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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
42_Briefly Enough 〈後手と未解決〉

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201/244

193 寄す処

 店に戻ってもまだ調査は終わっておらず、元の部屋に押し込められたまま過ごしていく。

 夕方になっても完了しなかったのか、ルンゲもミンゲもいつもの部屋に戻ることはできず、寮の別の部屋を使うよう指示され、鍵を閉められたまま眠らなければいけなくなっていた。


 さすがに不安がこみ上げてきて、眠ることなどできやしない。

 これまでについて思い返し、これからについて思いを馳せる。

 けれど想像で片付くことなどなにもなくて、ルンゲはベッドの上で悶々としたまま過ごしていった。


 もしも店を追い出されたとしたら、どうするべきだろう。

 故郷へ戻って、ランゲと向き合い、リランの為に手を尽くしてやればいいのか。

 うまくいくのかどうか、ルンゲにはわからない。

 良かれと思って重ねてきた日々が急に揺らされて、自分の判断に自信がなくなっていた。

 ミンゲだけは残してやれないか、メハルたちに影響が出ないようにできないか。

 考えは様々に浮かんだが、どれもこれも半端な形のまま破れて闇に消えていく。

 なにも決まっていないから、なにも決められはしないとわかってはいるけれど。

 

 ため息をついては寝返りをうち、拳を握っては、息を吐きだして。

 

 ろくに眠れないまま夜は明けて、朝食が運ばれてきて、仕方なく口にしていく。

 二人用の部屋に一人きりで、黙ったまま平らげて。

 なにがあろうと受け止めると心に決めるが、どうしようもなく不安でもあった。

 ジルベスについてすぐに報告すれば良かったと後悔しながら、誰かがやって来ないか、耳を澄ませて待ち続けていく。


 いつの間にうとうとしていたのか、扉を叩く音でルンゲは目覚めた。

 ごろんと転がっていた体を起こし、扉へと向かう。

 鍵を開ける音がして、現れたのはハージュだった。


「ルンゲ、待たせたな」

「ハージュさん」

「大丈夫だ、心配いらない」


 手招きされて、まとめ役の男についていく。

 廊下の先でミンゲと合流し、二人で並んで昨日と同じ大きな部屋へ辿り着き、指示された通りに座った。


 同じメンツが揃っているのかはわからなかったが、今日も他の店の人間が何人も並んでおり、ミッシュの姿もあった。


「時間がかかってしまって申し訳ありませんでした。必要な調査はすべて終わり、あなた方の依頼した薬にはまったく問題がなかったとわかりました」


 集まった面々はどこか白けたような顔をしており、こんな調査が本当に必要だったのか、疑問に思っているようにすら見える。

 

「突然こんな調査が入って、戸惑わせてしまいましたね。我々としても初めてのことで、もう少しやり方を考えなければならないとわかりました。しかし最近物騒な事件が続けて起きていて、慎重にやらなければならなかったのです」


 代表で話しているのが誰なのか、ルンゲにはわからない。

 ミッシュが神妙な顔で頷いているから、今は我慢するしかない。

 怒りは鎮めて、この場はやり過ごすべきだろう。


 薬草業者の代表たちはいくつか意見を出し合い、しばらく話し合った後に、ミッシュに声をかけている。

「事前にあなたが言った通りでしたね」

 ミッシュが頷き、会はこれで解散になったようだ。

 今がどれくらいの時間なのか、ルンゲはぼんやりと考えている。


「兄貴」

 弟の声が聞こえて顔を向けると、ミンゲは口をへの字にして兄を見つめていた。

「疲れたな」

 静かに頷く弟の肩に手を伸ばす。

「このくらいで済んで良かったぜ」

 ミンゲが何か言おうと口を開いたが、足音が聞こえてきて、揃って視線を向ける。

「リシュラの坊ちゃん」


 やって来た人物を見てルンゲはこう口走ったが、違う。

 合ってはいるのだが、考えた人物ではなかった。


「君たちがルンゲと、ミンゲかな」

 よく似た顔ではあるが、現れたのはリシュラ商店の二代目である方の坊ちゃん、キーファン・リシュラだ。

「そうです」

「君たちはとても優秀な採集係だとミッシュさんは仰っていたよ。こんな調査に付き合わせるのは申し訳なく思っていたようだ」

「いえ、必要だったんでしょうから、仕方ありません」

「その言葉を聞いたら、ミッシュさんも安心するだろうね」

 キーファンが歩み寄ってきて、小さな包みが差し出される。

「君たちに渡して欲しいと兄から頼まれたんだ」

「わざわざその為にいらしたんですか」

「いや、私は今回の調査には加わっていないけれど、後学の為にどんな風に進めていくのか見学させてもらっていてね。その話をしたら、届け物をしてくれないかと、兄が」

 戸惑うルンゲたちへ、これは以前、迷宮の中で世話になった礼であることが告げられる。

 

 確かに、迷宮の中でキーレイに会ってはいるが。

 随分前のことだし、偶然通りかかっただけな上、大した情報を伝えた訳でもないのに。


 疑問に思うが、キーファンに言ってどうなるものでもないだろう。 

 ルンゲはそう考えて、届けてくれた礼を言い、リシュラ商店の二代目を見送っていた。

 ミンゲも不思議そうに首を傾げて、素直な考えを兄に話した。


「迷宮で会ったって、随分前だよな。まあるい神官を探してるとか言ってた時の」

「そうだろうな」

「なにが入ってるんだ?」

 中を確認しようとすると、ハージュとミッシュが戻って来て二人へ声をかけてきた。

 ハージュはよその業者たちの見送りがようやく終わったと話し、長い時間の拘束について謝ってくれた。

「たいした物を頼んでないことはわかっていたのに、済まなかったな」

「なにか理由があったんですか」

「ああ……」

 言いにくいのか、ハージュは口ごもる。

 ミンゲはとうとう我慢が出来なくなったのか、兄の隣で抗議の声をあげていった。

「ジルベスの奴が何か言ったんでしょう。あいつ、兄貴を引き抜こうとしていたから」

「ジルベス? 採集に連れて行った?」

「そうです。給料の額をバラして回ってるのもあいつに違いないんだ。断られた腹いせに、嫌がらせをしてるんですよ」


 ミッシュとハージュは顔を見合わせて、すぐに調べると二人に約束してくれた。

 商会のトップであるミッシュは腰の低い男で、ルンゲたちにもう一度、申し訳なかったと謝っている。


「疑いは晴れたと皆にしっかり伝えるよ。嫌な思いをさせてしまったね」

「謝らないで下さい。俺たちはミッシュさんに本当に感謝してますから」

「ありがとう、ルンゲ、ミンゲ。これからもよろしく頼む」


 今日はもう休んでくれと言われて、二人は自室に向かって歩いた。

 寝不足だし、なにより気持ちが疲れている。

 今からなにかしたところで、ろくな仕事にならないだろう。


 ちょうど昼になった頃で、腹が減ったとルンゲは思った。

 食堂に行けば飯にありつけるだろうが、二人が行ってどんな顔をされるかはまだわからない。

 ルンゲたちが大がかりな取り調べを受けていることは皆知っているだろうが、疑いが晴れたとはまだ聞いていないかもしれないから。

 

 寮へ続く道を歩いていく間に、見知った顔とすれ違っていた。

 午前の作業を終えた者、一度自分の部屋に戻る者。

 ルンゲたちが声をかけても、反応は鈍い。

 まったくの元通りになるには、随分時間がかかりそうだ。

 うんざりとした気分でいた採集チームのリーダーとその弟は、自分たちに割り当てられた部屋に戻って、更に気分を落ち込ませることになった。


「鍵が開いてる」

 

 扉がほんの少し開いている。辿り着く前にミンゲが気付いて、声を上げた。

 部屋の確認は昨日されたと聞いている。

 最初に鍵を預けて、夕方になる前に戻されていたが。


 足を速めて扉を開けると、部屋の中は物が散乱し、酷い状態になっていた。


「なんだよ、これ」


 ミンゲのあげた声は大きく、通りかかった者が気付いて、二人の背後から部屋を覗いている。


 ベッドから敷布がはぎ取られ、ロッカーの扉は開いたまま。

 服や靴、鞄はすべて床に乱雑に放り投げられて散らばっている。


「どうしたんだ、ルンゲ、ミンゲ」

「誰かが入って荒らしたんだ」


 声をかけてきたのが誰だかわからないまま、ルンゲは答えた。

 中に入って、床に落ちた物を集めていく。

 ミンゲはロッカーに駆け寄り、こじ開けられていると兄に告げた。


「なんだ、なにがあったんだ」

「ルンゲたちの部屋が滅茶苦茶にされてる」


 廊下から声が聞こえてきて、ルンゲは大きくため息をついている。

 長い時間不自由させられたが、調査に来た者たちに不当な扱いなどされなかった。

 この惨状が彼らのせいとはとても思えない。


「なあ、なにか盗られたのか」


 いつの間に集まったのか、部屋の前には大勢の従業員が集まっている。

 どこかわくわくしたような声がして、ルンゲは思わず笑っていた。


「盗られたモンなんてないと思うぜ」


 ベッドの上に集めたものを並べて、ため息をつく。

 仕事に必要な物くらいしか、兄弟は持っていない。

 いくつかの着替えに、靴と、荷物を入れる袋が兄と弟で二つずつ。

 新しい物もあるし、使い込んだボロもある。

 擦り切れたベルトを放り投げて、ロッカーの扉を確認しに行く。

 鍵をどうやって壊したのか、床に大きな破片が落ち、中身はそこら中に散らばっていた。


「どうしたの、ルンゲさん、ミンゲ」


 野次馬たちの隙間を抜けてきたのか、メハルが部屋の中へ入って来て、兄弟の隣に並んだ。

 メハルは床にばらまかれた手紙に気付いて、拾って集めてくれている。


「全部破れてるよ」


 少年の呟きに好奇心が抑えられなくなったのか、何人かが入って来てメハルの手の中を覗きこんでいた。

 真っ二つに裂かれた手紙には、幼く、たどたどしい文字で、「にいちゃん」と書かれている。


 破れたもう一方には、三つの丸い顔らしき絵が並んでいる。

 大きな二つと、小さな一つ。

 

「これ、ルンゲさんたちの弟が描いたものだよね」


 メハルがしゅんとした様子で呟き、周囲の男たちの表情も暗くなっていく。

 弱々しい線で描かれた兄弟の似顔絵の下には、「あいたい」のメッセージが添えられていたから。


「あんまりなんにもねえから、腹が立ったのかもな」

「だからって、手紙を破くなんて」

「金が入ってると思ったんだろ」


 残念だったんだろうなと呟くルンゲへ、メハルは拾った手紙をまとめて渡してくれた。

 部屋に入って来た他の従業員たちも片付けを手伝おうとしてくれたが、ろくに荷物のない兄弟の私物はもうほとんどが拾われて、ベッドの上に置かれている。


「ありがとうよ、みんな。大丈夫だ、ちょっと散らかされただけだから」

「ルンゲさん」

「いいんだ、メハル。すぐに片付く。みんな、飯はまだなんだろ。食いに行ってくれ」

「本当に大丈夫なのか、ルンゲ。その……」

「ああ、平気だよ。調査ももう終わった。ハージュさんに聞いてくれ。俺たちには問題なんてなかったってハッキリしたからよ」

「二人は、食事は?」

「後から行く。心配しないでくれ、本当に大丈夫だから」


 みんなぞろぞろと去っていく。

 何度も振り返り、申し訳なさそうな目を向けていたが、結局は全員が食堂に向かったようだ。


 部屋を荒らされたのは腹が立つ。

 リランからの手紙が引きちぎられたのは悲しくてたまらないが、ルンゲはほっとして息を吐いていた。


「先生に払った後で良かったな」

 兄の呟きに、ミンゲは苦笑いを浮かべている。

「確かに」


 この事件がもう少し早く起きていたら、兄弟は大金を失っていただろう。

 嫌な噂や給料の額の暴露など、不愉快な出来事ではあったが、このタイミングで良かったとルンゲは思う。


 さっき集まっていた面々は、ルンゲたちを「気の毒な被害者」として語ってくれるだろうから。


「なくなってるモンはねえよな?」

「ないと思う。手紙だけみたいだな、駄目にされちまったのは」

 採集に必要な装備品は、個人のものであっても倉庫に預けてある。

 あそこは人目につくから、盗みを働くのは難しいはずだ。

「びりびりに破かれてないだけマシだよな、兄貴」

「ああ。くっつけりゃちゃんと読める。問題ないさ」


 ようやく二人で笑い合い、ベッドの端に腰かける。

 キーレイから渡された物を確認すべく包みを開けると、中身はルンゲのお気に入りである乾燥果実の入った小さな袋が四つ収まっていた。


「例の菓子じゃないか」

 ミンゲの声は弾んだが、すぐに疑問に思ったようだ。

「これ、リシュラの坊ちゃんからなのか?」


 小さな袋が、四つある。

 入っていた物についても疑問だが、数についても不思議に思えた。

 迷宮の中で会った時は、ファッソと三人で歩いていた。

 今のミッシュ商会の「緑」の採集チームの人数を、樹木の神官長がいちいち把握しているとは思えない。


「底のところになにか入ってるぜ」


 ミンゲに言われて探ってみると、袋の底に折りたたまれた手紙が入っていた。

 四つ折りにされただけの紙には封などはされておらず、上になっていた面に「デルフィへ渡してください」と書かれていた。


「あいつだ。チャレドに似た」

「誰だ、それ。アードウの店の奴?」

「いや、違う。この旨いモンを作ってる、デルフィの友達だよ」


 昨日顔を合わせたと説明しかけて、ルンゲは黙った。

 ミンゲを人質のように置き去りにして、自分だけあの店で菓子を食べたとは言い辛い。


「なんでそいつからの手紙を、リシュラの坊ちゃんが?」

「……坊ちゃんは神官だから、通っていれば知り合いにはなれるんじゃねえかな」


 キーファンはキーレイに頼まれ、キーレイは料理人に託された、と考えればいいのだろうか?

 わからないが、手紙はあののっぽに渡してやらねばならない。

 菓子の包みのうちの一つに印をつけて、中に手紙を潜ませる。

 少しばかり甘い香りがつくかもしれないが、きっと密やかに渡してほしくてこんなやり方をしただろうから。


「ミンゲ、このことは誰にも言うなよ」

「わかった」

「メハルにも渡してやらなきゃな」

「じゃあ、後で探しに行こうぜ」


 部屋の鍵は無理に開けられたのか、緩んでしまってもうまともに使えそうにない。

 手紙や服は大きな袋に入れ、まとめておく。

 キーレイからの届け物は、小さな荷物入れを腰につけて、その中にしまった。


 腹は減ったが、部屋が荒らされていたと先に報告しておくべきだろう。

 寮を出てまたも本部へ足を踏み入れると、ハージュに先に知らせてくれた者がいたことがわかった。


「ルンゲ、ミンゲ、部屋のことは聞いたよ」

 メハルと共に備品管理のディノンもやって来て、惨状について語ってくれたようだ。

「なにを盗まれていた?」

「なんにも。ただ、手紙が破かれていたくらいです」

「メハルが教えてくれたよ。弟からのなんだろう?」

 ハージュは気の毒そうな顔をして、すぐに別の部屋を用意すると二人に話した。

「こんなことは初めてだ。悪かった、本当に」

 口ぶりからして、犯人の目星がついているのだろうとルンゲは思う。

「やっぱりジルベスの奴が?」

 ミンゲがストレートに問い掛け、ハージュはため息をついて答えた。

「昨日から誰も見ていないらしい。他の業者たちにあれこれ触れ回っていた連中がいたようだし、仲間がいるのかもな」

「調合係はおさえたって言ってたんだろ、兄貴」

「ああ、本当かどうかはわからねえが」


 ジルベスがどの程度用意できていたのか知らないが、これだけ手早く噂をバラまき、部屋を荒らしたりできるのだから、案外大勢で動いているのかもしれない。

 

「馬鹿な奴らだな、まったく。ルンゲ、ミンゲ、安心してくれ。彼らについてちゃんと他の店にも伝えるよう手配しているから」


 引き抜きに注意するよう言うし、断ったら荒っぽいやり方で報復するような連中だとちゃんと警告して回ってくれるらしい。

 店の従業員たちにも今回の騒動についてきっちり知らせるとハージュは約束し、食事がまだなのではないかと二人を気遣ってくれた。


 今回の不始末の詫びにと、ルンゲたちは少しだけ良い店に招かれ、遅い昼食を取った。

 戻ってみれば新しい部屋の準備は済んでいたし、まとめておいた荷物も運びこまれ、すれ違う従業員たちの向ける視線もすっかり穏やかになっている。


「ルンゲ、ミンゲ、ごめんな」

 普段からよく顔を合わせる面々が駆け寄ってきて、無責任な噂を信じたことを詫びられる。

「二人ともいつも熱心に働いているのにな。俺たちはちゃんと見ていたっていうのに」

「いいんだよ」

「気の毒な目に遭ったって聞いたよ」

「大丈夫だ。たいしたことはない」

「ごめんなあ、ごめんなあ、本当に。ジルベスがあれこれ言ってきて、本当なのかって思っちまってよ」


 サザリの口からとうとう具体的な名前が出てきて、兄弟は目を合わせている。


「そうだったのか」

 ルンゲが呟き、ミンゲは隣で憤ってみせる。

「あいつは店を持つために、兄貴を引き抜こうとしたんだ」

 いつの間にやら従業員たちが集まって来て、なんてこったと騒いでいる。

「だからあの時怒っていたの?」

 騒ぎの中に甲高い声が差し込まれ、全員が振り返る。

 急に注目を浴びて驚いたのか、ポランとリオセルは目を真ん丸にしていたが、採集に連れて行かれた時に起きた出来事について周囲に説明してくれている。

「なんだよ、ルンゲ、水臭い。言ってくれたら良かったのに」

 サザリに肩を叩かれて、ルンゲは小さく首を振る。

「独立なんてよくある夢だろ。悪く言うような話じゃないし、邪魔をする気もなかったんだ」

 こんなことになるとは思わなかっただけ。

 よく出来た採集チームのリーダーの言葉に、皆、口を噤んでいる。

「ジルベスと言い合いになったのは確かだが、まだ部屋を荒らした奴は誰だかわからねえ。店がしっかり調べてくれるだろうから、あまり勝手なことは言わないようにしてくれよな」


 さあ、仕事に戻ってくれ。

 最後の一言にみんな納得して、仕事場が元通りになっていった。

 ルンゲたちも大人しく廊下を進んで、まずは倉庫へ移動していく。

 採集チームの装備品はちゃんと揃っていて、誰かが手を付けた形跡はない。


「ここは大丈夫そうだ」

「ふふ。良かったな、兄貴」


 ミンゲはおかしそうに笑って、うまくいったなと兄に伝えた。

 みな噂話が好きだから、今頃「ルンゲは立派な男だった」と話しているに違いない。

 貯め込んだ給料をトイルード医師にほとんど渡した後だったお陰で、採集チームの好待遇に関しても有耶無耶にできたことだろう。


「あ、ルンゲさん、ミンゲ!」

 兄弟のもとに現れたのはメハルで、いつもの場所に佇む二人の元へ駆けてくる。

「二人とも大丈夫? 俺、二人はなんにも悪いことなんかしてないって皆に言ったんだけど、あんまり聞いてもらえなくって」

「はは、ありがとうよ、メハル」

「あんな大事になるなんて思わなかったよ」

「仕方ねえさ。最近いろいろあって、あの人らも仕方なく調べに来たみたいだからな」


 メハルは笑顔を浮かべたものの、すぐにしゅんと肩を落としてしまった。

 力になりたかったと呟く少年の頭を、ルンゲはくしゃくしゃと撫でていく。


 サイズはまったく違っているが、あどけなさの残る大きな瞳は、弟を思い出させるものだから。

 いつもならすぐにやめてよと文句を言われるが、思うことでもあったのか、メハルは大人しく撫でられている。


「お前たちもなにか言われたんじゃないか」

「少しだけね。デルフィが戻って来てからはなくなったよ」

「なんでだ、メハル」

「なんでかな。神官だからなのかな。みんなオーリーと違い過ぎて、どう接したらいいのかわからなくなっているのかも」

 メハルの説明に、兄弟は朗らかな気分になって笑った。

「確かに、難しいよな。一番の阿呆だと思ってた奴が急に神官になったんだから」


 腰のポーチを開き、メハルの分を取り出して渡す。

 突然出てきたお菓子の差し入れに、少年は首を傾げて、どうしたのか兄弟に問うた。

「差し入れをもらったんだ。デルフィにも渡さなきゃならねえんだが、あいつはどこにいる?」

「ファッソさんたちのところだよ。『紫』に行って持ち帰ったものの確認があるって言ってた」


 採集チームの給料の額が暴露されて、結局「紫」の採集チームの仕事にも支障が出たようだ。

 ファッソとデルフィにも事情聴取が為されたとメハルは言い、ルンゲはため息交じりに尋ねた。


「メハルも調査の連中にあれこれ聞かれたんだろ」

「うん。でも、俺は二人の頼んでる薬のことは知らなかったから、すぐに終わったんだ」

「迷惑かけたな」

「そんなことない」


 もう一度可愛い頭を撫でて、ルンゲは「さて」と呟いた。

 「紫」の採集チームが集まっている部屋に向かい、今回の騒動について詫びていく。


「なあルンゲ、なにか特別な物を見つけてたのか?」

 全員が文句を言わなかったが、ファッソにはこう問われた。

「少し前に、三輪草を見つけたんだ」

「本当か。そりゃあすごいな、なるほど、道理で」

 そのせいで言い訳できなかったんだなと、ファッソはにやりと笑う。

「よく黙っていたな、ルンゲ」

「言ってわかってもらえると思えなかったんだ」

「確かにそうだ」


 吹聴されてしまった高額な給料についても、大勢が「嘘」だと考えたと思う。

 部屋を荒らされロッカーを破壊された話について聞かせると、採集チームの面々はほっとした顔で笑った。


 説明を終えてからデルフィを呼び、倉庫の裏へ回る。

 念のために周囲に誰もいないことを確認してから、託された手紙を入れた小袋を渡した。


 ひょろ長い神官は中身を確認して嬉しそうな顔をしたが、すぐに手紙の存在に気付いたらしく、中から取り出している。


「誰からですか?」

「リシュラの坊ちゃんからって聞いてる」

「樹木の神官長の?」


 ルンゲは黙って頷き、デルフィは小さな手紙を広げた。

 長いメッセージではなかったのか、すぐに読み終わったようだ。

 手紙は畳まれ、袋の中に戻されている。

 

「ありがとうございました」

「ああ」


 神官の表情に、戸惑いと緊張を感じている。

 深刻な報せではなかったようだが、おそらくはチャレド似の男に、なにか伝えられたのだろう。


「大丈夫か」

「ええ。ルンゲさんたちこそ、大変でしたよね」

「どうってことねえよ。『紫』での仕事の方がよっぽど危ないだろ」


 デルフィは微笑みを浮かべ、そうですねと答えている。

 もうすっかりオーリーらしさは消えてしまっており、ルンゲは少し寂しさを覚えていた。

 

 頼もしい神官は「紫」の採集チームへもう少し参加してもらいたいと頼まれており、申し訳なさそうに頭を下げている。

 採集の経験もしっかり積んでいるし、デルフィの加入はありがたいに違いない。

 

「なにかあったら、遠慮なく言えよ」

「ありがとうございます、ルンゲさん」


 そういえば何歳なのかな、とルンゲは考えていた。

 阿呆のオーリーは年齢不詳だったが、鍛冶の神官は落ち着いていて、自分たちよりも少し年上に見える。

 

 

 秘密の受け渡しを終えて、兄弟はようやく自分たちに用意された新しい部屋へ戻っていた。

 まずは荷物を袋から出して、使いやすい位置へしまっていく。


 寮の造りは大体同じで、不便はない。

 以前よりも一階上に移動しただけで、日当たりは少し良くなったように思えた。


「戻る時に間違えないようにしないとな」

 

 ミンゲの言う通り。前の部屋は、商会で働き始めてからもう四年も使っていた場所だから。

 片づけはあっという間に終わり、あとは破かれた手紙の束だけが残っている。


 またロッカーにしまえばいいのだろうが、リランについて考えると胸が痛んだ。


 職場で起きた問題は一瞬で大きくなったが、あっという間に鎮火してもう問題はない。

 弟についても、こんな風に解決する方法があればいいのに。


 ルンゲもミンゲも迷宮の中ではあんなに活躍できるのに、遠い故郷で起きる家族の問題の前では無力だった。


「あそこって、樹木の神殿だったかな、ミンゲ」

「うん? ……ああ、そうだよ。お隣まで行けば、皿の神殿があったかな」


 故郷の小さい村には、神像もろくにない、古くて小さな神殿しかなかった。

 ルンゲの家族には熱心に頼る者がいなくて、どんな神官があそこにいたのかすら記憶に残っていない。

 ミンゲも記憶を探って、いい方法がないか考えたのだろう。小さな声で、ぼそりと呟いている。


「リシュラの坊ちゃんに協力してもらえば、なんとかできるかな」


 大きな都市の神官長は、迷宮都市生まれの迷宮都市育ち。

 遠くの小さな村の神殿へ、どの程度影響力があるのかは、まったくもってわからない。


「力は貸してもらえるかもしれないが、今リシュラ商店となにかあるって思われるのはちょっとな」

「疑いは晴れたじゃないか、兄貴」

「全員が完全に信じたかはわからねえよ。続けて噂になれば、つまんねえケチをつける奴が出てくるかもしれない」


 頼むにしても、弟を預かってもらうならいくらか払わなければならないだろう。

 誰かが行けば旅費がかかるし、ルンゲかミンゲのどちらかが行って、どんな状態かはっきり確認した方が良いようにも思う。

 ミンゲに頼むには問題が大きいが、自分が行けば余計なもめ事が起きるかもしれない。

 

 ベッドにごろんと転がって、ルンゲはぼそりと呟く。


「まずはまた稼がねえと」


 ミンゲはなにも言わなかったが、兄のもとに近付いてきて、口の中になにかをねじ込んできた。

 文句を繰り出す前にそれが甘い果実だと気付いて、ルンゲは少しだけ気を良くしている。


「本当にうめえよな、これは」

「ああ。リランにも食わせてやりたいよな」

「いつか持って行ってやろうぜ」


 ミンゲが頷いた気配がする。

 二人揃って戻るのがいいのかもしれないが、そこまで長く休みを取るわけにはいかない。

 ただ往復するだけでも七日はかかるのに、家族の問題を解決するには何日かかるか想像もつかないのだから。

 デルフィがどうなるかで、採集量は変わってしまう。

 「紫」に行ってしまえば「緑」の効率が落ちるし、古い友人と決着をつける為に去ってしまえば、どうなるだろう?


「あの二人、採集をやる気は起きたかな」

 ポランとリオセルの可能性について、兄弟は考える。

「結構やれそうだったよな」

「ああ。泣かずに行って帰ったんだからな。上出来だよ」

「明日聞いてみようぜ」

「そうしよう」

「優しくだぜ、兄貴。怖い顔して凄んだりするなよ」


 ルンゲは起き上がり、そんなことしねえよと言って弟の足を蹴った。


「そういうとこだよ!」

「お前以外にはやらねえだろ」

「なんだよもう、俺にもしなくていいんだよ! まったく、兄貴は。あははは」


 ミンゲが笑って、ルンゲも思わず吹き出している。

 薬草業者の兄弟の部屋に漂っていた不安は少しだけ払われて、二人は明日の仕事の為にぐっすりと眠った。

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