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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
04_Love will KILL you 〈愛の花は迷宮に咲く〉

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20 厄介な訪問者

 探索者が探索者を辞める理由は様々だ。

 

 探索から身を引く理由で最も多いのは「自分には向いていないから」というもので、まさかこれ程厳しいとは思わなかったと、二、三回探索へ潜っただけの初心者が大勢、迷宮都市から去っていく。

 次いで多いのは、大きな怪我を負って探索が出来なくなったから。探索に失敗して多額の借金を負ったからという者も多い。出来れば探索で稼いで返したい、という彼らの願いは叶えられない。死んでは金を回収できなくなるからと、借金を負った者は大抵どこかの店で見張られながら働く羽目になる。何年も何年も無駄にした挙句、失意のもとに故郷へとぼとぼと戻っていかねばならないが、それでも迷宮の中で誰からも手を差し伸べられずに死んでいくよりは随分マシだ。


 歳をとって、体が思うように動かなくなったから。ずっと求めていた物を手に入れて、思い残す事がなくなったから。こんな理由で引退する者は、探索者の中でも相当に幸福な部類と言える。


 しかし、探索者を辞める理由として最も幸せなのは、「愛する相手が出来たから」だろう。


 ラディケンヴィルスで暮らす探索者の九割以上は男性で、女性の探索者は少ない。命の危険のある場所へ自ら入っていく娘はよっぽどの物好きか、博愛精神に溢れた神官くらいしかいない。また、女性がメンバーに入っているパーティは、色恋沙汰で揉める場合(ケース)が多い。

 迷宮の中でじっと身を寄せ合って過ごし極限状態を共にする間柄はどうしても「特別なもの」になりやすく、パーティ内で一人の女性を取り合うなんて話も迷宮都市では珍しくない。


 女性探索者が仲間に居ない場合、男たちが恋する相手は決まっている。迷宮都市にある様々な店で働いている看板娘たちだ。娼館の女、酒場で働く給仕の娘(ウェイトレス)、宿屋、道具屋や武器の店で番をしている少女らは、しばしば探索者から求愛を受ける。地下での生活で心がささくれ立ち、そろそろ自分の限界が見えてきた男はこう心に決める。「そろそろ探索からは足を洗って、可愛いあの娘と所帯を持って暮らすのだ」と。



 ラディケンヴィルスの南、探索者達の「家」が立ち並ぶ二つの通りの狭間にある食堂で、ベリオは酒を飲んでいた。

 相棒であるはずのニーロが何故か初心者たちと「緑」などに出掛けていき、面白くない。いつもより苛々としていた彼は馴染の娼婦のもとへ向かったが、残念ながら先客がお楽しみ中だと告げられ、勧められたが他の女とという気分にはなれずに街の南側へ戻ってきていた。


 「フラッパの大船」で一人、杯を傾ける。南の家持ちの探索者達ばかりが集うこの店は北に比べると雰囲気が落ち着いており、馬鹿騒ぎする連中はいない。ベリオは一人ちびちびと、店の隅で果物をつまみながら酒を飲んでいた。


「ベリオ、ベリオ!」

 ところどころに取り付けられたランプに優しく照らされた静かな店の中に、突如響いた声。自分の名が連呼されていると気が付き、ベリオは慌てて顔を上げ、声の主を探した。

「ああ、ベリオ! 良かった、ここに居たんだな」

 近づいてくる丸い顔には、見覚えがある。酔いが回り始めていた頭を動かして、ベリオははっと思い出した。

「フィーディか」

「そうだ、憶えていたんだな。お前が『藍』で置き去りにした、元仲間の名前を」

 

 ベリオがラディケンヴィルスにやって来た時、共に迷宮へ潜る仲間を探すのにまず、苦労をした。酒場や食堂で声をかけ、馬車が到着する時間に門まで出かけて、ようやく五人集めたものの「仲間」として固まるまでには時間がかかった。

 一人抜け、また一人探し、その繰り返しの末に「橙」や「緑」に挑んだ。そこまでしてようやく「藍」へ入れるようになったというのに、ベリオは仲間を置いて勝手に去って行ったのである。


「あの後、大変だったんだぞ」

 フィーディはこれ見よがしに深い溜息をつきながら話し、注文を取りに来た給仕に水を頼んでいる。

「今更、そんな文句を言う為に俺を探していたのか?」


 かつて仲間だった者の一人、トゥランとは街で一度だけすれ違っていた。睨まれたものの、文句は言われなかったし、その後の顛末について聞いてもいない。どちらからも声をかけず、ただ去って行っただけだった。


 フィーディが何故目の前に現れたのか、ベリオには皆目見当がつかない。「藍」の迷宮で別れたのはもう一年半も前の話だ。


「いや、違う。それも言いたかったが、今はもういいんだ。別に頼みがあってお前を探していた」

 何度も迷宮へ足を踏み入れた仲ではあるが、ベリオはフィーディについて何も知らない。そんな関係は迷宮都市では珍しくなくて、つまり、フィーディもベリオについて何か知っているとは思えなかった。

「頼みだと?」

 酒をぐいっと呑み干し、ベリオは凄む。フィーディの姿をこの店で、トゥメレン通りで見た覚えがない。着ている服は安っぽく、熟練の探索者特有の緊張感もない。家を構えられるようなレベルの高い探索者ではないと、確信できる。


 トゥメレン通りに身を置けるのは、成功した探索者だけだ。この近くでたまたまベリオの姿を見かけて、必ず返すから、と泣きつきに来たのかもしれない。もしくは仲間が借金を残して全員いなくなってしまったか。


 ベリオの想像は、半分ばかり当たっていた。

 フィーディは手を伸ばし、ベリオの右手の甲の上に重ねて口を開く。

「一緒に『白』へ行ってほしいんだ」

 反射的にそれを振り払って、苛立たしげにベリオは尋ねた。

「理由は? 『白』になんの用がある」

「ベリオ、『白晶石の華(ビーネレース)』を知っているか?」


 聞いたような、聞いた覚えがないようなその響きにベリオは眉を顰めた。

 考えたものの結局わからず、テーブルの隣を通りかかった給仕の娘に酒のおかわりを頼んで、かつての仲間に向かって首を振ってみせる。

「知らない」

「『白』の迷宮の中層で時々発見される、透き通った石で出来た花なんだ。俺は、それを一刻も早く手に入れなきゃあならない」

 再びフィーディが伸ばしてきた手を、ベリオはまた容赦なく払う。

「この間、『藍』の迷宮に行っていただろう? 出てきたところを俺はちょうど見ていたんだ。そうしたら、連れの一人がお前を指差して『彼はとても有名な魔術師なんだ』なんて言うじゃないか!」


 間違いなくニーロの話だ。ベリオは肩をすくめてあからさまにうんざりした表情を見せ、酒臭い息をフィーディに向かって吹きかけてやった。


「『脱出』持ちがいてくれれば話は早くなるんだ。まさかお前が魔術の使い手になっていたなんて思わなかったが、これも神の思し召しだろう!」

「俺は魔術師じゃない。お前の連れとやらが見たのは、俺の相棒だよ。確かに魔術師だし、この街じゃ名の知れた奴だからな」


 真っ向から否定されて、一瞬きょとんとした表情を見せたものの、すぐにフィーディは満面の笑みを浮かべて手を叩き始めた。


「それは、それはもっといい話だ! そんな有名な使い手がいるなんて、是非一緒に俺に協力してくれ」

「断る」

 語気を強めてベリオが言い放つと、フィーディは明らかに怒り出し、今度はテーブルをバンバン叩き始めている。

「おいやめろ、やかましいぞ」

「お前が断るなんて言うからだろう!」

 こんなに声の大きな男だったか、とベリオはうんざりしながら思った。

「突然やって来て『手伝え』なんて言える間柄じゃないだろう、お前と、俺は。違うか?」

「言えるさ! こっちは必死なんだよ」


 酒場中から視線を注がれ、ベリオは酷く不愉快な気分だった。「フラッパの大船」はベテランの探索者達のための店。静かで、落ち着いた雰囲気を好んでやってくる客ばかりで、喧嘩はご法度。店主のフラッパも厳しい目を向けており、ベリオは仕方なく給仕を呼んでこの日の分の代金を支払うと、まだ杯の半分程残っている酒を諦めて立ち上がった。

「何処へ行くんだベリオ! 大体、お前があの時『藍』で勝手な真似をしたから! あの後ブレイロは死んじまったんだぞ!」


 迷宮での出来事は自己責任だ。だから、直接手を下した「殺人」でもない限り、責められたりはしない。しかし「仲間を軽んじる」人間なのだと思われれば、協力者は当然減っていく。かつての仲間であったブレイロが何故死んだかはわからなかったが、こんな風に大声で喚かれては当然、ベリオの評判に響く。 


「馬鹿、騒ぐなよ!」

 大きく舌打ちをしながらフィーディの手を引いていそいそと店を出て、ベリオはとりあえず北へ向かって歩き出していた。しかし、家に帰るのは気が進まない。家といっても他人(ニーロ)のものだし、金貨の詰まった袋をフィーディに見られでもしたら、どう転んでも面倒な展開になるだろう。

 

 協力はしない、帰ってくれという言葉は通じず、ベリオは仕方なくカッカーの屋敷を訪れていた。

 カッカーの屋敷は探索者達に開放されているし、もしも「白」に行きたい者がゾロゾロ見つかれば、フィーディにもベリオにとっても嬉しい展開になるかもしれないという望みがあったからだ。


 時刻はもう夜で、「泊りがけ」の者以外は屋敷に揃っているだろう。大勢を巻き込めば逃げる隙が生まれるかもしれない。

 屋敷の入口で会ったヴァージに手を挙げて挨拶をし、ベリオはフィーディを連れて食堂へ向かった。


 食事を済ませ、迷宮談義に花を咲かせる初心者たちが六人いる。彼らはベリオに気が付いて挨拶をし、後ろに連れてきた初めて見る誰かに気が付いて声をかけてきた。

「俺の名前はフィーディ、なあ、ここは一体なんなんだ? 樹木の神官の住処にしては随分と豪華だ」

「ここはカッカー様の屋敷ですよ。知っているでしょう、ラディケンヴィルスの生ける伝説、カッカー・パンラを」

「カッカー? あのカッカーの屋敷なのか」


 へえ、ほう、と感心の声をあげながら、フィーディは部屋の中をウロウロと歩き回っている。この隙に逃げてしまおうかとベリオは思うが、食堂に集っているのは最近来たばかりの新顔だらけで、「白」に挑めそうな者はいない。もしも急にベリオの姿が見えなくなれば、親切な彼らはニーロの家へフィーディを案内してくるだろう。


 止む無く椅子に座って、ベリオはかつての仲間にも落ち着くよう声をかけた。

「すごいなベリオ。お前、いつの間にそんな実力者になったっていうんだ」

「そんなんじゃない。むしろここは、初心者に開放されている場所なんだがな」

 フィーディは屋敷について知りたがったが、ベリオはぴしゃりとそのやかましいおしゃべりを遮った。


「で、『白』に目当ての花があって、それが一体どうしたんだよ」

「そうだ、『白晶石の華(ビーネレース)』だ。そうなんだよベリオ、俺は、それを手に入れなきゃならないんだ。それも、出来る限り早く」

「だから、その理由を聞いているんだろうが!」


 テーブルを叩くベリオに、六人の初心者達はびくりと体を竦ませている。彼らに小さく「すまない」と詫びて、ベリオは改めてフィーディを強く睨みつけた。

「俺、その、探索者をやめるんだ」

「やめればいいだろう」

「いや、違うんだ。そのう……、へへへ、うふ、街の西側に、『クーデリオ商店』って店があってな。そこの娘が、そりゃあもう愛らしいんだ。彼女と結婚して、店を手伝うって決めたんだよ」


 カッカーの屋敷ではなく、人気のない路地裏にでも連れ込むべきだったとベリオは後悔した。そうすれば、腹の辺りを思い切り蹴り上げて、二度と顔を見せるなと言えたのに。


「ところがよ、長い間一緒にやってきたミルカルも、エーリアに惚れてるって言うんだよ!」

「エーリアというのが、店の娘なのか」

「そうなんだ。まるでテンチェの花のように愛らしくて、明るくて、愛想がよくて胸の大きい娘で」

「本題に入ってくれないか」


 すぐに脱線する話し方のお蔭で、記憶が呼び起こされていた。パーティを組んでいたのは短い間だったが、フィーディは鈍くさく、頭の回転の悪い男だった。ようやく出来た仲間だから我慢していたが、一刻も早くもっと強い奴と組めるようになりたいとあの頃、ベリオは心の底から思っていた。


「ああ、うん。そうなんだ。俺がエーリアに愛の告白をしたら、そこにミルカルが割り込んできた! 優しい彼女は同時に二人から愛を告げられて困ったんだろう。悩んだ挙句、こう言ったんだ。「白」の迷宮で見つかるという、『白晶石の華(ビーネレース)』を先に持って来てくれた方と結婚を考えてみてもいいとな!」


 ベリオとしては、呆れて声が出ない。エーリアという娘はなかなか悪女のようだ。はなっからどちらともと結ばれる気などないのだろう。

 だが、この話を横で聞いていた初心者たちはそう受け取らなかったようだ。

「それは、とても素敵な話ですね」

 まだ十五才だというロッケは、頬を赤く染め、目まで潤ませている。

「こんなエピソードを詩人が歌にするんだなあ」

 ロッケと共にやって来たという、同じく十五才のグラコーもしきりに感心している。


 めでたい連中め、と一人ベリオがうんざりしている横で、フィーディは初心者たち相手に「そうだろう、そうだろう」と威張り散らした。

「だからベリオ、俺は『白』に行かなきゃならない! だけど、仲間たちはみんなミルカルに協力するって言うんだ。一人じゃとても迷宮には入れない。協力してくれ!」


 なるほど、「脱出の魔術」の使い手がいれば、目当ての花を手に入れた後すぐに娘のところへ行ける。

 フィーディが浮かれてペラペラと話す横で、ベリオは深く深くため息をついていた。


「ベリオと相棒の魔術師と、あと二人……! あと二人、共に来てくれるスカウトと神官がいないだろうか?」

「随分と簡単に言ってくれるじゃないか」

 協力などしない。ましてや、ニーロが応じるはずがない。再びそう告げると、フィーディは喚きながら床をドン、ドンと踏み鳴らした。


「ちょっと! やかましいわよ!」

 娘たちが起きてしまう、とヴァージが顔を出して怒鳴る。その迫力に驚いてフィーディは足を鳴らすのを止め、今度はベリオの前に跪いて哀願をし始めた。


「ベリオ、ああ、ベリオ! 俺には頼れる相手がいないんだ。この間お前の姿を見かけたのはきっと運命だと思う。だから、だから頼む。お前と相棒とスカウトと神官……、なんとか集めてもらえないか?」

「無理だ。特に、魔術師は無理だ。今だって探索に出掛けてるんだからな。何日か行くって出ていったから、しばらく戻らないだろうよ」

「じゃあ相棒はいいよ。お前と、スカウトと、神官と」

「やかましい! 無理なもんは無理だ。お前一人で勝手にやれ!」


 図々しいにも程があると怒るベリオを、フィーディは涙を浮かべながら睨みつけている。


「非道い奴がいたもんだな、ベリオ。お前はいつだって勝手だった。仲間を見捨てて一人で去って行って、あの後どうやって『藍』から出たんだ? ああ?」

 握りしめた拳から血を滲ませながら、フィーディは裏切り者をはっきりと指差して怒鳴った。


「お前のせいでブレイロは死んだんだぞ! お前が勝手に去ったから、怪我をして動けなくなったブレイロを置いていくしかなかったんだ! お前は本当に悪い奴だ! 仲間を思う気持ちなんかこれっぽっちも持ち合わせていない、血も涙もない上、俺の一途な恋を応援する気もない!」


「やかましいって言ってるでしょう!」

 再び食堂に顔を出したヴァージから、小さなナイフが放たれる。それは見事にフィーディの使っていたカップに当たり、割れて、水と破片がテーブルの上に撒き散らされた。



「協力してくれないというなら、お前がどれだけ卑怯で不愉快で汚い奴か、紙に書いてこの辺りにばらまいた挙句、近所を通る人間ひとりひとりにぶちまけてやるからな」

 全員にだぞ、とフィーディは凄む。ヴァージの脅しのお蔭で声は小さくなったものの、状況は悪化していた。フィーディの目には狂気じみた色が浮かんでおり、断れば言った通りを実行して、した覚えのないことまで大勢に吹聴してまわるだろう。


 既に六人の初心者たちのベリオを見る目は変わっている。かつての仲間の仕打ちは不愉快極まりなく、腹立たしくて仕方ないが、無駄に評判を落とされては後々困ってしまう。


 フィーディが「白」の迷宮で魔法生物に食いちぎられるよう呪いながら、ベリオは仕方なくこう答えた。

「わかった。だが一回だけ、三日までだ。それで花が見つからなかったら諦めろ」

「そんな」

「お前、自分がどれだけ無理を言ってるかわかってるんだろうな。俺に仲間集めまでしろと言ってるんだぞ。しかも時間がないから急げだと? それがどれだけ大変か、知らないとは言わせない」


 そもそも現在の仲間全員から協力してもらえないなんて、余程面倒がられているに違いない。

 自分の人徳の無さがそもそもの原因だろうが、とベリオはため息を吐きながら、食堂に集う初心者達へ問いかけた。


「誰か、予定の空いているスカウトか神官を知らないか?」


 それなりの実力がある者なら、「脱出」がなくとも「白」なら行ける。構造が特殊な「白」に初心者は連れて行けないが、敵は少ないし罠も難しい物はない。行って帰れる実力さえあれば、そこまでの腕利きではなくても今回は問題がないだろうとベリオは思う。


「そういえば、チョークさんが『白』に行きたいって話していましたよ」

「それは願ってもない話だな」


 チョークは中堅どころのスカウトで、時折カッカーの屋敷にやってきては自慢話ばかりしてくるいけ好かない男だ。彼との探索は精神的な疲労が大きそうだが、腕は確かだしほんの三日程度なら我慢できるだろう。


「神官は?」

「アデルミラは今『緑』に行ってますよ」

「それは知ってる」


 今朝出掛けてしまった相棒について思い出し、ベリオは小さく舌打ちをした。

 あんなひよっこたちについて行くなんて。あの親切さがいつだって発揮されるものなら、今のベリオの窮地だって気持ちよく救ってくれるに違いない。

 けれど、ニーロは気紛れだし、気に入らない者に対してはいつだって手厳しい。フィーディのようなだらしない人間に手を差し伸べるとはとても思えなかった。


 神官の知り合いなど、ベリオにはほとんどいない。カッカーの屋敷に出入りするのも、ニーロがここに来るからというだけだ。屋敷に集う者は大抵ベリオの顔と名前を憶えているが、共に探索をしたり、酒を酌み交わすような仲の者は一人もいない。


「お前、通っている神殿はないのか?」

「ないけれども」


 普段から信仰を持って通っている神殿があるなら、神官とも顔見知りになって、いざという時には頼れるようになる。ベリオはそうしておらず、残念ながら、予想通りではあったもののフィーディもしていないらしい。

 すぐ隣には樹木の神殿があるが、彼らに頼るのは気が引ける。ニーロの名を出して頼むなんて恥知らずな真似は、したくない。


 目を閉じて考え、やがてベリオはある一人の男の顔を思い出していた。


「確か、鍛冶の神に仕えてるんだったか……」


 北の食堂街で一度だけ話した、風変わりな気の弱い神官。「脱出の魔術」まで会得しているというデルフィには、何処へ行ったら会えるのか?


「フィーディ、明日、鍛冶の神殿へ行くぞ。朝一番でな」

 遅刻するんじゃないぞと釘をさし、フィーディをカッカーの屋敷から追い出すと、ベリオはスカウトのチョークの家へと向かった。

 

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