出のようなものを使ったことをわかっていた。


 囁かれただけなのに、すべての感覚が自分のものではなくなっていくようだった。

 

 ロウランの底知れぬ力に怖れを抱いているのかもしれない。

 キーレイは自身のうちに生まれていた小さな暗がりに気付いて、ゆっくりと息を吐いていく。


「やれやれ、満席とはな」


 ふいに扉が開いて、この家の居候二人が姿を現していた。

 どうやら目当ての食堂に入れなかったらしく、屋台で買い物をして帰って来たようだ。


「キーレイ、まだいたのか。良ければお前も一緒にどうだ」


 テーブルの上に料理を広げて、あっという間に食事の席が始まっていた。

 何度も勧められて、結局朝食を共にし、終わったところで心を決める。


「ロウラン、頼みたいことがあるのです」

「なんだ」

「一昨日の調査の続きです。ホーカ・ヒーカムの屋敷に共に行って頂けないでしょうか」


 自分一人では手に負えない。魔術師の力がなければ片付けられない。

 キーレイがこう説明すると、青紫色の瞳をきらりと輝かせ、ロウランはこう答えた。


「先に二人で話をしたい」

「わかりました。では」


 どこに移動すべきか考えたのに、次の瞬間、周囲は暗闇に閉ざされていた。


「え?」


 キーレイが戸惑いの声をあげると、辺りは光を取り戻していった。

 ところがそこはもう魔術師の小さな家の中ではなく、明らかに迷宮の中だ。


「ここは……」

「この間もここで話したな」


 目の前にはロウランがいる。魔術師は手ぶらだが、どうやって迷宮を照らしているのだろう。

 わからないが、言葉の指す場所には心当たりがあった。


「大穴の底、ですか」

「そうだよ。あの時、答えていないことがあっただろう」

「なにかあったでしょうか」

「ここが何層目か、だ。俺は『藍の迷宮を起点に考えるなら十二層辺り』と答えた」


 確かに、そんな問答をした。すっかり忘れていたが、疑問の残る言い回しだったと思う。


「ここはどの迷宮でもない。地上から入れる九つの穴とはまた別に用意された空間と考えた方がいいだろう」

「えっ……? そうなのですか。壁や床は、『藍』のままのように思いますが」

「勘違いさせられているんだよ。ここから『藍』の迷宮に戻ることはできない。俺たちのようなズルをする者以外にはわからないようにされているのさ」


 魔術師の言う「ズル」とは、迷宮内への移動を指すのだろう。

 ロウランはあっという間にやれるようになったが、長い間不可能だと考えられてきた。


「この場所の意味など、知っても仕方ないだろうがな。最下層への挑戦にも関係がないし、語る理由がない」

「話があるんでしたね」

「ああ、そうだ。なに、単純な話だよ」

「なんでしょう」


 体が勝手に緊張して、強張っていく。

 そんな神官に魔術師は微笑みを浮かべると、囁くように話し始めた。


「俺はお前ともっと打ち解けたい。今更言っても仕方ないことだが、出会い方が良くなかったな。お前は夜の神官と語らいの時間を持ったから。急に怪しげな魔術師が現れたんだ、警戒するのが当たり前だと思う」

「え?」

「俺だって同じような奴が急に現れたら、なにを企んでいるのか見定めてからでなければ、とても付き合う気にはならんだろう」

「ロウラン」

「ウィルフレドにはもっと強い抵抗があったよ。あれと深く愛し合ったと考えていたからな」


 魔術師はどこか遠くを見つめたまま話し続けた。

 ラフィが消えてしまったのも、消えた神官の体を自分が譲り受けたのも「本当」なのだと。

 それ以外の可能性について考える必要はない。キーレイがひっそりと抱いていた疑いを打ち砕いて、ロウランはまだ語り続けていく。


「俺たちの因縁は簡単に語れるものではない。俺にもラフィにも、いろんなことがありすぎた。訝しく思うこともあるだろうが、説明するだけで時間がどれだけかかるかわからんくらいでな、他人に聞かせる気はもうないんだ」


 すまんな、キーレイ。

 ロウランは一方的に謝罪の言葉を繰り出し、まだ語る。


「今お前の目の間に立っているのは、ロウランという名の魔術師だ。ありとあらゆる運命の果てにこの街に流れ着いた。どう見えているかはわからんが、ひとりの、ただの魔術師に過ぎない。少しばかり長く生きているから、そこらにいる者よりは多くを知っているが」


 迷宮の中は、とても静かだ。

 魔法生物の気配はない。急に襲い掛かられても不思議ではないのに、今はなぜか、そんな風にはならないだろうと感じている。


「話はとても単純だ。俺はこの街を気に入っている。ひとりの魔術の徒として、迷宮の底に辿り着き、どのような作られ方をしたのか解き明かしたい」

「その、……私と打ち解けたいというのは」

「お前がいなければ迷宮の踏破はできんだろう?」


 まるで子供のように無邪気な笑顔を浮かべると、ロウランはこう答えた。

 お前ほどの探索者は他にいないから、と。


「神殿の長としての役割があるのはわかっている。キーレイ・リシュラ、お前は本当に素晴らしい。人々から頼られ、尊敬を集めるのは当然だ。努力を怠らず、決して本質を見失わない強い魂の持ち主だからな。俺のような怪しげな者にも、平等に接してくれる」

「いや、そんな。怪しいなどとは……」

「そうか? 少し理解できないところがあるだとか、そのくらいに思っているのか」


 キーレイがなにを思っているかなど、既に知っていそうなものなのに。

 惑わせようとしてこんな風に言うのか、本心なのか。

 残念ながら、神官にはわからない。


「もっと単純な言葉で伝えようか。俺は良い仲間が欲しい。共に過酷な旅に向かえる探索の仲間が欲しいんだ。腕の良い戦士、頼れるスカウト、信頼できる神官と共に歩み、いつかすべての迷宮の底へ辿り着きたいと願っている」


 それ以上の野望など、持ち合わせていない。

 ロウランはそう呟くと、美しい瞳でキーレイを見つめた。


「もっと早く、こんな風に腹を割って話すべきだったな。キーレイ・リシュラよ、どうか俺の正体を知ってくれ。その為にできることはなんでもしよう。ホーカ・ヒーカムなる魔術師を引きずり出したいのならば、協力するぞ」

「本当ですか」

「ああ。多少の口の悪さについては許してほしいがな」


 こんな軽口に、一気に緊張が解けていく。

 表情に出てしまったのだろう、ロウランも明らかに安堵したようだった。


 素直に考えるなら、絶対に邪魔の入らない場所で話したくてこんな場所を選んだのだろう。

 とんでもないところに連れて来られたとは思うが、危険に晒すつもりなどないという確信もある。


「わかりました。私ももっとあなたを理解しようとするべきでしたね」

「そう言ってくれるか。だがすまない、キーレイ。言い忘れたことがあった」

「なんですか」


 決着がついたかと思いきや、問題が残っていたようだ。

 そんな一抹の不安は、次の瞬間あっさりとかき消されていた。


「バジムとかいう男とは二度と会いたくない。それだけは頼む」


 この魔術師にしては珍しく弱気な声で言われて、キーレイは驚きつつも頷いていた。


「劇場の支配人の対応は、雲の神官長が請け負ってくれたのです。あなたについてなにか聞かれるかもしれませんが、直接関わり合いにはならないようにしましょう」

「話してみるものだな。ありがたく思うぞ、キーレイよ。あんなに話の通じない馬鹿は初めてでな」

「……そんなにですか」

「ウィルフレドから聞いただろう」


 確かに聞いたが、話だけでは伝わらないものもあるのだろう。

 ここまで怒っているのに、ロウランは魔術で解決するような真似をしていない。

 キーレイはそう理解をして、樹木の神に祈りを捧げていく。


 目の前にいる不思議な魔術師と、信頼を育んでいけるように。

 いつまでも、互いに心強い味方であり続けられるように。


「この後、どうすべきか相談に乗って頂けますか」

「もちろんだ。遠慮はいらんぞ、キーレイ。どんなことも即座にとはいかんが、大抵のことは解決してやろう」


 俺にできることならな。

 

 こんな言葉に力強く頷くと、キーレイ・リシュラは新たな仲間と共に小さな黒い家へと戻っていった。


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