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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
  X15_Decision

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198/244

190 目に焔、心に光(下)

 次の日の朝、いつもより目覚めが悪くて、ガランは起き上がると思わず笑いを漏らしていた。

 同室の仲間であるキャルデンにどうしたのか問われて、なんでもないと答えていく。


 確かに疲れていたようだ。

 調査団での普段の仕事も引き受けているのに、ヘイリーについて町中を駆け回っているから。

 もっと体力をつけた方がいいのかもしれない。

 調査団員たちは時々集団で訓練の時間を持っており、混ぜてもらえばいいのかも、と考える。


「今日もあちこち行くのかい、ガラン」

「多分。調べることがいろいろあるから」

「それって、ここでの仕事より大変なんじゃないのか」


 キャルデンはなにを思ってそう言ったのだろう。

 制服の管理の仕事をこなしながら、ガランは考える。

 団長の許可は得ている。雑用の仕事もしている。仲間から文句を言われたことはない。

 調査団員たち同様、下働きも滅茶苦茶に忙しいわけではないから。

 人員には余裕があり、面倒ごとも少なく、給料は安定していて、支払いが遅れることなどない。

 調査団での仕事は条件が良い。文字の読み書きができるなど、多少の条件はあるが、難しい仕事はない。

 堅苦しいイメージと、女性が採用されないことで敬遠されているようだが、迷宮都市ではかなり良い職場なのではないかとガランも思っていた。


 やる気満々の団員と共に「事件の調査」に赴くなんて、おかしな奴だと思われているのだろう。

 ガランは小さく笑いながら廊下を歩いていく。

 それぞれの部屋に制服の替えを届けて、団員たちが食事を終えたら食堂へ向かって。

 食事を終えてから作業部屋を覗いてみると、ヘイリーの姿があった。


「おはよう、ガラン。よく眠れたか」

「はい、お陰様で。ダング調査官の言う通り、少し疲れていたようです」

「毎日連れまわしてすまない」

「いいえ、そんな」

 昨日の夜の邂逅について考えていると、道の上での気付きについて思い出し、ガランは口を開いた。

「ダング調査官、ひとつ気になったことがあるのですが」

「なんだ、ガラン」

「昨日会ったヌウという男です」


 ただの喧嘩にしては重傷すぎるのではないかと思う。

 こんな考えを明かすと、ヘイリーも確かになと呟き、首を捻った。


「調査団で働き始めてすぐ、ユレーが来たんだったな」

「そうですね」

 働き始めたというか、居座ると決めたというべきか。

 けれどあの相談があったのは、ヘイリーがここで働き始めた次の日だった。

「妙な奴に絡まれたと話していたが、相手はどうなったのだろう」

「そうですね。喧嘩があれば大抵は周囲が止めます。手に負えない時は近くの店の用心棒に手を貸してもらうこともあるようですよ」


 止めに入った者がいるなら、あそこまでの酷い怪我は負わないだろうに。

 ガランと同じことを考えているのだろう。ヘイリーは顎をさすりながら、遠くを見つめている。


「喧嘩ならば神官を頼れず、医者に運ばれますが、あの男は治療を受けたのでしょうか? あんな状態ならまだ医者の世話になっていそうなものですが」

「……頼れない理由があるのかな」


 ヘイリーが呟き、ガランも考える。

 どうしてマージは一人でヌウを抱え込んでいたのだろう。

 ユレーとマティルデという同居人がいたのに、彼女たちは家を出たようだった。

 ヌウを救う為に誰の手も借りずにいたのは、何故なのか?


「マージの評判は良さそうですよね。スカウトとしての腕も良く、周囲から良い人間だと思われていました」

 ギアノもユレーもオッチェも、誰もマージを悪く言わない。皆、死を悼み、悲しんでいた。

 女装をしていたというが、それについてもダイン・カンテーク以外、誰も問題にしていない。


「ガランもリシュラ神官長の話を聞いていたか?」

「どの話でしょう」

 ふいに問われてガランが首を傾げると、ヘイリーは窓の外を見つめたまま、話し始めた。

「街で起きた不審な出来事について教えてもらったことがあった。あれはそうか、カッカー・パンラに面会させてもらった時だ。リシュラ神官長も来て、気になる出来事についていくつか話してくれたのだが、その時に樹木の神殿近くで探索者同士が争った事件があったと教えてくれた」

「探索者同士で?」

「路上で争いが起き、カッカー・パンラの屋敷で暮らしている者が声を聞きつけて、止めに入ったというものだ」


 一方が首を絞められ、殺されるところだった。

 犯人は止めに入った若者に蹴り飛ばされ、かなりの怪我を負って医者に運ばれた。


 聞いた覚えのある話で、ガランはどこで耳にしたか思い出していた。


「宿屋街の事件の時の神官長たちの集まりでも仰っていた気がします。犯人は医者に運ばれたのに、その後いなくなってしまったとか」

「そう聞いたのか、ガラン」

「違うのですか」

「その医者のところでなにかが起きたようだと話されていなかったか」


 路上で狼藉を働いた男が運び込まれた医者のもとに、何者かが侵入したようだ。

 キーレイはそう語り、物がいくつか壊れていて、争った形跡が残されていたと説明したという。


「争ったとは、一体誰が?」

「わからない。運び込まれた男は消えていて、血の跡がいくつか残っていたそうだ。その上、なんらかの後始末をしたのではないかと医者は言っていたらしい」

「後始末、ですか」

「部屋の様子がいつもと違っていて、不自然だったようだ。怪我人からはろくに事情を聞けないままで、結局うやむやにされている」

「その医者には気の毒な話ですね。しかし、争いがあって、誰かが片付けたとなると……」


 何が起きていたのだろう。

 喧嘩が起きて、止められて、そのせいで一人の探索者が怪我をしたとして。

 その怪我人のもとを誰かが訪ねた。そこで、争いが起きた。

 きっと、素性を知られたくなくて逃げ出した程度の単純な話ではない。


「……その医者に担ぎ込まれた男という可能性はないか?」


 ヘイリーの視線がいつの間にか自分に向けられていたことに気付き、ガランは頭を働かせていく。

 調査団員が疑念を向ける相手。

 ここまでの話から考えれば、答えはすぐに弾き出される。


「ヌウですか」

「医者に運ばれ治療を受けたのに、その後襲われたのなら傷も深くなるだろう」

「確かに、考えられますね」

「路上で争った相手がわかれば、顔を確認できる。争いを止めたのはあの屋敷の住人らしいから、まだ残っているなら頼めるかもしれない」


 それに、とヘイリーは呟く。

 調査団員がなにを言いだすのか、ガランは緊張しながら待った。


「シンマも同じなんじゃないか?」

「同じとはなんですか、ダング調査官」

「シュヴァルに話しかけ、次の日にも現れ、刃を振るった。あの少年を仲間だと勘違いし、次の日間違いに気付いて、凶行に及んだ。あの少年だけではなく、レテウス様にも襲い掛かった」


 そのシンマは、既に死んでいる。

 どうしてかまだわからないが、迷宮の深い穴の底で動かなくなっていた。


「あの男はいくつも失敗していた。仲間の居場所がわからなくなり、旦那とやらには会えたが無視をされ、挙句に仲間が誰かすら把握できずに勘違いをし、白昼堂々刃を振るって、返り討ちにされた」


 決して知られてはならない秘密があって、シュヴァルたちを始末しようとした。

 けれど失敗を重ねて、シンマ自身が始末されてしまったのではないか?


「失敗した者は容赦なく消すような連中がいるのかもしれない」


 ヘイリーの考えは恐ろしいもので、ガランは体を震わせている。


「宿屋街の廃屋の連中も同じだとしたら?」

「そんな、まさか……」

「そうだな、さすがに飛躍しすぎだ。もっと慎重に考えるべきだが、……しかし、あんな風に大勢が死んでいたんだ。彼らは積み重ねられ、火をかけられた。ただ酒を飲んで酔っていただけでは、大の男を何人もあんな風に扱うことなどできないだろう」

「薬、ですか」


 ヘイリーはゆっくりと頷き、また窓の外を見据えた。

 いくつかの事件に、いくつかの共通点。

 まだぱらぱらと散らばっているだけだが、誰かの悪意が見え隠れしているように思える。


「リシュラ神官長に確認しよう。ヌウにもう一度会いに行く前に」


 すぐに出かけるつもりのようで、ヘイリーはもう扉に向かって歩き出している。

 ガランも書き取りの為の道具を手に取り、鞄に押し込んで準備を進めていく。


「あ、ダング調査官」

 部屋の外から声がして、ガランも急ぐ。

 ヘイリーは扉の前でロッシに声をかけられ立ち止まっていた。

「なにかな」

「王都の騎士、ホーナー・アビーユがあなたに会いに来ています」

「ホーナーが?」

「大切な話があるそうで」


 ヘイリーは戸惑った顔でガランを振り返っている。

 ホーナーの名は聞いた覚えがあった。以前にもヘイリーを訪ねて来たのに、会えないまま帰っていった騎士だ。

 わざわざ何度も迷宮都市まで足を運ぶのは、どうしても伝えたい話があるのではないだろうか。

 まだ昼にもなっていない時間に辿り着いているのだから、朝早く王都を発ったに違いない。


「ダング調査官、お会いになってきてはいかがです」

「しかし……」

「私が今から樹木の神殿に行って、関係者の名前を聞いてきます。神官長がいらっしゃらなくても、ギアノ・グリアドなら知っているでしょうし」

 どんな話でも、はっきりとした事実がわかれば、捜査の役に立つだろう。

「誰が関わっているのか確認するだけです。それ以上については、戻ってから改めて話しましょう」


 ヘイリーの燃える瞳を、助手の男はまっすぐに見つめた。  


「任せていいか、ガラン」

「もちろんです」


 信じてもらえた喜びを胸に、ガランは調査団を出て東へ向かう。

 魔術師街を突っ切り、足早に進んでいく。

 樹木の神殿に辿り着き、神官に声をかけ、キーレイへの面会を頼み、挨拶を交わした。


「ダング調査官は一緒ではないのですね」

「急な御用ができまして。今日はいくつか教えて頂きたいことがあって参りました」


 神官長はゆっくりと頷き、奥の部屋へ通してくれた。

 団長室にあるものよりも立派な椅子が置かれていて、ガランは緊張しながら腰を下ろし、早速用件を伝えていった。


「以前この近くで起きた争いごとについてです。探索者同士が争って、襲い掛かった方が医者に運ばれ、その後行方がわからなくなったという」

「あの事件について?」

「はい。集まりの時にも話されていたと思いますが、あの時被害にあったのはどこの誰だか教えていただけないでしょうか」


 探索者ならば、もう既に街を去っている可能性もあるだろう。

 まだ迷宮都市で暮らしているのか?

 ガランの問いかけに、キーレイは穏やかに答えた。


「あなた方がシュヴァルへ聞き取りに来た時同席していた、サークリュードという名の青年です」

「え? あの、金色の髪の」

「そうです。一度共に探索に行った男がしつこく声をかけてきて、強く断ったら襲い掛かって来たと話していました」


 被害者がはっきりわかったせいで、事件が違った顔を見せ始めていた。

 何故だかレテウスたちと暮らしている探索者は大変美しい人物で、色恋沙汰の類だったのではないかと思えてくる。


「ちなみに、争いを止めたのは誰なのかも教えていただけませんか。隣のお屋敷で暮らしているそうですが」

 キーレイは躊躇ったような顔をしたが、すぐに答えを示してくれた。

「フォールードという名の若者です。まだこの街にやって来て日が浅いのですが、戦士として活躍をし始めています」

「まだお隣で暮らしていますか」

 神官長はまだいると答えたが、表情を曇らせ、こう続けた。

「その……、争いを止めに入った時、フォールードはやりすぎてしまいました。彼なりの理由があってのことなのですが」

「理由とは、言えないようなことなのですか?」

「いえ。襲われていたクリュが、彼の恩人に似ていたからというものです」

「恩人に」

「少し短気なところがあるようなので、監督役としてアダルツォという神官に見守りを頼んでいます。いくら喧嘩を止めるためとはいえ、過ぎた暴力を振るってしまいましたから」


 大勢に知られれば問題にされるかもしれないと考えているのだろう。

 キーレイが事件について詳細に語らなかったのは、青年の将来を心配していたからのようだ。


「クリュを襲った男が見つかったのですか?」

「いえ、まだなのですが少し気になることがありまして、人相などを確認できればと考えています」


 男が担ぎ込まれた医者の名も聞きだし、書き記しておく。

 ガランがメモを書き終えたタイミングで、キーレイはまた口を開いた。


「クリュは見舞いのために毎日顔を出していましたが、シュヴァルは昨日、レテウス様の家に戻ったのです。なにか用があれば来ているかもしれませんが」

「ああ、そうなんですね。回復したのなら、なによりでした」

 ガランの言葉に神官長は微笑み、こんな提案をしてくれる。

「フォールードがいるかどうか確認しましょうか」

「お願いしてよろしいですか」


 キーレイは立ち上がり、神官に声をかけて隣へ確認に行くよう頼んでいる。

 しばらくすると汗だくの大男がやってきて、客をじろりと睨んだ。


「なんだいあんたは」

 神官長がこほんと小さく咳をすると、フォールードは慌てて頭をさげ、名を名乗った。

「私は迷宮調査団で働いております、ガランと申します」

「調査団が俺になんの用なんだ」

「この近くでサークリュードさんが襲われた事件について、覚えておられますか」

「当たり前だろう。忘れるもんか。野郎、ふざけた真似しやがって!」


 途端に怒り出した若者に、ガランは思わずのけ反ってしまう。


「あの時の男の顔を覚えていらっしゃいますか?」

「あん? ……顔?」

 フォールードは顔をくしゃくしゃにしかめ、低い唸り声を漏らしている。

「覚えていないのかな、フォールード」

「え、ううん……。そうだな、顔か。結構、小柄な奴だったとは思うんだけど」

「あの、いいのです。あなたは人助けの為に駆けつけたのでしょう、覚えていなくても仕方ありません」

 クリュならば覚えているだろうから、大丈夫。

 ガランがそう伝えると、フォールードは急にしゅんと小さくなり、ぼそぼそとこんな風に呟き始めた。

「あんな恐ろしい目に遭った時のことを聞くなんて、可哀想じゃねえか?」


 若者の態度の変わりようについていけなくて、ガランは思わずキーレイを見つめた。

 神官長も困った顔をしていたが、フォールードの背中に手をあて、大丈夫だと囁いている。


「なあ、あんた。あの子が嫌がるようなことしないでくれよ」

「もちろん、無理強いなどはいたしません」

「本当か? 王都から来た奴らでやってんだろ、調査団ってのは」

「フォールード、いけないよ。彼らは街の人々の安全の為に動いてくれているのだから」


 神官長に窘められて、フォールードは慌てたように頭を下げた。

 短気ではあるが、素直さも持ち合わせているのだろう。

 クリュはよほど恩人に似ているのだろうなと考え、青年の体格の良さに気付き、最後の問いを投げかける。


「あなたは探索をされているのですよね。『藍』の迷宮に挑まれることはありますか?」

「ああ、あそこは稼ぐのにちょうどいいからな」

「最近、『藍』の迷宮で女性のスカウトを交えた五人組を見かけた覚えはないでしょうか」

「女のスカウト? さあなあ。そんな珍しいのが混じってたら、忘れねえと思うけど」

 フォールードは首を捻って、ガランをじろりと見つめた。

「女のスカウトを探してんのか?」

「いえ、『藍』に五人組で挑んでいたところを見かけた方を探しています」

「はあ? なんだそりゃ」

「我々が知りたいのは、女性のスカウトが組んでいた五人組がどんなメンバーだったかなんです」

「調査団ってのは変なことを知りたがるんだな」


 確かに。しかも、日付も限られている。十五日程度前、おそらくは早朝に出かけたであろう女のスカウトがいた五人組が、一体どんなパーティだったのか。

 目撃者がいるかどうかわからない。いたとしても、見つからない可能性がある。

 言葉に詰まるガランに、神官長の手が伸びてきて、触れる。


「我々も探してみます。『藍』に挑む力があるパーティに、声をかけてみましょう」

「ありがとうございます、リシュラ神官長」


 関係者ははっきりとわかった。フォールードは犯人の顔を覚えていなさそうなので、クリュに聞くのが良いだろう。

 二人へ協力してもらった礼をして、ガランは調査団へ戻っていった。

 辺りに視線を向けながら。

 またあの金色のうねった髪の男がいないか、不安に感じていたから。


 

 魔術師の屋敷の隙間を駆け抜けて、無事に調査団に帰り着き、ヘイリーの姿を探す。

 来客の為の部屋は空いているので、ホーナーとの話は終わったのだろう。

 途中で見かけた同僚に声をかけると、ヘイリーは自分の部屋にいるとわかり、まっすぐに団員たちの部屋が並ぶ廊下へ向かった。


「ダング調査官」


 一番奥の扉を叩き、呼びかける。

 すぐにヘイリーが中から現れ、青い顔を覗かせた。


「お話できましたか」

「ああ。リシュラ神官長はいらっしゃったか?」

「はい。事件について教えて頂きました」


 中に招かれ、素直に足を踏み入れる。

 ヘイリーは目を伏せたまま、力なくベッドの上に腰を下ろした。

 どんな話があったのか心配しつつ、そばにあった椅子を引き寄せて、ガランも座る。


「路上で起きた事件の被害者は、レテウス様の家で暮らしているサークリュードという青年でした」

「……あの金髪の?」

「はい。助けに入ったのは、屋敷で暮らしているフォールードという名の探索者です」

「体の大きな戦士の男だな」

「御存知でしたか」

「一度『橙』に入ってみた時、同行してくれた五人組のうちの一人だ」


 そう呟くと、ヘイリーはじっと床の一点を見つめ始めた。

 明らかに元気がなさそうだが、ガランの報告になにか気付くことがあったのか、瞳に鋭い光を宿していた。


「何故なのかな」

「なにがでしょう?」

「レテウス様と共に暮らしている二人が、順に襲われたということになる」

 そんな偶然があるだろうか、とヘイリーは呟いている。

「シンマが声を掛けて来る前に、じろじろと見つめられたと話していただろう」

「そうでしたね」

 クリュ本人もそう言っていたし、シュヴァルから話を聞いた時にも言及された。

 二人がわざわざ証言したのは、シンマの視線がよほど気になったからなのだろう。


「誰が狙われている?」


 探索者のサークリュードと、謎の少年シュヴァル。

 二人は年齢も普段の暮らしぶりも違うが、同じ家で暮らしている。


「二人がそれぞれに、偶然狙われただけかもしれないが」

 しかし、とヘイリーは言う。

「レテウス様はジマシュ・カレートに声をかけられている」


 良い商売があると持ち掛けられ、仲間にならないか誘われた。

 レテウスが話に乗らなかったのは、シュヴァルに強く止められたからだ。


「考えすぎだろうか、ガラン」

 

 波打った金髪の男に疑いの目を向けるのは、妹の死に関わっている可能性があると考えているから。

 だから無理矢理関連付けてしまっているのではないか。

 ヘイリーはそう考えているのだろう。

 ガランも同じだ。怪しい影だとは感じてはいるが、直接結びつける証拠などはない。


 しかし。


「……わかりません」


 必要なのは、揺るぎない真実だけ。

 頭ではそう考えているのに、窘める言葉が出てこない。

 ガランの答えが予想外だったのか、ヘイリーは視線をあげて助手を見つめた。

 しばらく目を合わせてから、小さくため息を吐きだし、話し始めた。


「今日来たのは騎士団で共に働いていたホーナーという男だ。彼とは仲が良かった。同じ年頃で、馬が合うというのかな。出会ってすぐに打ち解け、相談ごとを持ち掛けたり、他愛のない話に興じたりしたものだった」


 ホーナーがやって来たのは、今日が二回目。

 前回はヘイリーの両親からの手紙を届けるために、わざわざやって来てくれた。

 ダング家に降りかかった不幸と、ヘイリーの身を心配して、様子を見る為にやって来たのだという。


「ホーナーは俺がろくでもない暮らしをしているのではないか心配していたようだ」

 ヘイリーはふんと鼻を鳴らし、友人が今日やって来た理由について、ガランに聞かせていく。

「チェニーの噂は結局街中に広まったらしい」

 

 仕方がない、とヘイリーは言う。

 珍しい女の兵士であったチェニーが死に、兄は騎士団を辞め、両親も逃げるように王都を去って行った。

 なにがあったかと思うのが当たり前だし、好きに語る人々の口を塞ぐ方法など存在しない。


 ガランはかける言葉が見つけられず、ヘイリーは静かに語り続けていく。


「騎士団に、俺の幼馴染たちがやって来たと言われた」

「ダング調査官の?」

「ああ。俺だけではなく、チェニーについても知っている連中だ。一緒になって駆け回り、棒を振り回した仲だからな。チェニーは幼い頃から騎士になるとずっと言い続け、皆それを聞いていた。誰も笑わず、お前ならやれると励ましてくれた、そんな仲間たちなんだ」


 あのチェニー・ダングが、男漁りだの盗みをするなんてあり得ない。

 幼馴染たちは騎士団に押し掛け、無責任な噂だと抗議し、取り消せと騒いでいるのだという。


「俺の友人だったから、対応はホーナーに任された」

「どうなったのですか?」

「どうにもなっていないらしい。今も毎日対応させられているんだと」


 そんな話をわざわざヘイリーに伝えに来たのだろうか?

 疑問に思うガランに、答えが示されていく。


「ホーナーは毎日あれこれ言われて困っていたが、ある日ひとりに噂の出どころはどこなのかと問われて、疑問に思ったと話していた」


 王都だけで流れた噂について。

 ガランも疑問に思い、ヘイリーにそう伝えたはずだ。

 調査団員は静かにガランに向けて頷き、噂についてホーナーへ伝えたと語った。


「チェニーの噂についても、その後起きた出来事についても、ホーナーは随分胸を痛めていたようだ。下らない噂話などすぐに収まると思って、なにも言わずにいたことを詫びられた」


 噂の出どころについて調べてみる。

 ホーナーはそう誓い、ヘイリーへ戻って来るよう説いてきたという。


「俺が王都を出たままでは、噂を認めたように見えてしまうと言ってな」

「確かに、そう考える人もいるでしょうね」

「噂についてはなんとか打ち消してやるとホーナーは言っていた。興奮しすぎたのかな、泣きながら話していたよ。両親も呼び戻して、戻ってきて王都で堂々と騎士として勤めろと」


 ヘイリー・ダングならば必ず、皆の信頼を得られるはずだから。

 ホーナーは友人の手を取り、涙をこぼしながら語ったという。


 ガランはハラハラした気分で聞いていたが、そんな助手に、ヘイリーはふっと笑った。


「安心してくれ、ガラン。断ったからな」

「え、……何故です、ダング調査官」

「やらねばならない仕事があるだろう。今はまだ、俺たちにしかやれない、重要な仕事だ」


 解決はできないかもしれない。

 迷宮都市で最近起きた事件は、どれもこれも不審で不穏で、謎だらけだから。


「捜査など役に立たないかもしれない。だが、すべてが無駄になると俺は思わない。調査団は変わっていく。街を見廻り、悪事を働けば調べまわる者がいると人々に知らせていくのだから」


 まずは地面を耕し、種を捲くところから。

 いつか実を結ぶ日の為に、やれることから地道にやっていく。


「本当は勢いで言っただけだ。捜査のやり方もまだまだで、無駄足ばかり踏んでいるしな」

「そんなことはありません」

「いいや、あれこれ気になることだらけで、効率が悪い。もっと経験を積んで学ばなければ。大体、協力者はいても、今はまだ二人だけなんだぞ。これはきっと、想像しているよりもずっと大変な大仕事だ」


 すまないな、ガラン。

 謝罪の言葉を口にしたのに、ヘイリーはなぜか笑っている。


「一緒に頑張ってくれるか」

「……もちろんです、ダング調査官。この街や探索の基盤を作ったのは外ならぬ調査団でした。街が出来上がる間に役割を失いかけていましたが、再びラディケンヴィルスの力になるのですね。そんな偉大な仕事を手伝えるなんて、光栄に思います」

「はは、大袈裟だな」


 初めて見せる清々しい笑顔に、心が揺さぶられていく。

 ガランは息を整えるとヘイリーの名を呼び、昨日の夜あった出来事について、報告していった。


「そうか」


 せっかくの笑顔は早々に引っ込んでしまい、ヘイリーはまた厳しい顔で窓の外を見つめている。


「ジマシュ・カレートについて、今出来ることはなにもない。警戒はするべきだが、過剰な反応はしないようにした方がいいだろう」

「はい」

「話してくれてありがとう」


 チェニーの話に憤りを感じただろうに、ヘイリーの表情は落ち着いている。

 まだ若い元騎士は、強靭な心を胸のうちに抱いているらしい。


「ヌウの身柄を預かることはできないかな」

「身柄を? ここに連れてくるのですか」

「あの家はマージが借りていて、ユレーでは支払いができないと言っていた。あの男が動けないままでは解決できないのではないかな」


 事情を聞くにしても、クリュに面通しを頼むにしても、身柄を抑えた方がいいと考えているのだろう。

 ユレーは友人の為に善意で行動しているだけで、金銭的な余裕はない。誰かの協力が必要な状態だろうと、ガランも思うが。


「大人しく従うでしょうか?」

「嫌がるなら、なにか理由があるということだ。神殿に相談する前がいい。今から行こう」


 ヘイリーに促され、共に調査団を飛び出して。

 早足で進みながら、馬車の用意をした方が良いのではないか提案していく。


「確かに、馬車があれば楽だな。あの辺りは店員の送迎用の馬車が走っているし、協力してもらうよう頼んでみようか」

「ちょうど仕事終わりの時間も近いですね」

「調査団の馬車もいいが、今から頼んでも時間がかかるだろう」


 団長が移動する為の馬車が存在しているが、あまり使う機会もないので、ヘイリーの言う通り準備をしていたら夜になってしまう。

 善良な町民の協力に期待しながら、二人は南門市場近くの貸家へ急いだ。


「ユレー、いるかな」


 昨日もやって来た貸家の扉を叩き、ヘイリーが声をかけていく。

 探索者の女はすぐに出てきて、二人の再訪を驚きながらも受け入れてくれた。


「ダング調査官に、ガラン。いらっしゃい。もしかして、なにかわかったのかい?」

「残念ながらマージについてはこれからなんだ。あのヌウという男と話したい」

「ヌウと……?」


 どうして、と女は呟いている。

 呟いたものの、扉を開けて二人を中へ通した。


 片付けられた家の中には、テーブルと怪我人の為の寝床だけが残されている。

 ヘイリーが進んでいくと、ヌウはなにかに気付いたようで、床に手をつき、立ち上がろうとした。


「動くな」


 調査団員の言葉に背き、男は寝床から這い出し、背中を向ける。

 しかし自由には動けないようで、あっさりと捕まり、「離せ」とだけ呻いた。


「サークリュード・ルシオを知っているか」

 腕を掴んだまま、ヘイリーが問いかける。

 ヌウはなにも答えない。答えないまま体をぐるりと回され、調査団員と向かいあわされている。


「君が路上で襲い掛かった相手だ。髪は白く輝く金髪、薄い青の瞳の探索者。一度、共に探索にいったそうだな」

「ヌウ、あんた、なにをしたんだよ」


 近づこうとするユレーの手を掴み、止める。

 女は瞳の中に涙を揺らしながら、なにがあったのかガランに尋ねた。


「我々も知りたくて尋ねているのです」


 女も男も、なにも答えない。

 ヘイリーはヌウへ調査団へ来るよう告げ、ガランは馬車を探す為に貸家の外へ出た。


 近くにあった従業員の寮らしき建物の前に小さな馬車が止まっており、御者に声をかけ、交渉していく。

 一台目には断られたが、二台目の御者が引き受けてくれて、貸家近くまで誘導し、ガランはヘイリーのもとへ戻る。


 涙ぐむユレーと、厳しい目をしたヘイリー、怒りの表情を浮かべているであろうヌウの姿があった。


「ダング調査官、協力してくれる馬車が見つかりました」

 ヘイリーは手を挙げて答え、隣で立ちすくむ女に向けて声をかけている。

「ユレー、いきなりすまなかった。ヌウは我々が預かる。マージについて詳しく聞きたいことがあるから、その為だ。他にもいくつか確認させてもらう。神官の手配もするから、彼についてはもう心配しなくていい」

 ユレーはヘイリーとヌウを順番に見つめていたが、最後にぼそりとこう呟いた。


「……ギアノになにか、聞いたのかい」


 ヘイリーは黙ったままじっと女を見つめ、ユレーははっとしたように、なんでもないよと呟いている。


「ねえ、あのさ。あんたたちのところに、ヌウに会いに行ってもいいのかい」

「必要ならば。他にも困りごとなどがあれば、いつでも来てくれ」

「わかったよ。……ありがとうね、親切な、ダング調査官」


 二人でヌウの体を支えて貸家を出て、馬車に乗せ、調査団へ向かうよう頼んだ。


「ショーゲン様になんと言おうか」

「そうですね」


 体が動かないとはいえ油断はできず、ヘイリーとガランはヌウを挟んで座っている。

 ヌウは大人しく顔を伏せたままで、逃げるそぶりすら見せない。


「ギアノ・グリアドはなにを知っているのだろうな」


 その呟きは小さかった。

 ガランに言ったのか、ヌウに向けられていたのか、どちらなのかはわからなかった。


「明日訪ねてみましょう」

 助手の答えに、ヘイリーは頷いている。

「ああ。そうしよう」


 馬車はがたごとと揺れて、三人をあっという間に調査団へと運んでくれた。

 怪我人を収容する為の部屋はなく、手の空いている者にかたっぱしから声をかけ、準備を整え、すべて終えた後に団長へ報告を済ませた。

 


 ヌウを狭い部屋に押し込めた後。

 ガランはヘイリーと共に遅い夕食をとりながら、次に調べるべきことはなにか、長い間話し合っていった。

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