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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
42_Briefly Enough 〈後手と未解決〉

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192 流言蜚語

 次の日の朝、採集の準備の為に倉庫へ向かうルンゲたちを、ハージュが呼び止めていた。

 探索に挑みたい従業員がいるから、試してみてほしいと告げられる。


「急で悪いが、今回は浅いところで集めるものなんだろう?」

「ええ、そうですね。確かに試すにはちょうどいいと思います」

「三人集まった。頼んだよ、ルンゲ」


 昨日の今日でと勿論思うが、少しでも稼ぎたい気持ちは理解ができる。

 名乗り出た従業員に声をかけてもらうよう頼んで、準備を進めていく。


 ミッシュ商会は従業員が多いのが特徴だが、他の名のある同業者よりも給与が低い。

 少しくらい作業が遅くても、手先が不器用でも、真面目に働く意欲のある者は雇い入れて面倒を見ているからだ。

 利益を追求するのなら、腕の良い採集者を集め、センスのある調合係を抱え込んだ方が良い。

 他店から引き抜きや移籍はよくあることだが、ミッシュはそういったことをせず、出来の悪い者を追い出すこともなかった。

 心の広い店主の人柄に惹かれて働き続ける従業員は大勢いるし、出戻って来る者も多い。

 田舎から出て来たばかりで右も左もわからなかったルンゲたちも、ミッシュ商会に受け入れてもらい、一から学んで腕を上げてきた。

 

 要領の悪い従業員も抱えているので、単純作業を任されている間はそう稼げはしない。

 採集に向いていると判断されれば、給料が跳ねあがる可能性があるのだから、この機会を逃す手はないだろう。


 採集用の装備を用意している間に、メハルに連れられて三人の従業員が現れていた。

 二人はメハルと同じ年頃でまだ若く、名前はポランとリオセル。普段は商品を店舗に運ぶ仕事をしており、以前から採集の仕事をしてみたかったと頬を赤く染めてアピールしている。

 もう一人はルンゲよりも年上のようで、二十代半ばくらいか。名はジルベスで、こちらは働き出してそう間もないようだ。


「探索者あがりなのか?」

「いや、まあ、多少はそんな真似をしたこともあるけど、違うんだ。田舎では猟師をしてて、迷宮都市の噂を聞いて流れてきたってわけさ」


 ミンゲの視線を感じて、ルンゲは小さく頷いている。

 あの年で仕事を辞めて迷宮都市に流れてくる人間はあまりいない。

 ジルベスの話が本当なら、なにか訳があって故郷にはいられなくなったのかもしれない。


「これから準備をして『緑』に向かう。採集をしなきゃならねえが、今日集める分はそう難しいモンじゃない。いきなり言っても覚えられはしないだろうから、実際に歩きながら説明していく」

 

 採集用の装備を三人に渡し、ミンゲとメハルと共に着方を教えていく。

 籠を背負って歩かせ、重たくないか確認し、一度全部脱がせたら早めの昼食を取り、終わったらまた装備を身に着けて。


「よし、じゃあ行くぞ」


 ポランとリオセルは緊張した面持ちで、年が近いメハルの後をついて歩いている。

 二人はひそひそと先輩に話しかけているが、声はルンゲの耳にも届いていた。


「大丈夫だよね、メハル」

「うん、多分ね」

「多分なの?」

「だって、迷宮に行くんだよ」

 メハルは笑みを浮かべており、二人は冗談と思ったのかほっと息を吐いている。

「指示にちゃんと従うんだ。ルンゲさんたちの言う通りにしていたら大丈夫」

「うん」


 ほほえましいやり取りをする二人に対し、年長者のジルベスは余裕を漂わせていた。

 きっと、迷宮に入るのは初めてではないのだろう。

 

 オーリーとメハルを初めて連れていった時のことを思い出す。

 メハルは顔を青くして緊張していたが、オーリーは大丈夫だと大声をあげて、少年の背中をバンバン叩いていた。


 その様子を見て、恐れ知らずの阿呆なのかと思ってしまった。

 わあわあ騒いで何度も注意をさせられたが、その都度しっかり指示に従い、採集はうまくいって終わった。

 とんだ役者だったと考えてルンゲは笑い、ミンゲがどうしたのか問いかけてくる。


「なんでもねえ」

「そうか?」


 たどり着いた「緑」の迷宮入口に行列はなく、他の業者の姿も見えない。

 新入りを試すには時間がかかるので、ちょうど良いタイミングで来られたとルンゲは思った。

 足を踏み入れる前に、全員に水を飲むように言い、調子はどうか問いかける。

 

「怖くて行けそうにないなら、今のうちに言ってくれ」

 ポランとリオセルは小さな声で大丈夫だと答え、リーダーの様子を窺っている。

「本当か? いいんだぜ、止めたって。迷宮は怖えもんだからな」

「ルンゲさんも怖いんですか」

「当たり前だろ」

 二人の少年は振り返ってメハルを見つめ、互いに目を合わせ、心を決めたようだ。

「行きます」

「わかった。ジルベス、あんたはどうだ?」

「もちろん行くよ」

「よし。じゃあとにかく、勝手な真似だけはしないでくれよ」


 ルンゲとメハルが前に立ち、新人の三人を挟んで、ミンゲが後ろから見守りながら歩く。

 四層まで行って戻る、シンプルな採集の為の短い旅だ。

 足元に気をつけるよう声を掛け、決して触れてはならないものについては何度でも注意をしながら進んでいく。

 今回は薬草のつなぎになる草を集める為の迷宮歩きだが、途中で有用なものが見つかれば立ち止まり、採集の仕方を見せながらどんな効果があるものなのか説明をしていった。

 ポランたちは覚えられそうにないと囁き合って、メハルにすべて暗記する必要はないと声を掛けられている。

「採集をするようになったら嫌でも覚えるから、心配しなくていいよ」


 緑の採集班の最年少は、幼い顔立ちに小柄な体格のせいで、年よりも若く見えるから。

 ポランたちとどちらが年長なのかはわからないが、メハルに出来るのなら自分たちもと考えているのかもしれない。


 メハルのお陰で年若い二人は落ち着いたまま歩き続け、目的地である四層目の群生地帯に無事に辿り着いていた。

 ミンゲに見張りを任せて、五人で採集を進めていく。

 初めての三人には籠の半分だけ集めるよう言って、ルンゲとメハルも辺りの様子に目を配りながら仕事に励んでいった。


 採集を終えると群生地帯からすぐに離れて、階段から近い水場に移動し、休憩を取った。

 ちょうどよい小部屋状の行き止まりで水を飲み、持ってきた軽食で腹を満たしていく。

 ミンゲにも休むように言って、ルンゲは一人、通路に続く場所で見張りを引き受けていた。

 明るいミンゲと年の近いメハルのお陰か、ポランたちの表情は柔らかく、この調子なら帰り道も大丈夫だろう。

 ルンゲが迷宮の道を見据えたまま干し肉を齧っていると、ふらりとジルベスが寄って来て、小さな声で話しかけてきた。


「後はもう帰るだけなんだよな?」

「ああ、そうだぜ」

「もっと大変なもんだと思っていたけど、そうでもなくて良かったよ」


 一番言われたくない台詞を投げかけられ、ルンゲはジルベスへ視線を向ける。

 すると男はにやりと笑って、ふるふると首を振ってみせた。


「なんて言えるのは、あんたらの力なんだよな。まだ若いのに、すごいよ、あんたら兄弟は」

「なんだよお前」

 

 誉め言葉の陰に不穏を感じながら、ルンゲは視線を通路へ戻した。

 ジルベスは動じた様子もなく、リーダーへもう一歩近づき、また囁く。


「なあ、ルンゲ。ミンゲを連れて独立しないか」

「はあ?」

「調合係はもう押さえてあるんだ。あんたらが来てくれれば、絶対にうまくやれるよ」


 内心で盛大にため息をつき、目は迷宮の先に向けたまま、ルンゲは答えた。


「断る」

「いやいや、もう少し聞いてくれよ。絶対に今より儲かるぜ。なあ、ミッシュの店は金払いが良くないんだ。他の店よりもうんと安いのさ」

「知ってるよ」

「本当か? 俺はさ、他の店の奴らがいくらもらってるか調べたんだよ。大きな店は全部回って調べたんだ。それを聞いたら腰を抜かすかもしれないぞ。なあルンゲ、あんたらの腕ならもっと稼げて当たり前なんだよ」


 男の声は少しずつ大きくなっていく。

 早口であれこれまくしたててきて、ルンゲはとうとうジルベスを睨んだ。


「なんと言われても俺の考えは変わらねえ」

「おいおい……。あんたのその頑ななやり方にミンゲも巻き込むのか? あいつにはもう話をしたんだ。随分乗り気だったぞ」

「馬鹿言うな。あいつはそんな阿呆じゃねえ」


 ミッシュ商会は採集係に危険な真似はさせない。

 弟の為の薬についても、調合係に協力してもらっている。

 兄弟は金の為だけに働いている訳ではなく、そもそもこんな引き抜きの話をミンゲが黙っているはずがない。


「いやいや、ルンゲ。実はさ……、オーリーにも声をかけてるんだよ。あいつもそれはいいって、そりゃあもうおおはしゃぎで」

「もっとねえよ! あんまりふざけたことばっかり言うなよ、お前!」


 ジルベスのニヤけ顔に腹が立ってしまい、ルンゲの声はかなり大きくなっていた。

 はっとして視線を移すと、ポランとリオセルは怯えた顔をしており、メハルがなだめてくれていた。


「二人とも落ちついて、大丈夫だから」

「本当に?」


 必要があって声をあげただけだとメハルは話し、ルンゲとミンゲは全員を守る為に厳しい注意をすることもあると説明している。

 ポランたちは納得したようで、ジルベスをじっと見つめていた。


「よく手懐けているんだな」

 男の独り言が聞こえたようで、メハルも鋭く目を向ける。

「なにも知らないのに、そんな風に言うなよ」


 反論されると思っていなかったのか、ジルベスはようやく黙った。

 最後にじっとりと見つめられて、ルンゲは誰にも聞こえないよう、男にこう告げる。


「さっきのは聞かなかったことにしておく。もう戻るから、ちゃんと指示を聞いてくれよ」


 休憩を終えて、荷物を背負う。

 新人たちを手伝い、片付けをして、地上へ戻る道を歩いた。

 ジルベスはなにも言わずについて来たし、若い二人も四層の道をしっかりと歩き通した。

 倉庫へ薬草を運び、装備品を洗い、所定の場所へしまい込む。

 必ず体を洗うように注意をして、採集に挑みたいかどうかはじっくり考えるように告げて、この日は解散した。



「黙っておくのか、兄貴」

 

 夕食を終えて部屋に戻ると、ミンゲに何故声を荒らげたのか問われた。

 正直に打ち明けた兄に、弟は鼻を鳴らしている。


「店に言ったところで、あいつはきっとしらばっくれる。俺しか聞いていないんだしな」

「そうかもしれないけど」

「本気ならやめて出て行くだろう。ほっとけばいいんだ、あんな奴」


 もちろん、また採集に行きたいと言われれば断る。

 ことを荒立てるつもりなら、受けて立つしかない。

 

 薬草業者に限らず、迷宮都市ではあらゆる店で人の入れ替わりが多い。

 稼ぎが目当ての者ばかりだから、より良い職場が見つかれば辞めていなくなる。

 ジルベスは新たな店を作る為、人材を引き抜こうとわざわざミッシュ商会に入ったのだろう。

 しかし、「紫」の採集班には同じような働きかけはできない。

 経験のない者は連れていってもらえないし、万が一どこかで声をかけられたとしても、ファッソたちはルンゲに確認をしてくるだろう。

 働き出したばかりのジルベスを信じるとは思えない。だからもう、採集班がこれ以上の勧誘を受けることはないはずだ。

 

 ルンゲがそう話すと、ミンゲも納得したらしく、そうだなと頷いて答えた。


「今日はメハルにも随分助けられたよな、兄貴」


 メハルは積極的に二人に声を掛け、説明も丁寧にしてくれた。

 ジルベスがいい加減な話をしたとしても、ちゃんと訂正してくれるだろう。




 ところが。

 次の日の昼を過ぎた頃、ルンゲは異変が起きたことに気付いていた。

 いつもはないものが、職場にちらほらと見え隠れしていると。


 様子を窺うような視線がいくつも向けられ、従業員たちに遠巻きにされているようだった。


 なにが起きたのかは、夕暮れ時にはっきりとわかった。

 いつものように倉庫で作業を進めていたルンゲとミンゲのもとにシュナが現れ、突然罵声を浴びせてきたお陰で判明した。


「聞いたわよ、二人とも! ずるいんじゃないの?」

「なんだよいきなり、シュナ……」


 ミンゲが耳を押さえて答えると、少女は鼻におもいきり皺を寄せて、二人がもらった給料の額をはっきりと口にし、もらいすぎだと怒鳴り散らしていく。


「しかも、変な薬を作ってるんでしょ。調合のところに入り浸って、高く売ってるって本当なの?」

「そんなことしねえよ」

「嘘つき! みんな知ってるのよ。あんなにたくさんもらっておいて、まだ欲張るつもり!」

「こら、シュナ、やめるんだ」


 騒ぎを聞きつけたのかハージュがやって来て、少女の肩に手を置いている。


「なによ、迷宮に行くのがそんなに偉いの?」

「いいから来なさい」


 シュナが連れていかれて、静寂が戻って来る。

 けれどいつの間にか倉庫の周りに従業員が集まっており、冷たい視線を兄弟に向けていた。

 

 なんと言ったらいいのかわからない。

 おかしな薬など作ってはいないが、調合班への出入りはしている。

 もらった給料の額は正確だった。

 シュナが口走ったのは先月の分で、三輪草を持ち帰ったお陰で特別に高くなっていたものだ。


 誰もなにも言いはしない。

 けれど、向けられた視線に込められたものはひしひしと伝わってくる。

 従業員に親切なミッシュ商会とはいえ、それほどの格差があるとはと思ったのだろう。


 額の多さには理由があるが、三輪草の話をするわけにはいかない。

 あまり他の業者に知られたい話でもないし、説明するには時間がかかる。

 特殊な薬草の価値を理解してもらえるか、今の状態ではわからない。



「ジルベスの奴だよな」

 

 部屋に戻るなり、ミンゲは苛立たしげに呟いた。

 確かに、他に心当たりがない。タイミングからして一番怪しいのはあの男だろうとルンゲも思う。


「どうやって調べたんだろうな」

「なにを?」

「給料だよ。管理のところに忍び込んだのかもしれないな」


 店に言っておきたいが、本当にジルベスなのかはまだわからない。

 皆に噂を広めたのが誰か突き止めた後の方が良いように思える。

 とはいえ、今、皆が正直に話してくれるかどうか。

 本当にそんなにもらっているのかと問われたら、嘘をつくわけにはいかない。

 確かに先月の分はかなり高い。特別だったと言って、信じてもらわなければならない。

 妙な薬については完全にデマだが、調合係の証言だけで解決できるだろうか?


 これまでの働きぶりを知っている者は多いはずで、信頼がないとは思えないが。

 けれど今回は単純な信頼の問題では済まないだろう。

 採集を請け負う者への理解がどれくらいあるのかなど、ルンゲたちにはわからない。


 自分たちの潔白を主張してまわるべきなのか、嵐が過ぎ去るのを待つか。


「どうしたもんかね」


 兄の呟きに弟も目を伏せるばかりで、二人は方針を決められないままだ。




 メハルやデルフィにも良くない影響が出ていないか心配していたルンゲだったが、次の日の朝、事態はもっと悪化していることがわかった。

 いつものように朝起きて、朝食をとる。

 従業員たちは二人を遠巻きにしてひそひそとなにかを囁き合うばかりで、挨拶にろくに答えてくれない。

 ルンゲは普段からそう大勢と触れあっているわけではないが、ミンゲは違う。

 人懐っこい弟は皆から声をかけられるのが常なのに、今日は兄と共に輪の外へ弾き出されている。


 噂の内容を考えれば仕方がないと考えたルンゲだったが、食事を終えて立ち上がった途端に声をかけられ、いつものように仕事場へ向かうことはできなかった。

 ついてくるよう言われて向かった先は、ミッシュ商会の中でもなかなか足を踏み入れることのない本部の一番大きな部屋で、大切な話し合いがある時に使われていると言われている場所だ。


 そこには見知らぬ男たちがぞろぞろと並んでおり、商会の二代目であるバルム・ミッシュも姿を見せている。

 

 端の椅子に座るよう促されて、ルンゲたちは大人しく腰を下ろし、言葉を待った。

 ミンゲがちらちらと視線を向けてくるのがわかって、落ち着くように声をかける。


「急に呼び出してすまない」

 まず声を上げたのはバルム・ミッシュで、二人へ調査へ協力するように告げられていた。

 

 並んだ男たちを一人一人紹介されたが、名前など覚えていられない。

 どうやら主だった薬草業者から一人ずつやって来たらしく、「公正な調査」の為に集まったようだ。

 迷宮都市で問題になっている危険な薬品についての事情が語られ、薬草業者として正しい営業活動がされているか調べる必要があり、云々――と説明がされていく。

 小難しい言葉を散々並べ立てられたがとにかく、ルンゲとミンゲには嫌疑がかけられており、事実がはっきりするまでは見張りが付き、行動を制限されるらしい。


 理解できたか問われ、ルンゲは静かに頷き、答えた。

「わかりました」

 ミンゲは隣で顔をしかめていたが、兄が答えたからか、同じ言葉を続けている。


 二人は同じところにいてはならないようで、ミッシュ商会の本店の小部屋に押し込められ、見知らぬ男に見張られていた。


 小部屋にあるのは小さなテーブルと椅子が四脚だけで、窓の外からはうっすらと誰かの話し声が聞こえてくる。

 普段通り、他の従業員たちが仕事に励んでいるのだろう。

 本店の奥にある小部屋なので、普段出入りしている倉庫や作業部屋は遠い。

 いつもならば聞かない、落ち着いた声がしているようにルンゲは思った。

 では、ミッシュ商会の仲間ではなく、自分たちを調べる為にやって来た他店の面々の声なのかもしれない。

 日常とはあまりにも違う今の状況に、ルンゲはため息をつき、自分につけられた見張りの男を見やった。


「あんた、どこの店の人なんだい」

 男はじっと黙っていたが、名乗らないのもどうかと考えたのか、アードウの店の人間だとだけ答えた。

「すまねえな、俺たちの為に」

「……魔術師に頼んで薬を作っているのか?」

「そんなことしねえよ」


 男は質の良さそうな衣服を身に着けていて、ただの従業員ではないのかもしれないとルンゲは思った。

 もう少し丁寧な口調で話した方が良かったのかもしれないが、今更考えてももう遅い。

 今日こんな目に遭っているのは、シュナが言っていた噂が原因なのだろう。

 魔術を使うとどんな効果の薬が作れるのだろう。

 どんな病気でも治せる薬ができるのなら、自分たちも頼んでいたかもしれない。

 いつか魔術師の知り合いが出来たら聞いてみよう。

 ルンゲは考え、そんな日がやって来ればいいがと、ため息をついた。


 今日の仕事はどうなっているのだろう。

 デルフィは「紫」のチームに行ったままだろうし、次の採集の為の下準備は、メハルだけではまだ無理だろう。

 あの少年にも嫌な言葉が投げかけられていないか、不安な気持ちがあった。

 そもそもジルベスはどうしているのだろう。まだ店に残ったままだというなら、たいした男だと思える。

 店に入って間もないと話していたから、そうたいした仕事は任せられていないはずだが、どこにいるのやら。

 よくもここまでの短時間で噂を広められたものだと、感心してしまうほどだった。


「なあ、ずっとここで待ってなきゃならないのか?」


 ただ椅子に座っているだけでは嫌な考えばかりが浮かんできて、ルンゲはため息交じりに男へ問いかける。


「さあな」

「買い物に行くのは駄目かな」

「逃げるつもりか?」

「そんなはずないだろ。俺たちにはやましいことなんかない。調べられて困ることなんかひとつもないんだ」


 アードウの店から来た男は眉を顰めて、まっすぐにルンゲを見つめている。


「あんたらの仕事が終われば全部はっきりするってわかっているから、大人しく従っているのさ」

「なるほど」

「一緒について来てもらえば良いってことはないのかな。俺は絶対に逃げたりしない。あんたは剣でもなんでも持っていてくれて構わないよ」


 なんなら縄で縛ってもいいとルンゲが言うと、男はなにを思ったのか扉を開け、外にいるであろう誰かに声をかけ始めた。

 おとなしく腰かけたまま待っていると会話は終わり、ミンゲが残るのなら、監視付きで外へ出ても良いという話になった。


「いいのか」

「いいらしいぞ。さすがに縄はかけないが、余計な物を持っていないかどうかは確認させてもらう」


 簡単な身体検査を受けて、財布以外の持ち物はないことがわかる。

 条件付きならば外へ出ても良いと判断されたのなら、そこまで疑わしいとは思われていないのかもしれない。

 それとも見張りの男が暇で暇で仕方なく、どうしても散歩にでも行きたかったのか。

 理由はわからないがとにかく、あまり長くかからないよう注意をされて、ルンゲは男と共に店の外へ出されていた。


「それで、どこに行きたい。遠いのか?」

「いや、遠くはない。こんな時間に出歩けることはなかなかなくてね。どうしても行きたい店があるんだよ」


 男が問わなかったので、ルンゲは店の名前を告げないまま東に向かって歩き出した。

 アードウの店の男は黙って斜め後ろを着いて来て、二人はほどなくティーオの良品に辿り着いている。


「こんなところに、何の店なんだ?」


 答えなくても、中に入ればすぐにわかる。

 いや、店の前に辿り着けば、鼻をくすぐるたまらない香りが漂ってきて、理解ができるはずだ。

 ルンゲがうきうきと店に入ると、カウンターの前の箱はすっからかんで、商品は干し肉と革製品だけしか並んでいない。


「いらっしゃい。ああ、ミッシュ商会の」

「ああ。よお、また寄らせてもらったんだが……」


 早く来ればあの菓子が並んでいるのではないのか。

 ルンゲは鋭く振り返り、いつも空になっている棚を見つめた。

 こちらも商品は置かれていない。メハルの話の通りなら、あのたまらなく美味い乾燥果実が輝いているはずなのに。


「味付きの干し肉なんてものがあるんだな」

 アードウの店の男が呟き、ティーオが説明の為にやって来る。

 今日もまた干し肉を買うしかないのか。いや、もちろんこれも美味くてたまらない、良い物ではあるのだが。


 ルンゲが思わず天を仰いでいると、急に甘く優しい香りが漂ってきて、一気に我に返っていく。


「おや、お客さんが二人も。ティーオの良品へいらっしゃい。焼き菓子のお届けだよ。今、並べるから待っててくれよな」

 入口から聞こえてきた明るい声に目を向けると、見張りの男が「チャレド」と呟くのが聞こえた。

「そう呼ぶってことは、アードウの店の人? よく似てるって言われるんだ。本人には会ったことないけど、よろしく伝えておいて」

 チャレド似の料理人は愛想よくそう答え、ルンゲに気付き立ち止まる。

「あっ……と、あなたはミッシュ商会の」

「よう」

「この前はどうも」


 店主のティーオも一緒になって、二人はカウンター前の箱を焼き菓子で埋めていく。

 甘い香りの幸せが大量に並べられて、ルンゲの心を晴れやかに変えていった。


「信じられねえ。こんなに種類があったのか」

「ははは、いいところに来ましたね」

「最高だな。ああ、くそ、一人ひとつまでだったっけ」


 ミンゲに買って帰れないと思うと、歯がゆくてたまらない。

 悶々とするルンゲのもとに、チャレド似が歩み寄って来て、声をかけてくる。


「あの、のっぽの奴は元気にやってます?」

 囁くように問われて、ルンゲは考える。

 あえて名前を出さずに聞いていると勘付いて、慎重に言葉を選びながら答えた。

「ああ。まあ、そうだな。相変わらずではあるが、最近はなにか悩みがあるみたいだ」

「そうですか。……皆、いろいろありますもんね」


 小さく頷くと、ゆっくり商品を選んでくださいとだけ言い残し、料理人は去って行った。

 二人は友人のようなのに。あんな風に聞いてくるのは、自由に会えない理由があるのだろうか。

 今はルンゲも監視されている身なので、あまり長話はしない方が良さそうではあるのだが。

 

 空き箱を抱えて去っていく料理人を見送り、ルンゲは菓子に向き直る。

 どれにしようか真剣に考えて、見張りの男にもどれが良いのか問いかけていった。


「なんだって?」

「あんたの分も買ってやるから、どれがいいか早く選んでくれ」

「買収するつもりか」

「違うよ。こんなに美味いもんは他にねえんだ。あんたも食っておいた方がいいってだけさ」


 見張りの男はなにも言わない。

 なのでルンゲは自分が選んだものを二つ買って、店を出てから一つを男に渡した。

 

 路上で焼き菓子を一口齧り、ルンゲは満足して息を吐いている。

「ああ、うめえな、やっぱり」

 もぐもぐやっているうちに男も菓子を口に運んで、むう、と小さく唸った。


 一口食べたら止まらなくなったのか、二人は同じタイミングで菓子を食べ終わり、目を合わせている。


「さて、戻るか。付き合ってくれてありがとうよ」


 ルンゲが言うと、男はにやりと笑った。


「いや、こちらこそ」

「うまかっただろ?」

「ああ。驚いた」


 並んで歩いて帰る間に、見張りの男は名前を教えてくれた。

 モントランはアードウの店で人員の管理を任されており、こんな仕事は初めてだとルンゲに打ち明けてくれた。

 

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― 新着の感想 ―
報連相はしっかりやっておかないと後手になると大事になりますよね。
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