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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
00_Die,Die 〈初心者殺し〉

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02 一 歩

 五人の新参者のテーブルへ椅子を一脚持ってくると、ジマシュと名乗る男は勝手に語り始めた。


「迷宮へ入る時の人数は、五人がいい」


 迷宮の中は狭い。そして探索者へ襲い掛かってくる「魔法生物」がいて、戦いは避けられない。身動きがとりやすく、互いの無事を確認できる最適な人数は五人なのだと男は言う。


「前に立って戦う戦士だけではなく、罠が仕掛けられていた時にそれを解除する者が必要だ。できれば魔術の心得がある者も欲しいし、傷を癒す神官もいた方がいい。戦士は二人、斥候(スカウト)が一人、神官が一人、魔術師が一人。こんなパーティが組めれば最高だ。魔術師もスカウトも、なかなか腕のいい者は少ないのが現状だがね」


 肉を噛みしめながら、五人はジマシュの言葉に耳を傾けていた。確かに、故郷で聞いた「最初の踏破者」たちの物語には、逞しい戦士が二人とどんな罠も見破るスカウト、神に仕え奇跡の業で仲間を癒す神官に、豊富な知識を持つ魔術師がいた。

 他にも栄光を得た者たちの話は伝わって来たが、戦士のうちの一人が魔法も扱える剣士だったとか、神官が戦士の役割をも担っていたとか、小さな差異はあるものの、大抵は似たような組み合わせの「仲間(パーティ)」を組んでいる。


「必要な役割を分担出来て、動きやすいから五人がいい。だが、それだけではないんだ。迷宮の中には『帰還の術符』と呼ばれる物が時折落ちている。それを使えばたちまち迷宮から出られるのさ。だが術符には『定員』がある。五人までにしか力は及ばない」

「帰還の術符?」

「そうさ。青い色をした細長い紙に、金色の文字が書いてある。見つけたら必ず拾っておくといい。読み上げると迷宮の入口へ一瞬で戻る。読んだらその場ですぐに戻ってしまうんだが、知らずに使ってしまう初心者は多いんだ。気を付けるといいよ」


 ジマシュの説明に、アデルミラは笑顔で礼を言った。他の仲間たちもそれに続き、フェリクスも小さく頭を下げた。

 知らなければ恐らく、書かれた文字を読んでしまっていただろう。


 なるほど、初心者たちは探索の前に「親切な先達」に出会って、話を聞かなくてはならないようだ。王都やその周辺に聞こえてくるのはとんでもない富を手に入れたという成功談ばかりで、最初にしなくてはならない苦労や心構えについて語った話は一つもない。


「君たちはちょうど五人なんだな」


 ジマシュの言葉に、アデルミラは笑顔でこれまでの経緯を話した。

 それに深く頷き、ジマシュはまた笑みを浮かべる。


「仲間ではないのか。しかし、これは大変な幸運だ。大抵の者はたった一人でやって来て、共に進む誰かを探すのにまず苦労をするのだから」

「それは宿屋の方にも言われました。でも、罠の解除ですとか、魔術ですとか、そういうものを使える人はいなくて」


 アデルミラは雲の神に仕える神官で、癒しの業を使えるという。だが他の七人は、腰に短い剣やナイフを提げているものの、それが使えるのか使えないのか。どの程度の実力があるのかすらわからない。


「心配ない。罠の解除や魔術を教えている者がいるからね。それには謝礼を支払わなければならないが」

「まあ、どのくらいかかるのですか?」

「人によるとしか言いようがないが、特に魔術に関しては安くはない。いや、はっきり言うと高い。君たちが今すぐ支払うのは恐らく無理だろう。王都の貴族の跡取りで、金に不自由していないというなら別だがね」


 ジマシュの答えに、アデルミラは小さく「まあ」と呟いた。

 そんな少女の反応に、先輩探索者であるジマシュは大きく声をあげて笑った。


「すまない、脅かしてしまったかな? でも心配は要らない。探索者になるには最初が肝心。まずは無理をせず、迷宮に慣れるのが大切だよ。最初に覚えておくべき心得はまだまだあるのだが、今ここですべてを語ってしまっても覚えきれないだろうし、夜が明けてしまうだろうからね」


 食事を続けるよう促すと、ジマシュは先程まで座っていた席へと歩き、椅子の下に置いていた袋からごそごそと何かを取り出して戻って来た。

 テーブルの上に所狭しと並べられている皿の隙間に、三枚の紙がはらりと置かれる。


「これはなんですか?」

 アデルミラの隣に座る、小柄なブローゼが声を上げる。

「地図だよ。九つある迷宮のうちの一つ、『(だいだい)』のものだ」


 ラディケンヴィルスの地下に潜む九つの穴には、それぞれに「色」が割り振られている。


 橙、緑、藍、白、赤、紫、黒、黄、青。


 それぞれ壁の模様や床のタイル、柱の装飾などに色が使われており、迷宮の中の一つの層の広さは恐らくは同じで、九つすべて、三十六層になっているだろうと考えられているとジマシュは話した。


「九つある迷宮のうち『橙』は特別でね。迷宮を作った古代の魔術師がどういう意図でそうしたのかはわからないが、橙だけは『敵がとても弱く』て、『罠がない』んだ。いや、あるにはあるんだが、大きな傷を負ったり、命を失ったりするようなものではない。『練習用』の迷宮と言われているんだよ」


 五人の新参者は、ほう、と息を吐いている。何も持たない者がやってきて、どうやって迷宮へと足を踏み入れていくのか? その答えがはっきりと示されていた。


「もっとも早く最深部まで踏破されたのがこの『橙』の入口さ。初心者はまずここで、迷宮がどのような物なのか学べるようになっている。なにせ最初はすべて自分の足で進んで行くしかない者がほとんどだからね。自分たちが持っている物でどこまで進めるか、帰りにかかる時間を踏まえ、どこで引き返すべきか、感覚を掴む為に行くべき場所だよ」

「なるほど」

 ブローゼの隣に座る、黒い髪の青年カツリスは大きく頷いている。

「踏破された迷宮の中で、『橙』と『緑』には最深部までの地図がある。他はまだ途中までしかできていないらしく、出回ってはいない。踏破者ならば持っているかもしれないがね。いや、そんな話はいいんだ。ここにあるのは『橙』の迷宮の地図。三層までのものだ。まず手始めに潜るのならば、三層目くらいまでがいい」


 ジマシュはにぃっと笑みを浮かべると、『橙』の迷宮の地図を掴んで丸め、アデルミラへと差し出した。


「私にはもう必要ないものだから、君たちに譲ろう」

「そんな……。そこまでして頂いて、いいのでしょうか?」

「ああ。私の仲間に持っている者がまだいるし、もう『橙』に行く用もないんだ」


 再び差し出された地図をそっと受け取ると、アデルミラは目を閉じ雲の神に短く祈りを捧げた。

「お導きに感謝致します。私たちは幸運です、このような親切な方と出会えて」


 フェリクス以外の仲間、三人も慌ててぶつぶつと祈りの言葉を紡いでいる。それを見て頷き、ジマシュは目を細めるとこう話した。

「ラディケンヴィルスでは当然の行いだよ。『新たに訪れた者と出会ったら、己が来た時を思い出せ』。街にいる時の、探索者の心得さ」

 アデルミラは愛らしい顔を輝かせると、ジマシュの手を取って深く頭を下げた。

「いつか一人前になった時には、私もジマシュさん、今のあなたと同じように、新たに訪れた方に親切にしようと思います」

「ああ、是非そうしてくれ」

 

 五人の皿は空になり、店主がやってきてテーブルを片付け始めた。代金を払って立ち上がったアデルミラたちに、ジマシュは更にこう告げる。


「宿に戻る前に、『橙』の迷宮に寄ってみてはどうかな? 三層目程度までならば進むのに時間はかからないし、出てくる魔法生物もたかが知れている。街の外れでうろついている野犬の方がよほど強いと思う程度だよ」


 アデルミラたちはきょろきょろと互いの表情を窺い、この提案について考えた。


 初心者用だとしても、突然足を踏み入れていいものかどうか。

 フェリクス以外は宿に荷物を置いてきている。持っているのは武器と、たいして重くもない財布くらいだ。

 

 視線を動かす新米たちの姿がおかしかったのか、ジマシュは薄く笑うとこう続けた。

「不安になるのは当然だろう。しかしなんの心配もない。場所の確認くらいのつもりでいけばいいのさ。宿は北東の門のそばにとったんだろう?」

「ええ、そうです」


 何故わかるのか、というアデルミラの眼差しに、ジマシュはこくりと頷いて答える。


「君たちはいかにも来たばかりの探索者見習いといった様子で、皆大きな荷物を持っていない。三つある門のそばには宿屋の客引きが大勢待っているし、先に宿を決めてきたのだろう。それくらいすぐにわかるさ」

 それに、金のない新参者は大抵、北東の安宿に泊まるものだ、とジマシュは笑う。

「ここから出て少し南に歩くと、武器や防具を扱う店が沢山並んでいる。その通りの南側に迷宮の入口が一つだけあるのさ。案内の札があるからすぐにわかると思う。宿屋街へ戻るついでに、ちらりとでも覗いて来ればいい。実際に入ってみなければわからないし、なによりも今、君たちが『五人でいる』のが素晴らしい。今日出会ったばかりの者同士、これから仲間として組んでいくかどうかはわからないだろうが、これからはきっと『五人』で進むだろうから。感覚を掴む為にも、一度行ってみるといいよ」


 宿に戻れば、八人。

 そんな思いが胸をよぎっていく。


 これからどのような導きが待っているかはわからない。

 だが、すべてがジマシュの言う通りだった。


 初心者用の『橙』の迷宮はすぐそこにある。帰り道の途中にほんの少し覗いて、迷宮とはどのようなところなのか、知っておいて損はないだろう。

 ましてや、地図までもらっている。深い迷宮のうち最初の三層分だけを渡してきたのは、恐らく「それ以上進んでしまう無謀さ」を止める為だ。


 これ以上ない幸運なのではないかと、全員が思っていた。

 最初から共に迷宮へ足を踏み入れるための「誰か」がいて、親切な先達に出会った。地図があれば、迷わずに済むだろう。


「行ってみるか」

 ブローゼの声は小さかったが、力強かった。

「そうだな」

 カツリスと、アデルミラも頷く。その様子を見て、もうひとりの青年、エルソンも続いた。

 四人に見つめられ、フェリクスも少し悩んだものの、こくりと頭を動かして答える。


「素晴らしい。君たちの勇気を石の神も称えるだろう!」


 何事も経験だからと言い残し、ジマシュは笑顔で店から出ていった。その後ろ姿が人ごみに紛れるまで見送ると、五人も決意を決めて歩き出した。




 北西の食堂街から南へ歩くと、ジマシュの言った通り武器や防具が並べられた店が続く道へと出た。値段の交渉や、サイズの合う物はないか尋ねる声、威勢のいい商人たちの呼び込みが響いていて、通りはとにかく賑やかだ。

 明らかにいいものであろう輝きを放つ剣や胸当て。今日踏み出した一歩の向こうにある、立派な武具たちに視線を送りながら五人は進む。


 探索者たちが品物を見定めている間を通り抜け、道から外れた南側へ。

 ほんの少し進んだだけの場所に、それはあった。

 

 途端に人通りの途絶えた、大通りの裏。

 ぽつんと、古びた木の札がたてられている。


 薄汚れ、文字は掠れていてところどころはっきりしないが、こう書かれているようだった。


 ――この下、一つ目の渦


「一つ目の渦、か」

 カツリスの呟きと同じ言葉を、他の四人も胸のうちで唱えていた。


 ジマシュの話に偽りはなく、それらに安堵を感じながら立札の先へ目を凝らすと、地面には大さな窪みがあった。


 覗き込むとそこには松明が置かれており、炎に照らされた窪みの中に、更に下へと続く穴があるのが見て取れた。

「あそこが迷宮の入口でしょうか?」

 アデルミラに、ブローゼは瞳を輝かせて答える。

「とにかく、行ってみよう」


 立札とは逆の縁に長い梯子がかけられており、それを使って五人は窪みの中へと降りていく。一番の長身であるエルソン二人分程の深さの窪みの中心に「穴」があり、新参者たちは揃ってそれを覗き込んだ。


 大きな穴の中は、黄金の輝きに満ちている。

「まあ……」

 古代の魔術師の力はいかに大きな物だったのだろう。窪みの奥には金の輝きを放つタイルが敷き詰められている。

「降りてみよう」

 それは誰が放った言葉だったのか、五人はあっという間に穴へと飛び込んで、そこに広がる別世界に溜息を吐き出した。

 床には模様の無い、輝くタイル。その先に、おなじく輝く石でできた小屋があった。小屋の隣には、巨大な円形のステージのようなものがあり、それもやはり金色に輝いている。

「扉があるぞ。この奥が入口なんだ」

 ブローゼは小屋の中を指差し、仲間へと告げた。


 フェリクスは不思議な気分でその光景を眺めていた。窪みの中と違って、松明は置かれていない。しかし明るかった。タイルや小屋、円形のステージ、それらが自ら光って辺りを照らしているのだろうと思う。

 その余りの美しさ。「迷宮そのもの」に人を惹きつける効果があるのかもしれない。


 しかし。


 これが「初心者用」の迷宮なのだろうか?


 脳裏に差し込まれる、おぼろげな不安。

 しかし、それを口に出す暇はなかった。フェリクスと共にやってきた四人は金色の扉を開けて、中へと踏み入ろうとしている。

 慌ててアデルミラたちの後姿を追いかけて、フェリクスも「一つ目の渦」へと足を踏み入れた。



 金色に輝いていた入口と、迷宮の内部の様子は少し違っていた。

 床のタイルは黒に近いグレーで、(ふち)が金色に囲まれている。壁はくすんだ白で、フェリクスの胸のあたりの高さに金色のラインが引かれている。通路の幅は、五人が横に並んでいても歩ける程に広く、天井も高い。

 迷宮の中は明るかった。誰も灯りを持っておらず、床、壁、天井すべてに輝くものはないのに、まっすぐ前へと続く通路の先まで見渡せるようになっている。

「魔術か」

 フェリクスの呟きに、エルソンは首を傾げた。

「何がだい?」

「地下だというのに、明るいじゃないか」

「本当だ」

 フェリクスの気付きに四人は感心した声をあげたが、すぐにカツリスが「それはきっと『初心者の為のもの』だからなのだろう」と答え、それに同意した。

 アデルミラとブローゼはもらった地図を覗き込んで、入り口付近の形状がはっきりと一致していると他の仲間に告げる。

「まっすぐ進むと道が左右に別れていて……、右に曲がって道なりに進むと下りの階段があるようです」


 おそるおそる進んでいた五人の足は、徐々に軽くなっていく。

 地図があり、明るい。敵が出る気配もない。物音は五人の声と足音くらいで、おどろおどろしい様子もなかった。

「ジマシュさんの言った通り、来てみて良かったですね」

 最初は小さかったアデルミラの声に、少しずつ明るさが戻ってきている。

「確かに、ここで戦うなら五人くらいがちょうどよさそうだ」

 

 ブローゼ、カツリス、エルソンが前を歩き、アデルミラとフェリクスが少し後ろについて進んでいた。

 アデルミラは小柄でいかにも戦いに向いていなかったし、傷の癒し手である神官なのだから、後ろに下がっているべきだ。迷宮に入って少ししてからこんな提案がエルソンから為されて、アデルミラは後列で地図を見ながら進んでいる。

 その少し後ろにフェリクスがいるのは、出会った当初、馬車の中で互いに名乗り合っているか、「レッティンの微笑み亭」へ共に向かったかどうかの差なのだろう。

 勝手に一人で去って行ったフェリクスをどう扱うべきなのか、三人は決めかねているようだった。アデルミラが探しているから、ちょうど五人になったから今は共にいるだけ。そんな空気を感じて、フェリクスも少し後ろを黙ったまま歩いている。


 なによりも、横に並んで進むのに「三人」はちょうど良かった。もしも戦いが始まって、武器を振り回すことになったら。三人ならば動きやすいであろうと、フェリクスは仲間の後ろ姿を見ながら思う。


 地図の通りの道を進んで、五人は一つ下の層へと続く階段を降りていった。

 そろそろ何かが出てくるかもしれない。


 腰に提げていた武器を抜いて手に持ち、五人は二層目へと足を踏み入れていく。


 しばらくまっすぐの通路が続き、曲がり角や別れる道はないとアデルミラが話すと、前を進む三人は明らかに安心したようだった。短剣やナイフを抜き出した時の緊張感が一気に解けて、上がっていた肩が元の位置へと戻っている。

「本当に、まずは慣れる為、なのかな」

 カツリスの声に、エルソンとブローゼは小さく笑い声をあげて答えた。

「来てみて良かったなあ。帰ったら、クレートたちに教えてやろう」

「敵が出てきたら戦いの話も出来るな。どうせなら魔法生物を一匹くらい見て帰りたいものだ」

 

 そんな話をするのは早いのではないか。

 フェリクスは鋭い目をますます細めて、小さく息を吐く。


 上手く行き過ぎなのではないか。

 怯えてばかりでは進んでいけないだろうが、迷宮で「すべてを失う」者も多いと聞いている。詩人たちも、こう歌っているではないか。


 ――迷宮はすべてを与え、すべてを奪う


 はしゃぐ「仲間」に一声かけよう。フェリクスがそう思った瞬間、前方から小さく「かちり」という音が響いた。

 

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