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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
45_A Conciliation Board 〈意識改革〉

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202 喧々囂々

 食事を終えて解散し、キーレイは樹木の神殿へ戻っていた。

 地上へ帰って来たのなら顔を出すべきではないかという神官長らしい考えがよぎって、今夜の当番は誰だったか思い出しながら職場へ足を向ける。


 ニーロと探索に出たら、大抵はしばらく迷宮から戻ってこない。

 だから、今夜の番を引き受けていたネイデンは驚いた顔でキーレイを出迎えていた。


「リシュラ神官長、どうなさったんです」


 問われて当たり前だとわかっていても、ちょうど良い答えは用意できていなかった。

 ネイデンは樹木の神殿に仕えて長く、キーレイよりもずっと年上の神官だ。

 迷宮都市に来てからも長いが、探索には行ったことがない。

 なにから説明すべきか迷っていると、ネイデンが先に口を開いた。


「良かった、今、クラステン様がいらしているんです」

 驚いて振り返ると、神像の前には確かに雲の神官長の姿があった。

「今朝から探索に向かわれたとお伝えしたところで」


 キーレイはネイデンに礼を言うと、神像の前に向かい、ゲルカの祈りが終わるのを待った。


「おお、リシュラ神官長。探索に向かわれたのでは?」


 腕の良い探索者が迷宮に向かって、その日のうちに戻って来ることなど滅多にない。

 よほどのことが起きたと考えられるのが当然で、ゲルカが驚くのも無理はないだろう。


「いや、しかし良かった。話しておきたいことがあってね。少し時間を頂けないか」

「もちろん、構いません」


 すぐに自分の部屋に通し、ネイデンに飲み物を頼む。

 ところがゲルカは必要ないと言い、キーレイは了承して入口に鍵をかけた。


「すまない、こんな夜更けに」

「なにがあったのですか、ゲルカ様」


 わざわざ神官長自らこんな時間にやって来たのだから、深刻な話があるのだろう。

 声を潜めたキーレイに、ゲルカはまっすぐに目を合わせたまま話し始めた。


「迷宮調査団から頼み事をされたんだ。昨日の夜に使いを寄越して、怪我人が出たので治療の為に来てくれないかと」

「怪我人?」

「ああ。最近起きた事件に関わっている男だと言われて、夜中であまり人もいなかったから、私とエリアという神官で向かった」

「まさか、調査団の本部で怪我人が出たのですか」

「そうなんだ。部屋の中に、血の跡も残っていたよ」


 怪我を負った人間は三人いたとゲルカは語る。

 一人は軽傷、二人は重傷。全員手当を受けてはいたが、一人は虫の息だったという。


「床に倒れている男を治してほしいと頼まれた。その……、すべて治すのではなく、逃げ出せない程度で留めておいてほしいと」

 ゲルカの言葉に、驚いてしまう。

「逃げ出せない程度とは、弱った状態にしておけという意味ですか」

 雲の神官長は重々しく頷き、事情を語っていく。

「その男はスウェン・クルーグと名乗り、魔術師を脅したり、迷宮の中で何人かの命を奪った者なんだそうだ」

 再び、キーレイは驚いていた。ヘイリーが熱心に動いていると知ってはいたが、もう見つけ、もう捕らえていたなんて。

「スウェン・クルーグの名は聞いています」

「ダング調査官から?」

「そうです」

「回復させれば間違いなく逃げ出そうとするからと言ってね」


 まだ取り調べは始まっておらず、簡単に逃走できない状態にしておきたいとヘイリーは頼んできたという。


「ダング調査官の言い分も理解できる」

 ゲルカは悩み深い顔をして、珍しくため息をつきながらこう続けた。

「調査団に協力してほしいと話したのは他ならぬ私だ。宿屋街で事件が起きた時、ダング調査官はたった一人で動き出し、調査を進めてくれていた。我々に助力を求め、罪のない人々を守ろうとしてくれている」


 それどころか、クリュを襲った犯人も見つけ出し、確保している。

 シュヴァルを刺した男も、「藍」で倒れていたうちの一人だったと確認されていた。

 ヘイリーの動きは迅速極まりない。

 スウェン・クルーグなる男はいくつかの事件に関わっているようなので、詳しく調べたいと考えるのは当然だろう。

 

「その男は、調査団員たちとやりあったのですか?」

「いや、違う。調査団に連れて来られた時に、助手のガランを人質にとって逃げようとしたらしいんだ。その場にいたポンパという魔術師が阻止しようとして、傷を負うことになった」

「ポンパ・オーエンですね」

「ああ。スウェン・クルーグに脅されて、調査団で保護されていた。確認の為にその場に立ち会っていたと聞いたよ」

「なるほど」

「ダング調査官は、宿屋街の事件についてもなにか関わりがあるのではないかと考えているようだった」

「その、スウェンという男がですか?」


 ゲルカはゆっくりと頷き、結局要望通り、治療は半端なまま終わらせることになったと話した。

 神官としてそんな真似をしたくはなかったが、どうにもならなかったのだと。


「ゲルカ様、重傷者が二人いたと仰いましたが」

「ああ、もう一人、包帯まみれの男がいて」

「誰だったのでしょう」

「以前路上で争いを起こし、人を殺しかけた犯人だと聞いた」

 では、クリュを襲った男なのだろう。

 キーレイは納得していたが、ゲルカの言葉には続きがあった。

「はっきりとは言わなかったが、スウェンと呼ばれた男と仲間なのではないか疑っているようでね」

 包帯塗れの男は体を自由に動かせる状態ではなく、こちらも少しだけ癒してやってほしいと頼まれたという。

「結局、頼まれた通りにするしかなかった」

「ゲルカ様……」

「ダング調査官はよくやってくれている。私は、彼の力になりたい」


 誰も彼も死んでしまっては、真相がわからないままになってしまうから。

 それでは困ると、キーレイも考えていた。

 誰かが傷つけられたり、奪われたりしたのなら、犯人は捕まえられるべきだ。

 真相は明かされ、物は返された方がいい。可能な限り、不幸は減らしたい。


 これまで迷宮都市に欠けていた正義の兆しを、台無しにしたくはない。

 ゲルカの苦悩はわかる。同じことを頼まれたとしたら、自分はどう応じただろうかとキーレイは思う。


「ダング調査官のやり方は、王都の騎士団と同じなのでしょうか」

「どうかな。……わからないがしかし、問題は別のところにある。これまでが良くなかったのだから。我々はもっと話し合い、深く考え、決めていかなければならない」

「そうですね」

「近いうちにまた話し合いの時間を持とう。ショーゲン殿にも協力を頼んで」

「ショーゲン様は、ダング調査官のやり方をどう考えておられるのでしょう?」

「昨日は確認できなかったが、やむを得ないと思っているのだろう」


 魔術師を保護したり、罪人を留め置くのは、団長の許可がなければできないことだからとゲルカは言う。

 前例のない中動き出し、ヘイリーも悩みながら行動しているのだろう。


 妹の死について詳しく知ろうとやって来ただけなのに。

 調査団員の行動力に、キーレイは内心で深く感心していた。

 力になりたいのなら、はっきりとルールを用意してやった方がいい。

 とはいえ、すぐになにもかも決定するのは難しい。きっと時間がかかる。

 神殿だけではなく、商人たちの意見も取り入れなければ揉め事になってしまうだろうから。


「我々は調査団を止める立場にありません。ですが、行き過ぎた時には声をかけるようにしましょう」

 ゲルカは頷き、そうしようと答えた。良い機会が来たと考えようと呟き、キーレイに礼を言っている。

「ありがとう、リシュラ神官長。こんな夜中に申し訳なかった」

「なにを仰るのです。伝えに来てくださって、ありがたく思います」


 小部屋で向かい合い、二人で祈りを捧げていく。

 信念を持って働く者が守られるように。この街の在り方がより良いものになるように。


 ゲルカは雲の神殿へ戻っていき、キーレイはネイデンに声をかけ、この日は休んだ。

 結局神殿の仮眠室で休み、次の日の朝は早めに起きて、家へ寄って着替えを済ませる。


 マリートがやって来たので、二人で「白」へ向かった。

 いつもと同じようにして迷宮の入り口に辿り着き、友人と揃って仲間の到着を待つ。


 難しい迷宮に挑むには、早い時間からとりかかると良い。

 なので集合の時間もそれなりに早く設定されていた。

 昨夜は思いがけない訪問があったせいで、キーレイの睡眠時間は少しばかり短い。

 けれど眠気に負けず、きちんと時間通りにやって来た。

 

 そんなことは当たり前で、ニーロも決して遅刻などしない。

 ウィルフレドもそう。ロウランは探索を楽しみにしているというし、二人と共に家を出るはずで、遅れたりしないと思う。


 それなのに、やって来ない。

 マリートは明らかにきょろきょろとし始め、落ち着かないようだ。

 キーレイとしても不思議で仕方なく、大通りまで戻って様子を窺ったり、戻ったりしていた。


「あ、来たぞ」


 少し経ったところでマリートが声をあげ、キーレイも視線を向ける。

 背の高いウィルフレドの姿がまず目に入り、両隣に魔術師が並んでいるのが見えた。

 

「遅れて申し訳ありません、キーレイ殿、マリート殿」

 ウィルフレドが手を挙げ、声をかけてくる。

 三人はやって来ると、遅れた原因について神官長たちに話した。


「お二人は魔術師街は通られませんでしたか」

「ええ、そうですが、なにか問題が?」

 キーレイの家は街の南側にあり、真ん中を通る理由がない。

「また迷い道になっているのです。歩いている間に妙な感じがし始めて、引き返したのですが」

「迷い道? 今朝からそうなったのか」

 マリートの問いには、ニーロが答えた。

「最初のうちは異変を感じなかったので、そうだと思います。引き返すのに少し時間がかかってしまいました」

 その隣で、ロウランも真剣な表情を浮かべている。

「ノーアンも来ておらんのだろう? 迷いこんでいるのかもしれんな」


 売家街から「白」へ向かうなら、魔術師街までまっすぐ西に進んでから南に曲がるのが一番早い。

 ニーロたちもそうやって来ようとしていたから、巻き込まれてしまったのだろう。


 話していると、大きなざわめきが聞こえてきた。

 すぐそばの道から探索初心者らしき若者がいっぺんに何人も出てきて、周囲を見回し、困惑の声をあげている。


「そこに迷宮の入り口があるぞ」

「でも、なんだか違わないか」

「あのう、そこって『緑』の入り口ですか?」


 大きな声で呼びかけられて、ウィルフレドが「白」だと答えている。

 初心者たちは驚いて道を戻ろうとし、キーレイは慌てて呼び止め、大通りをまわって行った方が良いと声をかけていく。


「迷い道ってなんです?」

「少し前にも起きたんだが、道通りに進めなくなる現象が起きているようなんだ」

 街に来たばかりなら、迷い道について知らなくても無理はない。

 若者たちは驚き慄いて、わかりましたと素直に南側の道へ向かっていく。


 そして、ノーアンはまだ来ない。


「キーレイさん、ノーアンの家に行って確認してきます。ひょっとしたら体調を悪くしただけかもしれませんから」

「そうか、確かにそんな可能性もあるな」

 

 ニーロに待っているよう頼まれ、四人で「白」の入り口付近で時間を潰す。

 そうしている間にも様々な通行人が魔術師街へ繋がる細い道から姿を現し、困惑した顔でここはどこだと騒いでいた。

 探索者だけではなく商売人たちも出てきて、混乱は大きくなっていく。

 キーレイが声をかけると、神官衣を見ただけで少しは落ち着くのか、説明に耳を傾けてくれた。


「すみません、お待たせしちゃって!」


 迷い人たちを案内していると背後から声がして、ノーアンの姿が見えた。

 隣にはニーロの姿があり、キーレイも仲間の元へと戻る。


「なんだか急に景色が変な感じになって、抜け出せなくなっちゃって。ようやく普通の道に出たと思ったら『黒』の入り口のそばだったんですよ」

 だから大きくぐるりと回って、ようやく待ち合わせ場所まで来られたらしい。

 「黒」は「白」から最も遠い位置にあるから、時間がかかってしまったのだろう。

 途中でニーロに運よく出会って、一緒にここまでやって来たとノーアンは話している。

「災難だったな」

 ロウランに声をかけられ、スカウトは頷いて答えた。

「まったくですよ。これ、前にも起きていた現象(やつ)ですよね」


 ど真ん中へ続く道から、続々と人が吐き出されていた。

 街はますます騒がしくなり、台車を引いたまま困った顔で立ち尽くす者も見えている。


「ニーロたちも中を歩いたんだろう。以前の迷い道は、随分深刻だったようだけど」

 今日の異変はどの程度なのか。神官長の問いかけに、魔術師は不吉な答えを示した。

「……少し性質が悪そうですね」

「そうなのか?」

「そう感じます。詳しく調べてみなければわかりませんが」

「誰の仕業かは」

「断言はできません、今はまだ」


 疑いは既にあるのかもしれないが、安易に口に出すのはよくないだろう。

 話している間にも周囲に人が溢れていき、誰が聞き耳を立てているかわからないのだから。


「あのう、神官様」


 背後から声をかけられ、キーレイは振り返った。


「一体なにが起きているのでしょう」

「魔術師街の道が、迷うようになってしまったようだ」

「以前にもありましたよね。解決されたって話じゃなかったんですか」

「解決はしたが、今日再び起きてしまったようなんだ」


 縋るような目で見つめられて、どうすべきか考える。

 一人が声をかけて来たせいで、頼れる人が見つかったと思ったのか、神官様と声をあげる人間は瞬く間に増えていった。


「どうやら探索どころではなさそうだな」

 ロウランのため息交じりの声が聞こえる。

 確かにその通り。以前の迷い道は、最初のうちは気のせいかと思える程度のものだった。

 ひとつかふたつ、道を間違えてしまったのかなと思うくらいの惑わせぶりが少しずつエスカレートしていって、とうとう町中の人間が避けるようになっていた。


 朝から急に変化が起きて、ニーロが「かなり性質が悪い」とまで言うのなら。

 町中が混乱するかもしれず、対処が必要だとキーレイは思う。


 「白」のすぐそばに、神殿の類はない。

 樹木に戻るか、雲を頼るか、船の神殿に向かうべきか。


「ウィルフレド、この道から出てくる人たちに声をかけてやってくれませんか」

「キーレイ殿はどうするのです」

「神殿に知らせを出し、神官たちに対応を頼みます。通りに立って、魔術師街を通らないよう声をかけるようにと」

「なるほど、神官がいてくれれば皆安心するでしょうね」

「この近くは薬草業者が並んでいますから、まずは彼らにも声をかけ、手を貸してもらいます」

「わかりました」


 なにも言わずとも、仲間たちには「中止」が伝わったようだ。

 マリートはじっと友人を見つめているが、引き留めなどはしない。

 

「ニーロ、後で相談に乗ってくれ」


 一方的に言い残し、急ぎ足で近くにある薬草業者へと向かう。

 すぐそばにミッシュ商会の本店があったので、店員に声をかけ、責任者を呼んでもらう。

 まとめ役のハージュは猛スピードで店の奥から駆けてきて、突如現れたキーレイの前で息を切らせていた。


 魔術師街での異変について説明し、船の神殿へ伝えてもらえないか頼んでいく。

 配達などはど真ん中を通らないよう、周辺の店にも注意喚起をしてほしい。

 ハージュは顔中に汗をかいていたが、キーレイの話をすぐに理解して、急いで手配すると約束してくれた。


 次に近いリシュラ商店へ顔を出し、従業員に声をかけていく。

 何人かは二代目と勘違いをしたらしく、背が伸びたのかと言い出す者もいた。

 ここでは雲と流水の神殿への使いを頼み、配達の際に気を付けるよう注意もしていく。

 雲の神殿近くのアードウの店にも伝えるよう頼み、道を引き返して樹木の神殿へと急ぐ。


 神殿へ戻ると、見知った商人が何人も待ち受けていた。

 キーレイの姿を見るなり詰め寄ってきて、すぐさま迷い道をなんとかしてくれと訴えている。


「リシュラ神官長、迷い道は解決したのではなかったのですか」

「それが、今日の朝、再び起きたようなのです。詳しいことはまだなにもわかっていません」

「うちの従業員が配達の為に行ったきりなんです。いつもならすぐに戻ってくるのに」


 一人が声をあげた途端、全員が口々に主張をし始めて、神殿の中とは思えないほど騒がしくなっていく。

 神官たちがなだめても騒ぎは収まらず、仕方なく手の空いている者に声をかけ、鍛冶や石の神殿にも伝えに行くよう頼んでいった。


「今はとにかく魔術師街に入らないよう、案内する人間が必要なんだ。主だった道の入り口に人を派遣して欲しい。今回の迷い道は警戒する必要がありそうだと伝えてくれないか。あと、手が空いたら北側の神殿にも知らせてほしいと」

「わかりました。緊急なんですね」

 ロカは頷き、隣の屋敷にも教えてた方が良いのでは、と呟く。

「私が行って来よう。この後、魔術師街を調べに行ってくる」

「リシュラ神官長が?」

「前回の迷い道が起きていた時、迷宮の中に飛ばされる可能性があると聞いた。今回もそうだったら大変なことになる」

「えっ、そんな。迷宮の中にまで?」

「可能性の話だが、ことが起きてからでは遅いから」


 後のことを神官たちに頼んで、隣の屋敷へと向かう。

 ちょうどこれから「緑」へ向かうという初心者に遭遇し、真ん中を通らないよう注意して、ギアノにも問題を伝えておく。


 屋敷から出たところで、ニーロが待ち受けていた。

 ノーアンとウィルフレド、ロウランの姿もあり、キーレイに気付いて声をかけてくる。


「さっき話しそびれちゃったんですけど」


 ノーアンは道に入った後しばらく彷徨い、その間に大柄な男が何人も倒れていたのを見たと言う。

「なんだかすごく変な感じがして、気になったんですよね」

 探索者だったのなら、ノーアンならばそう気づくだろう。

 おかしく思ったのは理由があったからに違いなく、大男たちの正体についてキーレイは考える。

「大柄な者ばかりとなると……、用心棒かな?」

「ああ、確かにそんな雰囲気だったかも。みんな似たような服を着ていて」


 店を守る為に雇われている用心棒は、腕っぷしが強いだけの大男と決まっている。

 探索者崩れもいるだろうが、大抵は迷宮に興味のない、恵まれた体格を活かせる仕事を求めてやって来たはぐれ者だ。


「どこでどう問題が起きているか、わかるかな」

 ニーロに視線を向けるが、魔術師の反応は芳しくない。

「外からではなんとも言えません」


 前回は、魔術師街で暮らしていたポンパの協力があり、悪ふざけの主はすぐに特定された。

 調査団で保護されているようだから、今は家にはいないだろう。

 

「何日か放っておけば、収まるのではないか」

 ふいにロウランがこう言い出し、ウィルフレドがじろりと視線を向ける様子が見えた。

「何故わかる?」

「わかってなどおらん。なんとなくそう思っただけさ」

「本当か」

 戦士は疑念を向けているが、真偽については今はどうでもよかった。

「何日もこんな状態では、大勢が困ります。以前のこともありますし、魔術師達を敵対視する者も出てくるかもしれません」


 キーレイは自分の考えを明かすと、ニーロに共に調査へ行ってほしいと頼んだ。

 無彩の名を持つ若い魔術師はため息をついたが、わかりましたと答えて神官長の前に進む。


「二人で行かれるのですか」

 ウィルフレドに問われ、キーレイは頷いて答えた。

「大勢で行ってもはぐれてしまうかもしれませんから」

「それは確かに、そうですな」

 実際にはぐれて彷徨った戦士は、苦笑いを浮かべている。

「お二人が対処に当たっていると、どなたかに伝えておきましょうか」

「そうですね……」


 各神殿には使者を出した。騒ぎが耳に入れば、自然と動き出すだろうとも思う。

 しかし、魔術師たちの庭に率先して入ろうとする者はいないはずだ。

 魔術の知識がない者が足を踏み入れたところで、迷わされてどこかの路地に放り出されるだけだろうから。


「調査団に知らせてくれませんか」

「調査団に」

「安易に足を踏み入れていい状態ではない、危険だと伝えてほしいのです」


 ヘイリーが来てから、街の治安を守る為に動き出したようだから。

 戦士の隣でロウランが頷き、自分が伝えに行くと呟いている。

 魔術師が共に行けば、説得力は増すだろう。ヘイリーとも見知った仲のようなので、協力してもらえるのはありがたいことだった。


「では行こうか、ニーロ」


 樹木の神殿から出て、西へ向かう。

 近くには「赤」や「藍」の入り口があるが、その先を目指して歩いていく。


 異変が起きていると、すぐに理解が出来た。

 進む度に景色が不自然に揺れ、歪んでいったから。

 前回の迷い道の時よりも、様子がおかしい。

 見覚えのある建物が出鱈目に並べ替えられ、一方は地面に沈み、一方は高いところに浮かんでいる。

 そのくせ、地面はまっすぐになっている。どこに目を向けるかで景色も書き換えられ、頭がくらくらしていた。


「キーレイさん、あまり景色に集中しないでください」

「その方がいいか」

「ええ。肩に手を置いて下さい。はぐれにくくなるでしょうから」

「すまない」


 右手を伸ばし、ニーロの左肩に乗せる。

 灰色の髪が揺れて、甲をなぞるような感覚があった。


「出来るだけ遠くを見て下さい。視線はあまり動かさずに」

「わかった」


 意識してみると、確かに周囲の様子と遠くに見えるものには違いがあるように思えた。

 ホーカ・ヒーカムの屋敷が見える。大きな屋敷だから、魔術師街では特に目立つ建物だった。

 

「どう思う? 今回もホーカ・ヒーカムの仕業なのかな」

「その可能性は高いと思います。同じ気配がしていますから」

「そうか」

「前回は他の魔術師の力も混じっていましたが、今回はそうではなさそうですね」


 魔術師の所業について探るには、やはり魔術師の力が必要なのだろう。

 キーレイは言われた通りに遠くを見つめたまま、歩みを進めていった。

 

「なんの為にこんなことをするんだろうな」

「そうですね。他の便乗していた者とは違って、ホーカ・ヒーカムにはなんらかの狙いがありそうです」

「見当はついているか?」

「わかるはずないでしょう」

 若い魔術師の返答は冷たかったが、こんな続きがあった。

「なにか隠し事をしたいのかもしれませんね」

「隠し事を?」

「人を惑わせるというよりは、寄せ付けない力が働いているように思います」

「寄せ付けない……。あの屋敷に?」

「まだわかりませんが、そんな気配を感じています」

「寄せ付けない力で、何故迷うようになるんだろう」

「確かに、不思議ですね」


 家に入れなくするだけなら、もっとシンプルなやり方ができそうなものなのに。

 キーレイが考えていると、ニーロの小さな呟きが聞こえて来た。


「本人の性根が曲がっているからかもしれません」

「……今、なんと言った?」

「聞こえましたか」

 無彩の名で呼ばれる青年は、肩をすくめてこう答えた。

「本人の心がねじ曲がって、最早まともとは言えない状態なのでしょう」


 同意も否定も、安易にはできない。

 キーレイは言葉に詰まったが、ニーロはため息交じりに続けていく。


「自分が一方的に憎しみを抱いた相手に嫌がらせをするだけで満足せず、似通った容姿の者を集めて閉じ込め、辱めるなんて、知性理性のある人間の振る舞いだと言えますか」

「……珍しいな」

「なにがです」

「いや、そんな風に言うなんて」


 ニーロらしくない。

 他人の悪口を大きく声を張って繰り返す様子など、これまでに見たことがないし、決してやらないだろうと思える。

 つまり、なにか理由があるに違いない。

 キーレイはそう考え、目の前の魔術師の様子を見つめた。

 するとニーロは急に左に、鋭く顔を向けた。


「あちらのようですね」

「……反応があったのか?」

「どうでしょう。気のせいかもしれません」


 そう言っておきながら、魔術師は左側へ向きを変えた。

 気のせいかもしれない、なにかの気配を感じた方向へ。


「手を離さないように気を付けてください」

「わかった」


 魔術の心得のない神官長は、ただ従う以外にない。

 ふわふわ、がたがたとした奇妙な景色の中を、慎重に進んでいった。

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