表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12 Gates City  作者: 澤群キョウ
43_Just as SHE likes 〈美しい夜に、さよなら〉

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

202/244

194 解決不能の問題

 探索初心者たちが今日の挑戦の為に出払った頃、大柄な戦士は一人、街の中央部へ向かって歩いていた。

 以前はあんなに迷わされたのに、道はまっすぐに交差しているし、魔術師達の家の形もひとつひとつがくっきりと見えている。


 大きな屋敷も小さな家もあるが、魔術師はどこかで自分らしさを主張したいのか、並んだ家々にはそれぞれ個性が見て取れた。

 張り出した屋根があったり、窓枠の色が派手に塗られていたり、家の大きさに対してやけに扉が大きかったり。

 覗き込んでじっくりと見てみれば、貸家街とも売家街とも違う街並みなのだとわかる。

 大抵の人間はなんとなく魔術師に怖れを抱いていて、家の様子など知らずに暮らしているだろう。


 おそらくはここだと思える道を、ウィルフレドは進んでいく。

 キーレイに教わった通りに進んだのだから、記憶通りに進めば辿り着けるはずだ。

 見える景色は、記憶の中と全く違う。いたずらが全盛期だった頃は、景色はゆらゆらふらふら、まともに見えなかったのだから仕方がない。

 

 何度か世話になった木箱の山は、どこにも見当たらなかった。

 しかし胸にしまっておいた鍵に触れると、紫色のプレートを掲げた扉が浮かび上がり、ウィルフレドは思わず苦笑いしている。


 マティルデの様子が気になって、ホーカ・ヒーカムの屋敷を訪ねてみたが、真正面から扉を叩いても応答はなかった。

 ならばこの鍵の出番ではないかと思ったのだが、入れるのは少年を閉じ込めていた部屋までのようで、廊下へ繋がる出入り口はびくともしない。

 叩いてみても声をかけても、誰も現れない。

 自分を歓迎してくれていたであろうヴィ・ジョンも姿を見せず、路上へ戻るしかないようだ。


 ウィルフレドが古びた扉をくぐって外へ出ると、道の先に黒い影が待ち受けていた。


「あの小娘のことは諦めろ」

「ロウラン」


 家を出る時には姿を見なかったのに。

 美しい魔術師は麗しい唇を綻ばせながら歩いて、戦士の目の前に立った。


「もう遅いと言っただろう。お前の手には負えんのだ」

「なにが遅いというんだ」

「なにもかもがだよ。碌なことにならん。関わろうとなど考えないことだ」


 ロウランが歩き出し、ウィルフレドもつられて足を動かし、歩幅を合わせて進む。

 どこへ向かっているのかは知らない。


 魔術師の言わんとすることについて、理解できるような気はしていた。

 もう遅いかどうかはわからないが、本当に自分の手には負えないだろうから。


 けれど簡単に受け入れる気にはなれなくて、戦士は隣を行く魔術師へ問いかける。


「このまま放っておいたらどうなる?」

「さあな」


 本当はすべてわかっているだろうに。

 ウィルフレドが強い視線を向けると、ロウランは珍しく戦士を睨み返してきた。

 零れ落ちそうなほどの大きな瞳は目尻がとろんと垂れていて、男をたまらなく甘い気分にさせるのに。

 今は冬の夜を思わせる冷たさを纏わせ、剣のような鋭さで戦士を見据えている。


「まったく、何故そんなに気に掛ける。命を救ったから? 余りにも愚かで、哀れに思えているからか」


 いつの間にか魔術師たちの住処の端に辿り着いて、正面に大きな通りが見えていた。

 街の南側は店が多く並ぶところで、威勢の良い声が響いている。


 賑わう大通りに出る前にくるりと振り返り、ロウランはウィルフレドの正面に立つと、吐き捨てるようにこう話した。


「俺はああいう手合いが一番嫌いだ。他人の力をあてにするばかりで、話を聞かず、理解しようとすらしない。世間知らずの小娘とはいえ、怠慢が過ぎる」

 魔術師は強い言葉でマティルデを非難し、「許せない」とまで言い放つ。

「馬鹿馬鹿しい。願っただけでなれるものかよ」

 こんなに不機嫌な様子は初めて目にしたもので、ウィルフレドは何も言えない。

 怒りが収まらないようで、ロウランはまだ文句を言っている。

「またあの間抜け面を見せられたら、俺はあの娘を打ちのめしてしまうかもしれん」


 魔術師はちらりと戦士に目を向けると、「わかったか」と囁くように告げた。

 そこまで言われるとは予想外だったが、本当に協力は無理なのだと悟って、ウィルフレドは頷いている。


 連れが大人しく理解を示して気分が変わったのか、ロウランはにっこりと笑うと、戦士の逞しい腕を取り、優しく撫でながら話した。


「飯ならば付き合ってやっても良いぞ。……そういえば、お前はギアノ・グリアドを知っているのか?」


 カッカーの屋敷の管理人の名が出てきて、戸惑いながらも答えていく。

 ロウランは急に機嫌を良くして、食事を作ってもらう約束があると話した。


「この間手伝ってやった礼に、うまいものを作ってくれるよう頼んだ」

「『藍』の迷宮へ人探しに行った日に?」

「ああ、だがあの日は相当に嫌な思いをしたようだからな。いつならいいか聞きに行きたいが、まだ落ち込んでいるだろうか」


 カッカーの屋敷へ案内をするよう、ロウランはウィルフレドへ命じた。

 場所などわかっていそうなものだが、先ほどまでの激昂状態を思うと、一人で行かせる気にはならない。


 あの日ギアノは屋敷の利用者を探そうとして、残酷なものを見せつけられたと聞いている。

 マティルデについても心配していないはずがなく、ロウランが余計なことを言わないよう、付き添った方がいいだろう。


 魔術師街から続く大通りは「赤」の迷宮入口に近く、二人は北へ向かって進んでいった。

 無彩の魔術師のお気に入りである手練れの戦士と、遥か遠い国からやって来た美貌の女魔術師が並んで歩く様に、すれ違う人々は遠慮なく視線を向けてきたし、ひそひそと好きなように囁き合っている。

  

 どんなに注目を浴びてもロウランは気にしないらしい。

 きっと慣れているのだろう。夜の神官は途轍もなく美しいから。

 遠くを見つめる眼差しの麗しさを、ウィルフレドはよく知っている。

 誰よりも愛おしく、永遠に手放したくないと思った時間が確かにあったからだ。


 青紫色に染まっても、その瞳は美しい。

 柔らかく微笑んだような唇の薄紅色も、魅力に溢れている。

 柔らかな薄紅色から放たれるのは、もう不敵な魔術師の言葉だけなのに。

 そう思うと、胸のうちに苦いものがこみ上げてくる。

 もう会えないと感じているが、ラフィの魂が戻ってくればいいと心の底で願っていた。



「ああ、ウィルフレドさん。ロウランさんも」

 カッカーの屋敷に辿り着くと、ちょうど廊下の先からギアノが歩いてきて、二人を出迎えてくれた。

「調子はどうだ」

「大丈夫です。参りはしましたけど、いつまでも落ち込んではいられないから」

 魔術師に答えながら、管理人の青年はどうやら二人がやって来た理由に気付いたようだ。

「そうだ、食事を作る約束をしましたよね。俺が聞きに行けば良かったのに」

「ふふ、律儀な奴だな。今日は散歩のついでに寄っただけだ。気にせんでいい」

「あの日は本当に助かりました」

 ギアノは微笑み、魔術師へこう提案している。

「今からじゃたいしたものはできないんで、明日の昼あたりにどうです?」

「そんな風に言うからには、良い物を用意してくれるんだろうな」

 ロウランは嬉しそうに声を弾ませ、戦士へ振り返ってにやりと笑っている。

「良かったらウィルフレドさんもどうですか」

「私も?」

「ええ。一人分だけ作るのはかえって手間だし」

 料理上手な青年の顔色は、いつもより冴えないように見える。

 それでも笑みを浮かべて、初心者の指導をしてくれている礼をしたいとウィルフレドへ伝えた。

「では、私も招かれよう」

「良かった。それじゃ、腕によりをかけないとな。この後市場に行くんです。楽しみにしててくださいね」


 約束を済ませて満足したのか、ロウランは手を振ると屋敷を出ていってしまった。


「行っちゃいましたけど」

「ロウランとは偶然そこで会っただけなんだ。ギアノのところへ案内してほしいと言われただけで」

「ああ、そうなんですね」


 ギアノは首を小さく傾げており、同じ家の住人同士の話を不思議に思ったのだろう。

 ウィルフレドは良い機会だと考え、気懸りなことについて問いかけていく。


「シュヴァルの様子はどうかな」

「随分回復しましたよ。もう貸家に戻って暮らしてます」

「そうか、良かった」

「気分が良い時はここまで歩いて来たりしてて。まあ、ついでに俺に食事を作らせようとしてるだけだろうけど」


 レテウスとクリュがしっかりと面倒を見ているので、心配はないとギアノは言う。

 凶刃を振るった犯人は西の荒れ地に葬られ、再び襲われる心配ももうなくなった。

 事件については不可解極まりないが、なにもわからないよりは良いはずだと青年は考えたようだ。

 元の暮らしに戻っているのならこれ以上聞くこともなく、次の懸念について口にしていく。


「ギアノ、マティルデのことなんだが」

「ああ……。心配はしてるんですけどね」

「魔術師の弟子になったのは知っている?」

「知ってます。クリュを探しに、俺のところに来たんで」


 ウィルフレドは何故知っているのか問われ、ニーロとロウランを連れていこうと考えているのだと伝えていく。

 ギアノは悩み深い顔をしてため息をつき、そうだったのかと力なく呟いていた。


「マティルデは少し前にここへ来たけど、話の途中で逃げていってしまって」

 あの少女は、ロウランからも逃げ出している。

 あの時は魔術師に不吉な言葉を投げかけられ、不安に陥ったのだろうが。

 ギアノからも逃げたのは、一体何故なのだろう?

「そもそも、ちゃんと訪ねて来たわけじゃないんです。俺が用事から戻ってきたら神殿の影からこそこそ覗いているのが見えて、それで声をかけたんですよね」


 様々なことが起きて、マティルデは雲の神殿に預けられていた。自立に繋がると考え、アデルミラの手も借りて、本人も納得した上でそう決めたはずだったのに。

 そこを勝手に抜け出して、怒られると思ったのだろうと青年は考えたという。


 ギアノは小さなため息を何度も吐き出しながら、魔術師見習いの少女について心配そうに語っている。

 

「マージのことは聞きましたか?」

「聞いたよ。彼女……を詳しく知っているわけではないが」

「ですよね。マティルデにとっては恩人だから、知らされたらショックを受けるんじゃないかと思ってて……。住む場所ができたみたいで、それは良かったんですけどね」


 自分が見聞きしたことを伝えられないまま、ウィルフレドは静かにマージの死を悼んだ。

 ギアノと二人で短い祈りの時間を持ち、もしも会えたら声をかけておくと告げる。

 青年は丁寧に礼を言うと、買い物の為に市場へ出かけていった。



 話を聞いたついでとばかりに、戦士は貸家が並ぶ通りへ向かって歩いた。

 貸家はこの街で暮らす探索者にとって、仮の宿だ。

 だから魔術師たちの屋敷のような、凝った造りのものはない。

 レテウスが借りた家は貸家の中では立派で目立つが、単に新しく汚れが少ないだけなのだろう。


 貸家街の通りはそう広くもなく、家の脇や路上によく物が落ちている。

 拾って片付ける者はいない。良くて、端に寄せてあるだけだ。

 

 誰かが放り出した割れたたらいを避けたところで、不審な二人組が目に入った。

 目指していた貸家のすぐ手前、家と家の隙間に収まり、頭だけをのぞかせて。

 男が一人と、女が一人。揃いのローブを纏った二人の魔術師のすぐそばでウィルフレドは立ち止まった。


「マティルデ」


 もう一人の名前を、戦士は知らない。

 同じ師に学んでいる仲間なのだろう。

 二人は揃って振り返り、兄弟子は大柄な戦士の眼差しに慄いているようだ。


「ここでなにをしている?」


 呼びかけに答えないまま、マティルデは大きな瞳だけをじろりと向けた。

 長い髪は綺麗に編み込まれ、男と揃いのローブを身に着けて、胸には大きな紫の宝石があしらわれたネックレスをぶら下げている。

 それが見えたのは、少女が堂々とウィルフレドの前に歩み出てきたからだ。

 あれほど男を恐れていたのに。ギアノの影に隠れてろくに話もできなかった少女と同じ人物とは思えないほど、様子が変わっていた。


「君は? そこの貸家になんの用がある」

 少女は無視を決め込んでいるが、男はわかりやすくびくびくと体をすくませている。

「いや……。その、あなたは無彩の魔術師の家に居た方ですよね」

「何故ここにいるのかを聞いているんだ」

「あなたには関係ないでしょ!」


 更に一歩前に進み出てくると、マティルデは低い怒りの声を上げた。


「サークリュード・ルシオを連れ去ろうとしているのだろう。彼にはもう構わないでくれないか」

「なによ、それ。私たちに命令しようって言うの?」

「マティルデ」

 忌々し気に歪めた顔からは、少女らしい天真爛漫な愛らしさがすっかり抜け落ちていた。

 それどころか、戸惑う戦士を馬鹿にするように鼻で笑っている。

「ああ、あのラフィって神官だけじゃ物足りないのね」

「なんだと」

「男のくせに、びっくりするほどきれいだものね。サークリュード・ルシオは」


 新しい恋人(おもちゃ)にするつもり?

 マティルデの瞳はぎらぎらと、炎を滾らせたように光っている。

 この少女らしからぬ侮辱の言葉にウィルフレドは驚いたが、負ける訳にはいかなかった。


「私はお前らが師と仰ぐ魔術師の屋敷での行いを見た。意思を奪いあんな姿で閉じ込めるなど、人のすることではない!」


 他人の人生をなんだと思っている。


 戦士が腹の底から声をあげると、ベルジャンはふらふらとよろめき、妹弟子の手を引いた。


 怒りに燃えるマティルデは抵抗していたが、力では敵わないのだろう。

 二人は言い合いをしながら、道の向こうに去っていってしまった。


 魔術師の弟子たちの姿が見えなくなり、ウィルフレドが振り返ると、貸家の入り口から美しい目が覗いていた。

 氷のような青の瞳の主はクリュで、声が聞こえていたのだろう。


「早く中へ」

「え。その、ここになにか用があって来た……んですか?」

「ああ。シュヴァルの様子を見に来たんだ」

「そっか。そっか、じゃあ、どうぞ」


 クリュに招き入れられ、貸家へ足を踏み入れる。

 入ってすぐの部屋にはレテウスがいて、ウィルフレドの姿を見て立ち上がっていた。

 シュヴァルの姿はなく、視線の意味に気付いたのか、今は休んでいるとクリュが教えてくれた。


「外で誰と話してたの?」

 

 美しい青年に問われて、仕方なく魔術師の弟子が来ていたことを話していく。

 クリュは悲しげに目を伏せて、家がばれているなんてと呟き、目の端に涙を浮かべていた。


「なんで俺を探しているのかな。また閉じ込めるつもりなのかな」


 力なく椅子に腰をおろし、クリュは瞳から大粒の涙をこぼし始めた。

 ぽろぽろと涙を落とす姿はとても男には見えず、途轍もなく可憐で、ウィルフレドは思わず感心してしまっている。


「俺、チュールって神官じゃないのに」

「何故閉じ込められたのか、君はわからないのかな」

「うん。あそこにいた時の記憶は全然なくて」


 あまりにも可哀想に感じられて、ウィルフレドは膝をつき、クリュの背中を撫でてやった。

 涙はまだ零れ続けているが、慰めの効果があったようで、ありがとうと礼を言われている。


「あそこは大勢いたみたいなのに。俺と他の奴らはなにが違うのかな」

「ホーカ・ヒーカムの屋敷にいる者は、借金を肩代わりしてもらっていると聞いたよ」

「借金か……。あの時、アダルツォが全部被ってくれたはずなんだけどな」

「その後にまた金を借りたのではないか、サークリュード」

 レテウスの言葉が気に入らなかったようで、クリュは頬を膨らませている。

「あんな風に閉じ込められるなんて、結構な額を借りたからなんじゃないの? そんな滅茶苦茶なことしないと思う」

「だが、記憶はないのだろう」

「もう、なんだよレテウスは。結局俺を信用してないんじゃないか」


 またぽろぽろと涙を流し始めた美青年に、ウィルフレドは落ち着くよう声をかけていく。

 こんな騒ぎがうるさかったのか部屋からシュヴァルが顔を出し、戦士の訪問に気付いて手を挙げてみせた。


「ヒゲオヤジじゃねえか。なにリュードを泣かせてんだよ」

「この人のせいじゃないよ。レテウスが俺を疑うから」

「疑ったわけではない。ひょっとしたらなにかあったのかもしれないと考えただけだ」


 この貸家で一番地位が高いであろう少年は部屋の真ん中までやって来て、椅子にどすんと腰かけている。

 クリュは涙を止めると飲み物を用意しようかと声をかけ、カップを取りに水場へ向かった。

 レテウスに勧められ、ウィルフレドもそばにあった椅子に座る。


「調子はどうだ、シュヴァル」

「御覧の通りだよ。傷は治ったし、気分も随分ましにはなった」

 だがまだ本調子ではないようで、顔色は良くないし、声にいつもの張りがない。

 かなりの深手を負ったというから、まだ失血の影響が残っているのだろう。

「回復しているのならなによりだ」

「そうだな。雲の神官殿のお陰で命拾いしたぜ」

「アデルミラか。私も危ないところを救ってもらったことがある」


 自分のせいで一度は故郷へ帰されたアデルミラが、戻って来てまた人助けをしてくれるとは。

 雲の神の導いた運命に感謝を覚え、ウィルフレドは心の中で祈りの言葉を囁いていく。


「何故襲われたかは、心当たりはないのかな」

「さあな。あの野郎はあれこれ言っていたが、わけのわからねえことばかりだったから」

 クリュに水を差しだされ、少年はさっそく喉を潤している。

 一気に飲み干してカップをテーブルに置いて。

 シュヴァルの視線はしばらく空になったカップに向いていたが、その間に思案を巡らせたのか、ウィルフレドへ目を向けると口を開いた。

「あいつは、俺を刺したシンマって男は、最初にリュードを見た。リュードをじろじろ見た上で、もう仲間ってことでいいんだなって確認してきやがったんだ」

「仲間?」

「調査団の奴らが来て、あの時のことを話した。覚えている通りに説明したが、後になってからおかしいって思ったんだ。リュードを見てなにか確認した後、俺に話しかけてくるなんて妙じゃないかって」


 少年は青い顔をしたまま、襲われる前日に起きた遭遇について語った。

 シンマと名乗った男はクリュを舐めるように見つめた後、レテウスには目もくれず、シュヴァルに声を掛けたのだと。


「あのシンマって男にとっては、リュードとレテウスは居て当たり前だったのかもしれねえ」

 小さく鋭い呟きに、クリュは眉を顰めている。

「なにそれ。俺とレテウスのなにが当たり前なの?」

「リュードとレテウスが一緒にいるのはわかってたが、俺については知らなかった。あいつにとって仲間の可能性があるのが俺だけだから、こんな子供(ガキ)に声をかけたんじゃねえかな」

「ふうん? ええ……っと、どういうこと?」

「わからねえ。だが俺は、あの時本当に狙われたのは俺じゃねえと考えてる。リュードも変な奴に襲われただろ。そいつには襲われる前にもしつこく付きまとわれていたんだよな?」


 クリュの顔は曇って、しゅんと俯いている。

 

「エルディオなら、調査団に捕まってたよ」

「そうなのか?」

「うん。一昨日呼ばれて、確認してほしいって頼まれたんだ。確かにエルディオだった。すごい怪我してたし、一言もしゃべらなかったけど」


 シュヴァルの瞳がきらりと光る。

 貸家の小さな親分は元気のない子分を見つめて、そういう話は早くしろと文句をつけている。


「そうだね、言えば良かった。だけどさ、あいつ、ぼろぼろだったし、様子がおかしくって」

「殺されかけたんだろ? 可哀想がってどうするんだよ、リュード」

「うん……」


 話が理解できているのかいないのか、レテウスは眉間に皺を寄せたまま黙っている。

 

「でもまあ、捕まったんなら良かったよ。そいつに襲われる心配はなくなったってことだろ」

「確かに、安心はできたかな」


 クリュに向かって頷くと、シュヴァルは急に大きくため息をつき、額を押さえ俯いていった。


「気分が悪いの? 大丈夫、シュヴァル」

「ちょっと休む。心配すんな、ヒゲオヤジ。寝てりゃ治るからよ」

「いや、いいんだ。大事にしてくれ」


 クリュに支えられ、シュヴァルは部屋に戻っていく。

 まだ弱っているようだが、頭の回転はいつも通り、早く鋭いままのようだ。


 襲い掛かってきた犯人は迷宮で命を落としたが、その背後にまだ誰かがいるのかもしれない。

 シュヴァルの鋭さはたいしたもので、少年の言葉を覚えておこうとウィルフレドは思った。


 用事が済んで戦士は立ち上がり、邪魔をしたと告げて貸家を出た。

 少し進んだところで声がかかって、振り返るとレテウスが姿を現し、小走りで駆け寄ってくる。


「どうしました、レテウス様」

「はい、あの、頼まれた手紙は送りました。王都の家族に託して、確実に届けるようお願いしています」

「ありがとうございます」


 無茶な頼みを聞き入れてもらった礼を言うと、レテウスは大きく首を振り、この程度は些細なことだと答えた。


「その、カッカー・パンラの屋敷で、あそこで暮らしている者たちに剣を教えているのです。シュヴァルの様子を見る為に通っていたので、彼らと話し、悩みごとなどを聞きました」

「続けてくれているのですね」

「はい。最初はどうにも勝手がわからず、自分にはできないのではと思っていたのですが」


 レテウスは真剣な瞳をウィルフレドに向けたまま、教えることの難しさを語り、それでも言葉を重ねていくうちに少しずつ理解ができてきたのだと話した。

 シュヴァルに指摘されたり、クリュに提案されて迷宮を歩いてみたり、これまでにない経験を積み、少しずつできるようになってきたと熱く語っている。


「彼らに教える為に、私にも様々な学びが必要だとわかりました。自分がどのように育ってきたのか、いかに世の中を知らなかったのか思い知らされています」


 レテウスの表情は清々しく、明るく生気に満ちている。

 若者らしい瞳の輝きは、戦士を探しにやって来た時とはまったく違っていた。

 

「そう言えるあなたならば、もっと大勢を導けるでしょう」

「嬉しい言葉です、ウィルフレド……殿」


 若者の手を取り、鍛冶の神への祈りの言葉を紡いでいく。

 レテウスも声を合わせ、戦う者ならば誰もが覚えている祈りを共に捧げていった。


 祈りが終わると、若者は深く頭を下げて戦士を見送ってくれた。

 貸家街の出口へ向かって歩きながら、ウィルフレドはニーロの言葉を思い出している。


 シュヴァルを「黄」の迷宮へ連れて行ったあと。

 彼を探索者にするつもりかという問いかけに、返ってきた思いがけない言葉について。


 今の環境は、シュヴァルにとって最適だと思う。

 レテウスとクリュの二人と共に暮らした経験が、人生の役に立つだろうとニーロは話した。

 あれはシュヴァルについて語られた言葉だが、レテウスにとっても同じだとウィルフレドは思う。


 貴族として何不自由ない暮らしの中にいたのに、突然路上に放り出され、なんの縁もない得体の知れない少年の身柄を預けられて。

 自分の力だけでどうやって暮らせばいいのかすらわからないようだったのに、他人の手を借りながら、迷宮都市という特殊な場所で新たな人生を歩んでいる。

 シュヴァルを守れなかったと、悔しそうに話していた姿もはっきりと覚えていた。

 もしもあの時少年が命を落としていたら、レテウスは悲しみ、自分の不甲斐なさを嘆いたに違いない。

 ようやくこんな意味のわからない日々が終わるのだなどと、決して考えなかっただろう。


 ブルノー・ルディスを追って、ウィルフレドに辿り着き、認めてくれと喚いていたのに。

 時の流れがもたらした成長ぶりに、感心して息を吐く。


 手紙はきっと、確実にオーレール家に届けられるだろう。

 その後にどう運命が動くのかはまだわからないが。

 けれどきっと、レテウスもシュヴァルも、彼らに相応しい選択をしていくだろう。


 ウィルフレドはほっと息を吐きだすと、樹木の神官長を訪ねようと考え、足を速めていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ