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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
04_Love will KILL you 〈愛の花は迷宮に咲く〉

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21/244

21 憂鬱な始まり

 翌日ベリオが鍛冶の神殿に辿り着くと、フィーディの姿が既にあった。


「早いな」

「一刻を争う事態だから」


 そこまで重大だと思っているなら、自分でなんとかしろ、とベリオは思う。

 向けられた鋭い視線をものともせず、フィーディは朝日で目を輝かせてかつての仲間を見つめている。 


 その期待に満ちた目はなんなんだ、と苛々を募らせながら、ベリオは神殿の中へ足を踏み入れた。探索の前に神殿参りをする者は多い。神像の置かれた講堂では、多くの者が神に向かって頭を垂れている。

 神官たちはやって来た信徒たちの対応をしており、それぞれの前には短い列が出来ている。ベリオは堂内を見渡し、一番年の若そうな者の前に並んで順番を待った。


「鍛冶の神殿に何の御用でしょう」

 まだあどけなさの残る神官は、十六か十七か、そのくらいの年齢に見える。着ている神官衣も新品のようで、染み一つついていない。

「知り合いを探している。鍛冶(ここ)の神官で、デルフィという名の男なんだが」

「デルフィさんですか。今、神殿にいらっしゃいますよ」


 正直な反応にベリオはニヤリと笑う。これが熟練の神官だと、まずは素性を詳しく問われる。なりたてほやほやの若造は「他人に親切に」したくてたまらない年頃のようで、まだ迷宮都市の流儀を徹底出来ていないらしい。

 何処か地方からやってきたばかりのだろうとあたりをつけて、ベリオは神官に更に問う。


「すぐに会えるだろうか? 急ぎの用事があるんだ」


 迷宮都市での「知り合い」は、単純に「顔を見知った仲」では済まない場合が多い。裏切り者、借金を負って逃げた者、どうしても仲間に引き入れたい者。隠れる為に神殿へ来たのに、うっかりバラされてしまえばトラブルになる。

 ましてや、デルフィは「神殿付き」の神官ではない。彼の本業は「探索者」だ。神殿に仕えつつ求められれば探索に向かう神官もいるが、彼らの本業はあくまで「神官」であり、同じ神に仕える者でも扱いは変わる。


 不用心な若い神官は、わかりましたと答えて身を翻していった。

 しかしすぐに戻ってきて、慌てた様子でこう問うてくる。

「あなたのお名前を聞いていませんでした」

「ベリオ・アッジだ。北の食堂で会ったベリオだと言ってくれれば、わかる」


 はたしてデルフィが覚えているかどうか。これは賭けだった。

 

 フィーディはやたらとキョロキョロと辺りを見回していて、とにかく落ち着きがない。先に「余計な口を出すな」と釘を刺しておいて正解だったようだ。

 ベリオは神殿の隅で待ちながら思案を巡らせていた。

 もしもデルフィがいなかったら、ベリオを覚えていなかったら、探索に来てくれなかったら、別の人材を探さなければならない。

 昨日の夜訪問したチョークは快く「白」行きを受け入れてくれたし、デルフィが見つからなかった時には仲間探しの協力を頼んである。しかし、そうなればケチなチョークは仲介料を求めてくるだろう。フィーディに払えるとは思えず、支払いはベリオに回ってくる可能性が高い。

 金は持っているが、フィーディなどの為に使うのは余りにも腹立たしい。そうなった場合どんな嫌がらせをしてやろうか、こちらも考えておかねばならならなかった。


「ベリオさん」

 二人分の足音と共に、穏やかな声がベリオの耳に届いた。若い神官は満面の笑みで訪問者を見つめている。彼は後で、神官長あたりからこってりと絞られるだろう。いい勉強になったな、とベリオも微笑み返して、探していた蒼白い顔の男を出迎えた。

「デルフィ、良かった。すぐに会えるとは思っていなかった」

「そう、でしょうね。あの時、僕の家の場所も教えておくべきでした」

 相変わらず顔色が冴えない。無理やり笑みを浮かべているようなひきつった顔に、ベリオは首を傾げてみせる。

「どこか悪いのか? 具合が良くなさそうだ」

「いえ、大丈夫です。ここのところずっと祈りの間に籠もっていたからでしょう」

 

 神殿には大抵、大勢が集まって祈る「講堂」と、個人的な相談をする為の「祈りの間」が設けられている。


 「祈りの間」には二通りの使い方があって、一つは神官に人生相談をして聞いてもらうというものだ。神官たちは弱者の味方であり、人生に対して迷いがないとされている。相談相手になるのは、神に仕えて長い年配の者だけだ。人生のあらゆる不幸を見聞きしてきた彼らは、与えられた試練をどのように乗り越えるべきか助言を与えてくれる。


 もう一つの使い方は、神に仕える者の反省の為。神官といえども人間であり、時に迷い、惑わされ、負ける。大きな失敗をした時、彼らは「祈りの間」に籠もって自らに問い続けるのだという。神に仕えるとはどういうことなのか、その先どのように生きていくべきか、静かな暗い小部屋の中で道を見出していくらしい。


「そうか」

 そう言われてみれば、デルフィの顎には無精ひげが生えている。頬はげっそりとこけており、衣服も汚れている上、臭う。

「僕にどんな用なのでしょう?」

「ああ、そうなんだが、もしかして邪魔をしてしまったかな?」

「いいえ。もう今朝で終わりにしようと決めていましたから。ちょうど終わったところなんです。とてもいいタイミングでしたね」

 それなら良かった、とベリオは答えた。デルフィは少し困ったように微笑むと、まずは着替えてきますと言って神殿の奥へと去って行った。


 約束通り、神殿近くの食堂にデルフィは現れた。髭はきれいに剃られ、衣服も新しい清潔なものになっている。

「こっちだ、デルフィ」

 手を挙げるベリオの横で、フィーディは不機嫌そうに欠伸をしている。待たせやがって、と呟く口をベリオは思い切り叩いてやった。


「どうしたんですか」

「気にしないでくれ」


 痛がって暴れるフィーディには構わず、ベリオは単刀直入にこう切り出した。

「『白』の迷宮へ行く仲間を探しているんだ。スカウトは既にいる。あとは神官がどうしても必要で、あんたを思い出して、それで訪ねた」

「そうだったんですか。それは光栄です」

 実は家に何度か足を運んだんですよ、とデルフィは笑っている。

「そいつは済まなかったな」

「謝る必要はありません。探索者がそんなに簡単に会えるはずがありませんからね」


 でも今日は幸運でした、とデルフィは話している。

 つくづく、人の良さそうな男だとベリオは思っていた。だからこそ、こんな下らない探索に巻き込むのは気が引ける。

「実は、この男がどうしても『白』の迷宮で手に入れたい物があって」


 不愉快な部分は端折って、これまでの経緯を伝えていく。デルフィはなるほどといちいち頷き、穏やかな笑みを絶やさない。

「僕なら構いません。今はどの迷宮に行く用事もありませんし、体調も悪くない」

 顔が蒼白いのはいつも通り、なのか。ベリオは少し不安に思うが、フィーディは能天気に喜んでいる。

「良かった、良かった。ところで神官殿、一緒に来てくれる探索者のあてはありませんか? 出来れば腕の立つ魔術師か、戦士か」

「黙れ」

 フィーディの頭を後ろから小突いて、神官に詫びる。

「ただ、もしも一緒に行きたい誰かがいるなら、それは構わないんだが」

「いいえ、いません。フィーディさん、申し訳ないんですが僕には固定の仲間はいませんから」



 残りの一人についてはチョークに頼むと決めて、ベリオは準備の為に家に戻っていた。ニーロの姿はない。夜明かしをすると宣言していたのだから、二、三日は戻らないだろう。マリートまで一緒なのだから、案外長い探索になるかもしれない。


 マリートの前に、自分が一緒に行くと言えば良かった。初心者のおもりなどしたくはないが、今巻き込まれている事態よりは随分マシだ。

 うんざりしながら武器を選んでいると、扉を叩く音が聞こえてくる。


「ベリオさん」

 戸の向こうから聞こえてくるのはデルフィの声だ。

「もう準備が出来たのか?」

「ええ、……いえ、そうですね。装備は問題ありません、でも、消耗品はないんです。お金も少ししかなくて、相談に乗って頂けないかと」

「どうしたんだ」


 疑問に思っていた。「固定の仲間がいない」。北の食堂で会った時に聞いた話と違う。

 デルフィを家の中へ招き入れて、ベリオはまず椅子をすすめた。不要な道具を売り払ったおかげで、ニーロの家の一階はがらんとしている。


「家に戻れないんです」

 デルフィと、その相棒の家はシルサージ通りにある貸家なのだという。幼馴染で共に行動してきた仲間の名は、ジマシュ。ベリオはその名を覚えていた。

「仲違いでもしたのか?」

「面と向かって言い合ったりはしていません。ただ、僕がどうしても、彼のやり方に納得……、できない時があって」

「やり方っていうのは、どんな」

 デルフィは口を噤んで、黙っている。


 額に浮かぶ汗、苦悩に満ちた表情。強引で逆らえないのだとデルフィは話していたはずだ。あの時の一言一句とまではいかないが、デルフィと彼の話についてベリオはよく覚えていた。


 神官の身でありながら魔術師のローブを身につけ、「脱出の魔術」が使えるという。魔術を使えるようになるには、相当な努力が必要だ。神官でも魔術を使える者はいるかもしれないが、しかし、神官達の本来の生き方と魔術はあまり相性がいいとは思えなかった。


 彼らは神の教えを尊び、心身を捧げる。その奉仕に対して、神はほんの少し彼らに力を分け与えるのだという。それが、癒しであり、生き返りの奇跡だ。逆に魔術師は、世界に浮かぶ目に見えない力を操って目的を果たしていく。炎や氷、風を操り、思うままにするらしい。


 ニーロに聞かされた話は曖昧で、ベリオにはよくわからないものだった。

 しかし、神に与えられる奇跡とは違うのだと理解はできる。


「とにかく、もう限界なんだと思ったんです。でも、……ジマシュが、僕を解放するとは思えません」

「二十年来の付き合いだったか?」

「ええ」

 ジマシュを知らないベリオとしては、なんとも言えない。他人の仲間(パーティ)事情など、最も首を突っ込んではならない部分だ。


 しかし、何故か心が痛んでいた。相棒と二人という状況が自分と似ているせいなのか。


 ニーロはいつ自分を見限るかわからない、と思っているからかもしれない。

 彼がマリートやヴァージに向ける瞳や態度は、ベリオには決して見せないものだ。


 本当はわかっている。ニーロが誰と組みたがっているのか。カッカーがもう少し若ければ、ヴァージに子供がいなければ、今すぐにでも彼らは共に探索へ向かうはずだ。いまだ誰も到達していない、「黒」や「紫」、「黄」の迷宮の最下層を目指していくに違いない。


 自分は決して呼ばれない。ただのニーロの腰巾着でしかないと、ベリオはわかっている。誰も足を踏み入れていない場所を探るような、本当の探索などしたことがないのだ。未知へ足を踏み入れるには、何もかもが足りない。経験も実力も、お前だけだと言われるような「特別(スペシャリティ)」も。


「いいよ、相談とやらには乗るぜ。俺は大した力はないが金なら腐るほど持ってる。フィーディには言わないでくれよ? 小さくていいなら家だって買えるくらいに持ってるんだ」

「そんなに?」

「ああ。俺の相棒は太っ腹でね。本当に興味のあるもの以外は、誰にくれてやっても構わないような奴なのさ」

 ふっと口元に笑みを浮かべ、ベリオはじっとデルフィを見つめた。

「『白』には本当に来てくれるのか?」

「ええ。あの、……とても後ろ向きな理由なんですけど、行っている間はジマシュには見つからないでしょう?」

「そういうことか」

 

 これ以上は聞けない。ベリオは笑みを浮かべつつ、朝日を迎え入れている窓を見つめた。

 ジマシュという男は厄介そうだが、デルフィについて何を知っている訳でもない。ただ一度、同じテーブルについて少し話しただけだ。


「とにかく助かるよ。あんたみたいなマジメそうな神官になら、俺も金を出せる」

「後でちゃんとお返ししますよ」

「そう言って、ちゃんと返すやつはこの街じゃあ貴重だよな」

 答えて、ベリオは立ち上がった。デルフィへ右手を差し出し、神官はそれを掴む。


 準備を始めなくてはいけない。チョークのところへ行ってもう一人、ちょうどいい誰かを探すよう頼まなければならない。

 小型のナイフを用意して、ベリオは自分の支度を済ませた。戸締りをし、消耗品を必要な分買い込んでから、デルフィと共にチョークのもとへと向かう。



 最後の一人はレンドという名の大男だった。剣を使える上に、魔術も少しだけ使えるのだと威張っている。

 チョークは「白」の迷宮へあるものを探しに行くところだったという。フィーディたちの探し物が終わるか、期限である三日が過ぎたらレンドと二人で探索をするつもりらしい。


「二人で行けるものなのか?」

 フィーディはこの話に驚き、ぶるぶる震えながらスカウトへ問いかけている。

「『白』程度ならな」

 三日を過ぎた後、二人きりでは辛いだろうとベリオは思う。


 彼自身、「藍」へはニーロと二人で四日も行っていた。しかしそれは、ニーロが「特別」だからだ。彼はどの迷宮の地図も作っているし、スカウト技術もあり、罠を感知、解除するのに魔術の力を使っているようでもある。魔法生物がどれだけ出てこようが簡単に焼き払うし、力が尽きないように計算をして進んでいる。「癒しの泉」まであとどのくらいか、手持ちの薬の量と、迷宮の中で得られる物は何か、彼はすべてを見越して進んで行くのだ。


 心が焼けて、黒く染まっていく。

 今、胸の中にあるその気持ちをなんと呼べばいいのか、ベリオにはわからない。

 


 「白」の迷宮の特徴は、まずは「上下の移動」が多いこと。大抵の迷宮は、一つの階層に階段は一つずつしかない。上りと下り。それぞれ、専用の階段があって、探索者はひたすらに下り続けていくだけでいい。


 しかし「白」と「黒」は違う。一つの階層に階段がいくつもあって、上へ下へ、何度も行き来を繰り返さなければならない。下の階層へ行くほど、行き止まりが増えていく。どの階段が正解なのか、正確な地図の作成をしなければ探索者は間違いなく迷って、命を失う。


 もう一つの特徴は「色の無さ」だ。どの迷宮もそれぞれに割り振られた色が内装に使われているが、「白」は特別で、壁も床もひたすらに白い。壁も床も、タイルの継ぎ目との色の差がほとんどない。これも「黒」と同じ特徴なのだが、受ける印象は大きく違う。禍々しい「黒」に対し、「白」が与える狂気はわかりにくい。入ってすぐの間は明るくて安堵すら覚えるその眩さが、進むにつれ精神を蝕んでいく。


「相変わらず不愉快な光景だ」

 「白」の入口を開き、一行はさっそく一層目を歩いていた。先頭で唾を吐いたのはチョークで、うすら寒そうに両腕をさすっている。

「明るくていいじゃないか。『藍』に比べたら、断然こっちの方がいいよ」

「わかってねえな、ひよっこは」


 愛の証のための探索が無事に始まって、フィーディの機嫌は上々らしい。

 前衛よりも少し下がった位置で剣をぶら下げて歩く彼が、一応リーダーということになっている。一番前を行くのはチョーク、続いてレンド、ベリオ。デルフィは無言のまま、後ろからついて歩いている。


 「白」の迷宮の罠は難しくなく、敵も強くはない。初心者を卒業できたら行くべき場所ではあるが、人気はなかった。

 ベリオたちが足を踏み入れる時にも、周囲に人影はなく、順番決めで争う相手はいない。


 ひたすら続く「白」だけの世界。この光景に耐えられる者でなければ、三層ですら辿り着けない厄介な場所だ。


「うう、なんだ、通路が曲がってるぞお」

 二人で行けると豪語しただけあって、チョークは「白」の地図を持っていた。そのお蔭で順調に二層に辿り着いたものの、リーダーであるフィーディはもう弱音を吐き始めている。


「曲がってねえぞ、そこは。曲がってるように見えるだけだ」

 目をこらせ、とチョークはフィーディの尻を蹴り上げている。


 ぼんやりとしているうちに、壁と床の境目は消えてなくなり、通路の先がどうなっているか見えなくなっていく。そうなれば、次は床がねじ曲がり、景色はすべて歪んでいく。

 「白」の本当の敵は、魔法生物ではなく迷宮そのもの。事前にそう伝えられていても、体験するまではわからない。


「実際に曲がってるのは『黒』だけだ。あっちはもっとおっかねえぞ、なあ?」

「まったくだ」


 チョークとレンドは声をあげて笑っている。フィーディは悔しそうに顔を真っ赤に染めていて、その様子を見てベリオもふっと笑った。そしてその先、通路の途中でデルフィは足を止めている。


「どうした、デルフィ」

「え? いえ、なんでも」

 再び、神官は歩み始めた。しかし顔色の悪さが気になって、ベリオはそっと後ろへ下がる。

「具合が悪いなら言ってくれ。もし『脱出』が使えないとなると、話が変わってくるから」

「すみません、ぼうっとしていたらいけませんね」

 「脱出」は使える、問題ないとデルフィは話した。ベリオは腰につけたポーチに思わず手をやる。中には「帰還の術符」が二枚入っている。いざとなれば使うつもりだ。その時は、一緒に出るのはデルフィだけでいい。他の二人はともかく、フィーディは絶対に連れて帰らないと決めていた。


「なあベリオ! 中層ってどのくらいなんだよお」

「そんなことも知らずに、よく探索者を続けてこられたな」


 フィーディの求める花は、中層で発見できるという。誘いをかけた時にチョークへ話すと、彼は『白晶石の華(ビーネレース)』を知っていると答えた。

「ああ、透き通った花みたいなアレだろう? 高く売れるんだ、確か四千にはなったと思うぜ」

 ベリオの中の不信は、確信に変わった。何とかという店の意地の悪い娘は、自分に思いを寄せる男達から高額で売り払える品だけ奪って、プロポーズは断るに違いない。

「大体、十層から十八層くらいで見つかるらしいぜ。ただ、見つけるのは大変なんだよ。あの真っ白い迷宮で、透き通ってるんだからな」


 目をこらす。気を抜いていれば何もかもを見失ってしまう、真っ白い通路。

「まずは十層まで辿り着かないと話にならない。フィーディ、気合を入れなおせ」

「うう、『白』は簡単だって言ってたのに」

「誰がお前にそんな大ボラを吹き込んだんだ?」

 エーリアだよ、とか細い声が答える。

「うまくいけば高値で売れる花が手に入り、うまくいかなくても面倒な男は二度と帰ってこないか。なかなかやるな、その娘は」

 下品な声で笑うチョークとレンドに、フィーディは真っ赤になって抗議の声をあげている。

「おっと、敵が出たぜ、ベリオ!」


 真っ白い通路に響く足音。赤い毛をなびかせて走ってくるのは「迷宮赤兎」だ。

「ここだけは、魔法生物は大歓迎、だな」

 フィーディに負けず劣らず、チョークはよくしゃべる。それはもしかしたら、正気を保つための彼のやり方なのかもしれない。


 色のついた魔法生物の出現は、視界をはっきりさせてくれる。「黒」にはやたらと暗い色の敵しか出ないが、「白」はその逆、派手な色彩のものが多い。

「さ、戦いだ」

 レンドの武器は分厚い両手剣、ベリオは細い長剣をそれぞれに構える。チョークの武器は大振りのナイフで、フィーディはいじけているのか後ろでじっとしたまま動かない。

「おい、フィーディ! 武器くらい用意しておけ!」

 三羽の赤兎は跳ねながらあっという間に一行のもとへ辿り着き、俊敏な動きでレンドの足の間をすり抜けてフィーディの腹を思い切り蹴り上げた。

「わああ!」

「馬鹿、構えろ!」


 条件を出した時、二日と言っておくべきだった。

 飛び掛かって来た兎を切り捨てながら、ベリオは深く深く後悔をした。

 

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